モブでも認知ぐらいしてほしいと思ったのがそもそもの間違いでした。

行倉宙華

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番外編

家族の一員として思うこと

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 私はアルドレード伯爵家のメイド長をしている。
 旦那様のサイモン伯爵、奥様のミランダ様、魔女のベロニカ、大魔王のゴードンにその使い魔のヴァプラ、たくさんの使用人達。
 そして、お嬢様のスピカ様。
 昔からスピカ様を中心にアルドレード伯爵家は本当に賑やかだ。


「お帰りです! スピカ様がお帰りになります!」
「時間は約一時間です! 大急ぎでよろしくお願いします!」


 アダムとシャーロットは屋敷の扉を開け放つと瞬く間に、そう叫んだ。
 すると、すぐに奥様が階段を急ぎ足で降りて来たので、二人はただいま帰りましたと頭を下げた。
 そんな二人の後ろから、ベロニカとゴードンと、ゴードンの肩に乗ったヴァプラも出て来る。
 二人と一匹もまた同じように、奥様に帰って来たことの挨拶をした。
 おっと、こんなところで突っ立ってる場合じゃなかったわ。
 我に返ると、私はスピカ様のお部屋がある二階に駆け出した。


「バスルームの掃除は? どう?」
「終わって、湯を溜めはじめています」
「よかったわ、ありがとう!」
「私は、今から薔薇とガーベラを摘んできます!」
「あ、お疲れだろうから、フルーツも切って浮かべておいてくれる?」
「わかりました」


 スピカ様のお部屋に入って、そのままバスルームの扉を開く。
 もう既にメイドの一人が掃除を終えてくれていたようで、すっかり綺麗だ。
 これなら大丈夫と確認を終え、部屋の中を見回した。
 換気よし、部屋の掃除よし、ベットはメイドが整えてくれてるし、シーツもカバーも洗濯したばかり、あとは……


「部屋を温めておいて! スピカ様には今のこのお部屋は寒すぎるわ」
「はい! すぐに薪を持ってきます!」


 メイドにそう頼むと、私は部屋を出て急いで厨房へと向かった。
 思った通り、我が屋敷の厨房はてんやわんやと慌ただしかったが……
 思わず、おかしくて笑ってしまう。
 パン、鶏肉、ソーセージ、チーズ、エビ、フルーツ、卵、魚、スープ、デザート、サラダ、パイ。
 様々な食材が並んでて、様々な料理が作られてるが、全てスピカ様の好物だ。
 しかし、このコック達は一体何人前を作るつもりなのだろう?


「おーい! 何笑ってんだよ!」
「笑うしかないでしょう? スピカ様は一人しかいないのに、こんな量とても食べ切れないんじゃないかしら?」
「残ったら、それは今日の俺達の晩飯にするつもりだよ!」
「それなら文句ないわね。何か手伝いましょうか?」
「いや、まだ大丈夫だ! というか、料理は俺の管轄だからな?」
「はいはい、わかってるわよ」


 もう大分付き合いの長い料理長と軽口を叩きながら、その手元の包丁さばきが寸分の狂いもないことに感心する。
 嬉しそうなのを隠しもしない料理長を背中に厨房を出ると、メイドから奥様が呼んでいると言われた。
 覚えがないと思いながら、私は奥様のお部屋の扉を叩いた。
 中から入ってちょうだいとのお声があり、私は部屋に入った。


「急にごめんなさいね? 忙しかったかしら?」
「いえ、問題ございません」
「それなら、よかったわ」
「あの、何か私にご用でしょうか?」
「そうなの。これなんだけれど……」
「刺繍? まあ、可愛らしい! これはウサギでございますね?」


 奥様がどこか自信なさげに私の前に差し出したのは、ウサギの刺繍があしらわれた白いハンカチだった。
 グレーのウサギは耳がピンッと立っており、目は茶色、ほっぺはピンク、体には青紫の花の襷がかけられ、ウサギの周りを金糸が囲っている。
 キラキラと光るウサギは本当に可愛らしい出来栄えだった。


