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番外編
兄の寵愛弟の思惑79
しおりを挟む「私は、闇の中に光る魔方陣に恐る恐る触れた。それは誰が残した魔法なのか分からないが、私がエマニュエラを自分の妻にし、将来王妃にしなければ守りの魔方陣は消えて無くなり、この国は魔物に呑まれ他国から攻め込まれると、そう魔方陣に教えられたのだ」
驚き何も言えずにいる私に、兄上は何を言っているが、兄上の言葉は私の耳に届いても上手く理解できない。
「おかしな話だ。今でもあれは夢だったのではないかと思うし、そうであって欲しいとも思う」
兄上が私を抱きしめる、その腕が震えている?
「私は幼すぎて、魔方陣からの教えを理解など出来はしなかった。それは当然だ私はまだ言葉を話せないどころか、自分で歩くことすら出来ない赤ん坊だったのだ。それなのにあの時私は自分で立ち魔法陣に手を伸ばした」
「……夢」
夢ではないのか? 兄上がいくら賢い子供だったとしても、赤ん坊が記憶するにはあまりにも難しすぎる光景ではないか。
「夢ではない、私はいつの間にか部屋に戻りそれでもずっと忘れられず、何度も何度もそれを夢に見ては恐ろしさに震え狂いそうになった。魔方陣の教えのすべては理解できなくても私の決断一つで国が滅びるかもしれない。それだけは分かっていたからだ」
そんな恐怖を兄上は耐えてきたのか、たった一人で恐怖に耐えて、エマニュエラを妻にすると決めたのか。
「祖先がずっと守ってきたこの国を、民を、私が誤った選択をして失うかもしれない。その恐怖に幼い私は負けそうになった。逃げ出したいと思った」
それは当然だ。
赤ん坊の兄上に、なんて酷なことを魔方陣は教えたのだろう。
「日々恐怖と闘い、狂わずにいるのが精一杯、不安で不安で何をしていても恐ろしくて、将来への希望など見出だせないそんな時にデルロイ、お前が生まれた」
「私?」
急に名前を呼ばれて戸惑い兄上を見ると、兄上も私を見ていた。
頬が触れ合いそうな距離で、兄上は目を細め私を見ていたのだ。
「そうだ、デルロイ。お前はふくふくとした愛らしい頬と柔らく巻いた髪をしたとても美しい赤ん坊だった。今でもすぐに思い出せるよ」
「……」
髪を撫でられ、兄上の頬が私のそれに触れる。
私は未だ髭が生えずつるりとした頬をしているが、兄上もそうらしい。手入れが行き届いた肌はとてもつるりとしていると……そんな感想今はいらないというのに唐突に思う。
「私は、愛しいという気持ちをその時に理解した。デルロイお前にその感情を教えられたんだ」
「兄上」
「私は今でも思い出せる。お前の愛らしい曇りのない瞳が私を見た瞬間の幸福な気持ちとその幼き小さな手が私の指先をギュッと握りしめた、その手の温度を」
ギュッと兄上は両腕に力を込めて私を抱きしめて、その腕の強さと共に擦りつける頬の熱が、私とほんの僅かも離れたくないと伝えている気がした。
「私は幼いデルロイに誓った。お前が幸せだと思える未来を作ると、豊かで幸せに満ちたこの国を守ってみせると」
「兄上、そんな……」
「その為ならどんな人間でも魔方陣の言う通り妻に選び王妃にすると、私はその瞬間に決めた。私の幸せは愛する者を妻にすることではない。私が王になり、エマニュエラという人間を王妃にしこの国を守ることで、デルロイが幸せになること。それが私の生涯の幸せで、生きる理由なのだと理解したから、そうデルロイに誓えたのだ」
なんて、なんていうことを兄上は決断したのだろう。
幼い子供がする誓いではない。
誰だって自分自身が幸せになりたいと思うだろう。それを兄上は捨て、私を幸せにしたいと、その為に自分を犠牲にしようとするなんて。
「兄上、でもそれでは」
「私はそれから必死に努力した。勉強も剣も何もかも努力して、誰より強く優秀であろうとした。それから、エマニュエラと出会った時少しでも未来の妻を好きになれる様にしようと決意していた」
そこで、兄上は大きく息を吸い、私から離れるとハハッと笑い声を上げた。
「だが無理だった。エマニュエラと出会い言葉を交わしてすぐ、好きになることは無い。一生それは無理だと悟った」
「初めての日は、ほんの僅かな時間でしたよ。それでも?」
私と兄上とエマニュエラとボナクララの四人は、一緒に顔合わせをした。
どちらがどちらの婚約者候補かは言われずに、今日は初めましての挨拶をするだけだと言われただけだった。
それなのに、兄上はその場で理解してしまったのだろうか、エマニュエラを好きになれないと。
「僅か? でもデルロイはあの時ボナクララを好きになったのだろう?」
くすりと兄上が笑うから、恥ずかしさで頬に熱を持つ。
「私も同じだ、あの時エマニュエラを嫌悪した。絶対に分かり合えない相手だと分かったんだ」
「それなのに、兄上はその後すぐに父上にエマニュエラを選ぶと告げた」
兄上の選択に、父上も母上も困惑していた、勿論私もだ。
だからよく覚えているんだ。
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