エリート希望者の地球再生記

行倉宙華

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第五章 ゾーイ・エマーソンの正体

壊れてしまうまでの五秒間

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「まっ、待てって、ゾーイ! そんなに急がなくたっていいだろ!?」
「そうよ……!! そもそも、私達がここに来なかったら、手紙はどうするつもりだったの? まさか、その石の上に置いておく予定だったとか?」
「それ以外に何があるのよ?」
「いや、あるだろよ!? こんな石の上に無防備に置いておくよりも遥かにいい方法が、絶対にあるだろうよ!」
「第一、外は雨風にあてられて、手紙が読めなくなっちゃうじゃないの!」
「はあ……その時はその時でしょ?」


 どうやら、言いも知れぬ危機感や胸騒ぎを今のゾーイに感じたのは、俺だけではなかったようだ。
 すぐハッとしたように、望と菜々美が話題を逸らしていた。
 本来なら、どうしてこんな大事なことを黙っていたんだと、黙って行くなんて薄情だと、泣き叫んだり、怒ったり、たくさんの感情を吐き出す場面だ。
 けど、俺達の頭の中は驚くほど、清々しいほどに冷静で……
 このまま素直に現実を受け入れて、ゾーイに普通に別れを告げたら、俺達は間違いなく後悔するだろうと、妙な確信があった。
 ゾーイがまだ、手紙の内容とは比べ物にならないほどの秘密を隠してると、確信があったんだ。


「てか、あれな!? どうりで、アランの入学式の事件を知らないわけだな!?」
「一緒に入学してないからね?」
「にしても、驚いたぜ!? まさか、ゾーイがやたらと強いのも、眠らなくても平気なのも、努力の成果とはな……!?」
「時間の旅は危険しかないからね」
「あと! 今思えば、マイルズへの言葉というのも……?」
「まあ、ほとんど本音かしらね?」
「これっ、これで……ゾーイが、我が早乙女家を知らない謎も解けたぞ!」
「あ、それに関しては興味がなかっただけよ?」


 すると、会話は終わらせないとばかりの勢いで……すぐにシン、デルタ、モーリス、ハロルドの四人がゾーイに話題を振った。
 見事なチームワークと言うべきだろうけど、そんな時間稼ぎの会話にゾーイが乗るはずもなく、これ以上のない塩対応を繰り返すばかり……
 けど、ダメだ! ずっと、ゾーイには口では負けてきたけど、今だけはゾーイの言う通りにしちゃダメだ……!!


「ねえ、もういい? あたし、そろそろ未来に帰って……」
「ゾーイ、タイムマシンはどこ」


 ゾーイが行ってしまう、俺はなりふり構っていられないと、とっさに思った。
 無理なんだ、俺達にはゾーイみたいに遠回しに囲い込むみたいな、器用な真似はできないよ、いつだって直球勝負するしかないんだよ。


「はあ……そんなの関係ないでしょ?」


 言うと思った……けど、やっぱり、俺達は引きたくなかった。


「未来に帰るなんて、嘘でしょ。本当はどこに行くの」
「嘘なんてついてどうすんのよ」
「未来なら、僕達も連れて行ってよ」
「帰って来て、さっそく親不孝か」


 明らかに苛立つゾーイだが、俺はデタラメな言葉を必死に導いて吐き出す。


「どうして、もう会えないのさ。またこの時代に来ればいいじゃないか」
「タイムマシンも万能じゃないのよ」
「何で、未来に帰るの? 手紙には、未来は残酷だみたいなことしか書いてなかったよ」
「生まれた時代は恋しいものよ」
「ゾーイ、手出してよ。パーカーから」


 ああ、こんな時でも、君は表情一つ変えないんだね。


「……目敏い男はモテないよ、昴」


 あ、少し違うかな? 俺、ゾーイに睨まれてるや……しょうがないじゃん。
 バレバレなんだよ、今のゾーイの目には何も映ってないんだよ。
 ここは何もなさすぎるんだよ、そんなのまるで、まるで時が来るのを待つかのようじゃないか……
 けど、君はいつも想定外だね、ただ今回は最悪な方にだけど。


「ゾーイ? 何、それ……? 何で……」










――「手が透けてるの?」

 真由のそう続けようとした言葉は、音にはならなかった。
 パーカーから取り出したら、俺の視界にはゾーイの綺麗な手が飛び込んでくるはずだった……なのに、今の俺の視界にあるのは、向こう側の景色まで透けて見えるほどの、跡形もなくなっていたゾーイの両手だったのだ。


「よくSF映画であるでしょ? 過去を変えると、未来に影響が出るって設定」


 俺達は動けなかった、当事者なのに誰より冷静なゾーイの話を聞くことしかできなかった。
 ああ、どうしてだろうか、嫌な予感はしてたんだ、予感はしてたのに……


「まあ、普通に考えれば当たり前よ。ナサニエルの生徒は全員生還、ローレン家は追放されて、未来は変わった。それに伴って、このアイランド77に人材育成センターが建つことはないのよ」


 手の震えは止まらないし、息するのが苦しくて、目が霞んでいくし……
 けど、不思議とゾーイの声だけはよく聞こえてきた。


「過去に来て、可能性を考えなかったわけじゃなかったけど、まんまと手と足に兆候が現れ始めて、さすがに信じたわ」


 ゾーイが笑いながら言い放った、兆候という単語……俺は、自分でも驚くスピードで、その意味を理解していた。
 すると一気に、それらの光景が……ゾーイがつまづいたり、何かを落としたりしている光景が、頭の中をフラッシュバックしていく。
 俺の目の前は真っ暗で、自分という存在が沈んでしまえばいいと思った。


「ね、ねえ……? まさか、急に空島に帰ろうなんて言い出したのは……」
「ご名答。手と足が痺れたり、数秒ほど透けたりすることが、あの頃から増えてきてさ。だから、その前に、面倒事は片付けないとと思ってね?」


 使い物にならない俺達に変わって、クレアは振り絞るように、間違いであってくれと祈るような口調でゾーイに尋ねたのだが、他でもない本人が僅かばかりの希望を断ち切るのだから笑えないよ。

 未来を変えた――本当なら、希望に溢れた響きのはずなのに、俺達にとっては絶望の宣告でしかなかった。
 ねえ、一回ぐらい俺達の意見も聞いてよ、耐えられないよ?
 俺達は強くないもの、君の口からそれを聞いたら、俺達は壊れてしまうよ?










「あたしさ、今日ここで消えるのよ」
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