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星空の下のプロポーズ(仮)

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「子供たちは大人たちで送り届けるから、お前たちは先に屋敷に帰ってなさい」

 そう辺境伯様に言われ、辺境伯邸へ戻る帰り道。
 茜色に染まった隘路あいろで肩を寄せ合って並んで歩く。
 くすくすという笑い声は、私のものだ。

「いつまで笑ってるんだ」

「だって、くすくす。花冠は可愛いけど、ヴィクトがつけてるとおかしくって・・・・・・ふふふ」

 気に入ったのか、何故かヴィクトはリアちゃんから貰った花冠をつけたまま。
 いいことだけど、普段のヴィクトと花冠が似合わなすぎて、ついつい笑ってしまった。
 けらけら笑っている間に、辺境伯邸に到着する。
 玄関先に辿り着いた時には日は暮れていた。
 扉を開けて屋敷の中に入ろうとした時。
 ふと、この時間帯だというのに、何だか王都にいる時より外が明るい気がした。
 何かに釣られるように顔を上げ、私は思わず感嘆の声を上げた。

「う・・・・・・わぁっ!」

 空には幾千、幾万の星が瞬いている。
 きらきら、きらきら。思わず掴めると錯覚する程の強い星明かり。
 空が、広い。
 王都よりも空気が綺麗だからだろう。遠い星がはっきりと見える。
 私は誘われるようにテラスへと出て、思わず空に手を伸ばしていた。

「すごい綺麗・・・・・・っ! 見て見て、ヴィクト。星の河があんなにはっきりと見えるわ」

「はしゃいでるなぁ。王都より明るくないから、ここでは珍しいものでもないぞ」

「私はこんな星空初めて!」

 空を埋め尽くさんばかりの星を初めて見て、大はしゃぎの私を頭の花冠を外して手に持ったヴィクトは我が子を見る母親のような目をしていた。

「今日は随分遊んだそうだな」

「うん。あ! ザリガニ釣りしたよ。ヴィクトが教えたんだってね」

「ああ。俺は伯父上に教えて貰った。子供の時に勉強に来た時の息抜きに」

「いい伯父様ね」

「・・・・・・まぁ、そうだな」

 認めたくなさそうなヴィクトの返事の仕方が、反抗期っぽくて、ヴィクトもこんな態度するんだって私はまたくすくす笑った。

「明日も遊ぶ約束したのよ。明日──あぁ、どんどん帰るのが遅くなるぅ・・・・・・」

「俺としては願ったり叶ったりだな」

「うぅ・・・・・・」

 子供と交わした約束を反故には出来ないけれど、早く帰らないと不味いのも確かで。
 私が困り果てているっていうのに、ヴィクトときたら笑っているんだから!
 思わず頬を膨らませると、それを見たヴィクトが本格的に声を上げて笑い出してしまった。
 反論したところで、口では敵わないから仕方なく私も笑った。
 二人の笑い声が夜空に響く。
 けれど、しばらくすると私の笑い声はぽつりと止んだ。

「──けれど、やっぱり帰らなくちゃ」

「帰る必要なんてない。結婚だってしたくなければしなければいいだろう。クリスの家族だって、本人がいなければ諦めて別の手を講じるだろう」

 ヴィクトはそう言ってくれるし、私の中の少女の部分はその言葉に甘えたくなってしまうけれど、それを貴族令嬢の私は許さない。

「気遣ってくれてありがとね──手段は強引だけど。けどね、私たち貴族の子供の結婚は、自分の幸せのためじゃない。家のためにするもの。
 ヴィクトだって辺境伯様になるんだからわかるでしょ?
 オーフェルはあれでも侯爵令息よ。結婚相手としてはとても良い家柄だもの。断れないわ」

 本音を言えば、結婚なんてしたくない。
 だって、リスミィと──将来の妹と不貞を働いた人だもの。
 結婚したら、例え本人たちが関係をすっぱり切ったと言っても私は疑いの眼差しを向けないでいることは出来ないだろう。それに、あんな風に簡単に不貞を働けてしまうのなら、今後他の人としないとも言えない。
 そんな疑念を抱いて、幸せな結婚なんて出来るだろうか。
 出来る筈がない。けど、仕方ない。これは貴族の結婚なんだから。本人の幸せなんて二の次の──
 止めよう。深く考えるのは。深く考えたら、色んなものが溢れてしまいそうになる。

「そろそろ中に入りましょうか。辺境伯様が帰ってこられたら、宿泊の延長と帰りの運賃をお願いしなくてはね──ヴィクト?」

 風も出てきたから、屋敷の中に入ろうとしたんだけれど、ヴィクトが動こうとしない。
 近くまで戻って、ヴィクトの顔を覗き込むと、あの空と同じくらい澄んだ瞳が私を捉えた。

「なら──俺とするか?」

 信じられないことを、ヴィクトが言った気がする。

「な・・・・・・にを・・・・・・?」

 ヴィクトの目は真剣そのものだった。
 ボケでも冗談でもない。
 そもそもヴィクトは真面目だから意識的にボケないし、こんな冗談も言わない。

「結婚」

 こんな短い言葉の意味するところが、あまりにも大きい。
 ヴィクトらしい、簡潔で質素な言葉。

「クリス」

 ヴィクトが私の名前を呼んで、繰り返すように言った。

「俺と結婚するか?」

 信じがたいことだけど、それは間違いなく、プロポーズの言葉であった。
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