「わかるかしら?」
「もちろんでございます! さすがは奥様です、お上手ですわ!」
「あなたが言うなら……ありがとう、久しぶりだけど自信が持てるわ」
「とんでもございません! ご用はこの刺繍のことでございますか?」
「あ、それだけではなくて、あなたにこの周りに花とかを縫ってほしいの」
「私にですか? 失礼ですが、この刺繍はどなたに……」
「スピカによ、送ろうと思って」
「スピカ様に!? そんな、私が奥様の縫われたものに手を加えるなんて……!!」
「いいえ、逆よ? あなただからこの刺繍を仕上げてほしいの。シャーロットやアダムが姉と兄なら、あなたはスピカにとって第二の母のような存在だわ」
「もっ、もったいなきお言葉です……!!」
「あの子は、私を含むこの王国のどの女性とも違うわ……自分の大切な人達を守りたいという思いだけで、あの歳で対等に男性と渡り合いながら、王国を飛び出して、何度も奇跡を生み出すの……本当に自慢の娘だわ」
「奥様……」
「サイモンも私もね? スピカのことが愛しくてしょうがないのよ?」
「よく存じております」
「ふふっ、サイモンなんてね? 私にスピカがアルドレード家を継げばお嫁に行く必要はないか、とか言い出すの」
「まあ! それはそれは……」
「私もできることなら、このままスピカと過ごせたらなとは思うけど、あの子には女性としての幸せを味わってほしいと思うの……けど、あの子の場合は今すぐにでもどこかに行ってしまいそうな危うさを感じるわ」
「危うさでございますか?」
「だからね? これを見て、我が家を忘れないでって思いを込めたの……縫ってくれるかしら?」
「……承知いたしました、心を込めて縫わせていただきます!」


 ***


 スピカ様の久しぶりのご帰宅にアルドレード伯爵家はお祭り騒ぎだった。
 まあ、半場強制的に旦那様に引っ張られるような状態で、優雅や可憐などとはほど遠いスピカ様らしいご帰宅だった。
 そんなお祭り騒ぎも終了して、夜も更けてきた頃に私は自室で奥様からお命じされた刺繍を縫っていた。
 今のスピカ様はとても忙しそうだ。
 アダムが「スピカ様が本気で王国に革命を起こす気だ!」と、とても興奮気味に話していたのを覚えている。
 今度は何が始まるのかと期待するのと同時に、それ以上に無茶だけはしないでくれと不安に思った。
 そんな不安は的中し、スピカ様は学園どころか屋敷に帰ることも減った。
 ちゃんと食べているのか、睡眠時間は取れているのか、また一人で抱え込んではいないかと心配は止まらない。
 だから、今日みたいに久しぶりにスピカ様がご帰宅なさると、使用人達は目が回るくらい忙しくなるけど、その顔には笑顔しかないのだ。
 スピカ様がご帰宅する時は、暗黙の了解で全員で出迎えるようになっていた。
 自分達にとっての唯一無二のお姫様が元気にしているだろうか、笑っているだろうか、幸せだろうかと……


(本当にみんな嬉しそうだったわ……)


 私はスピカ様が生まれる前からその成長を見守ってきた。
 今ではとても考えられないが、スピカ様は五歳のある時までは本当に静かな子どもだった。
 笑いもせず、常に無表情で、滅多に言葉を話すこともなく……
 どこか悪いのかと、旦那様と奥様が医者に診せることを真剣に考えていた時にスピカ様は階段から落下して、三日三晩眠り続けた。
 そして、目が覚めると、今のスピカ様になっていたのだ。
 今ではこれを知っているのは、旦那様と奥様と、長く仕えている私と料理長の四人だけである。
 あの日から、本当に明るくなられた。
 旦那様に勉強を教えてもらったり、奥様とお庭をお散歩したり、親子そろってお忍びで市街にお出かけしたり。
 何十人もいる私達使用人に対しては名前と顔を覚えてくださり、挨拶も日々のお喋りもたくさんしてくださった。
 誰かがスピカ様は取り憑かれていた亡者に打ち勝ったのだとか現実離れしたことを言っていたが、そうかもしれないと信じそうになるほど、スピカ様は人が変わった。
 

