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新しい皇女

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 氷の宮殿の外に出ると、青い空の下、花びらのように雪が舞っていた。
 侍従たちは作業の手を止めて、ミーシャとリアムを見送るために、整列して待っている。
 たくさんの侍女たちの中に、ユナとサシャを見つけた。

「リアム、二人にあいさつをしてきてもいい?」
「いいよ。行っておいで。俺も準備をしてくる」

 リアムの傍を離れ、二人の元へ向かった。

「ミーシャさま。お荷物の準備は整っております。どうか、お気をつけて」
「無事のお帰りを、心よりお祈りしております」

 ミーシャはユナとサシャの手を取った。

「ありがとう。留守をお願いしますね」と伝えると、二人は深く頭をさげた。
 最近侍女が増えたミーシャは、新人たちにもあいさつされて、一人一人に声をかける。

「旅は十日間の日程らしいですわね。婚前旅行なのでしょう? もっとフルラ国にごゆっくりしていらしたら?」
「ナタリーさま?」

 見送りにはナタリーも来てくれていて、ミーシャは驚いたが嬉しかった。

「我が家には貴族だけじゃなく、商人も出入りするの。街は今、あなたが人々を救ったという噂で持ちきりよ。魔女『ミーシャ』はやさしいだけじゃなく、美人で魅惑的。妖艶で可憐だとか……」

 ミーシャが魔女クレアの生まれ変わりだということは、世間一般には知られていない。氷の宮殿に使える侍従たちも知らない者がほとんどだ。知るのはナタリーやライリー、リアムの重臣たちのごく一部だけ。

 みんな、《魔女ミーシャ》を認め、慕っている。

 
「ミーシャさま。凍っていた陛下の氷を溶かしていただき、ありがとうございました。どうか、幸せになってくださいね」

「こら! なんでここに、ナタリーがいる!」
「あらいやだ。空気が読めないお邪魔虫が来たわ」

 ミーシャたちに近寄ってきたのはジーンとミーシャの侍女、ライリーだった。

「おまえ、アルベルトの当主は俺だぞ。もっと敬え!」

 ナタリーはジーンに冷たい目を向けると、ツンと顔を横に逸らした。
 最近、彼女は良家との縁組みに積極的だというが、ナタリーを妻にと望む求婚者が多すぎて、うまく纏まらず難航しているらしい。

 今はミーシャと過ごす時間もあるが、氷の宮殿の修繕が済み、国が安定するといずれ、ナタリーも家を出ていくのだろう。

「ナタリーさまと離れるの、さみしいわ」
「……陛下より、私が恋しいのですね。だったら、しかたありません。すぐに帰ってきてくださいませ」

 ミーシャはナタリーとそっと抱きしめた。

「ナタリーさまもどうか、幸せになってください。……お祈りしております」

 ナタリーは「もちろん、幸せになるわ」と力強く答え、ミーシャを抱きしめかえしてくれた。


「ミーシャさま、馬車の前に陛下がお待ちです」
「馬車……」

 ナタリーや侍女たちに別れのあいさつを済ませ、ジーンのあとをついて行く。ミーシャは、彼にだけ聞こえるようにそっと、その背に問いかけた。

「あの。同じ馬車に、ジーンさまもご乗車しますよね?」

 ジーンは立ち止まり、半身振りかえると丁寧に答えた。

「これからミーシャさまがご乗車される馬車は、皇帝陛下と皇后陛下専用でございます。陛下とお二人だけで乗っていただきます」

『煽るだけ煽っておいて、お預けか』

 リアムに言われた言葉が頭を過ぎり、勝手に顔が熱くなる。

「二人きりの個室は、危険です」
「はい……? 危険?」

 ジーンは不思議なものを見るような目でミーシャを見つめ、首を傾げた。

「隣国含め最強のお二人です。敵が襲ってきても瞬殺で返り討ちでしょう? どこにも危険などございません」
「そ、うですね」

「ミーシャさま。馬車がご心配でしたら、単騎に二人乗りして駆けるのはいかがですか?」
 ミーシャはライリーに笑みを向けた。

「そうね。それとてもいいわ。ありがとう、ライリー!」

 察した侍女の助言に感謝した。ライリーはいつもと変わらずやさしい眼差しをミーシャに向けると口を開いた。

「ミーシャさま。この国へ来る馬車の中で私とした話を、覚えておられますか?」
「覚えているわ。陛下の病を治し、すぐにフルラへ帰るとあなたと約束をした。なのに、帰国の期間が数日と短くなってしまって、ごめんなさい」

 ライリーは笑顔を保ったまま首を小さく、横に振った。

「私との約束を守って頂き、ありがとうございます。私はミーシャさまがいるところ、どこへでもついて行きます」

 悪い魔女と言われる隣国についてくるのはとても心細かったはずだ。それでも彼女はいつでもミーシャの味方をしてくれた。励まし、何度も助けてくれた。

「今の私があるのはライリーのおかげよ。ありがとう。これからも、どうぞよろしくおねがいします」
「私はミーシャさまの傍にいるのが生きがいなのです。こちらこそ、よろしくお願い申しあげます。これからも尽くさせていただきますね、ミーシャさま」

 視界が涙で歪む。ミーシャは姉のように信用し慕っている侍女をぎゅっと、抱きしめた。
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