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君を愛することはない宣言した旦那様を寝室に連れ込んだら翌日からしおらしくなりました

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「君を愛することはない!」

 そのありふれた宣言は旦那となった公爵家のマリルイ様と、妻である私、ミュリアの結婚式後に威勢よくなされた。
 本来ならざわつくところ、よく躾けられマナーを弁えた使用人達は表情ひとつ変えずスンッとしている。
 式後にマリルイ様の公爵邸にそのまま連れられたものだから私の両親もおらず、あちらの両親は任を解かれたとばかりに旅行に出かけてしまっていて。

 完全なるマリルイ様の独壇場で、私は特に動じもせずこくりと頷いた。

「政略結婚ですもの、望んではいません」

 そう、これはよくある政略結婚。
 家と家の結びつきによりお互いを盛り立て強化する、当人同士の気持ちなど無視したこの世界の非道な制度。
 それにより婚約破棄が横行したり、犯罪スレスレのイジメを行う令嬢がいたり、追放されたり、かと思えば起死回生してざまぁしつつ幸せを勝ち取る、という流行がある世界だ。

 ――そんな世界に私はどうやら転生してしまったらしい。

 けれどじゃあ私に課せられた試練があるかと言われるとそうではないし、ストーリーも知らないし、これまで命の危機に瀕する波瀾万丈さもない。
 ミュリアとして普通に生まれ、大事に大事に育ててもらい、抜群に顔はいいマリルイ様との結婚が勝手に決められただけの、幸せいっぱいの箱入りお嬢様だったというだけ。

 前の人生よりもそれはそれは愛に溢れた両親に育てられた私はこの世界に不満なんてものはないので、普通に両親に恩返しをしたいとマリルイ様の前に立っている。

「殊勝だな。だが、妻としての役目はしっかりとこなしてもらう」
「当たり前なことです」
「歴史ある我が公爵家の恥とならぬように」
「もちろんです。ところで、お部屋はどちらですか?」
「……案内してやれ」

 前に出た侍女についていくと、さすが公爵邸と言わんばかりの部屋へ案内された。
 私に合わせてくれたらしい可憐な装飾。フリルを模したおとなしい桃色の壁紙。あちこちに咲く小花柄。毛足の長いアイボリーのラグ。
 なるほどこれは、使用人達の気遣いだなと納得する。

 思う存分吟味し、さて、と内扉を探すとおかしなことにそれだけがなかった。
 はしゃいでいた私が急に大人しくなり首を傾げたので、まだお小言を言い足りずついてきていたマリルイ様が怪訝な顔を見せた。

「なんだ?」
「隣は旦那様のお部屋ですか?」
「そうだ」
「内扉はないのですね」
「は? 不要だろう」
「まぁそうですね。私が出向けばいいですし」
「ん……? あぁ、用があれば」
「というより、今引き込めばいいんですね」

 部屋の入り口に背をもたれていたマリルイ様につかつかと歩み寄り、ちょっと引き気味なその腕を掴む。マリルイ様がギョッとした。
 困惑する私よりも大きな男を引っ張り、勢いのままベッドへ放る。
 躾よくマナーをしっかりと弁えている侍女はとっくに退室していた。

「なっ、何をする!?」
「初夜です」
「しょ……!?」
「これも妻の務めでしょう?」

 慌てて起きあがろうとするマリルイ様の肩を押し、横たわる上に躊躇なく跨る。
 前の人生でこういう経験は人並みにあった。だからこそ行為に対しての恐怖心はないし、こんな「愛はない」と宣言された関係だからこそさっさと繋がりを持った方がいい。
 ずるずると同居人をやっていたら、それこそ「愛のない」他人になって私達の関係はテンプレ通りの道へ進んでしまう。


 ……――まぁ結局、愛はないのだからそうして自由に過ごしてもいいのだけど。


 両親への恩返しと、これからの幸せを考えると、子供を持ってみてもいいと思ったのだ。
 ミュリアである私の顔はそれこそ漫画で見るように可愛らしいし、マリルイ様の顔もやっぱり底抜けにいい。ということは子供も美しく生まれる。

 そんなわけで、ひとまず初夜を襲って実りを待つことにしよう。愛なし宣言された瞬間にそう決めたのだった。

「抵抗しないでください旦那様」
「やめっ……て、抵抗するに決まってるだろ!」

 力では敵わないし、ただ押し問答をしていては逃げられてしまう。この焦りようからもしかしたらマリルイ様は童貞かもしれない。ならば押しの強い女を前にしてはさらに萎縮して逃げ出してしまう可能性が高い。なので、さっさと捕まえておかなければ。

 私は押しのけようとする手をかわし、遠慮なく男性の核心へと触れた。

「ぅあっ!?!?」

 じんわり温く、柔らかく重量感がある。
 私の手が華奢なこともあるけれど、これはこれは、大層立派に誇っている。でかい。

 優しく撫でると、ソレはわずかに反応した。

「おおおおまっ、おまえっ、どこを触って……!!」
「ミュリアです、旦那様」

 力が緩んだ隙にもう片方の手は胸元のシャツの上を滑らせる。二、三度そうすれば、小さな突起が手のひらに引っかかった。
 頬に熱を持ったマリルイ様の口から艶めかしい吐息が漏れる。

 私はここぞとばかりに突起を手のひらで撫でた。

「んぅっ……さ、触るな……っ」
「まぁ、触るなだなんて……下もずいぶんと喜んでいますよ?」

 手のひらで小さな突起を転がしつつ、優しく撫で続けていた下の突起は予想通りの大きさに育っていた。下穿きの中では窮屈そうなほどに盛り上がっている。
 ここまで育てば大抵の男性は逃げ出すという選択肢をなくしているはずなので、小さな突起に刺激を与えながらマリルイ様の衣服を乱していく。

