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第五章 ゾーイ・エマーソンの正体
俺達は君が大好きだ【上】
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君と描くこれからの未来を、俺は何の疑いもしなかった。
「はあ……こうなるから、一人で静かに消えたかったんだけど?」
そう呟いたゾーイは、他人事のようにどうしたもんかねとため息をつく。
俺の脳裏には地上を発つ前のレオ、コタロウ、モカの顔と言葉が蘇る。
三人は知ってたんだな? ゾーイのその後の運命を、もう二度と戻れないってことを……
「あー、もう! 全員、そこに並べ!」
すべてのマイナスの感情がそこに集結しているのではないかと思うほど、その場は風の音しか聞こえなくて……
しかし、そんな状況に痺れを切らしたのは他ならぬゾーイであり、君は俺達にそう叫ぶ。
「あたしを中心に囲んで、円になれって言ってるのよ! さっさとする!」
わけがわからず、呆然とする俺達にゾーイは激しく叱咤する。
何も受け入れられていないけど、とりあえず、俺達はゾーイの指示に従って円になるように動いた。
「本当に鏡があったら見せたいわ。今のあんた達が、どれだけひどい顔かね」
指示通りに円になって、ゾーイを囲むと、さっきまで見る余裕すらなかった仲間の顔を嫌でも見ることになる。
ゾーイの言う通りに、揃いも揃って笑えないほどのひどい顔だ……
意外な共通点は誰も泣いていなかったことだ。
おそらく泣けないだけだけど……今の俺達に、泣く気力があるのかも疑問だ。
その代わりに、信じたくないと、この現実から逃げ出したいと、揃いも揃って打ちひしがれている表情を、俺達は浮かべていた。
何でだよ、何で君は、そんな風に平然としていられるの?
何で相談してくれなかったの、何か方法があったかも……そんな風に、ゾーイを責める言葉が出かかっては消える。
相談したから何なのか、けど、これはあまりにも残酷だ。
最高の未来の代償がどうして、よりによって君なんだろうか。
「さてと、それじゃ、最後の最後であたしの作戦を崩して、出し抜いたご褒美として、この他でもないゾーイ・エマーソン様から直々に、あんたら一人ずつに有難いお言葉を授けよう。もれなく、末代まで語り継ぎなさいよね?」
そして、また懲りずに響く、見事にこの場にそぐわない君の声が。
俺は、俺達はゾーイへと視線を移す。
この期に及んで言葉とは……また予想外の無茶ぶり? それとも皮肉混じりの優しさ? そんなの要らないよ。
俺達は君と未来を生きたいんだ、それ以外のモノなんて……そう思ってた。
「それじゃ、最初はソニアね?」
「……聞きたくない」
「はあ? 何をへそ曲げてるのよ?」
「何で……こんな時まで……ッ!?」
無理だ、限界だ、明日からどうやって生きたらいいの?
