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未来は誰にも分からない
しおりを挟むあの後、お義母様とイバンはお父様とお兄様の手で犯罪奴隷に落とされました。協力した使用人達も同じです。
ネルツ家にとっての醜聞ではありましたが、お義母様とイバンが一部の使用人達と共にネルツ侯爵家の乗っ取りを企んでいたとして、速やかに処理されたのです。
数年程度とはいえ犯罪奴隷に落ちるまでの事をしたのかと考えると、少し重すぎる様に思いますが、お義母様の実家もイバンの実家も引き取りを拒否し犯罪奴隷とするのを受け入れたのですから仕方ありません。
使用人達は皆平民で、お義母様やイバンの命令に逆らえなかったとはいえ貴族の私に害をなす手伝いをしてしまったのですから、罪を償うのは当然なのかもしれません。
私とディーンの結婚は、ピーターが亡くなって一ヶ月後に手続きを完了しました。
ネルツ家としては醜聞と喪中が重なっていた為、大がかりな結婚式はピーターの喪が明けてから行う事にし書類上の手続きのみを行う予定でしたが、陛下の計らいで大神殿で挙げることが出来ました。
「お義母様」
相変わらず表情は硬いですが、仕立ての良い服を着て背筋を伸ばし歩くロニーはまともな貴族の子供に見えます。
ネルツ侯爵家の領主屋敷の執事となったリチャードに手を引かれ、私の部屋に朝の挨拶に来くる様になったのは私から言い出したわけではなく、ロニーから願い出てきました。
まだ正式に養子縁組はしていませんが、ロニーはすでに私をお義母様と読んでいます。
「おはよう、ロニー。朝食はもう済ませたのかしら?」
「はい。先程朝食と朝の散歩を終えました。お義母様はご機嫌如何ですか」
床に寝ころび癇癪を起していた姿は嘘だったのではと思える程、今のロニーは落ち着いていて行儀がいいです。
これは家庭教師達とロニー両方の努力の賜物でしょう。
「ありがとう。食欲はないけれど、いつもよりは調子はいいわ」
「良かったです。あの、これは先程庭で積んだお花です。お義母様の気持ちが少しでも安らぐと良いと思って」
おずおずとロニーが差し出した小さな花束は、この時期には少し早いラベンダーの花でした。
「まあ、嬉しい。私はこの花が好きなのよ。一番好きな花は皇帝の薔薇だけど、この花も好きなの。匂いが落ち着くでしょう」
「はい。僕も好きです。メイドが花をサシュにして枕元に置いてくれて、好きになりました。この花の香りを嗅いでいると良く眠れる気がします。あの、だから」
「そう。ロニーいらっしゃい」
一生懸命話をしてくれるロニーを手招き、私は彼の体を抱きしめました。
「私の体を気にしてくれたのね。ありがとう」
ディーンと結婚した私は、ピーターの使っていた毒の影響の心配など無意味とばかりにすぐ妊娠しました。
現在妊娠して七ヶ月程度経つ私は、悪阻とそれにともなう寝不足に苦しんでいます。
心配性ヤンデレのディーンは日々ネガティブな発言をしていますが、私には従順で可愛い大型犬の様な夫ですから大丈夫です。
「お義母様」
「妹か弟か分からないけれど、愛してあげてね」
「はい」
「今日はいつもよりも気分がいいから、ロニーの勉強している様子を見せてくれる? 今日は苦手な歴史だったかしら? 暗記の宿題はどう?」
「あの、頑張って覚えました。暗記した年表を先生に披露するのですが、お義母様も聞いてくださいますか」
「勿論よ。楽しみだわ」
ロニーと私の関係は良いと私は思っています。
ディーンと私とロニーの関係は、ゲームには無いものでした。
だからこれから先どんな未来に進むのか分かりません。
「ダニエラ。おや、ロニーもここにいたのか」
突然扉が開きディーンが入ってきました。
可哀想にロニーは驚いて、文字通り私の腕の中から飛び退いてしまいました。
「ディーン」
「お義父様」