「ご立派な腹筋……」
「お、お前に羞恥心はないのか……!?」
「ミュリアですわ、旦那様」

 はだけた胸元にそっと口付ける。
 マリルイ様はびくりと反応し、胸の上で鼓動が大きくなっているのがわかった。脈打つ小さな突起を、私は舌先で転がす。

「ぅあっ……あぁっ……」
「気持ちいいですか?」

 漏れ出る声を抑えようとするマリルイ様にゾクゾクとする。正直、男性に対してこうして優位に立ったことはない。攻める側はこんな優越感に浸れるのかと感動するくらいに、マリルイ様はいい反応をしてくれる。
 ちゅっと音を立てて強めに吸ってやれば、見下す私に恍惚の表情を向けてきた。

 愛はないけど、顔がいいのは大事だなぁ。

「もう少し遊びますか?」
「……あそ、ぶ?」
「まだ焦らしますか?」

 跨る私のお尻にぐいぐいと押しつけてくる盛り上がりを後ろ手で撫でる。わずかに布が湿っていた。
 そこを中心に指先をくるくると回せば、マリルイ様はすっかり蕩けた発情顔を歪めた。

「も、もう我慢できない……!」
「わかりました」

 ベルトを外し、私の脱がす手をもどかしいとばかりにマリルイ様自ら下穿きを脱いだ。
 途端にそり返るマリルイ様のソレ。手の感触で思い描いていたのとは段違いなソレ。私の記憶にあるものとは大違いな太さと長さのソレ。

 はい、るかなぁ……。ちょっと慄いた。

「お願いだっ……」

 同性すら誘惑しそうな破壊力抜群の懇願が私に向けられた。瞳は潤み、頬は上気して、唇は口付けを誘うように艶めいていて。
 跨る私の股の下で、すでに先走って下半身が動いている。

 こちらから仕掛けておいて今さらここで引くことなんてできず、私も唾を飲み込んで下着を脱いだ。
 改めてマリルイ様の上に乗ると、はちきれんばかりの熱が直に私に触れる。くちゅり、と音を立てた。

「……っはぁ、く……っ」

 マリルイ様の動きに合わせて私も上をすべる。
 攻めることに集中していたけれど、それはそれでとても興奮していたらしい。マリルイ様の大きさを包み込み、私の中から溢れた蜜はとてもよくすべった。それほどに濡れていた。
 マリルイ様の腰が沈み、私を目指して不器用に突き上げようとしてくる。

 その本能に手を添え、私は自身へと誘った。

「――――っつ……」

 浮かせた腰を沈めて、先端からゆっくりと。溢れる蜜に助けられて幸いにすべりは良い。
 けれど男を知らないミュリアの私は、マリルイ様の大きさを容易には受け入れられない。
 焦らず少しずつ、腰を浮かせて、また沈めて。浅く抜き差しを繰り返すと、だんだんとマリルイ様が私の中へ入ってきた。

 痛みはあるけれど、慣れた頃には快感もやってくる。そのわずかな快感を求めて浅く腰を振ると、私の下でマリルイ様も喘ぎ声をあげた。
 腰に添えられていた手はいつしか力が込められて、私を遠慮がちに引き寄せようとする。

 早くすべてを挿れてしまいたい。そんなマリルイ様の欲望が見えて、私は一度深く息を吐いてから、腰を沈めた。

「ああっ……!」

 マリルイ様が大きく背中をそらした。
 結合部には痛みが走り、途端にお腹が苦しくなった。マリルイ様のすべてが私の中に入ってしまった。そのことが、私にとっての快感に変わった。

 腰を浮かせるとマリルイ様が抜けていく。けれど、やっぱり長い。少し浮かせるくらいでは私の中に残ったままだった。
 また沈めると、今度は一気にお腹が苦しくなる。あれだけの巨体がよく私の中に入ったものだと思う。マリルイ様は、苦しげに私の中で大きくなり続けている。

 その様子が、じんわりと私の蜜を増やした。

「動きますよ、旦那様……」

 マリルイ様の鍛え上げられた腹筋に手をつき、私は再び腰を上げた。私の中から抜けていくマリルイ様。けれど今度は、勢いよく腰を落とす。ぱちゅん、と肌同士のぶつかる音が響いた。
 マリルイ様の「あぁっ」という声に合わせてもう一度。スピードを上げて、引き抜いた。すかさず腰を落とすと、マリルイ様は体をのけぞらせる。

 そそる反応。思わず口元が緩んでしまう。
 本格的に腰を揺らそうと腹筋に置いた手に体重を乗せると、マリルイ様の手ががっしりと私の腰を掴み直した。えっ? と思う間に腰が引かれた。
 そして、容赦なく突き立てられる。ぐちゅ、と音を立てて深く。不意打ちの動きに、思わず力が抜けてしまう。

「ミュリア、くっ……!」

 私の動きよりも深く、奥深くに突き立てられ、痺れる快感に私の中でどくどくと太い熱が脈打った。吐き出される、マリルイ様の欲望の白液。奥へ奥へと、腰を掴んだ手で引き寄せてさらに最奥へ。
 私の名を呼んだ切ないマリルイ様の喘ぎに、やがて白液はあふれて、私達の結合部に流れ落ちた。



 ❇︎



 三こすり。
 たったの三擦りだった。
 何がといえば、マリルイ様が絶頂に至るまでの回数だ。

 賢者タイムに入ったマリルイ様は、我に返って慌てて私の下から抜け出した。それと共にずるりと引き抜かれたソレ。栓がなくなり、とろりとこぼれ出た白液。
 自らが吐き出した欲望に、マリルイ様は羞恥に頬を染めて逃げ出してしまった。

 その様子から、マリルイ様はやっぱり童貞だったことがわかる。ミュリアにとってもはじめての経験。けれど前世の記憶がある私には久々の行為であり、愛はないけれど相手はイケメンだったわけで。
 もうちょっと楽しみたかったなぁ、なんて思うのは私が変態すぎるんだろうか。

「お湯加減はいかがですか、ミュリア様」
「ちょうどいいわ。ありがとう」

 にこにこと笑顔の消えない侍女は私の目覚めに合わせて湯浴みの用意をしてくれた。つまりそれは、昨夜の情事を知ってのこと。

 マリルイ様があんな感じなのでせめて使用人とは仲良くなりたいと思っているけど、ここの使用人達は仕事上では私に冷たい態度を取るはずがない。
 それは例え主人を寝室に引きずり込んだ私を変態だと思っていてもだ。

 けれどじゃあ、絶え間なく笑顔を向けられ続けているのはなんなのかしら。愛想笑い?
 ううん、なんだかとても、あたたかい眼差しな気がする。それはもう、微笑ましいという想いを込めたような。慈しみの目をしている。
 もしかして、私とマリルイ様の仲を勘違いして……?