そんなマイナスな言葉ばかりが、頭に浮かんでいて、ソニアも涙目でゾーイに文句を浴びせようとしたであろう、その時には……ソニアは、ゾーイの腕に包まれていた。
本当に君は俺達の心を弄んで翻弄するのが天才的だよ。
今まで、そんな優しい顔を浮かべたことなんてないクセに……
「ソニアは、裏表がなくて、誰にでも臆せず振る舞えて、こうと思ったら突き進める行動力があるよね。少し無鉄砲なところもあるけど、それは、あんたの最大の武器だと思う」
「……何、急に……!」
「あたし達の誰より体が小さいのに、その存在は大きくてさ、あんたの小さな腕にはすごく助けられてたよ?」
「ね、やめ……ゾー、イ……」
「ソニア、頑張れ?」
「どう……して、今よ……! 何度も褒めるチャンスはあった、し……ゾーイの、大バカ野郎おおお……!!」
ソニアは、その場に泣き崩れ、そんなソニアのことを、ゾーイはしっかりと抱き締める。
本当に何で、今なの、今までずっと遠回しで、俺達のことを褒めるなんてなかったじゃんか……まるで、これが本当に最後みたいじゃんか。
「じゃあ、二番手はシンかな?」
「は、はあ!? お、俺は……」
「シンは……やっぱり、ムカつく顔って印象かな?」
「おう、そうか……ありが、ああ!? この流れでそれなのか!?」
ソニアの頭を優しく撫でると、ゾーイは次にシンに向き直る。
激しく狼狽えるシンだが、ゾーイはお構いなしにシンの前に歩み寄り、そして容赦のない言葉を浴びせた。
「フフッ、そうやってノリのいいとこがあんたの長所だけど、何より、シンの技術は一級品だよ。それは空島の誰にも負けないって、あたしは断言する。あと、あたしのどんな無茶ぶりにも、あんたは満点以上で応えてくれた。そんなの、誰にでもできることじゃないから、自分のこと、もっと誇っていいんだよ?」
「おっと……急に褒め殺しだ、な……」
「シン、頑張れ?」
「うん……俺、すげー奴になるよ! それで、いつでもゾーイから無茶ぶりに応えられ……る、ように……!!」
シンは、空を見上げながら……涙が零れないようにしながら、ゾーイを抱き締める。
この先もずっと、俺達はゾーイからの無茶なオーダーに振り回されるんだろうと思ってた……その先にはどんなことが待ってるんだろうと、思ってたんだ。
「美人は怒ると怖いね、デルタ?」
「うるせえよ! 今の俺は本気で、ブチ切れてるんだからな……!」
シンの背中を優しく叩いて、ゾーイはデルタに笑いかける。
そんなゾーイに、デルタはこれでもかと怒りをぶつけるのだが、言葉とは裏腹に、デルタはゾーイを抱き締めていた。
「前から思ってたけど、本当にデルタは綺麗な顔してるよね?」
「……惚れたか?」
「ずっと前から、あんたの人間性には惚れてるよ。夢ができたって聞いて、実を言うとすごく嬉しかった。あんたは人より、何倍も幸せになれるはずだから、絶対に叶えられるって信じてる。デルタの料理は魔法みたいだもの。あんたの料理を食べると、嫌なこととか、疲れとか全部忘れられた。きっと、多くの人から愛されるお店になるよ」
「わかった。必ず、叶えるよ……!」
「デルタ、頑張れ?」
「ゾーイ? 一度でいいからさ、食いに来いよ……! 何十年でも、俺……ずっと待ってるから……食いに来いよ……!!」
デルタはゾーイと額を合わせて、涙でぐちゃぐちゃになりながら笑う。
集まろうよ……大人になってもまた全員でデルタの料理を囲みながらさ、夜通し語り明かそうよ、頼むから……!
「アラン? 今にも、視線だけで殺されそうなんだけど?」
「……元々こういう顔だ」
デルタの涙をすくうと、ゾーイは隣のアランの形相に肩を竦める。
そんなアランは、出会った時のような鋭い目でゾーイを睨んでいたが……
「アランのことは、共通点が多くて、心のどこかで、双子みたいに思ってたんだけど、不器用で誤解されやすくて、一番個人的には目が離せなかったかな」
「……そりゃ、初耳だ」
「うん、初めて言った。けど、アランが後ろにいたり、あたしの目を見て頷いてくれると、安心するようになってた。精神的支柱にしてたんだと思うの、絶対に守ってくれる……おわっ!? アラン?」
もう我慢の限界だとでも、全身で叫ぶように、ゾーイを抱き寄せたアランの両手は震えていた。
「……ここにいろ。離れるなよ」
「アラン、頑張れ?」
「行くな……どこにも、行くな……! 俺の目の届くとこにいないと、お前のこと守ってやれないだろうが……!!」
アランは声も震えていた……出会ったその瞬間から、ゾーイに俺達は守られてばかりで……
遠くない未来では、君と胸を張って隣を歩き、君を守れるようになりたいって思ってたし、それが目標だった。
こんな勝ち逃げみたいなの、卑怯だ。
