翠眼の魔道士

桜乃華

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第七十三話 用心棒 2/2

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 セシリヤは相手の拳をいなして軌道を逸らし、男の間合いに入った。相手を見上げてニヤリと笑ったセシリヤは男の顎を手根で打つ。のけぞった男はよろめいた。その隙にがら空きになった相手の腹部に足刀蹴りを見舞う。

 「ぐっ」

 腹部に強い衝撃を受けた男が呻き声を上げながら片膝を付く。息を吐いたセシリヤの背後にもう一人の男が近づき両手で拘束しようと覆い被さろうとするが、セシリヤは姿勢を低くし重心をずらすことで拘束を躱しながら男の右腕を掴んだ。そのまま勢いを殺すことなく男を床へと倒せば、先程膝を付いていた男と鈍い音を立てながらぶつかった。

 「がっ」
 「師匠からの心得! 魔法に頼らなくても相手を倒せる術を身につけるべし!」

 床に共倒れになった男たちを見下ろしながらセシリヤは得意げな顔をした。

 (うわぁ~、痛そうな音。……と言うか、セシリヤの師匠ってホント何者よ!)

 三人の男が倒されるのを見ていたツノゴマがわなわなと体を震わせて声を張り上げた。

 「き、貴様ら用心棒だろ! 高い金で雇ってるんだ! こんな小娘一人になにをしている! 遊んでないでさっさと小娘を倒さんか!」

 床に倒れている男たちが小刻みに震えながら立ち上がろうと試みる。けれど、失敗に終わった。まるで床に縫い付けられているようだ。

 「なにをしている! さっさと立たんか!」
 「立てないのよ。倒した時に重力魔法を掛けておいたから今は床とお友達ってこと。残りはあと一人」

 セシリヤは詠唱を終えた魔術師へと視線を向けた。用意していた冷気を奪われた魔術師は新たに詠唱を唱えて周囲に新たな冷気を出現させていた。彼の掛け声でいつでも相手を凍らせることが出来る。

 「氷よ、その女を捉えろ!」

 魔術師が右手を突き出したのに合わせて床の上を氷がセシリヤ目がけて走る。

 「残念! 遅い!」

 セシリヤの足元に向かって走った氷を強く踏みつければ、彼女を中心に波紋が広がるように氷が広がった。それは魔術師の足元まで及び徐々に侵食するように上がってくる。

 「う、うわっ! なんで⁉」

 体を捻りながら抜け出そうとするも、叶わず魔術師は数秒もかからず氷漬けになった。ついでに他の三人とツノゴマまで凍っている。

 「安心して、すぐに溶けるように調節してあるから」

 ふん、と鼻を鳴らしたセシリヤにミラが抱きついた。

 「セシリヤさ~ん! 久しぶりにセシリヤさんの戦いを生で見られて僕は幸せです」
 「あ~、近い、近い、近い! 離れて」

 言いながらセシリヤはミラの頬を押し返す。そうしている間にツノゴマたちの氷が溶け始めた。口元が溶けて呼吸が出来るようになった五人は空気を何度も吸っている。セシリヤはミラに抱きつかれたままツノゴマたちの元まで近づいて膝を折った。

 「さっきなんでって聞いたわね?」

 魔術師に問いかければ、相手は頷いた。

 「あなたが用意していた冷気を利用して氷の刃を作ったでしょ? あれが床に刺さったのは気付いた? ここの床は熱伝導率が高い大理石。ここまで言えば分かるでしょ」

 床の大理石を伝い冷気が満ちたタイミングでセシリヤは氷結魔法を使用しながら床を強く踏みつけた。その振動で彼らを凍らせたのだ。

 「ぐっ……、くそ! 小娘ごときが!」
 「その小娘に氷漬けにされた気分はどう?」
 「チッ!」

 セシリヤはニコリ、と笑みを貼り付ける。

 「それでツノゴマさん、今回の件をちゃんと認めて自ら自首してくれたら解放してあげる。それが嫌ならこのままクエスト管理協会か、役場に突き出す。どっちがいい?」
 「……」
 「自首した方が罪は軽いと思うけど? もちろん、被害を受けた人たちからは非難されるでしょうけど、それは自業自得」

 まだツノゴマは沈黙している。セシリヤは相手の返答を待った。互いの沈黙を破ったのはミラだった。
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