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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」
自分への罰
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「色々考えたのだけれど──罰が必要だと思うの」
「あ、うん」
真面目な顔をしているリンス嬢に対して、マリス嬢はチベットスナギツネみたいな顔で適当な相槌を打った。
「よくよく考えて見れば、手を出したのは良くなかったわ。白の魔力持ちとは言え、貴女は別に鉄パイプで殴られても無傷の頑丈男でも、百トントラックを片手で受け止められる筋骨隆々男でも、鉄筋コンクリートを真っ二つに出来る凄腕剣士でもなかった訳だし──」
「例えがやたら具体的だけど、何? アンタ前世は表現過剰のアクション漫画にでもハマってたの?」
「え? 珍しくはあるけど、それくらいの人は前世でもいたでしょ?」
「・・・・・・まぁ、それはいいわ。罰が必要で、何で私がアンタを板打ちにしなきゃいけないのか説明なさい」
リンス嬢の返しに、マリス嬢は本題を進めるために追及せずに流すという圧倒的判断力を見せ、先を促す。
──そして、リンス嬢の前世が私とマリス嬢と同じ世界なのか? という疑問が更に深まっていった。
もしかして、平々凡々に生を謳歌していた私が知らなかっただけで、何か闇社会的なところで血で血を洗い、覇を競い合うことに生の喜びを感じる武士共が日夜死闘を繰り広げていたりしたのだろうか? どこぞのエーデルグラン帝国人でもあるまいし。
そんな私の思考などお構い無しにリンス嬢は話を続ける。
「私にとっての一番の罰は何かと考えたのよ。いくら頭に血が上っていたからって、あの程度で吹き飛んでしまう弱い者に、手を上げたのは間違いだったわ。世は弱肉強食と言うけれど、食する目的でもなく、私怨でただ弱者をなぶろうだなんて、もう捨てたとは言え、一度は武の道を歩んだ者として、貴族の令嬢として恥ずべき行いだったわ。何より、ギーシャ殿下にご迷惑をかけてしまった」
「いや、ぶっちゃけその件に関しては婚約者がいるのに、マリス嬢と仲良くしてあんな事言っちゃったギーシャが悪いのでは・・・・・・」
「むむ、むむむ、むむむむむむむむむ」
「いや、まぁギーシャだけの責任でもないと思うよ」
「むむむ」
「ん? なぁに?」
「むむむむ」
「あ、ごめん」
責任問題を掘り返してこれ以上グダグダにならないために、ギーシャの口元を押さえ込んでいたことをすっかり忘れていた私は弱々しく手の甲を叩かれてギーシャの口から手を放した。
「ぷは。苦しかった」
「ごめんね」
「「・・・・・・」」
「え、マリス嬢、リンス嬢顔怖いですよ」
何か二人にじとっという視線を向けられけど、ここはスルーすることにして、目でリンス嬢に続きを促す。
アイコンタクトが通じたリンスははっとして頷いた。
「まぁ、要は痛みには痛みで贖うのが手っ取り早いと思って。貴女程度の腕力なら、道具を使った方がいいと思うわ。さぁ、思う存分おやりなさい」
「え、何コレ」
リンス嬢は首切り役人の前で切腹する罪人のようにその場に膝をつき、瞑目してマリス嬢に背中を晒した。
あ、マリス嬢の目が死んだ。
唐突すぎるリンス嬢の要求に、マリス嬢は思考放棄を始めたようで、ハイライトの消えた目で遠くを見ている。
「皆さん、今回かけたご迷惑は私が痛みで贖います。ですので、どうかそれで手打ちに」
「いや、ヤクザの指詰めじゃあるまいし! リンス嬢~、今回の件は三者三様に問題があったんですって! ギーシャのために責任の所在を全て被りたいんですよね? けど、それは学園奉仕部という形で話はついたでしょう? そんなバイオレンスな懲罰見せつけるためにパーティーやり直してる訳じゃないんですよ!?」
ヤバい。リンス嬢が完全に迷走トラックに突入した。
パーティー開始直前にそんな痛々しいもの見せられて、楽しめるかとつっこみたい。
リンス嬢、なんかまた視野が狭まってない?