「泣き虫に逆戻り? ジェームズ?」
「これは……! 僕だっ、て……泣きたくないけ、ど……けどぉ……!!」
アランと体を離して、ゾーイはすでに限界を突破して泣き崩れるジェームズに呆れる。
ジェームズは、まるで自分自身の涙に溺れるようで、言葉が上手く紡げていなくて……
「ジェームズは、この長い旅で一番成長したんじゃないかな? 出会った時は、あんなに震えて、最初に死にそうだったクセに、本当に見違えた。もう、あんたは名前負けなんてしてないよ。この空島の未来を背負っていく人間として、安心して任せられる」
「うん……ありがとう、本当に……!」
「あとさ、あたし達以外の誰にも、ジェームズって呼ばせないでって無茶ぶりをしたら、叶えてくれる?」
「うん……うん……!! うん、誰にも呼ばせないよぉ……」
「ジェームズ、頑張れ?」
「……僕! 必ず、空島の未来を、最高のものにしてみせるよ! ゾーイが、命懸けで繋いでくれたこの未来を!」
一度は涙を止め、そう宣言したジェームズだけど、すぐにまたその目には涙が溢れ、そんなジェームズのことをゾーイは呆れながら抱き締めた。
そんなの反則だよ、俺達以外にはジェームズって呼ばせるななんて……無茶ぶりでも何でもないじゃんか。
「さてと、お待ちかね? モーリス」
「別に待ってませんよ」
「これはこれは……あいかわらずの冷血眼鏡っぷりですな?」
「あなたはなぜ、最後までこんなに無茶苦茶なのですか」
ジェームズの髪をぐしゃぐしゃと撫で終わると、ゾーイはモーリスにニヤリと笑う。
対するモーリスは、終始無表情だ。
「モーリスは、血の通った人間になったよねって思うんだ。すごく顔が優しくなって、人間らしくなったよ。その上で、あんたの中の二番手として誰かのことを支えるって能力を発揮したら、その時は誰も真似できないようなすごいことが実現するんだろうなって……それを、あたしはすごく期待してる」
「最後の最後まで……あなたは私に、プレッシャーをかけるのですね」
「ごめんな?」
「謝るのは! 卑怯です……よ……!」
「モーリス、頑張れ?」
「本当にあなたは……!! せめて、見守ると、見守っていると、私達全員と約束をしてください! お願いです……!!」
今まで聞いたことのない大声で、モーリスはゾーイに必死に縋るが、君は、見守るという言葉に頷かなかった……約束はできないとでも言うように。
代わりに、ゾーイはモーリスを慰めるように優しく抱き寄せた。
ゾーイ? 嘘をつくならさ、こういう時なんだよ?
嘘でもいいからさ、見守ってるよって言ってよ……そしたら頑張れるんだよ。
「意外や意外、ここまで全員が顔面大洪水なのに、あんたはいつも通りに濃い顔してるじゃん? ハロルド」
「濃い顔……!? き、君は……本当に、少しは言葉を選ぶべきだ!」
「選んだ上でのこれですけど?」
「選ばなかったらどう……いや、聞くのはやめておこう」
モーリスの肩を軽く叩き、次はと視線を移したところで、ゾーイは面白そうに笑う。
ゾーイの言う通り、ハロルドはまったく泣いておらず、二人は普段通りのやり取りを繰り広げる。
「さてさて、ハロルド。あんたには、山のように言いたいことがあるわ」
「ハハハッ! そんな予感は、とっくにしていた! しかし、このハロルド・早乙女、どんな言葉でも大海原のごとく受け入れてみせると……」
「まず、そういう言い回しが面倒で顔と合わさると暑苦しくて、耐え難いわ」
「そ、想像以上の破壊力だ……」
「あと、根本的にあんたは言葉と実力が伴わない典型よね? 取り返しがつかなくなる前に、直すことを勧めるわ」
「う、うぐ……!!」
「そうそう、それから……」
「まだあるのか!?」
「あんたはいつも全力で、正直、その姿勢に何度助けられたかわからないわ。ハロルドと話をすると、自然と前向きになれるのよ。本当に大海原ぐらいの懐の深さは持っているなって、結構尊敬してたのよね。何より、どんな時でも誇りを忘れないあんたの存在は、時々あたしには眩しいくらいだった」
「え? あ、いや……え……?」
途中までは、同情も追いつかないほどの言われっぷりで、ハロルドの顔は瞬く間に青ざめて俯いていった。
けど、ゾーイのその言葉に、何とも間の抜けな声と同時に、ハロルドが顔を上げた先には、穏やかに微笑むゾーイ。
「ハロルド、頑張れ?」
「む、無論だ! この、ハロルド・早乙女の名において誇りを……ほこ、りを……死ぬま、で……誓う、と……!!」
結局は耐えられないのかと悪態を吐き捨てながらも、ゾーイは我慢してた涙が溢れたハロルドのことを、力いっぱい抱き締める。
耐えられるわけないよ、今までの自分の言動振り返りなよ。
君からそんなことを言われて、何も感じない奴は、俺達の中にはいないよ?
