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本編
第十四話 春に散らない花
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アクシズ殿下の仰った通り、花園には紫陽花を始め多種多様な花が咲いておりました。
「さすがお城の花園ですね。雨季に咲く花がこんなにあるなんて、初めて知りました」
この季節は雨が多くて花木が根腐れを起こしやすいですし、日照時間も短いため冬の次に花を見る機会が少ないです。
ですが、お城の花園には美しい花々が至るところに咲いておりました。
それらを見渡して、私はそれを見つけてしまいました。やはり、まだ残っていましたね……。
「喜んでもらえて嬉しいよ。ところで、さっきの答えをもらっても?」
「はい。アクシズ殿下、あちらをご覧いただけますか?」
私はアクシズ殿下の後ろにある花壇を指差しました。
そこには他の花と共に紫に近い濃いピンクの花が、弱々しく咲いておりました。
「あの花がどうかしたの?」
「アクシズ殿下はあの花の名前をご存じでしょうか?」
「ごめん、わからないや。何の花?」
「アルメリアですよ」
「え?」
アクシズ殿下には、私が唐突に自分の名前を口にしたと思えたのでしょう。少し目を丸くされましたが、すぐに花の名前のことだと理解されたようで、もう一度アルメリアの花をご覧になられました。
「そっか、あれがアルメリアの花か。けど、少し意外だな。ライラックが春生まれだから、アルメリア嬢の名前も春の花からつけたものだと──」
「いえ、アルメリアは春の花ですよ。種類にもよりますが、アルメリアは春の始まりに咲いて、雨季まで咲いているのです」
そう、アルメリアは春の花。シアーガーデンのお母様が春生まれの私につけてくださった名前の由来。
「へぇ、そうなんだ。アルメリアがさっきのことと関係してるの?」
「ええ、まぁ。アクシズ殿下はライラックはわかりますか?」
「ライラック──ああ、花の方だな。ライラックは知ってる。あの木だろ? 昔、ライラックが自分の花だって教えてくれたよ。そうそう、その時お姉さんの花は? って訊いたんだけど、教えてくなかったんだった。狭量だよね」
「そんなことがあったのですか。あの子ったら……」
昔から私がライラックの花を好きなように、ライラックはアルメリアの花が好きでした。大切な片割れを象徴する花を愛さずにいられるはずがありませんから。
だからって名前も教えたくなかったのでしょうか? ライラックったら、そんな意地悪することありませんのに……。
幼き日の弟の稚気に呆れつつ、アクシズ殿下が指差されたライラックの木を見遣ります。
ライラックの木はすっかり花は散りきって、青い葉だけが残されていました。
それこそが、私がライラックとここへ一緒に来たくなかった最大の理由です。
「ライラックの花の開花時期は春の盛りの二ヶ月間なのです。ですから、もう花は散ってしまっていますね」
「そうだね?」
「けど、アルメリアの花は咲いております」
「……ひょっとして、それが理由?」
私は頷きました。
「はい。だってなんだか嫌でしょう? 弟の名前がついた花は散ってしまっているのに、自分の名前がついた花は咲き残っているなんて。とはいえ、大した理由でもないのに、もったいぶって申し訳ありませんでした」
「ううん。気持ちはなんとなくわかるよ」
「──アルメリアはライラックより先に咲いて、ライラックよりも後に散るのです。私はライラックの姉ですから、なんだかそんなところも重なってしまって……」
アルメリアとライラック。花にちなんだ私たちの名前。
大好きなお母様がくださった大切な名前ですか、いつかの雨季の初めに散ってしまったライラックの木の下で咲き続けているアルメリアの花を見た時に、複雑な気持ちになりました。
名前が同じだけで、花と私たちは別物です。それはわかっているのですが、それでも私はそれをライラックと一緒に見たくはありませんでした。ライラックがいないのに、咲いているアルメリアを。
雨に打たれて咲くアルメリアは季節外れで、絵に落とされた黒いインクのように浮いて見えて、何故まだ咲いているのだろうと思ったものです。春の花だというのに──。
「アルメリアは春の花なのに、雨季まで咲くんだな」
「……はい」
アクシズ殿下のお言葉が、いつかの私の心象と重なります。
何故、春に着いていかなかったのかと、溶けゆく春の世界で、取り残されるアルメリア。
なんだか、まるで──。
