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婚約は期間限定⑵
しおりを挟む「俺は、断っていいと言った」
「私も言いました。そんな状態の陛下を放っておける人はいないと」
「……婚約を受け入れる。ただし……俺の病を治療する期間のみ?」
リアムはミーシャが空欄部分に付け加えた文面を声にして読むと、視線をあげた。
「陛下が、魔力の使いすぎで身体が凍る『凍化病』を患っているとは知りませんでした。他言無用なのも世間に公表していないからですよね?」
「国内外に知られるのはよくない」
「正直言いますと、私、今回も断るつもりでした。けれど、陛下の病を知ってしまった以上、このまま引き下がりたくはありません。病の根本的治療。完治するまでの対処治療をするために、陛下の傍に、仕えさせていただきたいのです」
「俺の傍にいて不自然じゃないのは、婚約者の立場だと言うことか。だが、治療は必要ない」
「本当に? 言わせてもらいますが、陛下の今の状態だと、幼い皇子が大人になるまで保たないでしょう。それでもいいのですか?」
詰め寄ると、リアムは渋い顔になった。
「俺の治療をしたとして、令嬢になんのメリットがある?」
「両国の絆が深まりますわ」
国のためもあるが、本心はメリットよりもリアムの身体が心配だった。
「俺がきみを利用するだけで、フルラ国に見返りはないかもしれない」
「見返りなど、最初から求めておりません。ですが、陛下はさっきフルラを第二の故郷と仰ってくださいました。我が国に不利なことはしないと、私は陛下を信じております」
私のかわいい弟子リアムを、疑う理由など一つもない。
ミーシャは燭台に留まっている炎の鳥を指さした。
「私の魔力はご存じのとおり乏しいですが、炎の鳥は扱えます。陛下の病をひとときですが、緩和することはできる。きっと、お役に立てると思います」
「令嬢が行動力のある女性だということはもう理解している。病弱で引きこもりだと言って避けて来たのには、俺、または我が国の人間になるのが嫌だからじゃないのか?」
「陛下やグレシャー帝国を嫌ってなどいません。私に、やりたいことがあるからです。陛下の病が完治すれば、婚約を白紙にして、国に帰らせていただきます」
混乱を招いた偽物の魔鉱石は燃えて消えた。戦争は終わり、両国間は同盟を結ぶほど平和になったが、まだ病と怪我に苦しむ人がたくさんいる。
クレアの被害にあった人たちを救うことに生涯を捧げる気持ちは今も変わらない。だが今一番治療が必要なのは、目の前にいる人だ。
「私との婚約が進めば、宰相さまも喜ばれるでしょう。断られる前提で手紙を送る必要もなくなる。陛下は完治したあと、本当のお妃さまをお迎えください」
「嫁を迎えろとうるさい臣下たちは、ひとまずは黙るだろうな。だが、病が治らなければ……、」
「大丈夫です。陛下の病はこの私が必ず治してみせます」
ミーシャは笑顔を浮かべ、自分の胸を叩いてみせた。
「令嬢は……頑固だな」
「お言葉ですが、陛下も相当頑固かと」
リアムは飽きれたようすで、ふうっと息を逃した。
「きみの覚悟はよくわかった。きみの提案を受けて、契約を締結しよう」
「ありがとうございます。では、さっそく……、」
「ただし、条件が二つある」
「……二つも? なんでしょうか?」
どんな条件を出されるのかと、緊張しながらリアムを見つめた。
彼は人差し指を立てると、口を開いた。
「契約期間、つまり治療期間は、来年の春の祭りまで」
「白い結婚の期間ということですね?」
リアムは頷いた。
王族の結婚は慎重におこなわれる。万が一離婚となれば国家間のトラブルの元になるからだ。それを避けるために約半年、仮初めの夫婦として一緒に過ごす。
「期間はわかりました。もう一つは?」
リアムは真剣な眼差しを向けながら言った。
「魔女の評判を良くしたい。それを手伝うのが二つ目の条件だ」
ミーシャは目を見開いた。
「フルラとグレシャー国では、魔女は怖い存在、悪い者となっている。そのことについては貴女も思うところがあるだろう。少しでいい。魔女の印象が良くなるように協力して欲しい」
魔女の印象は昔から悪く、クレアが魔鉱石を作ったことで地に落ちた。
リアムが今もクレアの墓参りを続けるのには、師匠である魔女を今でも慕っていると公にするため。彼女の名誉を回復したいからだ。
「私は陛下の病を治したい。陛下は魔女の印象を良くしたい。お互い相手のしたいことに協力する、ということですね?」
「そうだ」
ミーシャは下を向いた。自分の手のひらを見つめる。
「私は、みんなに好かれようとは思っていません。魔女の被害にあった人たちが大勢いるからです。先祖が犯した罪を粛々と償いたいと思っています」
「被害が出たのは戦争のせいだ。魔女のせいでも魔鉱石でもない」
彼の言葉に思わず顔をあげた。
「過去の痛ましい出来事をなかったことにはできない。だが、未来を生きる者たちのために我々が今、一番すべきことは、いがみ合ってさらなる禍根を残すことではない。互いを認め、尊重し歩み寄ることが大事だ」
胸がじんっと熱くなった。
「憎しみ合う者同士が歩み寄るのは、簡単なことではありません……」
詰まらせながらミーシャが言葉を紡ぐと、リアムはゆっくり目を閉じた。
「正直、憎しみを消すのは難しい。大事な人を失った哀しみも、とても理解できる。だからこそ、今生きている大切な人たちに同じ思いをさせたくない。魔女を憎むのではなく、前を向いて欲しいと思っている」
かつての弟子はとても立派に成長したと、ミーシャは密かに感動した。
「大切な人たちを守りたいという陛下の気持ちはよくわかりました。協力させていただきます」
「契約成立だな」
リアムはミーシャに手を差し出した。
幸せになることを諦めている弟子が心配だった。リアムの身体を治してあげたかった。
――婚約を利用して傍で観察する。そうすれば、魔力を使わないですむ方法をきっと、見つけることできる。
ミーシャは大きな彼の手をそっと握った。
「前を向く。それは、陛下もですよ」
リアムは一瞬目を見開いたあと、「善処はする」と、静かな声で言った。
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