「ミュリア様、お部屋に朝食のご用意ができました」

 もう一人、にこにこと微笑む侍女が私を呼びにきた。すっごく嬉しそう。
 朗らかな雰囲気に私は、ねぇ知ってるでしょ? と声を大にして言いたくなってしまう。政略結婚なんだから望まない体の関係があること。子を成すという義務があること。貴族に仕えるあなた達なら、当たり前に知ってることでしょ? 私は次に月のものがこなければ、もうきっと二度とマリルイ様と必要最低限以外の関わりは持たないよ?

 もやもやと考えながら湯を上がり、丁寧に髪を乾かし梳かれる。支度を整えて朝食の用意された部屋へ戻ると、ちょうど扉がノックされた。

「お、おはよう、ミュリア」
「旦那様。おはようございます」

 昨夜ぶりにマリルイ様が私の部屋にやってきた。
 視線はあちこちにせわしなく、心なしかもじもじとしている。

「何か御用でしょうか?」
「あ、その、私はもう仕事に出るから、その挨拶をと思って……」
「それは、私がお見送りに出ず無礼でした。申し訳ありません」
「いや、いいんだ。今日の食事はお前の部屋に用意させるから、ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます……?」

 もじもじなマリルイ様はまさしく一夜を共にした後の初心ウブさを発揮していた。そしてこの気遣いはなんだろう? と疑問に首を傾げると「体が辛いだろう……?」と小声で答えをくれた。なるほど。

「お気遣い感謝いたします、旦那様。行ってらっしゃいませ」

 「いいえ?」という即答をなんとか飲み込んだ私。もじもじマリルイ様をにこやかに送り出した。

 たったの三擦りで筋肉痛になるわけでも腰が砕けるわけでもない。ちょっと痛みは残るものの、至って健康体そのもの。
 一回戦にも満たない交わりは不完全燃焼そのものだったわけだけど、童貞のマリルイ様にとっては妻の一大事として盛大に気を遣ってくれたらしい。

 私とマリルイ様のやり取りを見守った侍女達の、優しい空気の中で席についた。フルーツをひとつまみ。ジュワッと広がる瑞々しい甘さに、一息つく。

  ――みんなの勘違いは、マリルイ様のせいだったのね……。


 もじもじマリルイ様の気遣いはその日限りかと思いきや、予想に反してその後も続いた。
 面と向かうことは妻として公に出なければならない最低限の機会だけだったが、侍女を通して花や本、時にはドレスが贈られてくることもあった。

 日々テーブルを飾る花は日々違うもので、けれどバランスよく彩りを与えてくれる。一冊を読み終えた頃にまたちょうどよく届く本は、マリルイ様との時間を取らない私にはいい暇つぶしになった。

 妻の仕事をこなす時にはマリルイ様から贈られたドレスを身にまとい、会わない分だけ与えてくれる気遣いに感謝の礼を述べた。
 社交の場ではさり気なく笑顔をつくるマリルイ様が、その時だけはぎこちなくそっぽを向く。赤らんだ頬が、照れてることをハッキリと表していて。

 エスコートするために差し伸べてくれた手が驚くほどに汗ばんでいるから、本当にウブだなぁと微笑ましく思った。
 もしかしたら最初の「愛さない」宣言も、このウブさが故に堅物化しちゃっただけかもしれない。そう考えれば、ちょっと可愛いと思えてしまう。


 そうして程よい距離感のまま、気づけば月の予定日が半月ほど過ぎた。これはもしや!? と思ったのも束の間、予定がずれた分だけの重さを引き連れてその痛みはやってきた。
 動くには辛く、座って本を読むにも頭がぼんやりとする。自室のベッドに張り付けになった私は、ただひたすら重たい痛みに耐えていた。

「ミュリア、大丈夫か!?」

 ノックもなしにマリルイ様が飛び込んでくるまでは。

「旦那様……? 本日は会合では?」
「お前が寝込んでいると聞いて抜けてきた。大丈夫なのか?」
「えぇ、大丈夫です。お腹が痛むだけですから」

 そばにいてくれた侍女に代わり、マリルイ様がベッドに腰掛ける。私の返答にキッと目尻が吊り上がった。

「それは大丈夫とは言わない。医師を――」
「つ、月のものですから、医師は必要ありません!」
「月のもの……?」

 気遣いマリルイ様が勢いのままに立ち上がろうとするのを、腕を掴んで止める。月のもの発言は、私とマリルイ様の仲では恥ずかしさが込み上げた。
 頬に熱が集まる私に、同じくマリルイ様も合点がいったようで顔を赤くした。