「仕事の前に少し顔を見たいと思ってね。ダニエラ、調子はどう?」
ヤンデレな夫は、私が妊娠してからというもの常に私を心配し、私の傍に居たがります。
でもお義父様からの領主の仕事の引継ぎを始めたばかりなので、思う様にいかないのが現状です。
引継ぎが完了したら正式に代替わりし、お義父様は隠居する約束な為、ディーンは一日でも早くその日が来るように頑張っているのです。
「ロニーが可愛らしい花束をくれたの。だから調子は良いわ。あなたの顔も見られたし」
「花束」
「ふふふ。早く今日の仕事を終わらせて、私に皇帝の薔薇を摘んで来て下さる? あなたが摘んだ花を浮かべてお風呂にはいりたいわ」
仕事が忙しい夫になんて言うお願いをしているのかと、事情を知らない人は驚くでしょうが私のお願いは夫にとってはご褒美です。
「わかった。今すぐ摘んでくる」
「だめよ。ディーン、それは仕事の後。私が大好きな夫は仕事を蔑ろにしたりしない筈よ、それとも私の勘違いなのかしら?」
何を上から目線で言うのでしょう。
ですが、こういう言い方の方がディーンは喜ぶのです。
「ああ、ダニエラ。勿論私は仕事を蔑ろにしたりしないよ。君の期待に応えられるよう、日々努力しているのだから」
「ふふふ。知っているわ。ディーンは努力家ですもの、その姿がとても素敵なの。きっとこの子もそう思う筈よ」
大きくなったお腹を撫でると、ディーンとロニー二人の顔がほころびます。
「この子に尊敬される父になれるだろうか」
夫になり少し私に対しての口調が変わっても、中身は心配症でヤンデレなままです。
「私があなたの良いところを沢山話して育てるから、大丈夫よ」
「ダニエラに褒めて貰える様なところなんて、何も思いつかないけれど」
これが謙遜では無く本心なところも相変わらずです。
「お義母様、僕一生懸命勉強します。剣の練習も頑張ります。だから、妹が僕を嫌いにならないように、優しい兄だと、あの」
「ふふふ。ちゃんとこの子に教えるわ。でも妹か弟かはまだ分からないのよ」
不思議な事に、ディーンもロニーもこの子は女の子だと思っているようです。
それはお父様と兄様も同じで、先月生まれたばかりの王太子殿下の長男との婚約は内々にすでに決まっています。
「女の子だよ」
「妹です」
言い切る二人に笑いながら、私は未来を思いました。
この子が生まれて大きくなる頃、私はどうなっているのでしょうか。
王太子殿下の子供はゲームと同じ名前が付けられました。そしてその他の攻略対象者も次々に各家に生まれています。
ゲームの準備は進んでいるのです。
それが不安で仕方ありません。
「男の子でも愛してくれるわよね」
「勿論だよ。でも女の子が生まれる気がするけれど。きっとどちらでも君に似た可愛い子が生まれるに違いないんだから、愛するに決まっている」
「きっと妹だと思いますが、勿論弟だって絶対に可愛いですから、大好きになるのは当然です」
言い切る二人がおかしくて、私はクスクスと笑いながら不安を打ち消します。
だって未来は誰にも分からないのです。
私はディーンとロニーとこの子を愛し大切にするだけ、その先に破滅があるとしても愛し続けるだけなのです。
私があなたを守るわ。
心の中でお腹の子に話しかけると、答える様にお腹を蹴る様な反応を感じました。
「まあ」
「何か?」
「今、この子がお腹を蹴ったの。きっと二人への返事よ」
「「返事?」」
「ええ、同じく二人を愛しますってね」
何年か後に今のことを思い出す日がくるでしょうか?
その時、私は笑って思い出しているのでしょうか。
それすら今は分かりませんが、私は破滅を迎えない様にこれからも生きていくのです。
【おわり】
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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