「なら、アルメリアのいる春は最後まで美しいんだな」
それは漂白された世界を春色に色づけるような言葉でした。
「さすがお城の花園ですね。雨季に咲く花がこんなにあるなんて、初めて知りました」
この季節は雨が多くて花木が根腐れを起こしやすいですし、日照時間も短いため冬の次に花を見る機会が少ないです。
ですが、お城の花園には美しい花々が至るところに咲いておりました。
それらを見渡して、私はそれを見つけてしまいました。やはり、まだ残っていましたね……。
「喜んでもらえて嬉しいよ。ところで、さっきの答えをもらっても?」
「はい。アクシズ殿下、あちらをご覧いただけますか?」
私はアクシズ殿下の後ろにある花壇を指差しました。
そこには他の花と共に紫に近い濃いピンクの花が、弱々しく咲いておりました。
「あの花がどうかしたの?」
「アクシズ殿下はあの花の名前をご存じでしょうか?」
「ごめん、わからないや。何の花?」
「アルメリアですよ」
「え?」
アクシズ殿下には、私が唐突に自分の名前を口にしたと思えたのでしょう。少し目を丸くされましたが、すぐに花の名前のことだと理解されたようで、もう一度アルメリアの花をご覧になられました。
「そっか、あれがアルメリアの花か。けど、少し意外だな。ライラックが春生まれだから、アルメリア嬢の名前も春の花からつけたものだと──」
「いえ、アルメリアは春の花ですよ。種類にもよりますが、アルメリアは春の始まりに咲いて、雨季まで咲いているのです」
そう、アルメリアは春の花。シアーガーデンのお母様が春生まれの私につけてくださった名前の由来。
「へぇ、そうなんだ。アルメリアがさっきのことと関係してるの?」
「ええ、まぁ。アクシズ殿下はライラックはわかりますか?」
「ライラック──ああ、花の方だな。ライラックは知ってる。あの木だろ? 昔、ライラックが自分の花だって教えてくれたよ。そうそう、その時お姉さんの花は? って訊いたんだけど、教えてくなかったんだった。狭量だよね」
「そんなことがあったのですか。あの子ったら……」
昔から私がライラックの花を好きなように、ライラックはアルメリアの花が好きでした。大切な片割れを象徴する花を愛さずにいられるはずがありませんから。
だからって名前も教えたくなかったのでしょうか? ライラックったら、そんな意地悪することありませんのに……。
幼き日の弟の稚気に呆れつつ、アクシズ殿下が指差されたライラックの木を見遣ります。
ライラックの木はすっかり花は散りきって、青い葉だけが残されていました。
それこそが、私がライラックとここへ一緒に来たくなかった最大の理由です。
「ライラックの花の開花時期は春の盛りの二ヶ月間なのです。ですから、もう花は散ってしまっていますね」
「そうだね?」
「けど、アルメリアの花は咲いております」
「……ひょっとして、それが理由?」
私は頷きました。
「はい。だってなんだか嫌でしょう? 弟の名前がついた花は散ってしまっているのに、自分の名前がついた花は咲き残っているなんて。とはいえ、大した理由でもないのに、もったいぶって申し訳ありませんでした」
「ううん。気持ちはなんとなくわかるよ」
「──アルメリアはライラックより先に咲いて、ライラックよりも後に散るのです。私はライラックの姉ですから、なんだかそんなところも重なってしまって……」
アルメリアとライラック。花にちなんだ私たちの名前。
大好きなお母様がくださった大切な名前ですか、いつかの雨季の初めに散ってしまったライラックの木の下で咲き続けているアルメリアの花を見た時に、複雑な気持ちになりました。
名前が同じだけで、花と私たちは別物です。それはわかっているのですが、それでも私はそれをライラックと一緒に見たくはありませんでした。ライラックがいないのに、咲いているアルメリアを。
雨に打たれて咲くアルメリアは季節外れで、絵に落とされた黒いインクのように浮いて見えて、何故まだ咲いているのだろうと思ったものです。春の花だというのに──。
「アルメリアは春の花なのに、雨季まで咲くんだな」
「……はい」
アクシズ殿下のお言葉が、いつかの私の心象と重なります。
何故、春に着いていかなかったのかと、溶けゆく春の世界で、取り残されるアルメリア。
なんだか、まるで──。
「なら、アルメリアのいる春は最後まで美しいんだな」
それは漂白された世界を春色に色づけるような言葉でした。
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