「お次は、我らがリーダー様々ね!」
「……そうね」
「ビシッと決めてくれる?」
「……ごめん、ゾーイ。それは、多分だけど……む、り……!」
泣きじゃくるハロルドに、笑ってデコピンを食らわすと、ゾーイはクレアに軽口とともに向き直る。
しかし、クレアはゾーイと目が合った途端に泣き崩れてしまう。
「やっぱり、クレアをリーダーにして大正解だったよ」
「……ああっ、ほんと、に……!」
「クレア? あくまで、あたし個人の意見だけど、あんたは上に立つべき人間だと思うんだよね」
「え……わた、し……が……?」
「うん。真面目なとこ、優柔不断なとことか、他にもたくさんのクレアの長所と短所は、誰かを導くための天性のものだと思うの」
「……そ、う……できる、かな……!」
「クレア、頑張れ?」
「ゾー、イ……! わた、し、あなたに出会えて……よかっ、た! この時代に来て、くれて……ありがと……!!」
言葉を一所懸命に紡ごうとするクレアのことを、ゾーイは慈愛に満ちた表情で抱き締める。
君はいつだって、俺達のことをそんなによく見てくれてたんだね? 最後までそれも、知らなかったよ……!
「はあ……こうなるから、一人で静かに消えたかったんだけど?」
そう呟いたゾーイは、他人事のようにどうしたもんかねとため息をつく。
俺の脳裏には地上を発つ前のレオ、コタロウ、モカの顔と言葉が蘇る。
三人は知ってたんだな? ゾーイのその後の運命を、もう二度と戻れないってことを……
「あー、もう! 全員、そこに並べ!」
すべてのマイナスの感情がそこに集結しているのではないかと思うほど、その場は風の音しか聞こえなくて……
しかし、そんな状況に痺れを切らしたのは他ならぬゾーイであり、君は俺達にそう叫ぶ。
「あたしを中心に囲んで、円になれって言ってるのよ! さっさとする!」
わけがわからず、呆然とする俺達にゾーイは激しく叱咤する。
何も受け入れられていないけど、とりあえず、俺達はゾーイの指示に従って円になるように動いた。
「本当に鏡があったら見せたいわ。今のあんた達が、どれだけひどい顔かね」
指示通りに円になって、ゾーイを囲むと、さっきまで見る余裕すらなかった仲間の顔を嫌でも見ることになる。
ゾーイの言う通りに、揃いも揃って笑えないほどのひどい顔だ……
意外な共通点は誰も泣いていなかったことだ。
おそらく泣けないだけだけど……今の俺達に、泣く気力があるのかも疑問だ。
その代わりに、信じたくないと、この現実から逃げ出したいと、揃いも揃って打ちひしがれている表情を、俺達は浮かべていた。
何でだよ、何で君は、そんな風に平然としていられるの?