どうやら、リンス嬢は前世で培われた価値観とかロジックから抽出した罰に対する主観とギーシャのために何かしたいという気持ちが科学反応を起こしておかしな方向へと結論を出したようだった。
それでもそんなことは感化出来ない。私は何とかリンス嬢を止めようと頭を回転させる。
「え? いえ。ギーシャ王子はギーシャ王子で結論を出されましたし、それに余計な手を加えるつもりはありませんよ。ただ、あの時に一番被害を出して、ミリア嬢やその女に怪我をさせてしまったのは私です。それを言葉だけの謝罪で終わらせるのもどうかと思って。だから自分への罰としてその分の傷を負って納得して貰おうかと」
「存外わかりやすかったけど、考え方が筋肉的過ぎる!」
どうやら、一人で責任を負おうというつもりではないようだけど、それにしたって考え方の方向性が独特過ぎた。
「貴女だって投げられて鬱憤溜まってるでしょう? ほら、思いっきりやりなさい。さぁ!」
「え、嫌だ・・・・・・」
あのマリス嬢がリンス嬢相手に皮肉も棘もなしに、素でめちゃくちゃ困惑顔をしている。
力ない声で、首を横に振って微妙に少しずつリンス嬢から離れていくマリス嬢。
なんだろう、端から見てるとそういう趣味のない相手にSMプレイを強要している図に見えるな。
餌食になっているのがマリス嬢なのをいいことに、若干思考放棄をしていると、リンス嬢と目が合った。そしてすぐに直感する。
あ、やば。
「じゃあ、ミリア嬢に──」
「ギーシャ! ギーシャァ! リンス嬢説得して!!!」
矛先を向けられそうになって、私は対キャットファイト組に対する特攻持ちの最強の切り札を召喚した。
「あ、うん」
真面目な顔をしているリンス嬢に対して、マリス嬢はチベットスナギツネみたいな顔で適当な相槌を打った。
「よくよく考えて見れば、手を出したのは良くなかったわ。白の魔力持ちとは言え、貴女は別に鉄パイプで殴られても無傷の頑丈男でも、百トントラックを片手で受け止められる筋骨隆々男でも、鉄筋コンクリートを真っ二つに出来る凄腕剣士でもなかった訳だし──」
「例えがやたら具体的だけど、何? アンタ前世は表現過剰のアクション漫画にでもハマってたの?」
「え? 珍しくはあるけど、それくらいの人は前世でもいたでしょ?」
「・・・・・・まぁ、それはいいわ。罰が必要で、何で私がアンタを板打ちにしなきゃいけないのか説明なさい」
リンス嬢の返しに、マリス嬢は本題を進めるために追及せずに流すという圧倒的判断力を見せ、先を促す。
──そして、リンス嬢の前世が私とマリス嬢と同じ世界なのか? という疑問が更に深まっていった。
もしかして、平々凡々に生を謳歌していた私が知らなかっただけで、何か闇社会的なところで血で血を洗い、覇を競い合うことに生の喜びを感じる武士共が日夜死闘を繰り広げていたりしたのだろうか? どこぞのエーデルグラン帝国人でもあるまいし。
そんな私の思考などお構い無しにリンス嬢は話を続ける。
「私にとっての一番の罰は何かと考えたのよ。いくら頭に血が上っていたからって、あの程度で吹き飛んでしまう弱い者に、手を上げたのは間違いだったわ。世は弱肉強食と言うけれど、食する目的でもなく、私怨でただ弱者をなぶろうだなんて、もう捨てたとは言え、一度は武の道を歩んだ者として、貴族の令嬢として恥ずべき行いだったわ。何より、ギーシャ殿下にご迷惑をかけてしまった」
「いや、ぶっちゃけその件に関しては婚約者がいるのに、マリス嬢と仲良くしてあんな事言っちゃったギーシャが悪いのでは・・・・・・」
