【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香

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本編

泣きながらお願い

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「落ち着いたか?」
 
 泣き続ける僕の背中を、ずっと雅は撫でてくれていた。
 悲しいというよりも、怖い。
 木村春が何を考えているか分らないし、僕に向けられる川島君と谷崎様の悪意が怖かった。
 木村君が転校してくるまで、二人はただのクラスメイトだった。
 雅と仲が良い僕は山城家側の人間と思われていたから、鈴森家は中立の立場といえ敵対派閥家扱いにされていたから谷崎様とは殆ど接点がなく、川島君はクラス委員長だったから彼はクラス内の人には平等に接していたから、仲良くはないけれど話はするクラスメイト程度だった。

「雅」
「なんだ」
「僕学校辞めた方がいいのかな」

 木村君は何故か僕を悪者にしようとしている。
 
 睨まないで、怖い。
 僕、何もしていません怒らないで。
 申し訳ありません、僕鈴森様を怒らせたかったわけじゃありません。

 バレンタインの後から、木村君が僕に絡んではこういう台詞を吐いては川島君と谷崎様を僕に嗾ける。
 木村君のノートが破られ、預けていたコートが紛失し、大事にしていたという万年筆が壊された。
 それが何故か全部僕のせいにされ、証拠がないという理由で有耶無耶になり、疑ったわけじゃないと泣きながら謝罪された。
 僕はトイレに行く時すら誰かと行動していて、学園内で一人になるなんて滅多にない。
 なのに、教室を出たのが最後だった(この時は舞も一緒だった)とか、コートを預けた順番が近かった(これはクロークの担当が、僕は自分のコート以外持ち出していないと証言してくれた)とか、木村君の机の脇を通ってわざと万年筆を床に落とした(僕が机に触れていないと、脇田匡くん、(ゲームでのおたすけキャラ)が庇ってくれた)とか、言いがかりとしか言えない事ばかりで僕を責め立てたのだ。

「僕もう無理だよ。僕だけなら我慢できるけど、今日はとうとう大林君まで巻き込んじゃった。こんなのもう無理だよ。このままじゃ雅にも他の皆にも迷惑かけちゃうよ」

 雅は大丈夫だと言っているけれど、谷崎様は公爵家の子息なんだ。それを学園内とはいえ伯爵家の子息が逆らった。逆らって暴力沙汰に発展した。
 どんな理不尽な話でも、爵位が上の人間が優勢なのはこの世界の常識だから、悪いのは逆らった大林君の方になってしまう。
 谷崎様が大林君の家に抗議したら、伯爵家の三男なんて放逐されてしまうかもしれない。

「もう少しだけ我慢できないか? もう、無理か」
「我慢? もう少しだけ?」

 ぐすんと鼻を鳴らし、雅の顔を見上げる。
 泣きすぎてただでさえ見栄えの悪い僕の顔は、酷い事になっているだろう。

「あれの行動は何かおかしい。ハルが俺の近くにいるから狙われているのか、それとも他に理由があるのか分らないが、あまりにもおかしいだろ?」
「そうだね」
「今、ハルに対する言い掛かりの証拠を集めている。貴族の子息同士のいざこざは家通しの争いもあるから公にするのは難しいが、あいつは平民でハルは伯爵家の子息だ、奨学生で学園の特待生でもある平民が貴族の子息にありもしない罪を擦り付けようとしてるんだ、証拠を集めて学園に提出すれば退学まではいかなくても、特待生資格見直しに持ち込めるだろう」
「学園に」

 華乙男のラブ日和では悪役〇〇はいなかったけれど、前世のラノベにあった悪役令嬢ものだったら、僕の立場は悪役子息になるのかもしれない。
 主人公が雅ルートのハッピーエンドを目指していて、雅と仲の良い伯爵家の子息の僕は雅を取られたくなくて主人公に意地悪をする。
 華乙男のラブ日和がそういうゲームだったとしたら、前世の僕は主人公に意地悪をする発想がないけれど、ゲーム補正で意地悪された事実だけが発生している可能性はあるのかもしれない。
 だとしたら、主人公だって冤罪だ。
 ただ雅を好きで、彼も意地悪された事実に本気で脅えて、僕が犯人だと思っているだけなのに、好きだと思っている雅に疑われているんだから。

「だから、もう少しだけ頑張れないか」
「雅が迷惑じゃないなら、頑張る」

 ここは華乙男のラブ日和のゲームの設定の世界だけれど、この世界で生きているのは現実の人間だ。
 泣きもすれば笑いもする。本気で誰かに恋をして、幸せになりたいと思っている。
 イベントだって発生時期がごちゃごちゃで、クジだって狼雅のラストワン賞を当てたのは攻略対象者の雅だった。
 そうだよ、ここはゲームの世界に似ているだけの現実なんだ。
 僕は雅の恋人になった。
 雅は今僕を好きだと言ってくれるし、僕だけを大切にしてくれる。それなのに、どうして僕は雅を信じられないなんて思っていたんだろう。

「雅、お願いがあるんだ」
「なんだ」
「あのね、木村君とのことが落ち着いたら僕を雅の小姓にして」

 学園の保健室でなんて、なんて色気のないお願い。
 だけど今言っておかないと、僕は一生言えない気がする。

「ハル」
「僕の旦那様になって雅、嫌?」

 そういう好きじゃ無いとか、そんな答えが返ってきたらどうしよう。
 告白した時は気持ちが盛り上がっていたけれど、今はそんな気になれないとか。
 雅の気持ちを信じたいと考えながら、僕はどこかで雅を信じ切れていなかった。
 ゲームの世界だと信じていたから、雅はいつか主人公のものになると信じていたから。

「雅が好きだよ。僕はきっと雅に会うためにこの世に生まれてきたんだと思う」

 でもここは現実だ。
 ゲームの設定だと分っていても、生きている僕達は現実だ。

「ハル。好きだ」
「うん」
「今すぐでも手続きしたいけれど、それじゃハルは不安なんだろ」
「うん」
「あいつが何を考えているか分らないけれど、今の騒動が落ち着いたら手続きしよう。ハル、俺の小姓として学園で暮らし、卒業したら俺のところに嫁いでくれるか」
「はい」
「俺は他の誰も妻にしない。ハルだけだ」

 誰も妻にしない? あれ、僕なんか自分に都合の良い解釈してるのかな。
 小姓の未来は側室だ。正室は女性、政略だとしても血を繋ぐ為に女性を妻にする。
 それはどうしようもない、未来。
 ゲームでだって、木村春は山城家の側室にしかなれなかったんだから。

「だって跡取は、山城家を継ぐ子供は」
「弟がいる。弟の子が駄目なら親族から養子を取る。そこは気にしなくていい。山城家を継ぐのは俺でも正妻はハルだともう両親に許可を貰っている」

 いつの間にそんな、というか雅はもう決心してくれてたんだ。
 僕がグズグズ悩んでいる間に、雅はちゃんと決心してくれていたんだ。

「ありがと雅。僕の旦那様」

 こんな幸せなことってあるだろうか。

「大好き、雅」
「うん、俺も。だから学園辞めたいとか言うなよ。俺の側にいてくれ」
「うん。迷惑掛けない様に、僕頑張るね」

 不安と幸せのハーフアンドハーフとか、ピザのトッピングがそんなんだったら嫌だなと想像してしまったけれど、僕を抱きしめ頭を撫でている雅は「こんな可愛いのなんて、生殺しだ」と僕に聞こえない小さな声でぽそりと呟いていた。
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