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第五章 ゾーイ・エマーソンの正体
俺達は君が大好きだ【下】
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「ありゃま、こっちも泣き虫か?」
「ぞぉ……ヤダ、よ……こんなの……!!」
「菜々美? せっかくの可愛い顔が台無しですけど?」
「ゾー、イ……!! ヤダァ……!! もう会えないなんて、嫌だよぉ!!」
クレアの頬を優しく撫でると、次のゾーイの視線は菜々美に向いていた。
すでに嗚咽だった菜々美だが、ゾーイと目が合った途端に、さらに涙は溢れ出し、ゾーイに一直線に抱き着いた。
「菜々美、聞いて? あんたは、人一倍愛情に溢れた優しい人間だと思うんだ」
「うん、聞いてるよ……ゾーイ……!」
「ありがとう。そのあんたのまっすぐな愛情をさ、あたしみたいな寂しい人間に分け与えたり、愛する喜びとかを教えてあげてほしいの。そして、溢れんばかりの愛情で包んで、救って? 菜々美にはそれができると思うから」
「わか、た……! ゾーイが、そう願うのなら……わた、し……」
「菜々美、頑張れ?」
「ゾーイ……! 私、ずっと、私がおばあちゃんになっても、ゾーイのこと、大好き! 大好きだよおおおお……ッ!!」
これ以上ないほど、菜々美はゾーイに自分の愛を惜しみなく捧げ、それをゾーイは何度も頷いて受け止めた。
俺達の間にあるこの気持ちは、好きだとか嫌いとか、とっくの昔にそんな次元じゃなくなっていた。
これをきっと、愛と呼ぶんだろうな。
そして、俺達にこのかけがえのない愛をくれたのはゾーイで……それを俺達は君に返していきたかったよ。
「あー、王子様の泣き顔は民に見せられませんな?」
「うん、すごく情けないしね……」
「そう思うなら、涙止めてみます?」
「ははっ……ゾーイそれはちょっと、無茶ぶりすぎるよ……ッ!」
菜々美にあたしも大好きだと、愛を告げて、ゾーイはサトルを見る。
サトルは男も俺が見惚れるほど、綺麗に笑いながら泣いていた。
「サトル? 独りじゃないって、絶対に忘れないでね? もし迷ったら、誰かに頼っていいんだよ? 少しでも無理だと思ったら、休んでいいんだからね?」
「……うん」
「どうかした?」
「ねえ、ゾーイ。まだ僕は、君に何も返せていないよ……?」
ゾーイからの言葉に、サトルは虚ろな表情で返事をし、真っ赤になった目でゾーイに問う……不安だと、その目は全身全霊で訴えているようだった、けど……
「大丈夫。あんたがこれから、最高の国王になることこそが、あたしへの最高の恩返しだし、それはサトルには、絶対に叶えられることだから」
「君には、最後まで……何かをもらってばかりだね……!」
「サトル、頑張れ?」
「ゾーイ・エマーソン、君と出会えたことは、僕の一生の財産だ……! 君のことは死ぬまで……いや、死んでからも忘れないよ……絶対だ……!!」
とめどなく溢れて出てくる己の涙をサトルは何度も拭いながら、ゾーイに下手くそな、全然強がりにもならない笑顔で告げるのだ。
けれど、それをゾーイは同じく笑顔で受け止めてあやすように抱き締める。
ああ、そうなんだよね……ゾーイには並々ならぬ恩がある、それを返すために精一杯生きていかなきゃダメだと、頭ではわかってる。
それがゾーイは一番喜ぶとわかってるのに、全然前を向けないんだよな……
「真由? ほら、おいで?」
「う、ああ……!! ゾオオオイイ……!!」
サトルと激励の意味でのハイタッチを交わすと、ゾーイは真由のことを呼んで両手を広げる。
その中に真由は迷うことなく、涙を流しながら飛び込むのだ。
「真由? ネタばらしすると、あたし真由から怒られるのが、嬉しかったんだよね? あんなに心配して、本気で怒ってくれる人とかいなかったからさ。今思うと、わざと困らせてたかもだ」
「何だ、それ……最低じゃ、ん……!」
「そうね。許して? 真由はさ、絶対に素敵な奥さんと、お母さんになると思うの。それで笑顔が溢れる家庭を作ってると思うんだ」
「しょうが……ないな……許す……!」
「真由、頑張れ?」
「わかった。幸せになる……けどね、ゾーイと過ごしたあの日々も、私にとって最高に幸せな時間なんだよ……!!」
