悪役令嬢の婚約者に転生しました

木嶋うめ香

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悪意の後始末

「エバーナ。部屋に戻ろう」

 色々やらないといけないけれど、侯爵夫人は気を失っているし、フォルードは青い顔をしたまま自分の席から動けないでいる。

「ティタという侍女をを拘束しろ。それと一緒に話を聞く。フォルード」
「は、はい。殿下」
「侯爵夫人を休ませてあげて、意識が戻ったら連絡を。彼女にも話を聞きたい」

 天井に視線を向けながら、護衛にティタの捕縛を命じる。
 すでに動いているかもしれないが、今ので影は俺の意志として動く筈だ。
 護衛は手際よく問題のメイドを細い縄で縛ると従者に任せ、侯爵家の護衛と共に部屋を出て行った。

「フォルード」

 一度返事をしただけで動こうとしないフォルードの名前をもう一度呼ぶ。
 俺もショックだけれど、フォルードもそうだろう。いや、多分それ以上だ。
 ティタの失言でもフォルードはかなりショックを受けている様だったというのに、更に大きな侯爵家の失態。俺だって頭を抱えたくなる。

「フォルード、君が動揺しているのは分るよ。だが、それとこれは別だ。君は侯爵家の嫡男、父親で現当主の侯爵が不在で、夫人は意識を失っている。なら次にこの家で責任を取れる人間は誰かな」

 ここまで説明してやる義理は本当なら、無い。
 けれど俺はフォルードに友達になろうと、自ら言ったのだ。だから少しでも彼の立場が悪くならない様にするべきなんじゃないだろうか。

「父上に期待されていなくても、それは私が担うものです」
「なら、そうしろ。私を失望させるな」

 エバーナはこの世界で一番大切にしたい人だ。でも、その兄であるフォルードもこれから友達として関係していきたいと思った人だ。
 この件にフォルードが関与していないのは明らかだし、侯爵夫人もそうなのだと思う。
 なら、二人も守る方向で話を進めていかなければならない。
 侯爵夫人に思う事はあるものの、それを彼女に確認するのは今じゃない。
 ティタという侍女と問題のメイド、その行動理由は侯爵夫人なのかもしれないけれど、彼女の命令では無い気がするし、それは正しいだろう。
 なぜなら、どちらの時も侯爵夫人は本気で戸惑い、悲しんでいた。
 あれが演技だとしたら、それを見抜けない俺が間抜けだと言う事だ。

「この件は、私が処罰を決める等出来ない。だが、陛下には報告しなければならないし、判断を仰がなければならない。それは分るね」
「勿論、十分に承知しております。侯爵家が爵位返上となっても、文句など言えません。それだけの事をしたのだと自覚しております」

 爵位返上は流石にないだろう。
 ゴレロフ侯爵家は、愚直なまでの忠臣として世に名を広めている。
 侯爵家の内情はこんなお粗末な状態でも、臣下としての侯爵は立派なものだし、彼を中心とした派閥は、彼の意志と関係無く大きいし、その派閥は父上がこの国を治める為に必要なものだ。だから、政治的な観点から、大きな処罰をこの家に今与えるのは難しいのだ。
 まあ、それで今俺は助かっているのだけれど。

「父上達がどう判断するかは分らない。だが、私を狙っての犯行では無い事は明らかだ。愚かな程にね」
「殿下」
「それが吉とでるか否かは、今私の口からは何も言えない。だからフォルード、君は戸惑っても悲しんでも、やるべき事を今はやれ。君がこの家を継ぐんだ。後継者としての誇りがあるなら、悲しんで立ち止まっている場合じゃないだろ」

 言いながら、腕の中に閉じ込めたままのエバーナの髪をそっと撫でる。
 侍従が証拠としてテーブルの上の物はすでに片付けたけれど、テーブルクロスはそのままだし、情けなく濡れて汚れたそれはさっきまでの状態をありありと思い出してしまうから、エバーナにはとても見せられない。

「大丈夫だよ。エバーナ、もう少しこのまま我慢していてね」

 これ以上ない位に優しい声を意識して、エバーナの耳にだけ届く様に囁く。

「殿下、エル」
「すぐに部屋に帰ろうね。大丈夫、私が傍にいる。何も怖いことはないよ」
「私、エル、私」
「後で話をしようね」

 彼女の髪を撫でながら囁くと、エバーナは小さく頷いた。

「フォルード、君は侯爵夫人を休ませたら、ティタとこのメイドを護衛達と共に見張っていてくれ。私に何も思うところが無ければ出来る筈だね」
「勿論です。私に二心はありません。私とゴレロフ侯爵家の心は王家に、陛下に捧げております」

 フォルードは青い顔のまま、私のところまでやってくるとそう宣言して跪いた。

「私に二心はありません。父も母も同じです。勿論エバーナも」

 エバーナの名前が彼から出てくるとは正直思っていなかった。
 エバーナの事は一番に守るつもりだった。
 現段階の俺の判断としては、ティタという侍女とあのメイド二人の処罰で片付け、ゴレロフ侯爵家にはお咎め無しぐらいだろうと考えている。
 それでもこの話が世に広まったら、エバーナの立場は微妙になるのかもしれない。
 それは俺が守らないといけない。そう考えていた。
 けれど、今その判断をフォルードが出来ているとは思えない。だから、意外だったのだ。
 彼が守りたいものの中にエバーナが入っている事が。

「そうだ、守れ。君にとって大事な妹だろう」
「……ええ、大事です。その存在をそう認めてはいけないのだと考えていましたが、母上が聞いていない今しか言えませんが、大事な大事な妹なんです」

 苦しい罪を懺悔するかの様に、フォルードはそう言葉にした。

「なら、守れ。君が妹を、この家を」

 腕の中のエバーナが震えていた。
 それは、声を出さずに泣いている様にも感じた。

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