(ここまでなら素直に喜べたけど、この先が大変だったのよね……)


 手始めにスピカ様は、犬でもなければ猫でもなく、人間を拾ってきた。
 それがシャーロットとアダムだった。
 当時の旦那様はひっくり返り、奥様は驚きからしゃっくりが止まらなくなってしまった。
 当時の二人は、警戒心剥き出しで人を信用せず、世界に絶望していた。
 それをスピカ様は治した。
 シャーロットが初めて泣いた時、アダムが初めて謝った時、他にもスピカ様が二人の心の氷を溶かした瞬間のことを昨日のことのように覚えている。
 そして、正式にスピカ様の専属のメイドと執事になる教育を受けることを旦那様と奥様は許可された。


(あれからずっとね、どんな時も三人は一緒だった……)


 そして、スピカ様が八歳になった年のことだった。
 瞬く間に、夜の王国中を駆け抜けたオリオン殿下の生誕祭での事件の詳細をこの耳で聞いた瞬間に、私は気を失った。
 私が気を失ったのは、この時が最初で最後だと思う。
 こんなことで気を失っていたら、身が持たないと思い知ったからだ。
 怒涛のように、それは続き……
 スピカ様が何かを起こす度に、アルドレード家を訪れるご友人が増えた。
 いまだに、あの三人はバレてないと思っているようだが、全て知っている。
 旦那様は王宮、奥様はお茶会で。
 直接ご友人達のご両親から事の詳細をそれは細かく、ご恩は忘れないと心からの感謝を述べられたのだとか。
 当時は使用人の古参だった者達が旦那様の書斎に呼び出され、真っ青なお顔の旦那様と奥様に相談されていた。
 旦那様と奥様は結果が結果だけに怒るべきか、まずどこから問いただすべきなのか、もう理解が追い付いていかないとおっしゃっていたっけ……
 しかし、スピカ様は学園の入学までは比較的大人しく過ごしていた。


(ぬか喜びだったわけだけどね……)


 けど、普通の人間が一生かかってもできるか怪しいことを、スピカ様はやり遂げて、多大な功績を残し続けた。
 それなのに、スピカ様は屋敷に帰るとお部屋に閉じこもり、目を赤く腫らして出てくることが何度もあった。
 大きな事件を解決する度にだった。
 それを旦那様、奥様だけでなく、シャーロット、アダム、ベロニカ、ゴードンには絶対に見せまいと隠す。
 私達使用人には、小説を読んでいて感動したからだと嘘をつく。
 いつか爆発してしまうのではと、危惧していた予感は当たってしまう。
 旦那様、奥様、スピカ様の三名だけで王国を出て行くと言い出したことが問題になっていた時に、スピカ様は記憶を失ってしまった。
 突然の解雇宣告にも気持ちがなかなか追い付いていかないのに、スピカ様が以前のような無機質な人形のようになってしまったことに屋敷はパニックだった。
 そんな時に、私達使用人に旦那様と奥様はあろう事か頭を下げたのだ。
 黙っていて申し訳なかったと、主人が使用人に頭を下げたのだ。
 もうそれだけでも十分信じられないことだったのに、記憶を取り戻したスピカ様の言葉がトドメだった。
 スピカ様が私達使用人を見捨てようとしたことを謝罪にした時、誰かがこんなこと慣れていると言った。
 けど、それを聞いたスピカ様は……


「確かに生まれとかは違うけど、私達は同じ屋根の下に暮らしてる、同じ空間で笑い合ってる、そういうのを家族って言わないの!? お父様もお母様も、みんなのことは使用人より深い絆を感じてる。身分とか関係なく、みんなはアルドレード家の一員なの! 私は、そんな家族を見捨てようとしたの、もっと怒ってよ! そう思ってるのは私達だけなの!?」


 そのお言葉を聞いて、アルドレード伯爵家に、一生を捧げる決意をしなかった使用人は何人いたのか。


 ***


「よし、できたわ!」


 ウサギの周りに私はブルーデイジーを彩った。
 花言葉の幸福と、スピカ様の瞳の様なこのブルーデイジーに託した。
 「私達のお姫様がいつまでも幸せに愛されますように」と。
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