真由はゾーイの頭を撫でながら、ゾーイも真由の頭を撫でながら、二人は抱き締め合う。
今思うと、ゾーイが懇願した日々を俺達はゾーイに与えられたのかもな。
そうだったらいいと、俺は強く願う。
「はあ……望もか。泣くための顔の筋力あったんだね?」
「どこ、までも……お前は、ほん、とにムカつく……よなぁ……」
「泣きながら言っても、迫力皆無ね?」
「うる……せ、えよ……! 止まら、ねえんだよ……! 全然!」
真由とゾーイは指切りをし、ゾーイは何とも禍々しいオーラを放つ望に、通常運転の煽りをぶつける。
望も必死に反抗するが、ゾーイの言う通り迫力はまるでなかった……こんなに望が泣いてるとこ、初めて見たな。
「望は、口と態度が悪いことがすごく難点かな? それ以外は、これ以上ないほど高評価なのに」
「喧嘩……売っ、てんのか……!」
「真面目によ? 望は夢ある? そんな急げとは言わないけど、いつか見つけてほしいな。あんたはさ? 神様から外見とか能力を含めて、ものすごくいいものばかりを与えられたんだから、可能性は
無限大だよ? それを存分に活かして、最後は笑って死ねるような人生を送ってほしいのよ、あたしは」
「夢なら、ある……世界で一番好きな奴と、一生を共にすることだ……」
「そっか」
「……ああ、そうだ」
怒ってるのか、泣いてるのか、感情がぐちゃぐちゃになってる望は、ゾーイの夢という言葉に動きを止め、まっすぐにゾーイを見つめ、そう吐き出す。
それを受け取ったゾーイは、意味を理解したのだろう……短く返事をした。
それに対して望も、それ以上は何も言わなかった。
「望、頑張れ?」
「……ゾーイ、好きだ……! 俺、お前のこと、バカみたいに好きだ……こんなに誰かのことを……! 好きになれると思わなかった、ありがとう……!!」
二人のやり取りは、俺の方が胸が張り裂けそうだった。
離さないと言わんばかりに、望はゾーイを抱き締めて、必死に言葉を紡ぐ。
すぐ側に愛する人がいる幸せに、俺は心から感謝しなければならないなと、目の前の光景を見て、そう思った。
「さーてと! 華々しくトリを飾るのはあんたよ、昴?」
「……何か、怖いな」
「何でよ? ここまで、特に何も悪いこと言ってないでしょうよ」
「まあ、そうだね……」
抱き締めて離さない望のことを、軽く小突いて、ゾーイはいい笑顔と大げさな芝居がかった仕草とともに、ついに俺に視線を移す。
俺は思わず、苦笑いを零していた。
まさか、この流れで俺が最後になろうとは思わなかったな……
「おお! 昴は、泣いてないんだね?」
「あー、泣く気力もないというか、心の傷が深すぎるというか……」
「これまた、繊細だこと」
「……ゾーイも、泣いてないじゃん」
「あたしは泣かないわよ。そう簡単に」
「今、泣かなかったら、泣かないままで人生終わるよ?」
「それもそうね、盲点だったわ」
何の話をしているのだろうか……俺は途中から、わからなくなった。
さっきまでクライマックス中のクライマックスの場面だったのに……ゾーイの普段通りすぎるテンションに、流されたのが原因だな。
ゾーイの言葉通り、俺はこんな状況なのに、まだ泣いていなかった。
大して長くは生きてはいないが、ここまで苦しくて、心に風が吹き抜けていくような感情は人生で初めてなのに、どうしてか涙は流れてくれなかった。
おそらく、俺はまだ実感がないのだ。
「本当に、消えるの……?」
そのせいなのか、気付けば、ゾーイにそんなバカみたいな質問をしていた。
「……昴はさ、あたし的にだけど、一番人間らしいなって思うんだよね」
しかし、ゾーイは、少しだけその透き通る青い瞳を見開いた後に、まったく脈略のない返事をしてきたのだ。
「……え? あ、俺が?」
「そうよ。それと同時に、あたしと一番正反対だなって思ってて……本当に、世話になりっぱなしだったなって」
「世話? え、まったく覚えがないんだけど……というか、俺の方がゾーイには助けられっぱなしだったよ?」
「まあ、明確にこれをされたっていうことはないのよ。全部、あんたの中では無意識だろうし?」
さらに続く言葉にも、まるで覚えがなく俺が戸惑っていると、ゾーイは淡々と答えていく……無意識って……?