「むむ、むむむ、むむむむむむむむむ」
「いや、まぁギーシャだけの責任でもないと思うよ」
「むむむ」
「ん? なぁに?」
「むむむむ」
「あ、ごめん」
責任問題を掘り返してこれ以上グダグダにならないために、ギーシャの口元を押さえ込んでいたことをすっかり忘れていた私は弱々しく手の甲を叩かれてギーシャの口から手を放した。
「ぷは。苦しかった」
「ごめんね」
「「・・・・・・」」
「え、マリス嬢、リンス嬢顔怖いですよ」
何か二人にじとっという視線を向けられけど、ここはスルーすることにして、目でリンス嬢に続きを促す。
アイコンタクトが通じたリンスははっとして頷いた。
「まぁ、要は痛みには痛みで贖うのが手っ取り早いと思って。貴女程度の腕力なら、道具を使った方がいいと思うわ。さぁ、思う存分おやりなさい」
「え、何コレ」
リンス嬢は首切り役人の前で切腹する罪人のようにその場に膝をつき、瞑目してマリス嬢に背中を晒した。
あ、マリス嬢の目が死んだ。
唐突すぎるリンス嬢の要求に、マリス嬢は思考放棄を始めたようで、ハイライトの消えた目で遠くを見ている。
「皆さん、今回かけたご迷惑は私が痛みで贖います。ですので、どうかそれで手打ちに」
「いや、ヤクザの指詰めじゃあるまいし! リンス嬢~、今回の件は三者三様に問題があったんですって! ギーシャのために責任の所在を全て被りたいんですよね? けど、それは学園奉仕部という形で話はついたでしょう? そんなバイオレンスな懲罰見せつけるためにパーティーやり直してる訳じゃないんですよ!?」
ヤバい。リンス嬢が完全に迷走トラックに突入した。
パーティー開始直前にそんな痛々しいもの見せられて、楽しめるかとつっこみたい。
リンス嬢、なんかまた視野が狭まってない?
どうやら、リンス嬢は前世で培われた価値観とかロジックから抽出した罰に対する主観とギーシャのために何かしたいという気持ちが科学反応を起こしておかしな方向へと結論を出したようだった。
それでもそんなことは感化出来ない。私は何とかリンス嬢を止めようと頭を回転させる。
「え? いえ。ギーシャ王子はギーシャ王子で結論を出されましたし、それに余計な手を加えるつもりはありませんよ。ただ、あの時に一番被害を出して、ミリア嬢やその女に怪我をさせてしまったのは私です。それを言葉だけの謝罪で終わらせるのもどうかと思って。だから自分への罰としてその分の傷を負って納得して貰おうかと」
「存外わかりやすかったけど、考え方が筋肉的過ぎる!」
どうやら、一人で責任を負おうというつもりではないようだけど、それにしたって考え方の方向性が独特過ぎた。
「貴女だって投げられて鬱憤溜まってるでしょう? ほら、思いっきりやりなさい。さぁ!」
「え、嫌だ・・・・・・」
あのマリス嬢がリンス嬢相手に皮肉も棘もなしに、素でめちゃくちゃ困惑顔をしている。
力ない声で、首を横に振って微妙に少しずつリンス嬢から離れていくマリス嬢。
なんだろう、端から見てるとそういう趣味のない相手にSMプレイを強要している図に見えるな。
餌食になっているのがマリス嬢なのをいいことに、若干思考放棄をしていると、リンス嬢と目が合った。そしてすぐに直感する。
あ、やば。
「じゃあ、ミリア嬢に──」
「ギーシャ! ギーシャァ! リンス嬢説得して!!!」
矛先を向けられそうになって、私は対キャットファイト組に対する特攻持ちの最強の切り札を召喚した。
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