【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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番外編

ほのぼの日常編2 くもさんはともだち27(蜘蛛視点)

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「ゆるさにゃいっ! でていってえっ!」

 マチルディーダの体が発光している、これは魔力暴走の前兆だ。
 興奮したマチルディーダの魔力は、いつもの何十倍もの大きさに急激に膨れ上がっている。
 主の魔力も、蜘蛛の魔力も超える大きさに、さすがの蜘蛛も震えが起きる。

「落ち着けディーダ!」

 蜘蛛の叫び声は、マチルディーダに届いていない。
 膨大な魔力が一度に放出されたら、マチルディーダの体が裂けてしまう!!

「ディーダ、落ち着けっ魔力を抑えるんだっ!」

 マチルディーダを包み込み、その魔力を蜘蛛が受ければ何とかなるだろうか。
 急激に大きくなり過ぎたこの魔力が爆発したら、マチルディーダの体がもたない。

「魔力を吸い込むしかないか」

 マチルディーダの体を蜘蛛の糸で包み、魔力を吸収する事は出来るだろう。だが、それで守れるだろうか。

「なんだこの魔力は、こんな子供の魔力とは思えない。あやつの血か忌々しいっ」
「父上、怖いっ」

 マチルディーダ目掛けて飛び降りようとした途端、男が杖を構えるのが見えた。
 今ここで蜘蛛がマチルディーダに飛び掛かれば、男は蜘蛛を攻撃するかもしれない。
 こんな男の攻撃蜘蛛は平気だが、男から攻撃を受けた蜘蛛を見たマチルディーダが衝撃を受け更に暴走を加速させるかもしれない。

「邪魔だ」

 男を排除しながら、マチルディーダを蜘蛛が守る。
 それならば出来るが力を分散させたら魔力を吸う力が足りなくなる、だが蜘蛛の体などマチルディーダを守れるなら壊れてしまっても構わない。

「ディーダのおとおさまとおかあさまを、ぶじょくしゅるなんてゆるしゃにゃい!」
「ディーダ、力を抑えろ! メイナ、お前達ロニーを連れてディーダから離れろっ」

 メイナ達に指示を出しながら、男を糸で拘束しマチルディーダの下へと落ちていく。

「ゆるさにゃいっ、ゆるさにゃいっ!!」

 マチルディーダの魔力はどんどん大きくなり、蜘蛛の魔力を遥かに超えてしまった。

「ディーダ!!」

 マチルディーダを守る為の力、今の蜘蛛じゃ駄目だ。
 力が欲しい、マチルディーダを守れるだけの力。
 今の蜘蛛では弱すぎる、だが諦めない。蜘蛛の命等いくらでも捧げる、絶対にマチルディーダを守る。

『イッショニマモロウ。アネサマをマモル。チカラヲアゲル』

 天井から落ちる僅かな時間、蜘蛛の体は何かに導かれて変化した。
 力が満ちて蜘蛛が変わる、それに気が付いた瞬間蜘蛛はマチルディーダともう一人の体を抱きしめた。

「いやぁぁぁぁっ!!」
「ディーダ。落ち着け大丈夫だ、ディーダ」

 長い二本の腕が、無数の糸が、マチルディーダ達を抱き込んだ。
 二本の腕? これはなんだ蜘蛛の前足とは違うもの、だが蜘蛛のものだ。
 糸? いいやこれは糸じゃない、薄い緑色の何か? まるで人の髪の様なもの。

「マチルディーダ」

 急激に光が吸収されていく、魔力が何かに吸い込まれていく。
 蜘蛛じゃない、蜘蛛はマチルディーダ達を抱いているだけ蜘蛛の魔力はマチルディーダを守っているだけだ。
 魔力を吸い込んでいるのはマチルディーダと一緒に蜘蛛が包み込んでいる誰か、これは……ダニエラ?

