【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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存在を認めないのは3

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「ディーン、イバンは随分尊大な口のきき方をするのね、私驚いてしまったわ」

 イバンとほぼ空気になっていたリチャードが部屋を出て行っても無言のままのディーンが気になりながら、そう言えば彼は静かに息を吐きました。

「ディーン?」

 ディーンの顔は緊張している様にも、怯えている様にも見えます。
 なぜでしょう? 疑問に思いながら立ち上がり彼の隣に寄り添い腰を下ろしました。
 メイナは気を利かせたのか、扉を少しだけ開けたまま部屋を出て行きました。

「どうしたの? 私何か気に障る事あなたに言ってしまったかしら」

 ディーンが膝の上で握りこぶしを作っていた両手に触れると、その冷たさに驚いて彼の顔を見てしまいました。

「ディーン、具合が悪いの? ごめんなさい私気が付かなったわ。熱は」

 悪いのは身体ではなく心の様な気がしながら、そっと額に手を当てました。
 この家は、ディーンにとって心が安らげる場所ではありません。
 ですが、お義父様の跡を彼が継ぐと決まったのですからいつまでも別館に部屋を持つわけにはいかないでしょう。

「ダニエラ」
「何? 震えているわ。寒いの?」

 寒い? いいえ、部屋の中は暖炉に火が入っていて熱い位です。
 彼のこの震えは何なのでしょう。

「呆れないで、私を嫌わないで」
「嫌ったりしないわ。ディーンどうしたの?」

 なぜ彼は、こんなに不安そうで泣きそうな顔をしているのでしょうか。
 不安? いいえ、彼は怯えているのです。
 でも、何に怯えているというのでしょうか。

「怖いんだ」
「怖い? 私に嫌われるかもしれないと考えているの?」
「違う。でも、話せば君は私に呆れて、情けないと、幻滅するかもしれない」
「しないわ。そんなこと。仮に情けない事をあなたがしていたとしても、それを理由に嫌いになどならない。ディーン覚えていて。決して忘れないで、私があなたを嫌いになるとすれば、暴力を振るった時か私を裏切った時よ。それ以外であなたを嫌うことも、幻滅することもないわ」
「暴力と裏切り?」
「そうよ。私が絶対に許せないのはその二つ。それだけは覚えていて」

 裏切りという言葉は、ピーターを思い出します。
 夫を信じきっていたのは愚かな行為です。
 皇帝の薔薇がなければ、私の体は毒に蝕まれていたでしょう。
 私が命を落としても彼は平気だったのです。
 それは裏切り以外の何物でもありません。

「それなら安心だ。私があなたを裏切るなんて生涯ありえない。あなたに暴力なんて、そんなことするわけがない」

 そう笑う顔はそれでも怯えていて、自分の言葉を聞いている私の顔の変化を見逃さないような目をしていました。

「絶対に裏切らないと誓って。あなたに裏切られたら私はこの世を悲観して命を断ってしまうかもしれなくてよ」
「誓うよ。絶対に裏切らない、だからどうかダニエラ、私を嫌わないで」

 どうしてディーンはここまで不安になるのでしょうか、まるで私に嫌われると決まっているかのように怯えて、視線だけで私に縋るのです。
 それはまるでゲームでヒロインを信じない彼の様で、私は誤った選択肢を選んだのかもしれないと、不安になってきました。

「馬鹿ね、私があなたを嫌うはずないわ」

 まだ本気で好きになってすらいないのに、嫌うなどある筈がありません。
 何せ嫌いになる程彼を知らないのです。
 それでも私が彼に甘い言葉を囁くのは、彼がゲームの裏ルートの攻略対象者で、私と娘をゲームで破滅させる人だからです。
 そして、もっとも大きな理由は、現実世界で私に愛を誓ってくれたから、だからです。

「信じていいのですか」
「ふふっ」
「なぜ笑うのです。私は真剣に」
「だって可笑しいわ。私達二人共不安なのだもの、過剰な程にね」
「不安?」

 彼をまだ愛していない私の言葉は、もしかしたら軽く彼に聞こえるのかもしれません。
 でも、私は彼から信頼されなければなりません。
 どうしたら彼が私の気持ちを疑わなくなるのか、正解が分かりませんが薄氷を踏む様に用心に用心を重ねて彼から信用を得られるようにしなければなりません。

「私はピーターには愛されなかったし、害されたわ」
「それは」
「愛人を作らないという結婚時の契約も反故にされて、毒で体を害されたわ。だから不安なの、本当にあなたに愛して貰える、それだけの価値が私にあるのか」

 ディーンは否定するでしょう。
 理由も切っ掛けも分かりませんが、彼は私を愛してくれているのですから。
 でも、その愛は永遠なのでしょうか。

 これから先、私が老いて中年に差し掛かる頃にゲームが始まります。
 年を取った私の前に、ヒロインが現れるのです。
 ヒロインが現れても、ディーンは私を愛し続けてくれるでしょうか。
 若く愛らしいヒロインを愛さずにいられるでしょうか。

「未来は分からないわ、でも私はあなたを嫌ったりしないし妻としてずっとあなたの側にいるわ」
「本当に?」
「本当よ、だからあなたが秘密にしていることを教えて」
「それは」

 ここまで言っても彼が躊躇するなら、無理に聞かないほうがいいのでしょうか。
 他の人ならそうしますが、彼の場合隠し事を残すのが最適だとは思えません。

「話してディーン、私を疑っていないなら」

 ずるい言い方ですが、こう言えばディーンは黙ってはいられないでしょう。
 彼は私に信用して欲しいのですから。

「分かった、話すよ」

 私の手をギュッと握りながら、恐る恐るディーンは口を開いたのです。
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