「いつもこんなに痛むのか?」
「いえ、これほどではありません。今回のは予定より遅れて重くなったようです」

 「遅れて……」と呟いたマリルイ様は、少しの間を置いてまたベッドに座り直した。
 腕を掴んでいた私の手に、そっと自身の手を重ねた。

「すまない、私のせいか……?」
「え?」
「……その、経験がなく、未熟で……お前のことを考えず、悪かった。私はお前に、欲望のままに……」

 何に対しての謝罪かわからずに聞いていたが、最後の言葉でようやく意味がわかった。侍女のいる前でそんなことを言わないでほしい。

「だ、旦那様が謝ることでは……! ちょっとした体調不良や環境の変化でも変わりやすいものです。女性にとってはついて回るものですから、私は大丈夫です!」

 だから旦那様もお気になさらず、と伝えると、しんみりと「繊細なのだな……」と返ってきた。

「私にできることはあるか?」

 そのマリルイ様の気遣いに、待ってましたとばかりに侍女が「お腹の上に手を置いて差し上げてください」とにこやかに。戸惑うマリルイ様に「温まると痛みは和らぎますから」と追い討ちをかけ、まんまと大きな手を私のお腹に置くことに成功した。

 手のひらからお腹に、じんわりと温もりが広がる。

「こ、これでいいか?」
「はい、ありがとうございます。温かさが心地いいです……」
「さするか?」
「このままがいいです。それともう少し、力を抜いてくだされば」

 マリルイ様の手は痛むお腹に圧をかけないようにか、可笑しなくらいに強張っている。エスコートやダンスの時は器用に寄り添ってくれるその手が、なぜ今はこんなに不器用なのか。
 笑い出した私に、マリルイ様はムッと眉を寄せて「すまない……」と少しだけ力を抜いた。

 私に添ってくれる優しさに、気持ちまであたたかくなる。

「……赤ちゃんは宿りませんでしたねぇ」

 だからつい、ぽろりとこぼしてしまった。
 マリルイ様がギョッとした。

「こっ……子が欲しいのか?」
「えぇ、欲しいです」

 今後のために。

「わ、私の子が欲しいのか?」
「もちろんです」

 マリルイ様の子じゃなければ意味がありません。
 不思議なことを聞くなぁとマリルイ様を見ると、とっても真面目な表情をしていた。

 そして、

「――……しばし待て!!」

 勢いのままに出ていってしまった。



 ❇︎



 それから数日で私の体調は元に戻り、さらにそこから一週間を軽く過ぎた頃。あの日以来会っていなかったマリルイ様が目の下に特大のくまをつくって、明らかに寝不足の面持ちで私の部屋を訪れた。
 一体何事かと思いきや、マリルイ様はただ一言「明日は共に出掛けよう」と告げてふらふらと自室へ戻っていった。

 何かあったのかしら? とマリルイ様を心配しつつ、仮初の妻モードで翌日を迎えた私は、あれよあれよという間に侍女達によっていつもより可憐に飾り付けられてしまった。マリルイ様カラーが今までで一番に光っている。

「なんでしょう、これは。デートですか?」
「デートだ」

 マリルイ様から向けられるには似合わない言葉に私は呆けた。顔を背けたマリルイ様の頬はどんどん赤らんでいく。いつも通りのもじもじマリルイ様とは違う、なんだか強気な姿勢。目の下に残るくま。
 エスコートの手は自然に指を絡めた恋人繋ぎに代わり、ぐっと隣に引き寄せられた。


 ――わぁ、本当にデート……?


 感動している私は手を引かれるままに、まずは劇場へ連れ込まれた。

 劇場では用意されたカップルシートで大人気の演目を楽しんだ。その間、この人はどうして手を離さないんだろう? と握りしめられた手をさりげなく逃がそうとするも都度失敗に終わり。
 結局最後まで私の手はがっちりと拘束されたまま、拍手もできずに劇場を後にした。

 次は仕立て屋。
 マリルイ様御用達のお店らしく、扉を開くなり別室へ案内された。対応してくれた初老の店主は私達の繋いだ手を見て、それはそれはにこやかになった。マリルイ様はそんな店主にツンと素っ気なくなる。
 そこでは私の体の細かい採寸と、ドレスの色や生地は選ばずにレースや刺繍、装飾品をたくさん選んだ。選んだと言っても私の意見にプラスして、マリルイ様の要望が多く通されたような気がする。
 どんなドレスになるんだろうと楽しみになった。

 その後は隠れ家的なカフェに立ち寄り、軽い昼食。それぞれに注文したものが違い、マリルイ様がもじもじと私に一口分けてくれた。手ずからそんなことをしてくれたので驚いたけれど、なんだか嬉しくて私も一口お返しした。マリルイ様の頬は真っ赤でしかめっ面で、なのに私と目が合うと「美味しいよ」と微笑んでくれて。
 わぁ、デートだぁ……とつられて私も赤くなってしまった。

 カフェを出ると夕方までは時間があるということで、街を一緒に歩いた。ウィンドウショッピングをしてみたり、フラワーガーデンに立ち寄ってみたり。
 マリルイ様から出てくる雑談のようなものはないけれど、私が話しかけると面倒くさがらずに返事をくれるので、気まずさやつまらなさというものはまったく感じなかった。

 終始手を繋いだままさりげなくリードしてくれるマリルイ様があまりにも素敵で、今日ばかりはこんな旦那様で幸せだなぁと思った。


 それからあっという間に夕刻になり、最後に用意されていたのは王族も足繁く通うホテル。
 レストランだけかと思いきや、マリルイ様は咳払いを何度もして喉の調子を整えてから「……一泊する」と教えてくれた。

 こんな高級ホテルに……!? と瞳を輝かせる私。それを見て、顔を背けて静かに笑うマリルイ様。

 レストランでは公爵邸にも負けず劣らずなディナーをいただき、シメのスイーツまで完食して、食後は庭園でのんびりと散歩する。
 やっぱり手は繋いでいて、一日中こうだったからむしろ離してる方が少し寂しく思うくらい。
 明るい月夜の下、心地よい風に吹かれて噴水の縁に二人で座ると、マリルイ様はまた何度も咳払いをした。

「ミュリア、あの……」
「はい。旦那様」
「今さらだと思うかもしれないが、その……」
「はい、なんでしょう?」

 美味しいディナーで満腹で、今日一日が夢のように幸せで。
 マリルイ様の緊張は、今度は何に対してだろうとふわふわした気持ちで待った。マリルイ様は深呼吸すると、私に向き合う。

「お、お前の気持ちを蔑ろにしてすまなかった!」

 …………ん? 蔑ろ?
 想像の斜め上から切り込まれて理解ができず、私は笑顔のまま首を傾げた。

「私があんなことを言ってもお前は気丈に振る舞っていたが、初めてを自ら捧げる程の気持ちだったと。それは女性にとって、とても勇気のいることだと教えられた」

 ……???
 えっと、何を、誰に???

