【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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夫の勘違い

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「旦那様は二人の結婚は政だと、若様の妻が王族の血を受け継いだお子を生むことが何より大事なのだから、一日も早くめでたい知らせを聞かせて欲しい。確かにそう仰っていました。ですが、若様は……」

 呆れることにリチャードは、お義父様の言葉を無視してピーターの気持ちに沿って動いていた様です。
 当然のことながらお義父様は私とピーターの結婚を正しく政略と理解していた様です。
 それは当たり前です、お義父様は私とピーターの間に生まれた女の子を現在の王太子の息子の婚約者にしたいと考えて、私を息子の妻にと願い出たのですから。

 私の従兄であるこの国の第一王子で王太子の彼は、すでに妻帯していて子供も生まれています。
 現状彼の子供は女の子だけです。この国では女の子は爵位を継げず当然王位も継げません、ですから王太子妃はこれから何としてでも男児を産まなくてはならず、まだ生まれていない男児の婚約者の座をお義父様はだけでは無く高位貴族達の殆どが狙っています。
 何せ王太子の息子は未来の王になるかもしれない存在ですし、その妻は王妃です。
 王妃の両親は、次の王の祖父母、野心がある家なら望まない筈がありません。

 私にはまだ子が授かっていませんが、幸いなことに王家に生まれたのは女児のみ、王子の婚約者が年上というのは今までありませんから、これから男児が生まれその後に私が女児を産むのが理想といえば理想です。
 王妃の親、それはお義父だけではなく私の父の望みでもあります。そうでなければ私を侯爵家の嫁に等してはいないでしょう。

 父の代辺りまでは、公爵家と王家の血筋での結婚が多く縁付いており私の両親も従兄弟同士ですが、昨今では血が近すぎると言い出す者がおり王太子の結婚相手の血筋を離そうという風潮があります。
 それを見越した父は、私をこの家に嫁がせました。
 私を父の従兄弟の血筋である公爵家ではなくネルツ侯爵家に嫁がせたのは、数代前に王家から王女がネルツ家に嫁いでいる家柄である事と、父の従兄弟ではない事が理由です。
 ピーターは真面目でも凡庸で王太子殿下の側近候補にすら選ばれませんでしたし、勤務した場所も侯爵家の嫡男が腰掛にするにも首を傾げたくなるような部署でした。
 ピーターの長所はそんな部署でも真面目に勤務し、侯爵家の嫡男という立場にも関わらず誰にでも人当たりがいい人だったというところです。
 頑固で癇癪持ちなところはありましたが、そこは職場では上手く隠していたのでしょう。
 特別褒められるところは無くても、真面目それが職場での彼の評価だと聞いています。
 けれど、政治の中枢に入り込みたいお義父様には、それが不満だった様です。
 社交界で夫の噂を聞く度に、侯爵家などではなくもっと格下の家に生まれていたのなら彼は幸せに生きていけたのかもしれないと考えました。
 真面目なだけが取り柄の、頑固で癇癪持ちで目立った能力もなければ野心も無い男だと私は思い込んでいました。
 だからこそ、私に対して恐ろしい行為を行っていたのは驚きでした。
 
「あの人が何を言ったの」
「奥様が自分に一目惚れして、どうしても結婚したいと陛下に我儘を言ったために、自分は愛する人と無理矢理別れさせられたのだと」
「十歳違うのよ、あの頃私は社交界にすら出ていなかった子供よ、王宮に仕える騎士なら見掛けることも辛うじてあったのかもしれないわね。でも彼は文官で、私の従兄弟(第一王子)の側近候補ですら無かったわ」

 馬鹿馬鹿しくて話になりません。

「そもそも私はその頃、留学準備の為の勉強に忙しくて誰かに懸想する暇なんてありはしなかったわ。結婚させられたせいでその留学も取りやめになって、私にとって一つもいいことが無い結婚生活の最後にこんな馬鹿馬鹿しい話を聞くとはね」

 呆然とするリチャードに吐き捨てる様に言えば、足音も立てずにタオが新しいお茶を入れそっと焼き菓子が盛られた皿を私の前に置きました。

「奥様」
「ありがとう、タオ。人ってあまりにも怒りの感情が湧きすぎるとかえって冷静になるのかしらね」
「怒りの相手が亡くなっているのですから仕方ございませんね。奥様は兎も角大旦那様は冷静になられるかわかりかねますが」
「そうね。事故で死なずとも偽の署名などして立派な書類偽造をし、且つ私の体を害したと知れば父が彼の命を刈り取ってくれたでしょうに、残念ねぇ」

 床に蹲り震えているリチャードには、そんな想像もつかなかったのでしょうか?
 自分の本当の主であるお義父様の言葉を忘れてピーターの指示に従うくらいですから、私の父が誰なのか忘れてしまっていたのでしょうね。

「リチャード、あなたお義母様が平民で孤児の女性を受け入れると思ったの? あなたのご主人様は誰なのか忘れたのかしら、あなたのご主人様は侯爵ではないの? あなたがするべきことは、ピーターの手助けではなく彼を諌め、お義父様にそれを伝えることではないかしら。それとも可愛い若様の愛を実らせて上げたかった? 愚かね」

 本当に愚かだと思います。
 今回の馬車の事故がなくても、ピーターの策略を知れば父は本当に彼の命を刈り取ったでしょう。
 それを考えることも出来ないなんて、だから彼は凡庸だというのです。

「それは」
「お義父様もお義母様も、父や私以上に血統主義だというのに、彼らを先に納得させずに二人を領地に連れて行っても命を取られて終わりでしょうに。婚姻届など認める筈がないわ。例え私が本当に子の出来ぬ体になっていたとしても離縁など認める筈がないのよ」

 リチャードにこんなに親切に説明してあげる義理はありませんが、自分の中の感情を整理する意味もあり私は丁寧に話して聞かせました。
 けれど愚かな執事は、私の言葉をただ震えて聞くだけだったのです。
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