ある魔王兄弟の話し

子々々

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ゲテモノ料理

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フィドゥに宛てられた一通の手紙。蝋封には四侯の証である紋章が押されている為これを無視するワケにはいかない。正直、この紋章を見た瞬間、破り捨てたくなった。

「兄上。この書類について相談あるんだけど…兄上?」

フィドゥの書斎に書類を持ったシアが入って来るが、兄の様子がいつもと違う事に気づいた。

「どうしたんだい兄上。何か問題でもあったのかい?」
「問題か…そうだな。問題と言ったら問題だな」
「?」

急にどうしたのかと頭に疑問符を浮かべていると、一通の手紙を目の前に差し出した。

「手紙?」
「そうだ。『悪食侯』から食事会の誘いだ」
「!?」

『悪食侯』…その名前を聞いた瞬間、シアの体と表情が一気に強張った。
本名はバルログ・デグシャ・ワンドナー。
ベルドナー同様四侯の一人であり、大規模な農園を抱えている。
国の主な食糧はこのワンドナー領から供給されており、国の食糧庫とも呼ばれていた。無論、王宮の食材も全てワンドナー領からだ。
彼は食に対して非常に貪欲で、世界中のありとあらゆる食を求め続けた。それこそ、一部の地域でしか食べられてないような珍味なども求めてきた事もあり、いつの間にか『悪食侯』の呼び名が付いた。

そしてフィドゥとシアがその食事会を嫌がるのは、世界の珍味…もとい、ゲテモノ料理しか振る舞わないからだ。
前回の食事会は本当に酷かった。
刺激臭の酷い料理を出された時点で、人狼のフィドゥはベルドナーを置いて全力で逃げ出した。
シアもその料理を食べた後はフィドゥに全力で逃げられるので、刺激臭のするものだけは出すなと脅して釘を刺した。

「……行かなきゃダメ?」
「……前回の反省を踏まえて、もう刺激臭の料理は出さないと書いてはいるが……」
「……はぁ。行かないとダメだよね……」

二人は沈痛な面持ちで溜め息を吐いたのであった。



「ようこそおいで下さいました魔王陛下!王弟殿下!我が食事会へ!」

山羊のような角を生やした恰幅の良い妙齢の男が仰々しく出迎える。
彼はワンドナー領領主のバルログ・デグシャ・ワンドナーその人であった。

「この間は申し訳ありませんでした。流石に吾輩の配慮が至らなかったと心から反省しまして」
「それだったらもう、変なもの食わせないで欲しいのだが」
「ですので今回は刺激臭のする料理はお出ししませんのでご安心ください!」

安心出来る要素が何一つない。

「さて、まずは前菜といきましょう」

バルログがベルを鳴らすと給仕係が料理を運んできた。
フィドゥとシアの前に皿が置かれ、クローシュを開けると一枚の焼いた肉がそこにあった。

「……あ、あれ?意外と普通だ……」

変な匂いもしない。至って普通の肉だ。ナイフとフォークで肉を小さく切り分け恐る恐る口にすると、普通に美味しかった。

「……お、美味しい。これ、何の肉だい?」
「これは胎盤でございます」
「た…胎盤…。胎盤って、確か母胎にある……」
「えぇ!えぇ!ただしこれは吾輩の牧場で収穫した牛の胎盤でございますのでご安心ください!」
「…………」

人肉じゃないだけマシか……と、二人は胎盤を完食させた。

「お次はスープでございます」

金色の透明な液体に黒い小さな粒が浮かんだスープが出される。
匂いから察するにコンソメスープのようだ。

「……この、黒い粒は何だ?」

一見すれば胡椒に見えなくもないが相手は『悪食侯』。そんな生優しいものをお出しするわけが無い。

「味は保証しますのでご賞味ください」
「…………」

再び恐る恐る口にする。

「……ん?何だこれ…?硬いな。こう、甲殻類のような食感が……」
「味は殆どコンソメだから…まぁ悪くないね。これは一体?」
「これは蚊の目玉スープでございます」

二人は無言で喉に流し込んだ。

「蚊…蚊って、あの血を吸う……」
「その蚊で間違いございません」
「いやでも、蚊ってかなり小さいだろ。どうやって……」
「簡単です。コウモリに蚊を食させ糞から消化不良の素材を取り出すんです。フィドゥ様がおっしゃった通り、蚊の目玉は甲殻類に似た素材をしておりますので唯一消化されず糞と共に出されるのです」
「……成る程な……」

糞から食べ物を取り出すのは別に良い。糞から取り出し加工する飲み物は実在するのだから。

「さて、お次はパスタでございます」

パスタと聞いて二人は身構えた。前にベルドナーから、ミミズのパスタを食わされたと聞いたからだ。

「どうぞご覧ください!」

しかし出てきたのは意外と普通のクリームパスタだった。

「……ふ、普通のパスタだ……」
「ミミズじゃない……」
「実は、極東の一部の地域でしか食せない超貴重な食材が手に入ったので是非お二方に食べさせたいなと思い、本日の食事会を招いたのです」
「成る程……だから今回のメニューは割とマイルドだったんだね……」

折角だからと、パスタを口にした。

「……え!?なにこれ超美味い!?」

クリームパスタを口にした瞬間、濃厚なソースとぷちぷち食感の魚卵がとても美味だった。

「美味しい!これなに!?」
「これはフグの卵巣パスタでございます!」
「貴様ァ!死ぬ覚悟は出来ているんだろうな!?」
「お、お待ちくださいフィドゥ様!確かにフグの卵巣は強い毒性がありますがその卵巣に毒はございません!それにキチンと毒味も済ませております!」
「……毒抜きの方法があるという事なのか?」
「え、えぇ…先程語りました、極東ではフグの卵巣の毒を抜く技術を持っているのです。残念ながら極秘なので毒抜きの方法は教えては貰えませんでしたが、こうして毒性の強いフグの卵巣も美味しく頂けるようになったのです。決して暗殺の気はありません。と言いますか、お二方はフグ毒はまず効かないでしょう?」

彼らは人狼と吸血鬼だ。フグ毒を盛られたところで死にはしない。
二人は呆れながらも卵巣入りパスタに舌鼓を打つのだった。

最後のデザートは牧場牛の採れたてのミルクで作った蜂蜜掛けの蜂の子入りバニラアイスだった。

「うん……美味しい……」
「そうでしょう!そうでしょう!」

バルログはとても嬉しそうに笑う。
彼が抱える農場や牧場はどれも質が高い。それなのにゲテモノ料理しか出さないのでどうしても好きにはなれないのであった。

「──あ~…やっと終わったぁ!!」

食事会が終わりフィドゥの部屋に備え付けられているソファーにシアは腰を掛けた。

「まぁ今回はまだマシだったけどね」
「下手したら虫オンリーだった時期もあったからな……」
「パスタとデザートは普通に美味しかったけどねぇ。……ねぇ兄上」

シアはフィドゥの膝の上に乗ると、ボタンを外し始めた。

「おい、シア」
「口直しさせて?」

そう言ってフィドゥの首筋に噛みついた。

「っ……は……」
「ん…やっぱり兄上の血が一番だね」

恍惚とした表情しながら傷跡に舌を這わせてこぼれ落ちる血をも舐めとる。
そして今度はシア自ら服を脱ぎ始める。

「兄上も、口直しをどうぞ」

据え膳食わぬは男の恥。
フィドゥはシアをベッドまで運び、極上の口直しを堪能するのだった。
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