「昴は、あたしがほしい時にほしい言葉をくれて、側にいてほしい時に側にいてくれて、そんな当たり前のことをしてくれたんだよ?」
「ごめん、全然理解が……」
頭にハテナマークが浮かぶ俺を悟ったのか、ゾーイは話を続けた。
それでも、申し訳ないけど理解できなくて気まずくて俯くと、頭上からゾーイの少し悩む声が聞こえる。
「人間はさ、何かの感情に偏る生き物だと思うんだよ。怒るのができても、泣くことが苦手だとか、上手く笑えないとかあると思うの。けど、昴はそれを満遍なく表現できるから、すぐに誰とでも仲良くなれる。このサバイバルにおいて、昴は必要不可欠な存在だったと、あたしは思ってるのよ」
その言葉に、俺は地上を発つ前のレオ達の言葉を思い出していた。
架け橋……ゾーイは、俺のことをそう表現してくれたと。
「言葉にまとめるなら、仲間作って敵を作らずかな? 地味で目立たないけど、昴は立派な縁の下の力持ちを地で行くタイプかなって思うのよ。それって、人間には大切なことだと思うからさ……あたしは、すごくあんたに感謝してるの」
嘘偽りないと語る目に、俺は心の中が熱くなる気がした。
「俺ね……ゾーイのことが、ずっと羨ましかった」
「うん、そっか」
「俺って凡人だから、人の顔色を伺うことが癖で、それで波風立てないように生きてきたんだ。それでも、望とサトルの側にいると、劣等感は半端なかったんだけど、どうにか保ってた。けれど、君に出会ったことで、俺の中の何かが弾けた気がした……」
「なるほどね……」
「こんなに自由自在に、何かを変えて突き進める人間がいるんだって……そう思ったら、それまでの自分がちっぽけに思えてしょうがなかった。それで、俺もどうにか変らないとって変に焦るけど、上手くいくわけなくて、ずっと溺れてる感覚に近かったかもしれないな」
「……うん」
変な話をしていると思ってた、こんな時にコンプレックスの根源であるゾーイに話をするのはおかしいって……
それでも、俺の口は止まらなくて、ゾーイは、ずっと聞いてくれていた。
俺はゾーイみたいに生きて、ゾーイのような特別になりたかった。
一歩前を歩いてみたかった、違う景色を見たかった、強くなりたくて、追い越したくて、けど……
「けど、そんな俺でも、ゾーイがそのままの俺に助けられたって言うなら、俺はこのままでいいのかな?」
他でもない君が、俺のことを認めてくれるのならばいいのだろうか?
