悪役令嬢の婚約者に転生しました

木嶋うめ香

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皿の中の悪意

※虫についての描写がありますので、ご注意下さい。



「殿下、メルバ前公爵夫人。晩餐の間へご案内致します」

 少し時間は早いが一緒に夕食をと誘われ、予定には無かったが頷いた。
 エバーナと侯爵夫人とフォルード、三人の食事の様子を見たかったというのもあるし、単純にもう少しエバーナといたかったというのもある。
 エバーナとリリーナ先生と三人で会話していて、エバーナは知識の偏りは若干あるもののこの年齢の貴族令嬢にしては様々な知識を持っていた。
 この離れにはエバーナの母サフィニアが生前読んでいた大量の本を収めた書庫があり、エバーナは家庭教師との勉強や、刺繍の練習などの時間の合間に書庫で本を読む生活をしていたのだという。
 書庫に案内して貰うと、古そうな本が書棚に沢山並んでいて、女性が好みそうな小説の他歴史書や伝記や神話集など様々な本があった。
 背表紙を見る限り、子供向けに見える一部の本は比較的新しそうだから誰かがエバーナの為に書庫に置いてくれたものなのかもしれない。
 本を読むのは自分も好きだから、エバーナとの会話はとても楽しかった。
 
「宮殿の料理人には及ばないとは思いますが」
「そんな事はないだろう。ゴレロフ家の料理人はとても料理が上手だと聞いた事があるよ」
 
 ゴレロフ家は夜会を頻繁に開いたりはしないと聞くが、それも社交の季節には数回の夜会や晩餐会は行なっているらしく、その際に出された料理の評価を噂で聞いた事があった。

「肉料理はかなり得意な様です。殿下のお口に合うといいのですが」
「楽しみだね」

 案内しているフォルードが少し俺の前を歩くのを、俺は少し俯きながら歩くエバーナをエスコートしながらついていく。
 その後ろからリリーナ先生、俺の従者と護衛と続く。
 晩餐の間へ続く広い廊下も、さっき通された応接室と同じ華やかさは無いものの歴史を感じさせるものだ。
 古ぼけた感じは無いのは、手入れがしっかりされているからだろう。
 あの失礼な侍女が上役にしては、家の管理はきちんとされている様だった。

「フォルードは剣の練習ばかり熱心で困っておりますの」

 食事が始まり、先程は気落ちした様子だった侯爵夫人も今は落ち着いて女主人の役目を果たしていた。

「剣の鍛錬ばかり熱心なわけでは」
「先生が困っていらしたわ。来年試験を受けるつもりならこれからはしっかりと勉強なさい」
「はい。お母様」

 綺麗に盛り付けられた前菜を頂きながら、フォルードと侯爵夫人の会話に愛想笑いを浮かべつつ「彼は学校では真面目に勉強していますし、成績も悪くないでしょう」と援護する。
 先程の事があって気まずい空気を払拭したいのか、それとも沈黙が嫌なのか侯爵夫人は饒舌だ。とは言っても侯爵夫人と俺で共通の話題に出来そうな物は少ないから、どうしても話はフォルードの事や試験の話になってしまう。
 意図的なのか、侯爵夫人はエバーナを見ないし、まるで居ないものの様に振る舞っている様にも見える。
 エバーナは侯爵夫人の言動を心得ているのか、曖昧な笑みを浮かべながら、隣に座るリリーナ先生の問いに小さな声で答えているけれど、こちらの会話には積極的に参加しようとしない。
 正直あまり良い空気とは言えなかった。
 俺とリリーナ先生がいてこの状態なのだから、普段夕食を共にしているというエバーナがどんな様子で食事しているのかもある程度想像がつく。
 影から、エバーナは食が細い様だと報告は受けていたが、食欲がわく食卓ではないのだから当然だと思う。

「エバーナはどんな……」

 それは前菜の皿が片付けられ、スープが運ばれてきた時だった。
 侯爵夫人が次の話題を探すように口を閉じた合間を縫って、エバーナに話しかけ始めたその瞬間、エバーナが付けている腕輪から防御の魔法が発動した気配がした。

「エバーナッ」
「ひっ」

 エバーナの目の前にスープの皿が落ちてきた。

「も、申し訳ありませんっ」

 給仕をしていたメイドが慌てた様に、ひっくり返ったスープ皿を両手で掴む。

「エバーナ、大丈夫? 火傷していない?」

 慌てて立ち上がりエバーナに駆け寄ると、エバーナは震えながらテーブルの上のある一点を見つめていた。

「エバーナ」
「で、殿下。私、私」
「片付けなくていい。夫人これはどういう事だ」

 エバーナの視線を辿り、エバーナが震えていた原因と魔法が発動した理由を察してテーブルの上の惨事を消そうと必死になっているメイドの手を止めさせた。

「殿下、あの」
「こちらに来て、メイドが仕出かした事をその目で見るといい」

 エバーナの顔を自分の胸の中に隠すように抱いて、彼女の視界からそれを消し、侯爵夫人に命令する。

「大丈夫だよ」

 そっと腕の中のエバーナに囁きながら、従者と護衛に視線を送る。

「見るとは、何を。ひっ。これ、これはどういう事なのっ」
「お、奥様。あたし、あたしは何も」
「何も知らない? そんな筈あるわけがないでしょ。あなたが運んでいたのは濁りすら無いスープなのよっ。それを、それをあなたは」

 ひっくり返ったスープの中身は、テーブルの上で白いクロスを汚していた。
 メイドが慌てて皿だけを回収したお陰で、それは全部見えていた。

「こんな大きな蛾が入っているのを気がつかなかった。そんな言い訳が通るとでも思っているのっ」

 透明なスープ。前世でいうところのコンソメスープの様な物には千切りした野菜が少し具として入っているだけ、スープに濡れて茶色い羽根をぐにゃりと歪ませた蛾の存在に気がつかないわけが無かった。
 さっき魔石に魔力を入れるついでに、腕輪の保護の魔法を強化した。
 今までは腕輪を付けている者の体に害があるものから守るだけだった保護の魔法を、悪意を感じたり悪意があるものからも守るとしたのだ。
 どういう風に効果がでるかまでは予想出来なかったけれど、腕輪はエバーナへの悪意を正しく判断し、メイドがエバーナに近寄れない様にしたのだろう。
 エバーナに近寄れなかったメイドは、見えない壁にぶつかりその反動でスープ皿を落としてしまったのだ。

「侯爵夫人。王家の者が座る場に異物を混入させた物を運ぶメイドなど前代未聞ですね」
「あたし、あたしはそんなつもりじゃ。殿下のお皿に異物を入れたりなんか」
「殿下の物に入れていたら、その首すでに体から離れているっ」

 護衛がメイドを拘束し、床へとその身を押しつける。
 毒味は行なわないが、他家で俺に運ばれて来た食事はすべて、従者が異物がないか確認し、毒等が入っていないか魔道具を使い調べる。それはどの家でも同じ事を行なうし、先程の前菜も今運ばれてきたスープも同じ様に従者が確認していた。

「そんな奥様。あたしはそんなつもりじゃ。だってティタ様がっ」
「ティタ、まさかティタの命令だと」

 今にも倒れそうな侯爵夫人は、その名前を聞いた瞬間意識を手放し床へと崩れ落ちたのだった。

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