何で相談してくれなかったの、何か方法があったかも……そんな風に、ゾーイを責める言葉が出かかっては消える。
相談したから何なのか、けど、これはあまりにも残酷だ。
最高の未来の代償がどうして、よりによって君なんだろうか。
「さてと、それじゃ、最後の最後であたしの作戦を崩して、出し抜いたご褒美として、この他でもないゾーイ・エマーソン様から直々に、あんたら一人ずつに有難いお言葉を授けよう。もれなく、末代まで語り継ぎなさいよね?」
そして、また懲りずに響く、見事にこの場にそぐわない君の声が。
俺は、俺達はゾーイへと視線を移す。
この期に及んで言葉とは……また予想外の無茶ぶり? それとも皮肉混じりの優しさ? そんなの要らないよ。
俺達は君と未来を生きたいんだ、それ以外のモノなんて……そう思ってた。
「それじゃ、最初はソニアね?」
「……聞きたくない」
「はあ? 何をへそ曲げてるのよ?」
「何で……こんな時まで……ッ!?」
無理だ、限界だ、明日からどうやって生きたらいいの?
そんなマイナスな言葉ばかりが、頭に浮かんでいて、ソニアも涙目でゾーイに文句を浴びせようとしたであろう、その時には……ソニアは、ゾーイの腕に包まれていた。
本当に君は俺達の心を弄んで翻弄するのが天才的だよ。
今まで、そんな優しい顔を浮かべたことなんてないクセに……
「ソニアは、裏表がなくて、誰にでも臆せず振る舞えて、こうと思ったら突き進める行動力があるよね。少し無鉄砲なところもあるけど、それは、あんたの最大の武器だと思う」
「……何、急に……!」
「あたし達の誰より体が小さいのに、その存在は大きくてさ、あんたの小さな腕にはすごく助けられてたよ?」
「ね、やめ……ゾー、イ……」
「ソニア、頑張れ?」
「どう……して、今よ……! 何度も褒めるチャンスはあった、し……ゾーイの、大バカ野郎おおお……!!」
ソニアは、その場に泣き崩れ、そんなソニアのことを、ゾーイはしっかりと抱き締める。
本当に何で、今なの、今までずっと遠回しで、俺達のことを褒めるなんてなかったじゃんか……まるで、これが本当に最後みたいじゃんか。
「じゃあ、二番手はシンかな?」
「は、はあ!? お、俺は……」
「シンは……やっぱり、ムカつく顔って印象かな?」
「おう、そうか……ありが、ああ!? この流れでそれなのか!?」
ソニアの頭を優しく撫でると、ゾーイは次にシンに向き直る。
激しく狼狽えるシンだが、ゾーイはお構いなしにシンの前に歩み寄り、そして容赦のない言葉を浴びせた。
「フフッ、そうやってノリのいいとこがあんたの長所だけど、何より、シンの技術は一級品だよ。それは空島の誰にも負けないって、あたしは断言する。あと、あたしのどんな無茶ぶりにも、あんたは満点以上で応えてくれた。そんなの、誰にでもできることじゃないから、自分のこと、もっと誇っていいんだよ?」
「おっと……急に褒め殺しだ、な……」
「シン、頑張れ?」
「うん……俺、すげー奴になるよ! それで、いつでもゾーイから無茶ぶりに応えられ……る、ように……!!」
シンは、空を見上げながら……涙が零れないようにしながら、ゾーイを抱き締める。
この先もずっと、俺達はゾーイからの無茶なオーダーに振り回されるんだろうと思ってた……その先にはどんなことが待ってるんだろうと、思ってたんだ。
「美人は怒ると怖いね、デルタ?」
「うるせえよ! 今の俺は本気で、ブチ切れてるんだからな……!」
シンの背中を優しく叩いて、ゾーイはデルタに笑いかける。
そんなゾーイに、デルタはこれでもかと怒りをぶつけるのだが、言葉とは裏腹に、デルタはゾーイを抱き締めていた。
「前から思ってたけど、本当にデルタは綺麗な顔してるよね?」
「……惚れたか?」
「ずっと前から、あんたの人間性には惚れてるよ。夢ができたって聞いて、実を言うとすごく嬉しかった。あんたは人より、何倍も幸せになれるはずだから、絶対に叶えられるって信じてる。デルタの料理は魔法みたいだもの。あんたの料理を食べると、嫌なこととか、疲れとか全部忘れられた。きっと、多くの人から愛されるお店になるよ」
「わかった。必ず、叶えるよ……!」
「デルタ、頑張れ?」
「ゾーイ? 一度でいいからさ、食いに来いよ……! 何十年でも、俺……ずっと待ってるから……食いに来いよ……!!」
デルタはゾーイと額を合わせて、涙でぐちゃぐちゃになりながら笑う。
集まろうよ……大人になってもまた全員でデルタの料理を囲みながらさ、夜通し語り明かそうよ、頼むから……!
