【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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番外編

ほのぼの日常編2 くもさんはともだち29(蜘蛛視点)

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「おじぃしゃま、おじしゃま」

 えぐえぐと泣きながら、マチルディーダは二人を呼んだ。
 声が聞こえなくなって不安だったのだろう、蜘蛛は魔法をときながらマチルディーダの頭を撫でる。
 小さな頭が撫でやすい、人の手の形というのはこういう事に適しているのだと悟った。

「くぅちゃん、くもしゃんは?」
「勿論蜘蛛に戻れるぞ、どちらがいい?」
「どっちもくぅちゃん! だいしゅきっ!」

 ぐすんと鼻を鳴らした後で、満面の笑みを見せるマチルディーダにやはり笑顔が似合うと思う。
 この笑顔を失うかもしれなかったのだと思うと、マチルディーダを救ってくれた奇跡に祈りたくなる。
 蜘蛛は出来なかった、力が足りなかった。
 人の形になった蜘蛛は何だか人の様に涙腺があるのだろうか、蜘蛛の不甲斐なさが悔しくて視界が歪む。

「蜘蛛が側にいながら守れずに申し訳ない」

 情けない話だが、蜘蛛はダニエラとマチルディーダどちらも守れなかった。
 主の使役獣として、胸を張っていられる働きを蜘蛛は出来なかったのだ。

「蜘蛛の行いは正しいと思うから謝る必要はない。辺境伯を下手に攻撃をしていたら大事になっていた。悪いのはあれだとしても辺境伯夫人が面倒だからな。流石に国境を守る家を簡単には無くせない」

 そういえば妻が守っているから大丈夫だと、あの男が言っていた。
 ニール様に慰められながら、そう思い出すとダニエラの行動の理由が分かった。

「だから罰しなかったのか」

 ダニエラも侮辱だと言いながら、辺境伯を招き入れていた。
 ただの時間稼ぎなのかと、そちらの意味合いが強いのだと思っていたが、ダニエラは考えた末にそう決断していたのだと理解した。
 
「あれでも辺境を守るには必要だからな、罰するならいつでも出来るがダニエラの不名誉な噂を払拭する方が先だ。父上の機嫌を取るには何をしたらいいのか、陛下もあの人も嫌になるほど理解しているからな。褒められたくて必死に努力するだろう」

 なる程、あの様子なら嬉々として噂を消す為に動くだろう。
 しかし、その能力はあるのか? 蜘蛛の疑問をニール様は正しく理解して答えをくれた。

「一応能力は高い。父上に関係無ければな」

 ニール様がマチルディーダを抱きしめて頬擦りしながら教えてくれるが、安心出来る気がしない。
 あの男が気にしているのは父上殿だけ、ダニエラは多分その為のおまけのようなものだ。

「あっ! おじしゃま、あのねあのね。ヨニーがいたいいたいにゃの、ヨニーごめんね」

 微動だにしないロニーをマチルディーダが心配しているが、ロニーはまだ気持ちが戻ってきていない様だ。
 余程婚約者候補の言葉に衝撃を受けたのだろう。

『主、ダニエラはどうなった』
『先程部屋に着いて私は扉の前にいる。ダニエラは何故破水したんだ? メイナに聞いても良くわからないとしか言わないんだ』
『それは……そちらに行ってから話す』

 蜘蛛も少し冷静にならないと説明が難しい。
 蜘蛛が聞いた声をどこまで話したらいいのか、蜘蛛はまだ混乱しているのだ。

「どうした」
「ダニエラは部屋に着いて、主は扉の前にいるらしい」
「そうか、すぐには生まれないだろうが心配だな。ダニエラは乱暴を受けたわけでは無いのだな」
「それは無い。暴力を振るわれたのはロニーだけだ」

 考えなければいけない事を曖昧にして答えると、父上殿はマチルディーダの頭を撫でながら蜘蛛に聞いて来た。
 蜘蛛は答えながら、ロニーの腫れた頬に空間収納から薬を取り出し塗りたくる。回復薬よりこの薬は効くからすぐに腫れも引くだろう。
 薬を塗るのも、人の手は器用に動く。
 これは人の形で攻撃する動きを覚えなければならないな、剣か弓、それとも暗器か。
 いや、すべてだな。