そう告げると同時に、ゾーイは俺のことを抱き締めてくれていた。
「むしろ、そのままでいてくれ!」
「……うん」
「昴、頑張れ?」
「ゾーイ……数えきれないほどの感情と思い出を、ありがとう……!!」
気付くと、俺は泣いていて、ゾーイを力の限り抱き締めた。
当たり前が夢だった……ゾーイと長期休みにどこかに出かけること、ゾーイと死ぬほど写真を撮ること、ゾーイとテスト勉強に頭を悩ませること、ゾーイとナサニエルを卒業すること。
そんな当たり前の未来を、俺達は君と歩みたかった。
ずっと、一緒にいたいだけなのに……
「それと、さっきの質問だけど……もう時間みたいだわ」
その声に俺がゾーイの体を離すと、ゾーイは両手どころか、もう全身が透けてしまっていた。
「ゾーイ? ね、ねえ、体が……!!」
俺が悲鳴のような声で叫ぶと、ゾーイは飛び上がって宙を一回転し、自分のことを囲む俺達の輪の中から、一瞬にして抜け出し……そして、振り返る。
「あんたらが生きてくれて、本当によかったわ!」
ゾーイは、最後まで笑顔で、希望が溢れんばかりの笑顔で、そう告げたのだ。
「ゾーイ、待っ……!!」
とっさに俺は、俺達は全員でゾーイに手を伸ばしたのだが……
「生きろよ? 何だかんだ、あんたらのこと愛してるからさ!」
やがて、君は光に吸い込まれた――
「ゾオオオオオオオオオオオオオイイイイイイイイイイイッ……!!!!」
最期の最期で、君は俺達の幸せと未来を願って、そして消えた。
どこまで君は自分中心で、残酷で、気高いのだろうか……
一年にも満たない君との時間は、俺達にはあまりにも偉大で――
そんな君のいなくなった未来を俺達に生きろと言うの?
俺達は君が消えた場所の空気を抱き締めて、声が枯れるほど泣き続けた。
誰も帰ろうと言わなかったし、ここを離れようとしなかった。
君がいない事実を受け止めたら、今度こそ君が消えてしまいそうで、ものすごく怖かった。
――ああ、そっか。だから、君は俺達を遠ざけていたんだね?
君はいずれ、別れが訪れてしまうことを知っていたから、君は誰も自分のテリトリーに踏み込ませなかったんだ。
俺達を置いて行くと、誰より君自身がわかっていたから……
君は不器用でわかりにくい遠回しの愛情を注ぐだけ注いて、この世の何にも執着せず生きて、去っていった。
もう一度会えるよねなんて、そんな期待すら残さず、許さず、まるで忘れてくれと言わんばかりの別れ方をして……
バカだよ、誰も君のことを忘れられるはずなんてないのに――
2959年、ゾーイ・エマーソンは俺達の前から消えてしまった。
「ぞぉ……ヤダ、よ……こんなの……!!」
「菜々美? せっかくの可愛い顔が台無しですけど?」
「ゾー、イ……!! ヤダァ……!! もう会えないなんて、嫌だよぉ!!」
クレアの頬を優しく撫でると、次のゾーイの視線は菜々美に向いていた。
すでに嗚咽だった菜々美だが、ゾーイと目が合った途端に、さらに涙は溢れ出し、ゾーイに一直線に抱き着いた。
「菜々美、聞いて? あんたは、人一倍愛情に溢れた優しい人間だと思うんだ」
「うん、聞いてるよ……ゾーイ……!」
「ありがとう。そのあんたのまっすぐな愛情をさ、あたしみたいな寂しい人間に分け与えたり、愛する喜びとかを教えてあげてほしいの。そして、溢れんばかりの愛情で包んで、救って? 菜々美にはそれができると思うから」
「わか、た……! ゾーイが、そう願うのなら……わた、し……」
「菜々美、頑張れ?」
「ゾーイ……! 私、ずっと、私がおばあちゃんになっても、ゾーイのこと、大好き! 大好きだよおおおお……ッ!!」
