【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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番外編

おまけ 兄の寵愛弟の思惑16(レモ視点)

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「なんと軽やかな動き、美しい蝶が舞っているかのようだ」
「先生の攻撃をかわしながらの攻撃も見事だ。でも私だったら見とれてしまって攻撃なんかできない」
「あれだけ動いても、まだまだ余裕がみえる。殿下は文武両道なのだな」

 入学してから初めての剣術の授業で、第二王子殿下は教師と剣を交えている。
 一人一人の実力を見るため今日は数名の教師が鍛錬場に来て生徒と対峙している。第二王子殿下の相手は幼い頃から殿下三人の剣術を教えているファルコ・マーニ伯爵だ。
 彼は元第一騎士団の団長で、今は一線を退き殿下達の師の道を選んだ。
 他の教師では殿下方の相手をするには遠慮が出てしまうだろうと、王太子殿下在学中から学校で剣術の教師も始めたが、騎士団長になる以前から彼の剣術の腕は評判が高く、騎士団を辞めた後師事したいと考える人が大勢いたらしく殿下達の師を続けながら学校の教師となった彼の授業を受けたいという生徒は多いらしい。

「今年入学して本当に良かった。まだ一度も個人的に話したことはないが、第二王子殿下と同じ場所にいられるなんて夢のようだ」
「本当に、勉強を必死にしてきたことが報われた」
「絶対に組落ちしないように死ぬ気で勉強しなければ」
「そうだな、試験の成績が悪くて組落ちなんてしたら、第二王子殿下に馬鹿な上に努力不足という悪い印象を与えてしまう。絶対に卒業まで同じ組で居続けなければ」

 殿下の様子を食い入るようにみながら会話している生徒の様子を少し離れた位置から見ているが、鍛錬場内で他にも教師と剣を交えている生徒が何人もいるというのに、誰もそちらは見ていないようだ。
 彼らは侯爵家、伯爵家の令息といっても、次男や三男だから今まで第二王子殿下と交流する機会に恵まれなかったのだろう。それがこんな風に間近で第二王子殿下が剣を交えている姿を見られるのだから、彼らが夢心地に語っているのも無理はない話だ。
 普段の穏やかなお姿と違い、剣を持った第二王子殿下はとても凛々しく美しい。私等常にそのお姿を見られる僥倖を得ているというのに、それでも毎回見惚れてしまう。
 王妃様そっくりの美しいお顔、王太子殿下や第三王子殿下は陛下似であらせられるのにお一人だけ王妃様似のそのお顔は王女殿下方よりも実は美しいと私は思っている。

「まずは十日後の試験だな。入学してすぐにあると思わなかったが自分の学力がどの程度なのか分からないから不安だな」
「私もだ。そうだ、皆で苦手な科目を教え合わないか?」
「そうだな。それでは授業の後図書館で勉強をしよう。試験の結果はすべて張り出されるのだから、頑張らないといけない」

 家を継がないなら領地の代官か王宮の役人になるか騎士団や魔法師団に入る道などを目指すのだろうから、目的はどうあれ勉強に力を入れるのは良いことだ。
 
「……そういえば、今日は留学生が先生と模範試合をすると聞いたけれど、まだ来ていないよな」
「留学生?」
「どこの国からか知らないが子爵家らしいから下級組にいるんじゃないか」
「なぜそいつが模範試合を?」
「なんでも国では魔物を狩っているから、騎士とは違う実践的な戦い方を見せて貰うのだそうだ」

 この学年にいる留学生は確か一人、モロウールリ国のトニエ子爵家の嫡男だ。祖国の学校を卒業後、こちらの国の薬学と魔法陣学を学びたいと留学してきたらしい。
 あの家は貴族でありながら、一族の殆どが薬師と錬金術師になるという変わった家だ。
 留学生も薬師で錬金術師だそうだが特に薬師の腕が素晴らしく、王太子殿下が興味を持たれていた。
 
「ここまで! 殿下腕を上げられましたな」
「まだまだです。兄上には未だに一本も勝てませんから」

 マーニ様の声で動きを止めた殿下は、息を切らすことなく話している。

「王太子殿下はお強いですからな。でも殿下も素晴らしかったですよ。さあ、休んでください。次の者!」

 殿下の次の相手を呼びながら、マーニ様は私の方を向き頷いている。
 私が殿下の側に近付いてもいいということだろう。

「殿下剣をお預かりいたします。汗をお拭きしますか」

 すぐさま殿下の近くに走ると、剣を受け取る。

「汗はかいてはいない」

 確かに殿下の額には汗一つ浮かんでいない。
 ちらりと見るとマーニ様も同様のようだ。お二人共先程の動き程度では汗などかかないらしい。

「エベラルド様はまだ決着がついていない様です。テレンス様はあちらに」

 殿下の様子を気にしながら立っているテレンス様は、私が視線を向けると他の者の邪魔にならない様に小走りでやってくる。

「……椅子は片づけたのだな」
「はい、殿下」

 授業なので椅子等は本当は用意しないが、護衛の一人が気を利かせてどこからか運んで来たのだ。
 殿下は苦笑しながら「他の生徒と同じで良い。だが気持ちは嬉しかったよ」と断っていた。

「殿下とても素晴らしかったです」
「テレンスはこれからなのか」
「はい。今はエベラルドがあちらで」

 テレンス様が指さす場所ではエベラルド様が激しく剣を打ち合っている。
 エベラルド様は長身でがっしりとしているが、相手をしている教師は現役の騎士と言っても良さそうな程、鍛え上げられた体つきをしているからとても迫力がある。

「エベラルドの攻撃は相変わらず激しいな」
「そうですね。彼の剣はとても重いですから私ではあんなに長い時間打ち合えません」
「テレンスの剣とは確かに違うが、どちらも強いことには変わりないからな」

 殿下はマーニ様と王太子殿下の他は、エベラルド様とテレンス様とだけ剣を交えている。
 多分この授業でもマーニ様以外はお二人と稽古をされるのではないだろうか、他の者では緊張してまともな相手にならないだろう。

「私はロマーノ・トニエと申します。マーニ先生がお呼びと伺い参りました。お取次ぎをお願い致します」

 第二王子殿下とテレンス殿の会話を見守っていると、鍛錬場の入り口近くから話し声が聞こえて来た。
 入り口を守っていた殿下の護衛の一人に生徒らしきものが案内を頼んでいる。
 あれが留学生なのだろう、こうしてみると顔立ちがこの国の者とは少し違っているようだ。

「あれは?」
「先生と模範試合をするという留学生ではないでしょうか」
「留学生? モロウールリ国の薬師殿か」

 さすが殿下はしっかりと情報を頭に入れている様だ。
 
「模範試合とは、彼は手練れなのでしょうか」
「分からないが、モロウールリ国では有名な薬師と錬金術師の家だと聞いている」
「薬師と錬金術師ですか」

 緊張した様子も無く護衛騎士の後ろをついて歩いている留学生を、第二王子殿下は興味深げに見つめている。
 これは、王太子殿下だけでなく第二王子殿下も彼に興味を持ったのかもしれない。
 そうすると、密かに話が出来る席を設けた方がいいかもしれない。
 歩いて行く彼を見ながら、私はそのための段取りを考え始めていた。


※※※※※※
留学生は「いえ、絶対に別れます」の主人公フェデリカのお父さんです。
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