【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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番外編

おまけ 兄の寵愛弟の思惑52 (エマニュエラ視点)

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 王太子殿下のサロンに入ると、すでに彼は中にいて私を出迎えてくれた。
 深紅の薔薇の花束を抱えて立つその姿に、愛はないのに見惚れてしまった。

「婚約者殿はどうもご機嫌が良く無いようだ」

 らしくない笑顔で私に薔薇を差し出し、二人だけの茶会のテーブルへと案内してくれる。
 王太子殿下が忙しい時間をこうやって使うのは、私だけだと思うとデルロイ様の隣を歩き去って行ったボナクララなど取るに足りないことだと思う。
 だからと言って憤りが収まるかどうかは別の問題だけれど、候補ではなく正式に王太子殿下の婚約者になった事実は私の自尊心を満足させる。

「いいえ、ダヴィデ様。私今とても気分が良いのです。やっと候補ではなく婚約者になれるのですから」

 こんなに長く待たされるとは思っていなかった。
 いつまで待たせるのか、苛々しながら過ごした日々が無駄にならずに済んでホッとした。
 他の公爵家の娘が王太子殿下の婚約者になるのではないかと噂もあったし、私は年下のウーゴ殿下の婚約者になるかもしれないとも言われていた。
 それはあの愚鈍なボナクララがデルロイ様に愛されていると、周囲も考えていたからだ。
 そして、まだ候補のままの私が王太子殿下、ダヴィデ様に嫌われていると思われていたからだ。
 なんとも腹立たしい。
 私程美しく賢い女性等、同じ年頃の公爵家、侯爵家を国中探してもいないといいうのに。
 いつまでも陛下が決断されないから、私が馬鹿にされていたのだ。
 
「そうか、待たせて悪かった。だがそなたは気にしていなかっただろう」
「勿論です。私以外ダヴィデ様の隣に立てる者などいないと知っていますもの」

 優雅に椅子に座ると、控えていたサロンのメイドが薔薇を私から受け取り近くのテーブルに置く。
 少し離れた位置からも薔薇の優雅な香りが漂ってくる。
 これが皇帝の薔薇の香りなのだと、胸いっぱいに吸い込む。

「いい香りですわね」
「ああ、これは皇帝の薔薇だ。先程切ったばかりだから香りも強いだろう」
「ええ、婚約が決まると王子殿下からこの薔薇を賜ると聞いております」

 王妃殿下の宮の庭園の一角は、この皇帝の薔薇だけが植えられている場所があるのだという。
 そこは王族以外立ち入り出来ない場所で、私でさえ入った事が無い。

「ああ、そうだ。この薔薇はその昔帝国から嫁いで来た王女が国から持参した薔薇だと言われている。王女はとても優秀な魔法使いで、その膨大な魔力でこの国を外敵から守った。彼女に敬意を表して婚約者への最初の贈り物としてこの薔薇を贈ると決まっている」

 今まで婚約者候補の立場で、色々贈られていたものはある。
 綺麗なリボン、茶会に招かれた時のドレスと靴、誕生日の宝飾品等々、今までのどんな贈り物よりもこの薔薇は素晴らしいものだ。
 王子殿下の婚約者にならなければ、この薔薇を贈られることはないのだから。

「とても嬉しいです。ありがとうございますダヴィデ様。私王太子妃教育を一生懸命頑張ります」

 微笑みながら紅茶を一口口に含む。
 私の好みに合った紅茶と菓子、これを用意したのはダヴィデ様の側付きの者だろうけれど、彼らは王太子殿下付きなだけあってとても優秀だ。
 私に嫌がらせされる隙もない、そこは王妃殿下の配下とは違う。
 それはつまり配下を躾られない王妃殿下が無能ということだ。
 私が王太子妃になったら女官は私が躾てあげよう。王妃殿下には体が弱い陛下を気遣う役目だけを与え、貴族女性を纏めるのも王宮の頂点に立つのも、王太子妃である私の役目にすればいい。
 そうすれば、私は思うままに王宮で振舞えるし、気に入らない先程の女官の様な者はすぐに排除できる。
 いいや、排除せず私の気晴らしの玩具にすればいい。

「どうしたエマニュエラ、一人で楽し気に何を考えている」
「ダヴィデ様の婚約者に正式になれて嬉しいのです。お披露目が楽しみですわ」

 ボナクララと一緒にというのは気に食わないけれど、邪魔なあの女はその直前に排除すればいいだけ。
 ボナクララを失った私がデルロイ様を慰めるのよ、婚約したばかりの女性を失ったデルロイ様はそれを理由に暫く婚約者を決めない様にして、私が義姉として傍に居る。
 デルロイ様を愛しているダヴィデ様は、きっと私の行いを喜んで下さるでしょう。
 そうしてデルロイ様を慰めている間に、私の虜にして彼の精神を病ませていくのはどうかしら。
 病を得たら彼はきっと王子宮に留め置かれることになるわ、ダヴィデ様ならデルロイ様が病になっても離宮に追いやったりはしない筈。
 そうすれば、病んで弱ったデルロイ様も、将来国王となるダヴィデ様も私のものになるわ。
 ボナクララなんて、排除してしまいましょう。
 あんな愚鈍な子は、魔物に喰われて死んでしまえばいいのよ。

「そうか、ドレスはその内王宮に仕立て屋を呼ぶから、好きなものを作るといい」
「まあ、私の好きに作っていいのですか?」

 婚約披露のドレスだというのに、ダヴィデ様が選ぶのではないのだろうか。
 疑問はあるけれど、私はドレスへのこだわりが強いと知っているからこそだろうと思い直す。

「王太子妃になる者が代々婚約披露の場で着ける装飾品は、決まっている。それは母上が後日そなたに手渡すと言っていた。それに合わせたドレスを作るのは中々難しいらしいが、そなたは趣味が良い様だから問題なく素晴らしいものが出来るだろう」
「宝飾品が決まっているのですか」
「ああ、王家の色といわれる深紅の魔石を使った宝飾品だ。同じものを婚姻の儀式でも付ける」

 言われてかなり昔に見せられた、陛下と王妃殿下の婚礼の際に描かれた絵を思い出す。
 あれは王宮のかなり奥にある、歴代の王族の肖像画等が飾られた陰気な場所だ。
 高い天井はシード神と神の花園が天井画が描かれ、部屋の最奥にはシード神の像が置かれて、大きな部屋の壁を埋め尽くす様に絵画が飾られている。
 その壁に飾られていた絵画の一つに、確かにダヴィデ様が言う装飾品を着けた若いころの王妃殿下のものがあったのだ。
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