これ以上ないほど、菜々美はゾーイに自分の愛を惜しみなく捧げ、それをゾーイは何度も頷いて受け止めた。
俺達の間にあるこの気持ちは、好きだとか嫌いとか、とっくの昔にそんな次元じゃなくなっていた。
これをきっと、愛と呼ぶんだろうな。
そして、俺達にこのかけがえのない愛をくれたのはゾーイで……それを俺達は君に返していきたかったよ。
「あー、王子様の泣き顔は民に見せられませんな?」
「うん、すごく情けないしね……」
「そう思うなら、涙止めてみます?」
「ははっ……ゾーイそれはちょっと、無茶ぶりすぎるよ……ッ!」
菜々美にあたしも大好きだと、愛を告げて、ゾーイはサトルを見る。
サトルは男も俺が見惚れるほど、綺麗に笑いながら泣いていた。
「サトル? 独りじゃないって、絶対に忘れないでね? もし迷ったら、誰かに頼っていいんだよ? 少しでも無理だと思ったら、休んでいいんだからね?」
「……うん」
「どうかした?」
「ねえ、ゾーイ。まだ僕は、君に何も返せていないよ……?」
ゾーイからの言葉に、サトルは虚ろな表情で返事をし、真っ赤になった目でゾーイに問う……不安だと、その目は全身全霊で訴えているようだった、けど……
「大丈夫。あんたがこれから、最高の国王になることこそが、あたしへの最高の恩返しだし、それはサトルには、絶対に叶えられることだから」
「君には、最後まで……何かをもらってばかりだね……!」
「サトル、頑張れ?」
「ゾーイ・エマーソン、君と出会えたことは、僕の一生の財産だ……! 君のことは死ぬまで……いや、死んでからも忘れないよ……絶対だ……!!」
とめどなく溢れて出てくる己の涙をサトルは何度も拭いながら、ゾーイに下手くそな、全然強がりにもならない笑顔で告げるのだ。
けれど、それをゾーイは同じく笑顔で受け止めてあやすように抱き締める。
ああ、そうなんだよね……ゾーイには並々ならぬ恩がある、それを返すために精一杯生きていかなきゃダメだと、頭ではわかってる。
それがゾーイは一番喜ぶとわかってるのに、全然前を向けないんだよな……
「真由? ほら、おいで?」
「う、ああ……!! ゾオオオイイ……!!」
サトルと激励の意味でのハイタッチを交わすと、ゾーイは真由のことを呼んで両手を広げる。
その中に真由は迷うことなく、涙を流しながら飛び込むのだ。
「真由? ネタばらしすると、あたし真由から怒られるのが、嬉しかったんだよね? あんなに心配して、本気で怒ってくれる人とかいなかったからさ。今思うと、わざと困らせてたかもだ」
「何だ、それ……最低じゃ、ん……!」
「そうね。許して? 真由はさ、絶対に素敵な奥さんと、お母さんになると思うの。それで笑顔が溢れる家庭を作ってると思うんだ」
「しょうが……ないな……許す……!」
「真由、頑張れ?」
「わかった。幸せになる……けどね、ゾーイと過ごしたあの日々も、私にとって最高に幸せな時間なんだよ……!!」
真由はゾーイの頭を撫でながら、ゾーイも真由の頭を撫でながら、二人は抱き締め合う。
今思うと、ゾーイが懇願した日々を俺達はゾーイに与えられたのかもな。
そうだったらいいと、俺は強く願う。
「はあ……望もか。泣くための顔の筋力あったんだね?」
「どこ、までも……お前は、ほん、とにムカつく……よなぁ……」
「泣きながら言っても、迫力皆無ね?」
「うる……せ、えよ……! 止まら、ねえんだよ……! 全然!」
真由とゾーイは指切りをし、ゾーイは何とも禍々しいオーラを放つ望に、通常運転の煽りをぶつける。