「おかあ、さまぁ?」
「マチルディーダ、気持ちを静めて。さあ息を吸ってゆっくりと吐いて」
「ダニエラ、なぜ」

 視線を動かすと、すぐそばに車椅子が倒れていた。
 あの時ダニエラが丁度ここに来ていたのか? でも、それにしては早すぎる。

「くぅちゃん?」

 ダニエラの腕の中で、マチルディーダが蜘蛛を見て不思議そうな声をあげた。
 蜘蛛を見つめている間も、マチルディーダの魔力はダニエラに吸われ続けている。
 蜘蛛の目には魔力が吸われていく様がはっきりと見えている、ダニエラの腹に向かい膨大な量の魔力が吸い込まれていく。
 何故ダニエラがマチルディーダのあの膨大な魔力を吸えるのか、ダニエラの魔力の器はそんなに大きく無いはずなのに、限界を超える量を吸い込んでいるんだ。

「マチルディーダ、落ち着いた?」
「おかあさまぁ、おかあさまぁっ」

 わあわあとマチルディーダは泣き出して、彼女のその声が何かの声に重なった。

『あなたに食べられたら、愛しいあの人のもとに行けるのかしら』

 なんだ、今の声は。
 さっきの声とも違う、声が聞こえる。

「良かったわ、マチルディーダ。私どうやってここに来たのか分からないけれど、あなたが無事で良かった」

『離れたくなかった、でもあの日穢された私は望まぬ子を宿してしまったの。

「マチルディーダが危ないって、教えられたの。魔力が爆発しそうだって、それで気が付いたらここにいたの」
「おかあさま、くるしぃの?」

 小さなマチルディーダの手がダニエラの頬に触れた。
 魔力の光はもう見えない、その代わりダニエラの顔が青くなっていく。
 ダニエラがマチルディーダを抱きしめている、そのドレスの裾がなぜか濡れている様に見えた。

「ダニエラ。……まさか、メイナ! ダニエラのドレスが濡れている、これはまさかっ!」

 マチルディーダが生まれた時、あの時と同じ。
 急に産気づいたダニエラが破水した時と同じではないか?

『マリョクヲスイスギタ。コノママダトオカアサマガシンジャウ』
『ハヤクソトニデナイト、オカアサマガシンジャウワ』

 先程聞こえた声、蜘蛛に力をくれると言ったあの声が再び聞こえた。
 お母様? 外に出る? それじゃあこの声は。

『私と娘を食べて、もうこの世に生きているのが辛いの。
 ルチアナは、王子殿下の婚約者ではいられなくなってしまった。
 私達はブレガ家にいられなくなってしまった』

 こちらの声とは違う、この声と違う声。

「奥様っ。は、破水されている!」
「治癒師、いいや産婆を呼べ、早くっ。お子が生まれる準備を早くっ」

 蜘蛛の指摘にメイナがダニエラに近付き、そして声を上げた。
 バタバタと使用人達が慌て始め、私兵たちも散って行く。
 
『主。大変だ、ダニエラが破水したっ!』
『今、部屋に向かっているっ!』

 慌てて主に声を繋げた蜘蛛に、声がまた聞こえた。

『ねえ、あなたに食べられたら私達はディーンの側にいられるのかしら。
 ずっと後悔していたわ、あの時逃げたりしなければ良かった。
 ディーンに恨まれても、嘆かれても側に居続ければ良かった。
 穢された私を見せたくなくて、私は逃げたの。
 逃げたことをずっとずっと後悔していたの』

「何の声だ」

 知らず蜘蛛は声に出していた。
 どこからこの声が聞こえる、声はディーンと主の名を呼んだ。
 聞いた事がある声、少し違うがでもこの声は。

「くぅちゃん、私を立たせて。あなたはくぅちゃんよね?」

 混乱する蜘蛛に、ダニエラは不思議な事を聞いて来た。
 ダニエラは、蜘蛛を忘れたのか? 何故そんな聞き方をする。

「ダニエラ、何を言っている。蜘蛛の姿を忘れたのか」
「くぅちゃん気が付いていないの? あなたは今人の形をしているわ。薄い緑色の髪は蜘蛛時の体と同じ色なのね、くぅちゃん。マチルディーダとロニーに声が聞こえない様に出来る?」
「……分かった。そんなの簡単だ」

