翠眼の魔道士

桜乃華

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第七十四話 抵抗

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 セシリヤに抱きついたままポツリ、と言葉を零す。

 「……よし、やれ。貴様は水と土の魔術が得意なんだったな。ならここの水をせき止めることくらい出来るだろ?」

 ツノゴマの瞳が大きく見開かれる。雇われていた男までもが同じ反応をしていた。

 「おぉ! 水が止まっておるわ! これであちら側には水は行き届くまい……。おい、誰かに見つかっては面倒だ。土人形でも作って見張らせておけ。あとは下位の宿が自然と落ちぶれていくのを待つだけ……。はははっ!」
 「き、貴様なぜそれを……?」
 「おや、この台詞に聞き覚えがありましたか? そうでしょうね、地下水路でツノゴマさんとそこのローブ男との会話ですから」

 ミラは笑みを向けながら言った。セシリヤと土人形の戦いを見たついでに記憶を遡って見ていたのだ。相手が簡単に認めてくれれば黙っておこうと思っていたのだが、ツノゴマは簡単に認める男ではなかったようだ。

 「何というか、やっぱりミラの能力って凄いわよね。戦闘力はないけど、そこで起こったことを読んでしまうんだから隠し事なんて出来ないもの……」

 感心したように言うセシリヤにミラがすぐに反応する。彼の表情は輝いていた。それはもうとても嬉しさが隠しきれていないような顔だ。

 「セシリヤさんが僕を褒めてる? ……褒めている⁉ これはもっとアピールするチャンスなのでは?」

 一人でぶつぶつと呟きだしたミラを無視してセシリヤはもう一度ツノゴマと向き合う。

 「言い逃れ、出来なそうだけど。まだ抵抗する?」
 「……チッ、貴様さえ現れなければすべて上手くいったものの……」
 「それはどうかしら? 世の中そんなに上手くいかないわよ。いつかは自分に跳ね返ってくるものだって師匠が言ってた……気がする、たぶん」
 (そこは自信を持って言ってもいいんじゃない⁉)

 自信なさげに言うセシリヤにティルラはツッコミを入れながらもたまにはいい事を教えているじゃない、と正直感心していた。顔も知らない相手ではあるが、セシリヤの師匠とやらにティルラは興味を持ち始めていた。

 「で、どうするの? 自首するの、しないの?」

 早くしろ、と急かすセシリヤにツノゴマはぐっ、と言葉を詰まらせたままだ。自首をするつもりなど最初からない。どう切り抜けようかと思案していると、先にセシリヤがしびれを切らせた。

 「その顔はどう見ても自首する気なさそうよね」
 「僕もそう思います」

 隣でミラが頷いた。

 「ま、待て! 貴様らは誰に雇われている? 金か⁉ 金で雇われているならその倍以上、いや、言い値を払おう。その代わりこのことは……ひっ!」

 ツノゴマの頬を冷気が撫でた。それはセシリヤの感情に反応しているようにも見える。彼の台詞はセシリヤの怒りに触れてしまったらしい。

 「私は雇われていないわ。これは私の判断でやったこと。そんなに自首したくないならいいわよ、しなくても」

 そう言われてツノゴマは安堵の息を吐いた。けれど、それは一瞬だけ。

 「こちらにも考えがあるから」
 「考えだ……と?」

 セシリヤはツノゴマの目の前に人差し指を立てるとゆっくりと円を描くように動かした。指の動きを相手の目が追っていたが、次第に瞼が下がってきた。半分ほど閉じたところでセシリヤが指を鳴らせば、室内に乾いた音が響く。氷から解放されたツノゴマの体は傾いで床へと倒れた。ミラが屈んでツノゴマに顔を近づけると、彼はいびきをかいて眠っていた。

 「あまり使わないけど、睡眠の魔法よ。しばらくは起きないから今のうちに運んじゃいましょ」
 「……セシリヤって戦闘の時もだけど割と容赦ないわよね……」

 ティルラの零した言葉にミラが「そこがセシリヤさんのいいところなんじゃないですか~」と頬を緩めながら言った。

 「……ん? ティルラさんの声が近いような……? というか、セシリヤさんの胸元から聞こえてくるのは僕の気のせいですか?」
 「ああ。気のせいじゃないわよ」

 ほら、とセシリヤがペンダントを掴んでミラへと見せる。ティルラも魔石越しにミラを見上げてにこやかに手を振っていた。
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