望も必死に反抗するが、ゾーイの言う通り迫力はまるでなかった……こんなに望が泣いてるとこ、初めて見たな。
「望は、口と態度が悪いことがすごく難点かな? それ以外は、これ以上ないほど高評価なのに」
「喧嘩……売っ、てんのか……!」
「真面目によ? 望は夢ある? そんな急げとは言わないけど、いつか見つけてほしいな。あんたはさ? 神様から外見とか能力を含めて、ものすごくいいものばかりを与えられたんだから、可能性は
無限大だよ? それを存分に活かして、最後は笑って死ねるような人生を送ってほしいのよ、あたしは」
「夢なら、ある……世界で一番好きな奴と、一生を共にすることだ……」
「そっか」
「……ああ、そうだ」
怒ってるのか、泣いてるのか、感情がぐちゃぐちゃになってる望は、ゾーイの夢という言葉に動きを止め、まっすぐにゾーイを見つめ、そう吐き出す。
それを受け取ったゾーイは、意味を理解したのだろう……短く返事をした。
それに対して望も、それ以上は何も言わなかった。
「望、頑張れ?」
「……ゾーイ、好きだ……! 俺、お前のこと、バカみたいに好きだ……こんなに誰かのことを……! 好きになれると思わなかった、ありがとう……!!」
二人のやり取りは、俺の方が胸が張り裂けそうだった。
離さないと言わんばかりに、望はゾーイを抱き締めて、必死に言葉を紡ぐ。
すぐ側に愛する人がいる幸せに、俺は心から感謝しなければならないなと、目の前の光景を見て、そう思った。
「さーてと! 華々しくトリを飾るのはあんたよ、昴?」
「……何か、怖いな」
「何でよ? ここまで、特に何も悪いこと言ってないでしょうよ」
「まあ、そうだね……」
抱き締めて離さない望のことを、軽く小突いて、ゾーイはいい笑顔と大げさな芝居がかった仕草とともに、ついに俺に視線を移す。
俺は思わず、苦笑いを零していた。
まさか、この流れで俺が最後になろうとは思わなかったな……
「おお! 昴は、泣いてないんだね?」
「あー、泣く気力もないというか、心の傷が深すぎるというか……」
「これまた、繊細だこと」
「……ゾーイも、泣いてないじゃん」
「あたしは泣かないわよ。そう簡単に」
「今、泣かなかったら、泣かないままで人生終わるよ?」
「それもそうね、盲点だったわ」
何の話をしているのだろうか……俺は途中から、わからなくなった。
さっきまでクライマックス中のクライマックスの場面だったのに……ゾーイの普段通りすぎるテンションに、流されたのが原因だな。
ゾーイの言葉通り、俺はこんな状況なのに、まだ泣いていなかった。
大して長くは生きてはいないが、ここまで苦しくて、心に風が吹き抜けていくような感情は人生で初めてなのに、どうしてか涙は流れてくれなかった。
おそらく、俺はまだ実感がないのだ。
「本当に、消えるの……?」
そのせいなのか、気付けば、ゾーイにそんなバカみたいな質問をしていた。
「……昴はさ、あたし的にだけど、一番人間らしいなって思うんだよね」
しかし、ゾーイは、少しだけその透き通る青い瞳を見開いた後に、まったく脈略のない返事をしてきたのだ。
「……え? あ、俺が?」
「そうよ。それと同時に、あたしと一番正反対だなって思ってて……本当に、世話になりっぱなしだったなって」
「世話? え、まったく覚えがないんだけど……というか、俺の方がゾーイには助けられっぱなしだったよ?」
「まあ、明確にこれをされたっていうことはないのよ。全部、あんたの中では無意識だろうし?」
さらに続く言葉にも、まるで覚えがなく俺が戸惑っていると、ゾーイは淡々と答えていく……無意識って……?
