後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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魔法使いと魔導書5 (キム先生視点)

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「領地について、まずは知識を増やさければいけません。スフィール侯爵家の方々は女性でも迷宮に入り魔物狩りをすると聞いたことはありますが、どの程度の力量なのでしょうか」

 セドリック様は階段を下りると近くにあった椅子に腰を下ろし、私にも座るようにと手招く。
 真夜中、図書室の扉には鍵を掛けてあり使用人達も側にいないし、ミルフィ様は部屋で眠っている。
 二人きりで内緒話をするには丁度いいから、今のうちに何か話をしておこうとしているのかもしれないと、思いついたことを尋ねる。
 セドリック様が馬車旅に耐えられる体になったのだから、これから先領地に行くことは増えるだろう。
 侯爵家と契約をしたら私もセドリック様に付き添い領地に向かうこともあるだろうし、川の氾濫対策をするには領地に住む代官や前侯爵と上手く関われるようにしなければならないから、そのためにも情報が必要だ。

「女性でも? ああ、おばあ様は若い頃迷宮におじい様と一緒に迷宮に入っていたと聞いた事があります」

 領地に迷宮がある場合、大抵は迷宮専門の冒険者が中に入り魔物を狩ったり素材を採取してくるものだが、貴族の中には自分の家の兵士達にそれをさせるだけでなく自身が迷宮に入る家もある。
 迷宮というものは、定期的に魔物を狩らないと魔物が迷宮から溢れて外に出て来てしまう。
 領内に迷宮があるということは、金になる場所を確保していると共に魔物被害を受ける不安もある。
 迷宮というものは各々難易度が異なり出て来る魔物の種類も違う。狩っても魔石以外得られない魔物しか出ない迷宮は人気が無く中に入ろうとする冒険者が少ないから、魔物が溢れない様に領主が日々管理しないといけない。
 だが侯爵領の迷宮は魔物の難易度がそう高くないわりに鉱物や肉を落とす魔物が多く出るし、果物等や薬草等も採取出来るから比較的人気があると聞くが、侯爵家の人間が魔物を間引きする必要があるのだろうか。

「前侯爵夫妻が迷宮に……?」
「はい、若い頃祖父母はよく迷宮に入っていたと聞いています。今は叔父達が兵士の鍛錬を兼ねて入っている様ですが、お父様も領地に帰ると迷宮に入ることがある様です」
「侯爵も?」

 侯爵の弟だけでなく、侯爵も入るのか。
 兵士の鍛錬も兼ねているということは、冒険者だけに迷宮を任せているわけではないということか。
 
「お父様は魔法使いとしての才は無く、剣術を得意としています。おばあ様は火魔法が得意だったそうですから、僕とミルフィーヌはおばあ様の才を受け継いでいるのかも」
「前侯爵は剣術ですか?」

 侯爵夫人の家系が治癒魔法の適性があったとは聞いていたが、スフィール侯爵家の方にも適性はあるらしい。
 セドリック様もミルフィ様も魔力量が多い、魔法の才は遺伝の影響が大きく関わると言われているのだから当然と言えば当然な話だ。

「おじい様は剣術と魔法どちらも使っていたと聞いていますが、おじい様もお父様も魔力量は中になるかならないか位だったかな? 以前は確かそうでした。元々剣術の方が好きで魔法の鍛錬はあまりしてこなかったと」
「そうですか」