「アラン? 今にも、視線だけで殺されそうなんだけど?」
「……元々こういう顔だ」
デルタの涙をすくうと、ゾーイは隣のアランの形相に肩を竦める。
そんなアランは、出会った時のような鋭い目でゾーイを睨んでいたが……
「アランのことは、共通点が多くて、心のどこかで、双子みたいに思ってたんだけど、不器用で誤解されやすくて、一番個人的には目が離せなかったかな」
「……そりゃ、初耳だ」
「うん、初めて言った。けど、アランが後ろにいたり、あたしの目を見て頷いてくれると、安心するようになってた。精神的支柱にしてたんだと思うの、絶対に守ってくれる……おわっ!? アラン?」
もう我慢の限界だとでも、全身で叫ぶように、ゾーイを抱き寄せたアランの両手は震えていた。
「……ここにいろ。離れるなよ」
「アラン、頑張れ?」
「行くな……どこにも、行くな……! 俺の目の届くとこにいないと、お前のこと守ってやれないだろうが……!!」
アランは声も震えていた……出会ったその瞬間から、ゾーイに俺達は守られてばかりで……
遠くない未来では、君と胸を張って隣を歩き、君を守れるようになりたいって思ってたし、それが目標だった。
こんな勝ち逃げみたいなの、卑怯だ。
「泣き虫に逆戻り? ジェームズ?」
「これは……! 僕だっ、て……泣きたくないけ、ど……けどぉ……!!」
アランと体を離して、ゾーイはすでに限界を突破して泣き崩れるジェームズに呆れる。
ジェームズは、まるで自分自身の涙に溺れるようで、言葉が上手く紡げていなくて……
「ジェームズは、この長い旅で一番成長したんじゃないかな? 出会った時は、あんなに震えて、最初に死にそうだったクセに、本当に見違えた。もう、あんたは名前負けなんてしてないよ。この空島の未来を背負っていく人間として、安心して任せられる」
「うん……ありがとう、本当に……!」
「あとさ、あたし達以外の誰にも、ジェームズって呼ばせないでって無茶ぶりをしたら、叶えてくれる?」
「うん……うん……!! うん、誰にも呼ばせないよぉ……」
「ジェームズ、頑張れ?」
「……僕! 必ず、空島の未来を、最高のものにしてみせるよ! ゾーイが、命懸けで繋いでくれたこの未来を!」
一度は涙を止め、そう宣言したジェームズだけど、すぐにまたその目には涙が溢れ、そんなジェームズのことをゾーイは呆れながら抱き締めた。
そんなの反則だよ、俺達以外にはジェームズって呼ばせるななんて……無茶ぶりでも何でもないじゃんか。
「さてと、お待ちかね? モーリス」
「別に待ってませんよ」
「これはこれは……あいかわらずの冷血眼鏡っぷりですな?」
「あなたはなぜ、最後までこんなに無茶苦茶なのですか」
ジェームズの髪をぐしゃぐしゃと撫で終わると、ゾーイはモーリスにニヤリと笑う。
対するモーリスは、終始無表情だ。
「モーリスは、血の通った人間になったよねって思うんだ。すごく顔が優しくなって、人間らしくなったよ。その上で、あんたの中の二番手として誰かのことを支えるって能力を発揮したら、その時は誰も真似できないようなすごいことが実現するんだろうなって……それを、あたしはすごく期待してる」
「最後の最後まで……あなたは私に、プレッシャーをかけるのですね」
「ごめんな?」
「謝るのは! 卑怯です……よ……!」
「モーリス、頑張れ?」
「本当にあなたは……!! せめて、見守ると、見守っていると、私達全員と約束をしてください! お願いです……!!」
今まで聞いたことのない大声で、モーリスはゾーイに必死に縋るが、君は、見守るという言葉に頷かなかった……約束はできないとでも言うように。
代わりに、ゾーイはモーリスを慰めるように優しく抱き寄せた。
ゾーイ? 嘘をつくならさ、こういう時なんだよ?
