異世界の神子は、逆ハーを望まない

一花八華

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第1章

22~瞳が宿す闇~

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「この眼は…呪われているんだ。」

銀色の右目に眼帯を付けながら、ヴォルフが言った。

「…いや。呪われてるのは俺自身か…」

自嘲気味に笑い、私から目を背ける。

「呪われてる?」

そんなに綺麗な瞳なのに。

「ーバケモノ。」
「え?」
「バケモノなんだよ。俺は…。俺は入れ物で、他者の魔力を奪っていく媒体が、この右目。」

「普段は、こうやって抑えているが…。靠が外れれば、他人ヒトを襲う獣に成り果てる。」

窓辺の縁に腰掛け、外を見やるヴォルフ。月に照らされたその姿には、先ほどの獣の耳や尻尾が消えていた。

「バケモノ…って。ヴォルフは、ヴォルフでしょう?襲うって…誰かを殺したりそんなこと…」

「2人。」

「え?」

「2人殺したんだ。」

私の方を見つめ、笑いながら話すヴォルフ。




沈黙が流れる。
ヒトを殺した。

なんて答えていいのかわからない。

護衛騎士だもの。
仕事によっては…命を奪う。奪われる。そんな立場にいるのだとわかっている。

わかってはいるけれど…命のやり取りなんてした事も見た事もない、日本平和な世界で生きてきた私には、現実味を帯びなくて…何処か遠くの方で、その言葉を聞いていた。

そんな私の様子に、ヴォルフが言葉を付け足す。

「ああ、敵兵とか悪党とか仕事上仕方なく…とかじゃない。無抵抗な善良な人間の命を奪ってるから。」


「何の罪もない。心優しいヒトの命を…俺はこの右目で喰らった。」

トンっ…と人差し指で右目を衝く。


「それも…俺が望んで。」

「嘘。」

理解が追い付かなくて、口から否定の言葉が零れる。

「嘘じゃない。」

固まる私に近づき、ヴォルフが私の頬をそのひんやりとした指でなぞる。

「嘘なんかついて…どうするんだ?」

悲し気に揺れる金の瞳。

「愛されれば……奪う…そういった呪いなんだ。コレは…。」

「だから、誰も愛せない。」

そう呟く。切なさと懇願の交じる表情で見つめながら…苦し気に吐き出される。


「あんたなら…神子のあんたなら……死なないかも…そう思った。」

「だから、近付いて試して見ようと思ったんだよ。」

「俺も誰かに…愛されても……いいのか。知りたかったんだ。」

顎にかけられていた指は、私から離れ虚空を滑る。


「利用してやろうと思って近づいたんだ。」

「悪ぃね。お嬢さん。」


薄ら笑いを浮かべ、私の肩を掴む。


「なぁ。お嬢さん。もしかしてあんた。俺の事好きになってんの?」

その言葉に、ビクリと肩が震える。
ーなんて返していいのか…言葉がでてこない。


「ーってんなわけねーか。」


クスクスと笑い。顔を近付けてきた。
軽薄そうな表情を顔に浮かべて。


「あんたバカだよね。ちょっと優しくして、構ってやっただけなのに。こんなにコロッと落ちるなんて…」


唇が触れ合いそうな距離。
ヴォルフの吐息が、唇の上をなぞっていく。

「ほんとバカだな。…俺の事知りたいだなんて。真っ直ぐな瞳で見つめてきて。疑うって事を覚えないとダメだよ?お嬢さん。」

「そんな風に隙ばかりだと…悪ーーーい狼に…食べられちゃうよ?」

更に近づくヴォルフとの距離に、どうして良いかわからない。



「ーんっ!」

生暖かな感触に唇が塞がれた。


「んっんんっ」

ーくちゅ。じゅばっ。水音を立て、吸われる。


「ーぷはっ。ね?こんな風に。」

唇の上を、ぺろりと舐められる。


「ーやっ!!」

ードン!

思わずヴォルフの肩を突きとばしてしまう。


「ーはは。やっぱ無理か。」

混乱する私に、ヴォルフは渇いた笑いを落とす。


「まぁ。俺は、本当に悪い狼だからさ。お嬢さんも…あんま俺に関わらない方がいいよ。お互いの為にも。」

へらっと笑い、私を扉の向こうへと促す。

「ーヴォルフ…私…」

「なに?このまま続けていいの?受け入れてくれんの?…俺の為に…死んでくれんの?」
 

突き放す様な冷たい声に、背筋が氷つく。


「ーね。無理だから。俺もあんたを愛せそうにないし。…俺の事を知ろうだなんて止めてくれよ。」


「迷惑だ。」



ーバタン。


その言葉を残し、ヴォルフは扉の向こうに消えた。



一人残された私は…ただその場に立ち竦む事しかできなかった。
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