「お前は、私の子を欲しいと言うほどに、私のことを好いてくれていたというのに……!」

 子が欲しい……。
 それでなんとなく理解した。マリルイ様の陥っている勘違いに。
 あまりに見事で、うっかり「なるほどぉ……そんな解釈に……」と言葉に出してしまった。一体誰が何を吹き込んだのやら。

 私の反応にマリルイ様は虚をつかれていた。

「ちがう、のか?」
「私はただ、妻の務めとして初夜は旦那様と過ごしました。いささか強引ではありましたが後継ぎを残すことも公爵家には必要ですから、なのでマリルイ様の子供が欲しい、も……」


 私は、マリルイ様を嫌いなわけではない。政略結婚だからある程度は受け入れていたし、愛さないと言われた時だってそんなに動じなかった。ただ、妻の務めだけをこなして小さな幸せを掴めたらいいと思っていた。

 その中でマリルイ様が気遣ってくれる優しさや、私の前で見せるしおらしい態度。不器用で恥ずかしがり屋なところは、とても可愛らしくて好ましいところだ。このまま仲良くなれたら、と何度も考えた。もしマリルイ様が、私のことを想ってくれたら――なんて。

 それが私の答えで、マリルイ様には言えない、一線を引いている部分。


 だから「妻の務めだったのか?」と聞かれたら、私からの好意を望んでいないマリルイ様には「はい」と答えるしかなかった。

 その結果、たとえマリルイ様に凄まれることになったとしても。

「えぇっとぉ……?」

 お、怒ってる? 尊厳を傷つけてしまった?
 「つまり、違ったのか?」と重ねられた凄みは私への問いのようで、独り言のようで。答えるべきか迷っていると、マリルイ様はスッと表情を消した。

 そして立ち上がったマリルイ様に手を引かれ、私は勢いあまって抱きついてしまう。体勢を直す暇を与えられずに抱きかかえられ、そのまま足早に庭園を抜けた。

「だ、旦那様!?」
「…………」

 無言がこわい。無表情もこわい。
 ホテルに戻ったマリルイ様は案内のスタッフに「不要」とだけ言い、迷うことなく用意された部屋に入った。
 たぶん、とっても豪勢なお部屋。こんな状態じゃなかったら「きゃー!」なんてはしゃいで見て回っただろうお部屋。

 大きくてふんわり柔らかなベッドに置かれたと思ったら、すかさずマリルイ様の両手が私の手をそれぞれに捕まえた。しかも、しっかりと私の上に跨って。

「私のことを好いていたのではなかったのか?」

 間近で見つめる顔はとてもこわくて美しくて、内心の私はずっと悲鳴をあげ続けている。こんなシーン、客観的に見たら普通にキュンとしてしまう。

「私のことは好いていないのか?」

 捕まっていた両手がするすると私の頭上へ。マリルイ様の片手だけで、私の両手はあっさりと固定されてしまう。
 もう片方の自由になった手は、あろうことか私のスカートをまさぐって直に太ももを撫でた。

「待って……! 旦那様、落ち着いてください!」
「私は落ち着いている。これほどに落ち着いていることはないよ、ミュリア」

 私の首筋に熱い吐息がかかる。当てられた歯は噛みつく一歩手前で、ゆっくりと舌が這って。くすぐったさに身じろぎすると、私の足に固いものが触れた。……全然落ち着いてない!

 太ももをすべる手はわずかに浮いていて、触れるか触れないかくらいでこちらもくすぐったい。
 身じろぎすればするほどにマリルイ様のごつごつとした主張が激しく、私は焦るばかり。

 だって「愛することはない」って言ったのに。だから私も自分の幸せを掴むために、あなたが望む妻の形を目指したのに。不器用な優しさに揺らぎそうな自分の気持ちに蓋をしているというのに、その結果のこれはなに!?

「んっ」

 ぢゅ、と首元で大きく鳴った。いきなり与えられた小さな痛みに顔をしかめてしまう。
 ようやく顔をあげたマリルイ様は舌なめずりをしていて、自分のつけた痕をまじまじと見つめた。

「……まぁ、そうだな。妻の務めとして、子を生んでもらうのもいいか。子が欲しいのだろう?」

 ひぇっ。闇堕ちしてない!?
 拘束されていた手が解放され、代わりに背中に差し込まれる。少し持ち上げると、もう片方の手がドレスの留め具をあっという間に外した。するするとコルセットの紐が緩められていく最中、首すじにはずっと唇や舌の感触があって。

 こんなところで器用さを発揮しないで欲しいと思いながら、与えられるくすぐったさに身をよじり漏れ出そうな声を我慢した。
 こわい顔をしているくせに、触れ方はいつにも増して優しいのがずるい。

