【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

文字の大きさ
225 / 310
番外編

おまけ 兄の寵愛弟の思惑48 (ボナクララ視点)

しおりを挟む
「……立てそう? あなた手を貸して差し上げて」

 地面に座り込んでしまったロサルバさんを見下ろして、侍女に指示を出す。
 繋いだままの手が震えていて、可哀相だと思うけれどこのままにしてはいられない。

「ロサルバ様、失礼致します」

 侍女が手を貸し、ロサルバさんは何とか立ち上がると不安そうにこちらを見ている。
 今の様に嫌がらせをされたことは一度や二度ではないのだろう、それが分かるだけにこの後どうしたらいいのかと悩んでしまう。

「助けて頂きありがとうございます」
「いいえ、あれは教科書?」
「……はい」
「そう、あれを風魔法で浮かせているの?」

 侍女に支えられながら、噴水の水面に浮かぶ本を見つめているロサルバさんに聞けば驚いた様に私に視線が動くけれど、本が長い間水に浮いている筈がないのだから、理由があると思うのは当然だと思う。

「あなたなら、噴水に入らずに本を回収出来たのではないかしら」
「……それは」
「やってみせて、どうするの?」

 何度か嫌がらせをされて、苦肉の策で編み出した魔法なのかもしれないけれど、風魔法をこんな使い方をしようと思いつくのは面白いと思う。
 多分、彼女の考え方はデルロイ様も王太子殿下も気に入るだろう。
 
「はい、では、水がかかるかもしれません。お気を付けください」

 私の問いかけに、ロサルバさんは諦めた様に息を深く吐いた後私に注意してから侍女の手を離し一人で噴水の前に移動する。

「……風よ、浮かせよ」

 口の中で何か詠唱した後、水面が風に揺れ始めそれとともに教科書が水面から浮き上がった。

「きゃっ」

 ぐんと大きな風が吹き教科書が持ち上がったかと思うと、大量の水を周囲にまき散らしながらそのまま噴水の外に飛び出したものだから、私ははしたなく声を上げてしまった。

「お嬢様っ」
「大丈夫ですか?」

 驚いた私を心配し、侍女とロサルバさんは私を見るけれど、そのせいで魔力の制御が甘くなったのだろう教科書は地面に落ちてしまった。

「あ、あぁっ。最後の最後でやらかしたっ」

 地面に出来た水たまりの中で、教科書は汚れてしまっている。
 水に浮いていた時は綺麗に読めていた教科書の表紙の文字が水に滲み、水と湿った土で汚れてしまった。

「これは、また買い直しだわ」

 手が汚れるのも構わずに、ロサルバさんは教科書を持ち上げると中を開き項垂れてしまった。

「また、ということは今まで何度もあったのね」
「はい、買い直しの資金は頂いているからいいの……あ、ええと、あの」

 ロサルバさんは自分の失言にオロオロとし始めるけれど、成程ブレガ様はあの愚策の末彼女にどんな嫌がらせが起きるか想定し、資金を彼女に渡しているのだろう。
 全くあの人は頭がいいのか悪いのか分からない、分かるのは目的の為になんの関係もない彼女が傷付いても構わないと考えているということだ。

「それを貸してくださる? ええと、私の前に」
「え、はい」
「……戻れ時よ、悲しみを消し清らかな光よ、元の姿に戻せ光よ」

 あまり使ったことはない復元魔法の詠唱をし、教科書に光魔法を掛ける。
 小さな光は教科書を包みその光が消えた後、ロサルバさんが持っていた教科書は真新しい物に姿を変えた。

「え、これ」
「この魔法の欠点は、出来上がった当初のものに戻るというところなの。あなたが何か教科書に書き込んでいたらそれは消えてしまっていると思うわ」

 私は教科書に書き込むことはせず覚書は専用の物を用意するけれど、一部の人達は授業の説明を教科書に書き込み勉強に役立てていると聞いた事がある。
 ちなみに王太子殿下やデルロイ様は、授業中先生が話すのを聞いているだけで覚書等は特に取らなず覚えてしまうらしいけれど、私にはそんなことは出来ない。
 そもそもあの方々は、学校で習うものはすべて学び終えているから授業を受ける必要は本来ない。私もある程度先のものまで学んではいるものの、すべて覚えていると自信を持っては言えない。
 私達にとって学校は、学ぶというより社交の場という意味合いが強いけれど、彼女はそうではないだろう。
 学ぶために学校に来ているのに、それを邪魔されているのだ。

「凄い、水染みなんて一つもないわ。ありがとうござます、あのなんてお呼びしたらいいのでしょうか」
「ふふ、先程と同じくボナクララと呼んで下さっていいのよ。私もあなたを名前で呼ぶわ」

 わざと微笑みながらそう言うと、ロサルバさんは動揺して教科書を落としそうになる。
 先程は侍女の指示で私の名を呼んでいたけれど、それではいけないと判断し確認して来た。
 彼女は先刻の彼女達より余程賢い人だと思う。

