【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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番外編

おまけ 兄の寵愛弟の思惑1(デルロイ視点)

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「この制服は地味すぎる。これではデルロイの良さが少しも引き立たぬ。やはり私が用意した揃いの礼服を……」

 朝早くから私の宮にわざわざやって来て、この人は何がしたいのだろう。私は目の前に立ち不満を隠そうとしないところか周囲に気づかぬ者はいないだろう程にあらわにしている兄上に、驚いた演技をする。
 朝食を終え制服に着替え準備を終えているから良いものの、無駄な時間を過ごすのは嫌なんだが。
 どうしたものか。

「兄上、お気に召しませんか」
「デルロイは気に入っているのか?」
「……そんなに似合いませんか?」

 幼い子供の様に両手を広げ、自分を見つめながらくるりと体を回しながら首を傾げて兄上を見る。
 遠い東の島国では、己の心根を隠し相手に接することを猫を被ると言うらしいが、今の私はまさしくその状態だ。
 兄上の前ではいつも猫を被って、兄上を尊敬し慎ましい弟を演じている。
 尊敬しているのは本当だが、慎ましいのは嘘だ。

「侍従」

 少し私より背が高い兄上を見上げた後、戸惑った表情を意識して兄上の背後に立ち私達を見守っている兄上の侍従に視線を向ける。

「お前も似合わないと思うのか?」
「とんでもございません。大変良くお似合いです。王太子殿下、第二王子殿下は王太子殿下の使われた制服で通いたいと仰せられ、王妃様が快くお許しになったそうでございます」

 華やかに私を着飾りたい兄上への予防として、前もって母上に願いでていた。絶対に兄上は私の制服姿が地味になりすぎだと文句を言うはずだと、嫌になるほど簡単に予想出来たからだ。
 入学式には礼服でも良いらしいが、大抵の者は制服を着ると聞いていた。それならわざわざ私の礼服を用意するのは止めたかった。
 兄上なら入学式のためだけに私礼服を用意し、記念にとそれを自分の宮に飾ろうとするだろう。
 それに兄上が無理を言えば、入学式だけでなく常に制服ではなく礼服を着せられかねない。
 
「おお、デルロイは私が着ていた制服を着たいなど、なんとも可愛らしいことを言う」

 侍従の告げ口に、兄上の機嫌は分かりやすく変化する。
 すべて予想通りとはいえ、内心困った人だと思う。

「そ、それは秘密に……」

 侍従に秘密を話されて恥じ入る演技をしつつ、兄上の表情を盗み見る。
 兄上の性格をよく知る母上と侍従なら私の願いを効果的に兄上に話すだろうと考えて、あえて秘密にとお願いしていた。母上は私が兄上を本気で慕ってのことでは無いと察しているだろうが、兄弟仲が良いなら全て良しの人だから快く制服の件を許可してくれた。

「酷い。母上に秘密にしてとお願いしていたのに。侍従どうして話すのですか」

 兄上を慕って使っていた物をこっそり使う、これが本心からならとても気持ち悪い行為だ。
 兄上の思惑を回避するためとはいえ、進んでしたかったわけではない。
 にこにことこちらを見ている侍従は、兄上を慕う私の演技に騙されている者の一人だから、私が気持ち悪いと思うのを微笑ましいと見ているのだろう。

「デルロイ、そなたが私を慕っていると誰もが知っているのだから、そんなに恥ずかしがることはない。可愛いそなたの愛らしい願いを知らずに酷いことを言った兄を許してくれるか」

 すっかり機嫌が良くなった兄上に、私は内心舌を出す。
 これで兄上は私の制服に文句を言わなくなるだろう。
 
「兄上の制服姿がとても素敵で憧れていたのです。ですから兄上が着ていたものを使わせて頂けたら、私も兄上の様になれるのではないかと」

 学校へ通う時、大袈裟な飾りがついた服はいらない。
 私は元々着飾るのは好きではないのだ。なんの飾りも無い服など制服以外着る機会はないのだから、学生の間だけは絶対にこれで通させてもらう。
 その為なら、こんな演技くらいいくらでもする。