 コルセットの最後の紐を解かれ、とうとう胸元に布がただ乗っているだけの状態になった。
 マリルイ様は険しい顔で私を見つめ、やがて大きなため息と共に抱きしめられた。

「はぁ、クソ……なんで抵抗せず受け入れるんだ? 妻の務めだからか? お前に口付けしても、それも許すというのか?」

 耳元でぼそぼそとつぶやかれる。
 怒ったような困ったような口調に、行為が止まったことに、私は知らずと安堵していた。

「どうしたらお前は、私を好いてくれるんだ?」
「……好きだと言えば、怒りはおさまりますか?」
「は?」

 顔をあげたマリルイ様の眉間に皺が寄っている。

「私が傷つけてしまったらしい旦那様の尊厳は、守られますか?」
「なんだそれは。なんでお前は……クソ、なんなんだ。私はこんなに、お前を好きにさせられたというのに」

 好き……? 好き!?
 投げやりな口調で凄まれ、つい私は目をそらした。

「ご、ごじょうだんを……」
「冗談で言うか。何も思わない相手に私が花や本、ドレスまで贈ると思うのか?」
「……贈らない、でしょうね」
「ならばそれが答えだ」

 熱っぽくされた体が、さらに熱くなっていく。

「でも、だって……私を愛さないって、旦那様が言ったんじゃないですか……!」
「それは心から申し訳ないことを言ったと思っている。女性には不慣れで、ベタベタ寄られても面倒だと思ったんだ」
「て、手のひら返すのが早い!」
「あれは仕方ないだろう! あんな……わ、私も初めての経験だったんだ。意識しないほうがどうかしている」

 私の疑念を先読みしてか、マリルイ様は早口ですぐに続けた。

「もちろん、それがすべてではないぞ。ちゃんとお前のことを見て、聞いて、触れて、その上で私は……」
「そんなことをなさっていたんですか?」

 うっ、と詰まったマリルイ様は、余計なことまで教えたとばかりに咳払いで誤魔化した。

「と、とにかく。前言撤回したい。私は、お前を好きになってしまった」

 こっちを見てくれと、切実そうに言われ、見つめ続けるマリルイ様にそっと目を合わせた。

「ミュリア、お前の気持ちはどうだ? 私のことは嫌いか……?」
「…………私だって、好きにならないはずがありません」

 マリルイ様が、ふはっと笑う。照れの混じった少年のような笑顔で「そうか」と。
 おでこ、まぶた、頬、そして唇を前に止まったマリルイ様はちらっと私の瞳を覗き込んだ。

「愛する者として、口付けてもいいか?」
「……はい」

 ちゅ、と軽く触れる。
 それを何度も繰り返すうちにだんだんと深く、お互いを求めるように押し付けて。薄く開いた唇からマリルイ様の舌が遠慮がちに入ってきて、私の舌を絡めとっていく。交じった唾液はもはやどちらのものなのかもわからず、ただ甘い蜜の味に酔いしれた。

 そのうちに、マリルイ様の手はゆっくりとドレスを脱がせていく。
 とっくに紐を解かれたコルセットは難なく私の体から離れていき、露わになった乳房をマリルイ様は「綺麗だ」と褒めてくれた。

 やわやわと手のひらで丸みを沿って撫で、私の唇を離れたマリルイ様は今度は鎖骨をなぞる。
 丸みを沿う手は壊れ物のように慎重に、宝物のように大事に包み込んで、やがて指先が突起を刺激する。

「あっ」

 指先でつままれ、ツンと立つそれを指の腹で転がされて。鎖骨をなぞっていた舌はだんだんと下におりてきて、待ちきれないとばかりに膨らみを口に含んだ。
 マリルイ様の口内で、私の敏感な突起が舐め上げられる。

「んん……あっ……」

 ちゅっと吸われて離れて、また含まれて。舌先はころころぐりぐりと固さを楽しむように遊び、もう片方は指先で弄られて。
 たまに上目遣いで私を見るマリルイ様に、ただただ恥ずかしさが募る。体がびくびくと反応してしまう。

 両手で顔を覆うと、マリルイ様はわざと音を立てて突起を解放した。そしてイタズラを思いついたように乳房のあちこちに吸いついた。

「だ、だんなさま……?」
「ん?」
「あの、そんなに痕をつけられては……」

 お泊まりを終えた後、湯浴みや着替えの際に侍女達に見られてしまうんですが……。
 私の心配をよそに、マリルイ様はご機嫌で花を咲かせていく。一体いくつ付けるのと不安になった私は吸い付くマリルイ様を手で押すと、ようやく顔をあげた。

 押していた手が捕まる。

「顔は隠さずにいてほしい。お前の全部が見たい」

 私を見つめたまま手首に口付け、唇にも落とし、流れるように首筋にまた一つ花が咲く。

 イ、イケメンの本気……! 破壊力……! なんて圧倒されているうちにマリルイ様の手は太ももをすべり、確かめるようにそっと秘部をなぞった。

「あっ……」
「は……すごいな」

 指の腹が優しく割れ目を行ったり来たりする。溢れた蜜がとろりとマリルイ様の指に絡みついた。

 再び乳房を舐め上げられ、そり立つ敏感な部分を転がされ、下では指の動きがだんだん遠慮がなくなってきていて。
 ついに剥き出しになった、新たな快感の芽がマリルイ様の指に引っかかる。

「あぁっ……!」
「ここか?」

 くり、くり、と集中的に撫でられる。
 蜜が絡み付いたマリルイ様の指はとても滑りがよく、いとも簡単に膨らみを大きくしていった。
 声を我慢できずよがり始めると、蜜は、水音を立ててしまうほどに溢れていく。

「ミュリア、口を開いて」
「あ、ん……はぁっ……」

 喘ぎ声と共に薄く開くと、マリルイ様の舌が割って入ってきた。先ほどとは打って変わった積極的な舌使い。口内を満遍なく堪能され、濃厚に絡み、犯されるように。
 指で転がされていた、ついに隠れきれなくなった快感の芽が、きゅっと摘まれた。

「んぅっ……! うぅ、ふぁっ……」

 塞がれた唇と唇の間から漏れ出る。
 与えられる刺激と、蕩けるような甘さに呼吸が間に合わない。酸素を求めて口を開けばマリルイ様が深く私を求めてきて、けれど私の芽を擦る指は止めてくれなくて。
 水音はもはや、どこから鳴っているのかわからなくなっていた。

