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本編

何かがおかしい、でも何が

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「千晴様、お顔の色が良くありませんがお風邪でも召しましたか」
「今日は寒いからかな、ちょっと頭痛がしてるだけ」

 バレンタインから二週間程過ぎたある日、僕は少し体調を崩していた。
 頭痛がしていて食欲もなくて休憩時間自分の席でぼんやりしていたら、クラスでも比較的仲のいい子が声を掛けてくれた。
 名前は大林君、彼は伯爵家の三男で薄い緑色の髪に青い瞳の、僕よりもかなり華奢な綺麗な子だ。

「頭痛ですか、僕でよろしければ保健室へご一緒しましょうか」

 二重の大きな瞳が心配そうに僕を見ている。この子は雅の派閥の家の子だから大丈夫と自分に言い聞かせて僕は笑顔を作って返事を返す。

「保健室って苦手で、薬は飲んでいるしもう少ししたら効いてくると思うから、次の授業が始まるまでここで眠ってるね。心配してくれてありがとう」
「そうですか、ブランケットが必要でしたらお持ちしますし、お辛い様でしたら遠慮せずに仰って下さいね。授業開始まで十分程ございますし、ゆっくりお休み下さいませ」

 優しい言葉を掛けて彼が去って行くのを確認してから、僕は机に顔を伏せた。
 最近ベッドに入ってもなかなか寝付けないし、やっと眠れてもすぐ目が覚めてしまう。考え事のしすぎで熟睡出来ていないのか朝起きた時に体が怠くてしかたない。
 薬は好きではないけれど、雅に心配掛けるのが嫌で今朝は部屋を出る前に薬を飲んだ。
 僕の体は本当に睡眠不足に弱いらしい、薬が効いているせいもあり二時間目の休み時間だというのに、眠気が酷かった。
 本当は眠気覚ましに少し歩いた方がいいのかもしれないけれど、雅は先生に呼ばれて教室にいないし舞はさっき佐々木様と連れだってどこかへ行ってしまったから、教室から出ない方がいいと判断して机に顔を伏せていた。

「ふう」

 小さく息を吐き机に伏せたまま瞼を閉じる。
 あの騒動以降、木村春の行動に少し変化があった。
 変化と言っていいのだろうか、それとも運が悪いのか僕と彼は微妙な運の悪い接触を繰り返していた。
 ゲームでは、攻略対象者の攻略に伴い当て馬や悪役〇〇といった存在はない。
 あのゲームはただイベントをこなして、好感度を上げていくだけのものだった。
 費用をあまり掛けていないゲームだったから、イベントもそう凝ってはいなかった。雅ルートで重要なのは『名前呼び』だけだ。
 この間の騒動の元となった名前を呼ばせるかどうかのイベントは、雅ルートでは重要な役割があり、しつこいくらいに出てくる名前を呼んでいいかどうかという貴族の約束事が要、と言っていいエピソードだった。
 ゲームでは僕はただのイベント要員だったと気がついたから、主人公が僕と絡むシーンがあったか考えたけれど、そんなものは台詞すら無かった。
 そもそも主人公が話すのは攻略対象者とお助けキャラだけだ。モブもその他ともゲームでは会話のシーンが無いし、誰かともめるシーンも無かった。
 今更だけど、あのゲーム本当にお金掛かってないんだと思う。だからゲームの中で出てくるのは攻略対象者とお助けキャラとの会話シーンのみだったのだ。
 でもここは現実の世界だ。
 現実だから、攻略対象者とお助けキャラ以外との会話も存在する。
 それは理解出来るんだけど、何故僕との会話や接触シーンがあるのかそれは納得出来ない。しかもストレスフルな微妙に気持ちがささくれ立つ接触に会話だったりする。
 気にしなければそれまでと言う程度、でも引っかかる木村春との会話と接触。
 それを気にしすぎて、僕は寝不足に陥っている。

 雅と僕は所謂蜜月と言うか、甘い毎日を過ごしている。
 いつか主人公に気持ちが動くかも知れないという不安はあっても、雅は優しいし僕を大切にしてくれている。
 だから現状の問題は木村春、彼だけだった。

