【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香

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馬車は走り、昔を思い出す

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「私、実は単純な考え方の人間みたいね」

 第一門を抜け第二門に向かう途中、馬車の小窓につけられているカーテンの隙間から外を眺めながらそう言うと、ユウナがふふっと笑い出しました。

「なあに?」
「お嬢様がお元気になられた様で嬉しく感じたもので」
「そういう感じの笑い方では無かったように見えたけれど?」

 確かに昨日からの鬱々した気持ちは、少し薄れていると自分でも感じていましたから、元気になったと言えるでしょう。でも、ユウナの笑い方は少し意味が違うように思うのです。

「お嬢様がお元気になる理由は、いつの時もご自分の幸せではなく、他の者、領地の民の幸せな姿なのだなと感じて、懐かしい気持ちになってしまいました」
「懐かしい気持ち?」
「初めてお嬢様にお会いした時のことです。おぼえていらっしゃいますか?」
「勿論よ」
「私は母に捨てられたとも知らずに、真冬のあの日神殿の前でずっと母を待っていました」

 あれは殿下と婚約して三年程過ぎた冬でした。
 お母様に手を引かれ神殿を出て馬車に乗り込もうとした時に、小さな影を見つけたのです。
 ふらふらしている小さな影、それが私と同じくらいの子供だと気がついた私は、お母様の手を引っ張りながら走りました。

「あの時、お嬢様が拾ってくださらなければ私は死んでいたでしょう」
「他の人があなたを見つけてくれた可能性もあるわ。その方が幸せになれたかもしれない」
「いいえ、あの日何人もの大人が目の前を通っていきましたが立ち止まる人など一人もいませんでした。お嬢様だけが声を掛けて下さったのです」

 お母様と共に駆け寄り、小さな体が見るからに寒そうな服一枚を着て立っているのを見て、私は肩に掛けていたストールをその子供に頭から包むように掛けると、両手を握りました。
 氷の様に冷えきった手でした。
 かさかさに乾いた肌には、小さな傷が沢山ありました。
 あかぎれという言葉を、その日私は初めて知りました。

「あの時、私を連れていくと仰ったお嬢様を奥様はお止めになりました。その時お嬢様は自分が働いたお金で私を雇うと仰って下さいました」
「それは忘れて、世間知らずの傲慢な考えよ」

 それを言われると顔から火が出そうになります。
 どうしてもユウナを見捨てられなかった私は、お母様に自分が働くからそのお金でユウナを雇って欲しいとお願いしたのです。

「私はお父様の後領主となる者です。お父様は仰いました、領主とは領地を栄えさせ、その地に暮らす民を幸せにする為に努力するために存在するものだと、だから私は民を見捨てません。目の前の一人を見捨てて、どうして立派な領主になると言えるでしょう。私は今日のこの日を後悔し続けて生きたくはありません」

 なぜユウナはあんな子供の頃の言葉を、一言一句間違わずに覚えているのでしょう。

「もう忘れて、ユウナ」
「いいえ、忘れません。正直世間知らずな人だと思いました。領主様が素晴らしい方だと大人達が言っても、私の母は働くことが大嫌いでお酒ばかり飲んでいて、自分だけ良ければいい人でした。父がいくら真面目に働いても貧乏でしたし、二人は喧嘩ばかりしていましたし生活は苦しかったのです。父が亡くなってすぐのあの日、私は母に捨てられました。家賃が払えなくて貸家を追い出されたんです。父が亡くなって十日位しかたっていないのに、明日食べるパンすら買えず、お腹が空いていました。水すらまともに飲んでいませんでした。だけど目の前に立つ女の子は、そういう暮らしも知らずに、綺麗な服を着て、綺麗な手をして、施しをしたつもりになっている。そう思ってました」

 それは言われても仕方ありません。
 実際に私は世間知らずの子供でした。
 お金の苦労も知らず、両親に守られて育ち少し領主になるための勉強をしただけで理想を語る子供でした。

「奥様は不承不承私を馬車に乗せ、お屋敷まで連れていって下さいました。お嬢様の前では認めないと仰りながら、私が怠けずに働くなら屋敷に置くとそう言ってくださいました」

 その後私は、自分で言ったのだからと魔石に魔力を込める仕事をする様になりました。
 我が侯爵家は豊かな地を持っているだけでなく、優秀な魔道具作りを行う事でも有名です。魔道具の動力は魔石に込められた魔力です。魔力が空になった魔石には、魔力を込めることで石が壊れるまでは使用できます。少しでも魔力があるものは、魔石に魔力を込める仕事が出来るのです。
 それを知っていた私は、どんなに勉強が忙しくても、ダンスの授業も刺繍の練習も怠けずに、クタクタになってベッドに入る前に必ず五個の魔石に魔力を込めました。
 眠ってしまえば回復する魔力、それを知っていたからこそ出来たことでした。
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