「気持ちいいか?」

 唇が触れたままで問われる。
 言葉を返せず、頷く余裕もない私は間近で見つめるマリルイ様を見つめ返した。
 ふと、目元が柔らかくなり、もう一度深く口付けられる。

 指が、刺激を止めた。
 ゆるやかに位置をずらして、ついに溢れる蜜の入り口へ。つぷぷ、と侵入してくる。

「ふぁっ……んぅぅっ」
「痛くないか?」

 これには小さく何度も頷いた。
 安心したマリルイ様は指をゆっくりと沈めていく。根元まで入ると引き抜き、また沈める。
 くち、くちゅ、とこれまでとは違った水音が耳に絡みついた。抜き差しを繰り返す指は折り曲げられ、私の良いところを探ってくる。

 「ここは?」「こっちか?」と中を擦られ、マリルイ様にはあられもない顔を見つめ続けられて。
 探る指が奥を掻き回した時、私の体はビクッと跳ねた。一際声が高くなり、それが答えとなった。
 マリルイ様がそれを見逃すはずがなく、ニッと口角を上げた。

「ここか」

 何度か確かめるように擦られ、私の反応を楽しんだマリルイ様はおもむろに指を引き抜いた。
 快感から解放されぼんやりとする私に軽く口付け、そして「挿れてもいいか?」と。

 直接聞かれたことが、これまでの行為、それからこれからの交わりを明確にされたようで、恥ずかしくて今さら頬に熱が集まる。
 見つめる視線から逃れることもできず、両手で顔を覆った。くぐもった「はい」の返事に、マリルイ様は私の手に口付けを落とした。

「……痛かったらすぐに教えてくれ」

 マリルイ様の体が離れる。離れると言っても、私の足を割ってそこにはいる。
 恥ずかしさで顔を覆ってしまったのをいいことに、たぶんすべてが見られてしまっている。
 マリルイ様の、ごくりと唾を飲み込む音が静寂の室内に溶けて消えた。

「挿れるぞ」

 あてがわれた熱。
 先端だけなのにすでに存在感が大きく、マリルイ様がどれほどの欲望に耐えて私とゆっくり繋がっていこうとしてくれているのかがわかる。
 少し入っては、すぐに引き抜いて。私に痛みを与えないよう、自身を受け入れてくれるのを待つように、ゆっくりゆっくりと大きなソレを馴染ませていく。焦ったいほどに。

 そのおかげで、マリルイ様の大きさや長さ、形を実感してしまう。
 一度は私の中に収まったソレが、再び私の中に収まろうとしている。今度は想いが通じ合った上で、お互いに欲した上で。

 だから、私も気が急いてしまう。

「だ、んな様……っ……」
「……っ!」

 突如、押し入ってくる圧迫感に「あぁっ」と声が出てしまう。
 優しさが欲望に負けた瞬間。マリルイ様は大きく抜き差ししながら、私の中にすべてを収めていった。根元までしっかりと繋がり、私はぎゅうっと抱きしめられた。

「そんな顔で煽るな……っ。痛くはないか?」
「だ、いじょうぶ、です……」
「……少し、このままで。またイってしまいそうだ」

 ぽそぽそとした独り言に思い当たり、つい口元が緩んでしまう。そういえば初夜では三擦りだった。
 マリルイ様もそれは恥だと思っていたらしく、深呼吸をして整えてからそっと体を離した。

「……笑っているな?」
「笑ってないですよ」
「口が可愛い形になってるぞ」

 ふにふにと唇を触られ、可愛いと言われたことにも驚いて。してやったりな笑みを見せたマリルイ様は私に深く口付けてから、耳元で囁いた。

「今日は、あの日のように終わらせてやることはできないからな」

 ゆるゆると私の中で動き出す。

「あの日、なけなしの理性をかき集めてお前から離れたんだ。でなければ私は、獣のようにお前に覆い被さっていただろう」

 あの日。思い返すのは、私の下から抜け出して逃げるように部屋を出ていってしまったマリルイ様の姿。あれはウブさからではなく理性だったのだと、低く唸るように息を漏らす、見たことのないマリルイ様に思い知らされる。
 「クソ、きついな」と苦しげに、耳に噛み付くように言われて、ぞくりとした。

「動くぞ、ミュリア」

 上体を起こしたマリルイ様は、私の腰に優しく手を添えた。そして引き抜く。繋がっていた圧迫感がなくなり、けれど中を擦られる感触に声が漏れ出て。間を置くことなく、また入ってくる。ゆっくりと。ゆっくりと、抜き差しを繰り返される。リズミカルに、奥を突くように。

「あっ、あっあっあっ……」

 だんだんスピードがあがっていく。
 マリルイ様のソレで奥を突かれ、太さで擦られ、快感に溺れそうになる。疲れる様子もなく腰を振り続けるマリルイ様は私のおへその下を片手で少し押し込むようにして押さえた。それがより、入り込んでくるマリルイ様の形を明確にした。

「やっ……ぁんっ、はぁっ……」
「すごいよミュリア……全部、入っている……」
「いわ、ないでっ……」
「はぁ、気持ちいい」
「わたしも、です、だんなさまっ……」
「マリルイだ」

 ぐっと腰を引かれ、少し持ち上げられた。
 そのまま再びマリルイ様が動き出すと、先ほどとは違うところにそり立った先端が当たる。すりすりと擦られ、私は思わずのけぞってしまう。

「やぁっ、そこは……っ」
「ここが好きなんだろう?」
「や、あっ、あっ、」

 指で探り当てられた快楽を、今度はマリルイ様のソレが容赦なく攻めてくる。優しくすりすりと、次第に先端をぐりぐりと押し付けて、自らも快楽を求めて。
 喘ぎが止まらない私に、マリルイ様の腰はどんどん速さを増した。肌と肌がぶつかる音が響く。

 まるで麻薬のような快感に、どうにかなってしまいそうな私はマリルイ様に手を伸ばした。
 受け入れるように体を沈めたマリルイ様は私を抱きしめて、その間も腰の動きは止まらなくて。

