神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです

珂里

文字の大きさ
52 / 73

ケンカしないでください

しおりを挟む
その日の夜中、私は馬車の止まる音で目が覚めた。私は眠い目を擦りながらカーテンを開けた。

お父様が帰ってきたのかな?

私の2階の部屋からは庭がよく見える。
ずっとお父様とお母様の寝室で3人一緒に寝ていたけれど、8歳頃から自分の部屋で寝ることを許されたのだ。

庭を見ていると、奥の門からは馬車が2台入って来た。

ーー2台?

私は不思議に思いながらも、夜遅いこともあってもう一度ベッドに戻る。

ゴロゴロ。

ゴロゴロ。

何度寝返りを打っても眠れない。

胸がザワザワする。

なんで、こんな夜遅くに馬車が2台きたのか。
私はベッドから体を起こして寝衣の上にカーディガンを羽織った。

部屋を抜け出し、1階へ降りる。

客間の方から何人かの声がした。
高鳴る胸を押さえて静かに声のする方へ向かうと、扉の隙間から灯りの漏れる部屋の前に人が立っている。

この家の執事のモルトだ。

モルトは気付いてすぐに私に歩み寄った。こんなに慌てたモルトの姿を見るのは珍しい。
多分、奥の客間から聞こえてくる声が原因なんだろうな。

私は人差し指を口に当てて静かにするようモルトにお願いし、客間の前まで行く。

中では激しく言い争っているようで、私が少し扉を開けたのにも気付いていない様子だった。

開けた扉の隙間から中を覗くと、そこには王様の姿があって、驚きのあまり思わず声が出そうになった。
口を押さえてなんとか堪えたけど、なんで家に王様が!?しかもこんな夜中に?

王様の横にはラントおじ様が。そしてその後ろにはダナンさんとカールさんがいる。

王様と対面する位置にお父様がいて、そのすぐ横に龍斗さんの姿があった。
お母様も後ろのソファーに手をかけて立っていた。

王様とお父様達はソファーに座らず立ったまま言い争っている。

……言い争っているというか、龍斗さんが王様に対して激しく捲し立てているというか、凄い剣幕で怒鳴っていた。

「リュート、落ち着け。」

カールさんが龍斗さんの肩に手を置き、龍斗さんを宥めようとしているが、龍斗さんはそれを勢いよく振り払う。

「あぁ?落ち着けだ!?こんな馬鹿な話しを聞かされて落ち着いてなんていられるかよ!」

龍斗さんが王様に掴みかかろうとして、ダナンさんとカールさんに両脇を押さえ込まれた。

「リュート!!」

「なんでだよ!彩菜がコトネオールに行く話しは昼間に断ったはずだよな?それが何で一緒に行く事になってるんだ!おかしいだろ!?」

えっ!?どういうこと!?

私は自分の顔から血の気が引いたのが分かった。

王様は眉を顰め、苦しげな表情で目を伏せる。

「……テックとパルラの今までの境遇を思えば、希望する人物の1人や2人付き添わせるのは当然の事だと抗議された。2人の願いが叶わないのならば、こちらに非があるとして武力行使も辞さないと……。」

「なんだよそれ……。」

「そんな無茶苦茶なっ!」

ダナンさんとカールさんからも非難の声が上がった。

龍斗さんは、ダナンさんとカールさんに取り押さえられている間も、身を捩って暴れている。

「武力行使でも何でもすればいいじゃねえか!そんな奴ら、叩きのめしてやればいいっ!」

「コトネオールは、我が国より軍事力が遥かに勝っている。そんな事をすれば多くの犠牲を払うことになるだろう。」

「………犠牲?犠牲だと?」

龍斗さんがハハッと馬鹿にしたような笑い声を上げて顔を歪める。

「この国の為に彩菜が犠牲になるのはいいのか?……なあ、アイツが今までどんなに大変だったか、どんな思いをしてきたのか、国王だって知ってんだろ?」

王様は目を伏せたまま、黙って話しを聞いている。
龍斗さんの頬を涙が伝い、ポタポタと床に溢れ落ちた。

「5歳なんて小さい頃に突然親から離れて、全く知らない世界に1人でいたんだぜ。お前達にこの恐怖が分かるか?」

ーーうん。そうだね。怖かった。龍斗さんも怖かったよね。……この思いはきっと、私と龍斗さんにしか分からない。

「言葉も何もかも違うこの世界で、親になってくれる人達と出会って、なんとか必死に生きてきたんだ。……そんな子から、また親を奪うのか?」

涙でグシャグシャの顔を更に歪ませて、龍斗さんは膝から崩れ落ちた。

「頼む……。もう彩菜から親を奪わないでやってくれよ。頼むよ……。」

龍斗さんの泣いて掠れる声に、お母様の泣く声が重なる。
お母様も力無く床に座り込み、手で顔を覆って泣いていた。

「フローラ!」

お父様が駆け寄り、お母様を優しく抱き締める。お父様の目も涙で濡れていた。

「アヤナだけに辛い思いなんてさせないよ。フローラ、家族3人で一緒に行こう。」

「「団長!!」」

ダナンさんとカールさんが顔を青くして叫んだ。

「騎士団はどうするんですか!?」

「私が辞めても、後を任せられる奴は沢山いるだろう。でも、アヤナの父親は私しかいない。誰がなんと言おうとも、アヤナは私とフローラの子だ!」

「団長……。」


それきり、誰も何も話さなくなった。

沈黙が流れ、部屋に重たい空気が立ち込める。



ギギィーー。



ーー私は震える手に力を込めて扉をゆっくりと開けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

騎士団の繕い係

あかね
ファンタジー
クレアは城のお針子だ。そこそこ腕はあると自負しているが、ある日やらかしてしまった。その結果の罰則として針子部屋を出て色々なところの繕い物をすることになった。あちこちをめぐって最終的に行きついたのは騎士団。花形を譲って久しいが消えることもないもの。クレアはそこで繕い物をしている人に出会うのだが。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

処理中です...