 それでは命移しは覚えられないかもしれない、魔導書の説明の本に魔法陣に流す魔力は実際に魔法を発動する時に必要になる魔力の倍量としていると書いてあった。
 私達三人がそれぞれ覚えている禁忌魔法の必要魔力量は、時戻し、命移し、それから私が覚えた『命吸い』の順で多くなるが、命吸いは命移しの倍の魔力が必要だった。
 魔導書には魔法の名前が書いて無く、説明の本に記されていた。
 命吸いという名前はあまりに衝撃的過ぎるから載せていなかったのか、その理由は分からないが本の説明から魔石の魔力を使うのではなく他人の命を吸い込むのが本来の目的だったのだろうと推察した。
 あの魔導書にある魔方陣は、どれも後世の者が魔法を覚えられるように残されていたのだろうが、そもそもは魔導書を書いたディーン・ネルツ侯爵が必要に迫られて作った魔法の様だった。
 時戻し、命移し、命吸い以外に魔導書に描かれていた魔法陣は、どれも覚えることすら恐ろしいと感じる魔法ばかりだった。
 わざわざ魔導書に残すくらいだから、どれもディーン・ネルツ侯爵が発明した魔法なのだろう。
 覚える気はないのに、ついつい興味本位に説明を読み込んでしまい魔法の内容だけは覚えてしまった。
 でも、内容を理解するだけでも背筋が寒くなる様なものが殆どだったのが、恐ろしい。
 それをたった一人で発明した、ディーン・ネルツ侯爵という人はどんな為人だったのか、それを考えるのもまた恐ろしいと思う。
 天才だったのだろう、私ではこれからどれだけ努力してもその才には遠く及ばない程の天才だ。
 魔法というものは、過去のものより遥かに洗練され進化した筈だ。
 過去は薬草から薬を作り人を治療する方法しかなかったが、今は治癒魔法が発達しているし、他の魔法も昔のものに比べたら改良され進化している。
 でも、今宮廷魔法師として活躍している人間が束になっても、ディーン・ネルツ侯爵には敵わない気がする。

「キム先生? どうかなさいましたか」
「……いえ、前侯爵夫人が迷宮に入っていたのかと、驚いてしまって」

 急に黙り込んだ私を、セドリック様が心配そうに見ている。
 こういう顔はミルフィ様とよく似ていると少し微笑ましく思いながら、話していることと違う事を考えていたのをごまかす。

「侯爵夫人は迷宮に入ったことは無さそうでしたが」
「お母様は攻撃魔法どころか初級の治癒魔法すら使えません。亡くなった母方のおばあ様は治癒魔法の使い手だったそうですけれど、お母様は何も」
「そうでしたか」
「おばあ様はお母様のそういうところも気になっていたのかもしれません、以前もそうでしたがお母様はお父様に守られるだけのか弱い人でした。弱いお母様から弱い僕が生まれて、跡継ぎの不安がある中で次を期待されていたのに生まれたのが女の子のミルフィーヌだったから、祖父母の嘆きはかなりのものだったそうです」

 病弱な長男の後に女の子が生まれ、その後流産が原因で子供を望めなくなった。
 非情な考え方をする家なら、侯爵夫人は離縁されて侯爵は再婚していたかもしれないが、以前の侯爵夫妻はセドリック様を生かすため健康なミルフィ様の命を使おうとしていたのか。

「それは……」
「お母様が責められるのは間違っていると思いますが、祖父母の嘆く気持ちも分かるのです。以前の僕では成長し家を継げるとは思えなかったでしょうから。家を継げる男の子を望むのは当然です。僕が病弱だったばかりにミルフィーヌが辛い思いを……」
「それはセドリック様のせいではないし、勿論ミルフィ様のせいでも侯爵夫人のせいでもない」
 
 跡継ぎが病弱では領主として領地を治めるのは難しい、スフィール領は王都から少し離れているし領地は広い。
 例え優秀な代官がいたとしても、王都と領地を行き来しながら領地を守るのは健康な者でも苦労は多いだろう。
 跡継ぎとなる嫡男が病弱だったとしたら、将来を不安に思う気持ちは理解出来るが、だからといってミルフィ様を蔑ろにするのはおかしな話だ。

「ええ、分かっています。でも、両親は僕に固執してミルフィーヌが家を継がせようとはしなかった。僕が死ぬまでそれは続いていた」
「前侯爵達に相談されていなかった?」
「お母様が頑なにおばあ様に頼るのを嫌がっていました。おばあ様とお母様の仲の悪さが原因だったのだと思いますが、それも今思うと子爵夫人の横やりがあったのかもしれません」
「どこまで子爵夫人の悪行が影響しているか分からないですね」

 たった一人の女性にここまで翻弄されるものかと思うが、今の段階で侯爵夫人にこれだけの影響があったのだからさらに十年以上子爵夫人に好き勝手されていたと考えればもっと悲惨なことになっていたのだろうと想像は出来る。
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