 ダニエラに言われて、マチルディーダの周囲に音を遮断する魔法を掛ける。
 ダニエラは今、人の形と言った。
 ダニエラに言われて手を見れば、蜘蛛のそれは人の手だった。
 二本の手、二本の足。
 ダニエラを支えながら立ち上がれば、なぜか蜘蛛はこの家のメイドの服を着ていた。

「辺境伯、この度はネルツ家への侮辱、ダニエラ・ネルツはしっかりと受け取りました。とても不愉快です」

 顔を歪め体重を蜘蛛に預けながら、ダニエラはそれでも男を見据え口を開いた。

「ダ、ダニエラ私は別に侮辱など。だいたいお前が悪いのだ。夫が亡くなったのなら大人しく辺境に来れば良かったのに、聖殿の間で婚姻の儀式をする等恥知らずな真似をして、子まで得て。恥知らずな行いをシード神は許さなかったではないか。マチル女神に縋らねばならぬ程の弱い子を生む羽目になったのではないか」

 辺境の地はシード神の教えを頑なに守るのだと聞いた事があるが、この男の言い分はそれとは違う様に聞こえる。
 何が恥知らずだ、何が神が許さなかっただ、ふざけるな。

「あなたを頼る理由なんて何一つありませんわ。私は夫を愛しています、彼に守られ幸せに暮らしています。子供達と共に」
「だがその結果、王家はその娘との婚約を止めてしまったではないか。マチルなんて名が付く子が王妃になんてなれはしないんだ。生まれた時から王家に疎まれた子と言われ続けるだろう。そんな可哀相な子を私は息子の妻に貰ってやろうと慈悲の心で言っているというのに、今ならその子供と一緒にお前を引き取ってやろうと言っているのに、それを断るなんて」

 呆れた話だ。
 この男が何を言いたいのか、魔物の蜘蛛には理解出来ない。
 何故ダニエラがこの男に引き取ってもらわないといけないのだ。
 ダニエラの夫は主ただ一人だ。

「言いたい事はそれだけでしょうか。言いたい事をすべて仰ったのであればどうぞお引き取り下さい。そして二度と私の前にその顔を見せないで頂けますか。私だけを侮辱するのなら笑って聞いて差し上げますけれど、私の大切な夫と娘への侮辱を平気な顔で告げるあなたを私は決して許しはしません」
「ダニエラ、本当にあんな男がいいというのか。その無様な姿はあの男を思う故だと」
「無様? 寝言は寝てから言って頂けますか。……こんな言葉現実に使う日が来るとは思いませんでしたわ。呆れた方ですわね」

 無様とこの男はダニエラを侮辱した。
 可愛い子を、主の子を宿した腹を無様だと。

「ダニエラ、これを殺していいか」
「くぅちゃん、裁くのは私達では無いわ。お父様よ」

 ダニエラは冷静だった。
 崩れ落ちそうになりながら、それでも気丈だった。

「私が愛しているのは、夫として生涯私の隣にいるのはディーンだけです。私が産むのは彼の子だけ」

『産みたかった、あの人の子を。
 愛しているわ、ルチアナ、でもあなたが憎かった、彼の子ではないあなたの存在が悲しかった』

 また声が聞こえた。
 何故こんな声が聞こえる。

「私と子供達の幸せに、あなたはいらないわ。夫と子供を侮辱する家にマチルディーダを嫁がせたりしません」
「後悔する事になるぞ。誰がマチルなんて名を付けた娘を欲しがる?」
「この子を愛する人は沢山いますから、ご心配なく。さあ、お帰りはあちらです」

 優雅に右手をの扉の方へ向け、ダニエラは笑った。
 笑って、そして崩れ落ちた。

「ダニエラッ!」
 
 慣れない人間の腕で、蜘蛛はダニエラの体を支えた。
 
「おかあさまぁ!」

 崩れ落ちる様に倒れ込んだダニエラに、マチルディーダが縋りついた。

『ねえ、蜘蛛さん私を食べて。そうしたら私はあの人の元に行けるでしょう?』

 知らない声を、でもどこかで聞いた事がある声を聞きながら蜘蛛はダニエラの体を支え続けたのだ。 
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