【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

文字の大きさ
256 / 310
番外編

兄の寵愛弟の思惑78

しおりを挟む
「デルロイ」

 私の愚かな言葉を、兄上は私の名前を呼ぶことで止めた。
 私を見つめ、繰り返し「デルロイ」と私の名前を呼ぶ。
 この世で一番、いいや唯一のものを見つめてでもいるかの様に私を見つめる、兄上のその目は優しくてとても強い。

「デルロイ、私はお前が大切だ。何よりの宝だよ。愛しているなんて、そんな軽い言葉では語れない」
「兄……上?」

 兄上は腕を伸ばし、私を抱きしめる。

「お前が私を案じてくれる。それだけで私は幸せだ。妻なんて私にはどうでもいい存在なんだよ。デルロイ」

 どうでもいい? そんな筈はない。
 兄上は、体調不良で思うように執務が出来なくなった父上の代わりに、王太子ならまだ負わなくていい重責を背負い込み執務をこなしているというのに、忙しい兄上を精神的に支えてくれる立場の婚約者は、兄上の心労を増やすことしかしていないのだ。
 エマニュエラと結婚したら、それがどちらかが死ぬまで続くことになる。
 
「私は、お前とボナクララが幸せであれば十分に幸せだ。私にとって国を守ることはお前を守るのと同じこと、お前が憂うことなく暮らせるように、その為だけに私はこの国を守っていく」
「兄上」
「お前とボナクララの子はどれほど愛らしいだろう、早く会いたいものだ」

 くすりと笑い、冗談なのかごまかされたのか分からないことを言う。

「兄上、私は真剣に……」
「私だって真剣だよデルロイ。私の愛しいデルロイ。私はね、日々神に感謝している。お前の兄としてこの世に生を受けたことを」
「え?」

 私を抱きしめたまま、兄上は不思議な事を言う。

「私は、生まれてすぐに母上とデルロイに会わせてもらえた。デルロイにそっと手を伸ばすと、お前は薄く目を開き私の指先を握ったんだ」
「私が?」
「赤ん坊は生まれたばかりの頃殆ど目が見えていないと聞いたことがある。だが私は、その時確かにデルロイと視線が合ったのだ。お前の曇りなく愛らしい瞳は私の姿をとらえ、そして私の指先をお前の小さな手がギュッと握った。その瞬間気がついたのだ、私はこの幼い弟を心から愛し守るために生まれたのだと」

 兄上の言葉、その声があまりに真剣過ぎて、大袈裟だとか戯れが過ぎると笑い飛ばすことは出来なかった。

「私が兄で良かった、お前が弟で良かったと神に感謝した」
「え……」
「兄の立場なら、お前を生涯愛していてもおかしくない。誰にもこの立場を奪われずデルロイの唯一の存在でいられるのだから。デルロイ、あの時私はお前に救われたのだ」

 兄上は何が言いたいのだろう。

「父上にも話したことはないが、私は自分が生まれ半年程で守りの魔方陣に初めて触れた。その時エマニュエラの母が魔法陣に呪いの様な魔法を掛ける幻覚を見たのだ」
「え?」

 エマニュエラの母親が魔法陣に魔法を掛けたのは、エマニュエラが生まれる少し前では無かったのか?
 兄上が生まれて半年の頃私は勿論、エマニュエラもボナクララも生まれていないというのに、どういうことなのか。

「今思えば、あれは魔方陣に呼ばれたのだと思う。自室の、使用人や護衛が守る部屋で眠っていた筈の私が、なぜか夜中に一人魔方陣の間に飛ばされたのだから人の力を超えた何かに呼ばれたのだとしか思えない」
「護衛も誰も気が付かずに、ですか?」

 私が本当に幼い頃、部屋の中には最低でも乳母の一人が必ずいたと思う。
 私や弟や妹には、それぞれ三人の乳母がいて、その他に子守とメイドが昼夜交代でついていたし、兄上には五人の乳母がいたらしい。
 初めての王子ということで、兄上の警護も乳母達の見守りも厳重だったと聞いている。それなのに彼らは誰も気が付かなかったのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。

iBuKi
恋愛
サフィリーン・ル・オルペウスである私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた既定路線。 クロード・レイ・インフェリア、大国インフェリア皇国の第一皇子といずれ婚約が結ばれること。 皇妃で将来の皇后でなんて、めっちゃくちゃ荷が重い。 こういう幼い頃に結ばれた物語にありがちなトラブル……ありそう。 私のこと気に入らないとか……ありそう? ところが、完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど―― 絆されていたのに。 ミイラ取りはミイラなの? 気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。 ――魅了魔法ですか…。 国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね? いろいろ探ってましたけど、どうなったのでしょう。 ――考えることに、何だか疲れちゃったサフィリーン。 第一皇子とその方が相思相愛なら、魅了でも何でもいいんじゃないんですか? サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。 ✂---------------------------- 不定期更新です。 他サイトさまでも投稿しています。 10/09 あらすじを書き直し、付け足し?しました。

転生したので前世の大切な人に会いに行きます!

本見りん
恋愛
 魔法大国と呼ばれるレーベン王国。  家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。  ……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。  自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。  ……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。   『小説家になろう』様にも投稿しています。 『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』 でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。

養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!(続く)

陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
恋愛
養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!大勢の男性から求婚されましたが誰を選べば正解なのかわかりません!〜 タイトルちょっと変更しました。 政略結婚の夫との冷えきった関係。義母は私が気に入らないらしく、しきりに夫に私と別れて再婚するようほのめかしてくる。 それを否定もしない夫。伯爵夫人の地位を狙って夫をあからさまに誘惑するメイドたち。私の心は限界だった。 なんとか自立するために仕事を始めようとするけれど、夫は自分の仕事につながる社交以外を認めてくれない。 そんな時に出会った画材工房で、私は絵を描く喜びに目覚めた。 そして気付いたのだ。今貴族女性でもつくことの出来る数少ない仕事のひとつである、魔法絵師としての力が私にあることに。 このまま絵を描き続けて、いざという時の為に自立しよう! そう思っていた矢先、高価な魔石の粉末入りの絵の具を夫に捨てられてしまう。 絶望した私は、初めて夫に反抗した。 私の態度に驚いた夫だったけれど、私が絵を描く姿を見てから、なんだか夫の様子が変わってきて……? そして新たに私の前に現れた5人の男性。 宮廷に出入りする化粧師。 新進気鋭の若手魔法絵師。 王弟の子息の魔塔の賢者。 工房長の孫の絵の具職人。 引退した元第一騎士団長。 何故か彼らに口説かれだした私。 このまま自立?再構築? どちらにしても私、一人でも生きていけるように変わりたい! コメントの人気投票で、どのヒーローと結ばれるかが変わるかも?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

婚約破棄イベントが壊れた!

秋月一花
恋愛
 学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。  ――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!  ……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない! 「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」  おかしい、おかしい。絶対におかしい!  国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん! 2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。

処理中です...