「鈴森様、あの」

 声を掛けられたのかどうか一瞬判断が出来なかったから、僕は眠っていたのかもしれない。
 声を掛けられてから少しの間の後、僕はのろのろと顔を上げ、声の主に気が付くとドキリと心臓が鳴った。

「木村君」

 一体何の用事があるというんだろう。
 雅が近くにいないのに、どうしよう。
 ドキドキしながら、僕は無理矢理笑顔を作るけれど遅かった。

「も、申し訳ありません。怒らないで」
「あの、怒ってなんかいないよ。どうしたの」
「僕、あの。申し訳ありません。鈴森様の具合が悪そうなので保健室へと思って、だから」

 木村君の返事に僕は一瞬だけ、イラッとしてしまう。
さっき大林君に同じ様に聞かれて断ったのを彼は少し離れた席で見ていた筈だ。
 あの騒動の後、僕は休憩時間などは必ず彼がどこにいるか確認する様にしていたから、はっきりと覚えている。
 なぜこのタイミングで態々声を掛けて来たんだろう。
 戸惑いながら僕は「心配してくれてありがとう、でも大丈夫だから」と笑顔を作り断った途端、谷崎様の怒声に硬直した。

「春が折角心配して声を掛けているというのに、無視したあげく断るのか」
「え、あの」
「信也様、僕がお休みになっているところに声を掛けてしまったのがいけないんです。申し訳ありません、鈴森様。余計なお世話でした。反省していますから、怒らないで下さい。そんな風に睨まれたら……怖い」

 脅えた様な声と表情で、木村君は谷崎様の影に隠れるけれど僕は状況が上手く理解出来なくてキョロキョロと視線を彷徨わせるしか出来ない。

「春が謝っているのに、それすら無視するつもりか。良い度胸だな」
「僕、怒ってないよ。具合悪くて、あの」
「鈴森様は睨んだりされていません。先程僕が保健室にとお伺いした時も断られましたし、あなただってその時すぐ側にいらっしゃいましたよね」

 僕と谷崎様の間に滑り込む様に入ってきたのは、さっき僕に声を掛けて来た大林君だった。

「大林邪魔だ、どけ」
「いいえどきません。鈴森様は授業が始まるまでお休みになるとさっき仰っていました、皆だって聞いていたよね」

 大林君の問いかけに、僕の机の近くに座っていた何人かが頷くのが見えた。

「あなただってこちらを見ていたではありませんか、それでも態々声を掛けて来たのは何か意図があるのではありませんか」
「そんな僕、そんな事」
「うるさい。春は優しいから気に掛けただけだろう。関係無い奴が口出しするなっ」

 僕を守る様にして木村君に抗議する大林君に、谷崎様が怒鳴り声を上げる。

「本当に優しいなら、保健室に行かなくても問題無いと自分で判断し休んでいる方に態々声を掛けたあげく、怒らないで等言いがかりをつけたりはしないのではありませんか」
「なんだと。お前」

 二人の会話に僕は背筋が寒くなる。
伯爵家の人間が公爵家の人間に抗議するなんて、向こうが言いがかりをつけているとは言ってもやっちゃいけないことだ。こんなの大林君の立場を悪くするだけだ。

「伯爵家の分際で、貴様誰に何を言っているのか分っているんだろうな」
「分っています。谷崎様が分別を無くされていると十分理解して申し上げていますっ」
「なんだと、貴様っ」
「っ!」

 打たれる。谷崎様の右手が振り上げられた瞬間、僕は衝動的に動いていた。

「鈴森様っ!」
「大変だっ。だれか山城様を探して来てっ、僕は保健医を呼んでくる」
「動かすなよ、頭を打っているかもしれない」

 とっさに大林君の前に飛び出た僕は、谷崎様の右手に頬を叩かれてそのまま体勢を崩して倒れ込み床に倒れてしまった。
 ゴツンと体が床に叩き付けられて、意識が遠くなる。

「鈴森様、鈴森様っ」

 大林君の声が聞こえて薄らと瞼を開いた先で、木村君のにやりと笑った様な顔が見えた気がした。
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