嘘でもいいからさ、見守ってるよって言ってよ……そしたら頑張れるんだよ。
「意外や意外、ここまで全員が顔面大洪水なのに、あんたはいつも通りに濃い顔してるじゃん? ハロルド」
「濃い顔……!? き、君は……本当に、少しは言葉を選ぶべきだ!」
「選んだ上でのこれですけど?」
「選ばなかったらどう……いや、聞くのはやめておこう」
モーリスの肩を軽く叩き、次はと視線を移したところで、ゾーイは面白そうに笑う。
ゾーイの言う通り、ハロルドはまったく泣いておらず、二人は普段通りのやり取りを繰り広げる。
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「ハハハッ! そんな予感は、とっくにしていた! しかし、このハロルド・早乙女、どんな言葉でも大海原のごとく受け入れてみせると……」
「まず、そういう言い回しが面倒で顔と合わさると暑苦しくて、耐え難いわ」
「そ、想像以上の破壊力だ……」
「あと、根本的にあんたは言葉と実力が伴わない典型よね? 取り返しがつかなくなる前に、直すことを勧めるわ」
「う、うぐ……!!」
「そうそう、それから……」
「まだあるのか!?」
「あんたはいつも全力で、正直、その姿勢に何度助けられたかわからないわ。ハロルドと話をすると、自然と前向きになれるのよ。本当に大海原ぐらいの懐の深さは持っているなって、結構尊敬してたのよね。何より、どんな時でも誇りを忘れないあんたの存在は、時々あたしには眩しいくらいだった」
「え? あ、いや……え……?」
途中までは、同情も追いつかないほどの言われっぷりで、ハロルドの顔は瞬く間に青ざめて俯いていった。
けど、ゾーイのその言葉に、何とも間の抜けな声と同時に、ハロルドが顔を上げた先には、穏やかに微笑むゾーイ。
「ハロルド、頑張れ?」
「む、無論だ! この、ハロルド・早乙女の名において誇りを……ほこ、りを……死ぬま、で……誓う、と……!!」
結局は耐えられないのかと悪態を吐き捨てながらも、ゾーイは我慢してた涙が溢れたハロルドのことを、力いっぱい抱き締める。
耐えられるわけないよ、今までの自分の言動振り返りなよ。
君からそんなことを言われて、何も感じない奴は、俺達の中にはいないよ?
「お次は、我らがリーダー様々ね!」
「……そうね」
「ビシッと決めてくれる?」
「……ごめん、ゾーイ。それは、多分だけど……む、り……!」
泣きじゃくるハロルドに、笑ってデコピンを食らわすと、ゾーイはクレアに軽口とともに向き直る。
しかし、クレアはゾーイと目が合った途端に泣き崩れてしまう。
「やっぱり、クレアをリーダーにして大正解だったよ」
「……ああっ、ほんと、に……!」
「クレア? あくまで、あたし個人の意見だけど、あんたは上に立つべき人間だと思うんだよね」
「え……わた、し……が……?」
「うん。真面目なとこ、優柔不断なとことか、他にもたくさんのクレアの長所と短所は、誰かを導くための天性のものだと思うの」
「……そ、う……できる、かな……!」
「クレア、頑張れ?」
「ゾー、イ……! わた、し、あなたに出会えて……よかっ、た! この時代に来て、くれて……ありがと……!!」
言葉を一所懸命に紡ごうとするクレアのことを、ゾーイは慈愛に満ちた表情で抱き締める。
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幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
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毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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