「そうか、それは嬉しい事を言う。一緒に学校に通えないのが残念だよ。何故私はお前より年上なのだろう」
「……私も残念です。でも尊敬する兄上に認めて頂ける様に勉強も他の事も頑張ります」

 この年の差は私にはありがたいものだ。
 お陰で自由に学校で過ごせるだろう。

「デルロイは頭が良いのだから、学校など通わずとも必要なことは今まで通り私が教えるのに」

 なのに兄上は恐ろしいことを言い始める。
 学校へ通うのは義務ではないから、通わなくてもいい。でもそんなのは嫌だ。私は少しでも兄上から離れて自由に過ごす時間が欲しいのだから。

「王家に生まれた者は皆の手本となるのだと、兄上が昔教えて下さいました。兄上はその言葉通り常に学校で一番であり続けたではありませんか。私も兄上の弟のとして同じく皆の手本となりたいのです。さすが兄上の弟だと皆に認めてもらうのです」
「デルロイはいつも私の真似をしたがるのだな」

 学校に通えないなんて冗談じゃない。
 必死に訴えていると、微笑ましそうに私を見てる侍従の顔が視界に入るのが面白くない。

「いけませんか、尊敬する兄上の様になりたいと私が望むのは。確かに兄上程の能力はありません。私はどれだけ努力しても兄上の様にはなれません。それでも私は兄上に近付きたいのです」

 ここまで言えば駄目とは言わないだろう。
 頑張った自分を内心褒めていると、兄上は困ったことを言い始めた。

「それなら私のそばにいるのが一番ではないか?」
「兄上に学校の試験で頑張った私を褒めて欲しいです。剣術の試合だって応援に来て欲しいです」
「デルロイと離れるのが淋しいのだ」

 毎日顔を見ているのに、なぜ淋しいと思うのか分からないんだが、兄上は暇なんだろうか。

「私は兄上の右腕として将来役に立ちたいのです。そのためには学校で優秀だったと皆に知らしめなければなりません。父上は兄上を尊敬しているだけでは駄目だと仰っていました。将来兄上を支えられる様に努力せよと」

 第二王子として生まれた私は、王太子の兄上が何かあった時の予備であり、一番の臣下となる様に育てられた。
 それには全く不満はない。
 私を好きすぎる事以外兄上は何も問題がないどころか、とても優秀な方だ。
 兄上が王になれば、今まで以上の国になるだろう。
 父上は素晴らしい方だけれど、兄上の治める国は絶対にいい国になる。
 私は兄上を支える存在になれれば十分だ。
 
「そうか、ではデルロイが勉学を頑張っている間、私も執務をこなそう。早く父上の負担を減らせるようにならなくてはいけないからな」
「兄上ならすぐにそうなります」

 父上は元々お体が丈夫ではなかったが、最近は特に疲れやすくなったらしく抱えていた仕事の半分程度を兄上に引き渡してしまった。
 まだ四十代になったばかりの父上だが、王冠を兄上に譲るのはそう遠くない未来なのかもしれない。

「私はいつまでもデルロイが尊敬する兄でありたい」
「いつだってそうです」

 尊敬している、ただたまに自由になりたいだけだ。

「そうか、デルロイ。我儘を言って悪かった。入学おめでとう」
「ありがとうございます! 兄上っ」

 わざとらしく声を上げ、兄上に抱きつく。

「兄上に祝われるのが一番嬉しいですっ」
「そうか、初めに言わずに悪かったな。寂しかったのだ心の弱い兄を許してくれるか」

 兄上が謝るのは多分私にだけだ。
 
「兄上が私を愛する故ですから、許して差し上げます」

 兄上に強気で言えるのは、私だけだ。

「ありがとうデルロイ。私の愛する弟」

 ぎゅうと兄上は私を抱きしめて、整えた私の髪に頬を擦り寄せる。
 兄上の愛は今日も重すぎるくらいに重かった。

 
※※※※※※※
ダニエラ父の若い頃のお話です。
重すぎるくらいの愛を向けられる、デルロイをお楽しみ下さい。
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