「昴は、あたしがほしい時にほしい言葉をくれて、側にいてほしい時に側にいてくれて、そんな当たり前のことをしてくれたんだよ?」
「ごめん、全然理解が……」
頭にハテナマークが浮かぶ俺を悟ったのか、ゾーイは話を続けた。
それでも、申し訳ないけど理解できなくて気まずくて俯くと、頭上からゾーイの少し悩む声が聞こえる。
「人間はさ、何かの感情に偏る生き物だと思うんだよ。怒るのができても、泣くことが苦手だとか、上手く笑えないとかあると思うの。けど、昴はそれを満遍なく表現できるから、すぐに誰とでも仲良くなれる。このサバイバルにおいて、昴は必要不可欠な存在だったと、あたしは思ってるのよ」
その言葉に、俺は地上を発つ前のレオ達の言葉を思い出していた。
架け橋……ゾーイは、俺のことをそう表現してくれたと。
「言葉にまとめるなら、仲間作って敵を作らずかな? 地味で目立たないけど、昴は立派な縁の下の力持ちを地で行くタイプかなって思うのよ。それって、人間には大切なことだと思うからさ……あたしは、すごくあんたに感謝してるの」
嘘偽りないと語る目に、俺は心の中が熱くなる気がした。
「俺ね……ゾーイのことが、ずっと羨ましかった」
「うん、そっか」
「俺って凡人だから、人の顔色を伺うことが癖で、それで波風立てないように生きてきたんだ。それでも、望とサトルの側にいると、劣等感は半端なかったんだけど、どうにか保ってた。けれど、君に出会ったことで、俺の中の何かが弾けた気がした……」
「なるほどね……」
「こんなに自由自在に、何かを変えて突き進める人間がいるんだって……そう思ったら、それまでの自分がちっぽけに思えてしょうがなかった。それで、俺もどうにか変らないとって変に焦るけど、上手くいくわけなくて、ずっと溺れてる感覚に近かったかもしれないな」
「……うん」
変な話をしていると思ってた、こんな時にコンプレックスの根源であるゾーイに話をするのはおかしいって……
それでも、俺の口は止まらなくて、ゾーイは、ずっと聞いてくれていた。
俺はゾーイみたいに生きて、ゾーイのような特別になりたかった。
一歩前を歩いてみたかった、違う景色を見たかった、強くなりたくて、追い越したくて、けど……
「けど、そんな俺でも、ゾーイがそのままの俺に助けられたって言うなら、俺はこのままでいいのかな?」
他でもない君が、俺のことを認めてくれるのならばいいのだろうか?
そう告げると同時に、ゾーイは俺のことを抱き締めてくれていた。
「むしろ、そのままでいてくれ!」
「……うん」
「昴、頑張れ?」
「ゾーイ……数えきれないほどの感情と思い出を、ありがとう……!!」
気付くと、俺は泣いていて、ゾーイを力の限り抱き締めた。
当たり前が夢だった……ゾーイと長期休みにどこかに出かけること、ゾーイと死ぬほど写真を撮ること、ゾーイとテスト勉強に頭を悩ませること、ゾーイとナサニエルを卒業すること。
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ずっと、一緒にいたいだけなのに……
「それと、さっきの質問だけど……もう時間みたいだわ」
その声に俺がゾーイの体を離すと、ゾーイは両手どころか、もう全身が透けてしまっていた。
「ゾーイ? ね、ねえ、体が……!!」
俺が悲鳴のような声で叫ぶと、ゾーイは飛び上がって宙を一回転し、自分のことを囲む俺達の輪の中から、一瞬にして抜け出し……そして、振り返る。
「あんたらが生きてくれて、本当によかったわ!」
ゾーイは、最後まで笑顔で、希望が溢れんばかりの笑顔で、そう告げたのだ。
「ゾーイ、待っ……!!」
とっさに俺は、俺達は全員でゾーイに手を伸ばしたのだが……
「生きろよ? 何だかんだ、あんたらのこと愛してるからさ!」
やがて、君は光に吸い込まれた――
「ゾオオオオオオオオオオオオオイイイイイイイイイイイッ……!!!!」
最期の最期で、君は俺達の幸せと未来を願って、そして消えた。
どこまで君は自分中心で、残酷で、気高いのだろうか……
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そんな君のいなくなった未来を俺達に生きろと言うの?
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誰も帰ろうと言わなかったし、ここを離れようとしなかった。
君がいない事実を受け止めたら、今度こそ君が消えてしまいそうで、ものすごく怖かった。
――ああ、そっか。だから、君は俺達を遠ざけていたんだね?
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バカだよ、誰も君のことを忘れられるはずなんてないのに――
2959年、ゾーイ・エマーソンは俺達の前から消えてしまった。
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