「ありがとうございます」
「ふん、マチルディーダを守ってくれた礼だ」
「……守れたわけじゃ。泣かせてしまったし、ごめんねマチルディーダ。怖かったよね」

 しょんぼりとしているロニーは、蜘蛛が嫌いないつもの不遜な顔をしていないから調子が狂う。

「何があった」
「……マチルディーダと乳母と温室部屋の前の花壇で、お義母様に差し上げる花を摘んでいたら、急にあの方達が近付いてきてマチルディーダを抱き上げようとしました。マチルディーダは驚いて僕の後ろに隠れようとして、執事達も止めようとしたのにそれでも強引に……」
「それで?」
「執事が止めようとしているなら、マチルディーダを渡してはいけないのだと思い、僕はマチルディーダの前に立ってお義父様の許可が無ければ駄目だと申し上げたんです。マチルディーダは乳母が抱き上げ温室部屋に逃がしましたが、僕は殴られたあと担がれてそのまま部屋の中へ。お義母様の大切な温室部屋への侵入を許してしまいました」

 成る程、それで邪魔をしたと殴られたのか。
 それにしても、普通殴るか?

「辺境伯ともあろう者が、随分と直情的なのだな」
「彼は昔から短気なんだが、どうも今回は酷すぎるな」
「求婚を断られたのが余程面白く無かったのでしょう」
「あの息子は面倒だな、陛下から縁談を命じさせるか。あの家を中から変えていける家の娘と縁付かせるか」

 成程、自分としては善意からした求婚を断られたから逆上したということか。愚かだな。
 父上殿はあの男児に、こちらの都合のいい家の娘を嫁がせるつもりなのか。

「おじぃしゃま。ディーダだめにゃの?」
「駄目? どうしてそう思うんだ。私の可愛いディーダ」

 父上殿は、マチルディーダに甘い声で尋ねる。
 蜘蛛もだが、この家の者も公爵家の者もマチルディーダとアデライザに甘い。
 出来る限り二人を甘やかし、愛していると言葉と態度で示す。

「だって、だめって、かわいそうって」
「あれは馬鹿なんだ、気にする必要はないよ。ディーダは私達の可愛いお姫様だよ」
「そうだよ、ディーダ。皆に愛されているディーダが可哀相な筈がないだろう?」
「ほんとう? おじしゃま、ディーダのことしゅき?」
「ああ、大好きだ。愛しているよ、マチルディーダ」

 マチルディーダの不安を理解しているのだろう、いつもとは違うニール様の愛しているという言葉に蜘蛛は戸惑いながら、それを見つめていた。
 
「しゅき? ディーダね、おじぃしゃまとニールおじしゃまのことだいしゅきっ!」
「可愛いディーダ。マチルの名がついている事を恥じるな。ディーダが生きて笑っていてくれることが私達の喜びなんだから」

 そうだ、マチルディーダが笑っていてくれることこそが、蜘蛛の喜びなんだ。

「くぅちゃんも、ディーダの事しゅき?」
「ああ、勿論だ。蜘蛛はな、ディーダが笑っていてくれるだけで嬉しい。だからディーダ、あんな男の言葉等忘れてしまえ。ディーダを愛する我らの言葉こそが正しいのだからな」

 蜘蛛は主の使役獣だが、使役獣としての役割よりも、蜘蛛はディーダを守りたい。
 ダニエラと子供達を主と共に守りたい。
 あの声、ダニエラの腹の子の声が、蜘蛛に力をくれた。
 ディーダを守る為の力、それはつまりダニエラを守る力だ。

「ディーダもね、だいしゅき。くぅちゃん、おじいしゃま、ニールおじしゃま、ヨニーも。ディーダね、みんながだいしゅきなのよ」

 無邪気に笑うこの子を守りたい。
 蜘蛛は、蜘蛛の気持ちは、その為だけに存在しているんだ。
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