エリート希望者の地球再生記

行倉宙華

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第三章-⑹ サトルと菜々美とモーリス

それはユートピアなのか

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「頼む、頼むから……ヤメロオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「お願いよ!! このままじゃ、本当にゾーイが死んじゃう……!!」


 レオと真由が泣きながら、ただただ必死に懇願する。
 俺にいたっては目を逸らし、耳だって塞ぎたいくらいだった。
 今の俺、真由、レオは敵の犬族と猫族に刀を首に当てられ、手を拘束され、身動きが取れなかった。
 だから、走り出したくても、助けに行きたくても、ゾーイが三メートルの犬族に滅多打ちにされている光景を見てることしか俺達にはできなかった。


「はあ……あたし、これでも女なんですけど? ここまで痛めつけるかね?」


 至るところから出血しており、ゾーイはもう、立っているのもままならない状態のはずだ。
 それを悟られないようにか、いつも通りの調子で話を続けている。
 聞いたことのない人間の皮膚をえぐるような音、内蔵にのめり込む拳の音。
 どんなにゾーイが、俺達や他の人間より強くても、さすがにアイツには、あの怪物には敵わないんだよ。


「グオワアアアアアアアアア!!」
「キャアアアアア……!!」
「ゾーイ、逃げろおおおおおおお!!」


 まるで、それは大地を揺るがすような怪物の断末魔の叫びだ。
 その叫びとともに、その怪物はゾーイに自分の体よりもデカい剣を、容赦なく振り下ろす。
 真由が悲鳴を上げ、レオが必死に身を捩りながらゾーイに呼びかける。
 その怪物は艶やかな黒の短毛で、丸く大きな頭部、両目は離れていて、鼻は短く、半立ち耳で、しっぽは中ぐらいの長さで垂れている状態で、均整の取れた筋肉質な体が特徴だ。
 この怪物の犬種は、アメリカン・ピット・ブル・テリア、通称ピットブル。
 元々は闘犬として作出された犬種であり、突発的な攻撃性も含めて飼育者の完全な制御下におく必要があり、とある地区では法的制限がとられたほどだ。
 今の状態を見ても嫌というほどわかるけど、コイツは根っからの闘犬なんだ。


「ゾーイ!! もう……もうやめて!! 私は大丈夫だから……!!」
「何が大丈夫なのよ」
「……え?」
「そういう台詞は、その溢れっぱなしの涙をふいてから言って……うぐッ!!」
「ゾーイ!! ヤダよ……ゾーイ!!」


 その光景に耐えられず、橘さんがゾーイにもうやめろと泣きながら叫ぶ。
 しかし、それをゾーイは口から血を流しながらも、いつも通りに少し嫌味っぽく淡々と告げるが、かなり無理をしてるのだろう、鈍い声を出しながら膝に手を着いた。
 そんな姿を目の前に、さらに橘さんは泣いてしまうという悪循環で……


「人間は無様なもんだな? 今監禁中の奴らに関してはちょっと脅しただけで、こっちの言うことを何でも聞きやがったぜ?」
「何でもって……まさか、通信機やその機械って!?」


 そしてさらに、フウタは煽るような言葉を俺達に向けて、俺はとっさに叫ぶ。
 最初からおかしいと思っていた。
 モーリスがいくら優秀だとはいえ、ところどころでずっと疑問なことが多々あった。
 けど、これで疑問は晴れたが、怒りが同時に湧いてきた。
 きっと、機械工学科やアーデルの生徒に電波障害、通信機、感電装置、あとは医療科の生徒に催眠ガスを、脅して無理矢理作らせて、また監禁して……


「モーリス! どうしてよ!? どうして急にこんなことを!」
「そうだよ……何でこんな、平和に水を差すような……!!」
「それが原因ですよ」


 真由とレオが、さすがに我慢の限界だとばかりにモーリスに噛み付く。
 それを、モーリスは絶対零度の瞳で受け入れたのだ。


「人類は平和に慣れすぎてるのです」


 そして、まるで呆れたようにため息を一つつくと、モーリスは話し出した。


「別に、毎日を命懸けで生きろだなんてことは言いません。しかし、この平和が続くことはありえないでしょう。そうなったら、私は人類は生き残れないと思うのですよ。早い話が、これ以上の人類の進化は望めないということです。それどころか、退化していくのではないでしょうか。空島ではバカな大人が自分の地位を守るので精一杯。先は長いでしょう。そのようにほとんど私が絶望していた時に、あのナサニエルの墜落事故です」


 モーリスが話している間も、ゾーイと怪物の攻防が終わることはなくて、後ろのゾーイの同行も気にしつつ、俺はモーリスの話を聞いていた。
 しかし、そのナサニエルの墜落事故の単語を発した時、初めてモーリスの瞳が色を取り戻したのだ。


「あれが故意でも事故でも、私にはあまり重要ではなかった。これで、ようやく私の理想郷ができると……しかし、実際には空島と変わらなかった。平和で、同じ日常が続く……それは少し語弊がありますね。ゾーイ・エマーソン、あの人だけは、逆らってはいけないと本能的に感じていた部分はあります。けど、それだけで他は同じ。なので、私が自ら、その理想郷を作ることにしました」


 普通じゃないと、その単語が自然と溢れ出していた。
 まるで、何かに取り憑かれたようなモーリスの言動と、ゾーイを見る目にはゾッとしてしまった。


「それには、雨野サトル。あなたの王族としての天性の支配する力と、誰も経験したことのない憎悪の記憶と体験が、必要不可欠です。いや、あなたの正体に気付いた時には、鳥肌が立ちましたよ。平和な世界しか知らないぬるい者は、私が作る王国には要りません。さあ、どうか頷いてくださいませんか? ゾーイ・エマーソンのことを救えますよ?」


 そして、極めて不気味なほど饒舌に口を動かしていたモーリスは、ここでまた話の矛先をサトルに向けたのだ。
 サトルは俺達とは違って、フウタとモーリスのすぐ隣に立たされている。
 また新たな条件、あんなにボロボロのゾーイを前にしたら……


「本当に、僕が……」
「サトル! あたしへのあんたからの応援! まだなわけ?」


 どうにもならないなと、全員が諦めかけた時だった……ゾーイは、またわけのわからないことを言い出したのだ
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