「で、ですが」
「先程あなたは私の名を呼んだでしょう? 彼女達はあなたはそれが許されているともう認識しているのよ、だから今更変えてはいけないわ」
「でも私は男爵家の者です。それも第二王子殿下に失礼を働いたのです」

 ぎゅっと教科書を両手で抱きしめる様に持ちながら俯く姿に、入学してから今日までの彼女がどんな状況だったか悟ってしまう。
 本当にブレガ様は愚かな事をやってくれたものだと思う。

「それはあなたの意思では無かったのでしょう? あなたは不本意かもしれないけれど、今日この時からあなたは私の配下と同じになってもらうわ。そうすればこの様な事はもう誰にもさせない。どうかしら」

 幸い私の家の派閥の者が彼女と同じ組に数人いるから、彼女を守る事は出来るだろう。
 
「それは、でも……いいのでしょうか」
「学ぶために来たのに、それを愚かな者に邪魔されるのは悔しいでしょう? 利用できるものはなんでも利用すればいいのよ」
「……ボナクララ様、それをご自身で仰るのはどうなのでしょう」

 困った様に笑いながら、それでもロサルバさんは「よろしくお願いします」と頭を下げた。

「……サデウス様、彼女が何か!」

 侍女にロサルバさんを教室に送らせようかと考えていると、先程聞いたばかりの声が私の名を呼んだ。

「トニエ様」
「トニエさん」

 駆け寄って来る彼は、険しい顔をして私と彼女の間に身を滑らせたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

転生したので前世の大切な人に会いに行きます!

本見りん
恋愛
 魔法大国と呼ばれるレーベン王国。  家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。  ……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。  自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。  ……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。   『小説家になろう』様にも投稿しています。 『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』 でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。

魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。

iBuKi
恋愛
サフィリーン・ル・オルペウスである私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた既定路線。 クロード・レイ・インフェリア、大国インフェリア皇国の第一皇子といずれ婚約が結ばれること。 皇妃で将来の皇后でなんて、めっちゃくちゃ荷が重い。 こういう幼い頃に結ばれた物語にありがちなトラブル……ありそう。 私のこと気に入らないとか……ありそう? ところが、完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど―― 絆されていたのに。 ミイラ取りはミイラなの? 気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。 ――魅了魔法ですか…。 国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね? いろいろ探ってましたけど、どうなったのでしょう。 ――考えることに、何だか疲れちゃったサフィリーン。 第一皇子とその方が相思相愛なら、魅了でも何でもいいんじゃないんですか? サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。 ✂---------------------------- 不定期更新です。 他サイトさまでも投稿しています。 10/09 あらすじを書き直し、付け足し?しました。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】あなたの『番』は埋葬されました。

月白ヤトヒコ
恋愛
道を歩いていたら、いきなり見知らぬ男にぐいっと強く腕を掴まれました。 「ああ、漸く見付けた。愛しい俺の番」 なにやら、どこぞの物語のようなことをのたまっています。正気で言っているのでしょうか? 「はあ? 勘違いではありませんか? 気のせいとか」 そうでなければ―――― 「違うっ!? 俺が番を間違うワケがない! 君から漂って来るいい匂いがその証拠だっ!」 男は、わたしの言葉を強く否定します。 「匂い、ですか……それこそ、勘違いでは? ほら、誰かからの移り香という可能性もあります」 否定はしたのですが、男はわたしのことを『番』だと言って聞きません。 「番という素晴らしい存在を感知できない憐れな種族。しかし、俺の番となったからには、そのような憐れさとは無縁だ。これから、たっぷり愛し合おう」 「お断りします」 この男の愛など、わたしは必要としていません。 そう断っても、彼は聞いてくれません。 だから――――実験を、してみることにしました。 一月後。もう一度彼と会うと、彼はわたしのことを『番』だとは認識していないようでした。 「貴様っ、俺の番であることを偽っていたのかっ!?」 そう怒声を上げる彼へ、わたしは告げました。 「あなたの『番』は埋葬されました」、と。 設定はふわっと。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

転生皇女はフライパンで生き延びる

渡里あずま
恋愛
平民の母から生まれた皇女・クララベル。 使用人として生きてきた彼女だったが、蛮族との戦に勝利した辺境伯・ウィラードに下賜されることになった。 ……だが、クララベルは五歳の時に思い出していた。 自分は家族に恵まれずに死んだ日本人で、ここはウィラードを主人公にした小説の世界だと。 そして自分は、父である皇帝の差し金でウィラードの弱みを握る為に殺され、小説冒頭で死体として登場するのだと。 「大丈夫。何回も、シミュレーションしてきたわ……絶対に、生き残る。そして本当に、辺境伯に嫁ぐわよ!」 ※※※ 死にかけて、辛い前世と殺されることを思い出した主人公が、生き延びて幸せになろうとする話。 ※重複投稿作品※

処理中です...