 汗の滲む体同士を密着させて、ぱちゅぱちゅと鳴り止まない水音が交わりの最高潮を表しているようだった。

 マリルイ様が乱暴に口付けてくる。ふ、うっ、と漏れる低い声。舌使いはおざなりで、耐えるように瞳は硬く閉じられていた。その姿があまりにも綺麗で妖艶で、きゅうとなる。
 途端に、マリルイ様は「ミュ、ミュリアっ」と訴えるように私を見た。

「し、締めるな」
「しめてなんかっ……」
「もう我慢できそうにないんだ」

 そして、マリルイ様は大きく腰を振った。自らの快感だけを求めた激しい抜き差し。私の中で果てようとしている必死さに、ただマリルイ様の溺れそうな表情だけで、私も感じてしまう。

「ミュリア、愛している」
「わ、たしも、」
「マリルイと」
「マリルイ、様ぁ……っ」

 すべてが抜けるほど引き抜かれ、最奥へ沈められる。太い熱がドクンっと脈打った。欲望が吐き出され、さらに奥に注ぎ込むようにして、マリルイ様は腰を打ちつけた。
 二人の蜜液が絡み合い、溢れて、やがて滴り垂れた。


「辛くなかったか?」

 息が整うと、マリルイ様は顔いっぱいに口付けを落としてきた。くすぐったさに「ふふ、大丈夫です」と笑い混じりで答えると、唇にも触れてきて。

「お前の可愛い顔をいっぱい見られて幸せだった」

 微笑んだマリルイ様がカッコよくて、優しくて、私まで幸せいっぱいになってしまう。蕩けた気分で腕を回して抱きついた。

「愛しているよ、ミュリア」
「私も愛しています。マリルイ様」
「もう一度、口付けたい」

 抱きついていた腕をゆるめ、もう何度目かも知れない触れ合い。深く重ねれば、自然とマリルイ様の舌がまた入ってくる。

 むくむくと、繋がったままのマリルイ様も元気を取り戻し始めて。

「……え?」

 呆然とする私。
 上体を起こしたマリルイ様は汗の滴る前髪をぐいっとかきあげた。
 薄明かりの中で光る汗の粒は、細い筋肉質な肢体を妖艶にうつし出し、私を見下ろすマリルイ様の美しさに拍車をかけて。

 再び私の中で巨大化した熱に、マリルイ様は舌なめずりをしてこう言った。

「まだ終わらないぞ、ミュリア」





 ――後日、デートで仕立てたウェディングドレスで(ウェディングドレスだった!)、結婚式をやり直しました。









ーー最中の使用人達ーー


「旦那様はうまくやれているかしら……」

 ミュリア付きの侍女がため息と共に漏らす。

「みんな頑張ったもの。これでダメなら、旦那様はどうしようもないと思うわ」

 共にいた、こちらもミュリア付きの侍女が答えた。やれやれと呆れるような仕草だ。

 そう、使用人達は頑張った。
 マリルイが「愛さない!」と宣言したその日、ミュリアが寝室に引きずり込んだその日から。

 マリルイ付きの侍従は「女性が初夜を自ら捧げるというのは、よっぽどの覚悟が……」と嘆き諭し、マリルイを丸め込んだ。童貞なので容易かった。
 謝罪の気持ちがあるなら贈り物を、と提案し、欠かさぬプレゼントを義務とした。
 その中でミュリアのことを観察してみては、と歩み寄りもゴリ押しした。

 そして、ミュリア付きの侍女はミュリアに、「あなたが奥様です」という雰囲気を感じさせた。旦那様が認めた奥様です、という空気だ。
 最初は戸惑っているように見えたが、良好な関係を築きたいのはミュリアも同じだったらしく、そこは難なく成功した。

 そんなこんなでマリルイに「ミュリアは私を好き」という刷り込みが出来上がり、ついでにミュリアに恋までしてくれた。万々歳だった。

 そうなると、問題は次にうつった。

「そういえば、侍従達はみんな寝不足のようね?」

 ふと指摘したミュリア付きの侍女に、おしゃべり好きの侍女がにっこりと笑みを見せた。

「夜な夜な、旦那様と特訓していたらしいわよ」
「特訓?」
「聞いた話だけどね。手解きしたらしいわ、旦那様に」
「手解き……?」
「そう。夜の」
「夜の……!」

 マリルイは童貞だった。
 学び、知識としては持っていたが、それは一般的な公式のみで応用や技術は一切なく。
 初夜をミュリアに先導させてしまったがために、男としての焦りを感じていた。

 よって、毎晩侍従達を集め、その時のために経験者からの知識を得ていた。練習は、もちろんエアーな指使いで。

「夜の、手解き……!」

 が、おしゃべり好きの侍女もマリルイがまさかエアー練習に励んでいたなど思いもしない。
 「内緒よ?」と口止めするも、その手の話はあっという間に侍女達の間で広まってしまう。

 マリルイとミュリアと、誰かは知らないけれど特定の侍従。そんな不名誉な三角関係話で、ゴシップ好きの侍女はきゃあきゃあと影で色めき立っていた。



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みんなの感想(1件)

みかん
2024.02.24 みかん

1.きみを愛するつもりはない、からの溺愛。
2.童貞
3.閨教育があるなら座学で。
4.性に関することはヒロインとしかしていない。

というのが嬉しかったです。練習が女性とではなく侍従達とだったのも良く、それもエア指使いというのが面白かったです。
イラスト付きで書籍化してほしいです!

猫じゃらし
2024.02.28 猫じゃらし

みかんさん

お読みいただき、感想までありがとうございます(*´꒳`*)
R指定ものとしては処女作だったので拙い場面も多々あったかと思いますが、ラブコメ要素で突っ走りました←
侍従達の苦労は相当なものだったはずなので、みかんさんの感想に大変救われることでしょう……♡

どうもありがとうございました( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )

解除
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