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八、祖先の実績 三
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「うわぁっ」
異口同音に龍左衛門と櫛田は叫んだ。
「何だい、化け物でも見るような面をして。二人とも知りあいだろ」
「知りあいっていったって……」
二の句が継げない櫛田に、河童はただ笑って見せた。
「おいらの人魚様、忘れたとはいわせないぜ」
啖呵を切って、河童は甲羅を一同に拝ませた。立派な人魚だ。
「いきなり出てくるな。大事な話の最中だ」
「なら、あらかじめおいらも呼んでおいてくれ」
「後で呼ぶつもりだった。そもそもお前は一言多くて……」
「幹久がどうしたんだ」
櫛田は、遠回しに先を促した。
「幹久は、風魔衆の一人。それは、わしがつきとめました。河童に助けられた大工は、わしからの話を頼元様に伝えました。結果として、風魔衆は全員忍び宿から追放となったのでございます」
「連帯責任か。厳しいな」
批判めいたことを口にした龍左衛門だが、当然の措置とも思わざるを得なかった。
「幹久は、それを逆恨みした。仲間の風魔衆とともに、忍び宿にこっそり出入りするための穴を川から掘った」
川から宿へ穴を掘る……平凡な執念で完遂できる行為ではない。龍左衛門は、桐塚より先に彼らの粘着ぶりに恐れいった。
「肝心なのは、穴の中に、幹久めが隠した血判状でございます」
「血判状とは」
櫛田が、これまでよりずっと強く関心を寄せた。
「同じ物が全部で四枚あります。追放された風魔衆も四人。ここを含め、下流にある四つの忍び宿それぞれに、互いに協力しあって穴を開けます。血判状も、それぞれの穴に隠しております。そして、手はずとともに、忍び宿はもちろん、船宿をも襲って皆殺しとするのでございます」
「それで頼元の顔を潰してやれということか」
櫛田の声音は、お世辞にも好意的とはいえなかった。
「いかにも」
「無関係な人間を山ほど巻きこんで」
「はい」
「ここまできたら、怨霊だぜ」
龍左衛門は、濡れてもないのに身震いした。
「どうして、風魔衆は血判状など残しておいたのだ」
的確な櫛田の問いかけに、右冠者はキッと表情を改めた。
「誰一人として勝手に抜けられないようにするためでございます」
血判状が一枚だけなら、どうにでも改竄が……たとえば自分の名前だけを消すといったことが……できる。そうして仲間を密告する。四枚が船宿ごとに隠されているとなると、残る三枚をそろえない限り、あべこべに自分がやられかねない。
「二百年前の血判状が、どう役にたつ」
櫛田の懸念はなおも途切れない。
「頼元様の御心を無視し、恩を仇で返すようなことをしていた証拠としてお父上に渡しなされ。さすれば、お父上は忍び宿に風魔衆を加えるのはやはり良くないと御公儀に訴えられます」
「昔は昔、今は今だろう」
「今の御公儀が何より重んじるのは血筋にございます。そこが、田沼様との最大の違いでして」
「血筋……」
何とも皮肉な話であった。恋人の死を招いたのは、養子という血筋の話である。川奉行の血筋にばかりこだわる実家に見切りをつけ、家出したのは櫛田自身だ。
「どうして、桐塚は血判状を回収しようとしない」
「知らないからでございます」
「知らないとは」
「二百年前、決行前夜という折に、大阪夏の陣が起きました。四人の風魔衆も戦場に駆りだされ、いずれも討死にしました」
「命賭けで戦ったのだから、風魔衆の追放処分は解かれただろう」
「里の待遇は多少ましになりました。が、頼元様はそこまで甘くはなかったのでございます。泰平の世がやってくるからこそ、最初に厳しい制裁を徹底しておかねばならぬとのお考えでした」
「四人組なのはいいとして、鯉志はどうして復讐から外れたんだ」
龍左衛門としては、優先度第一の質問となる。
「加賀百万石を監視するための宿であるからして、余計な小細工ができぬよう、より念入りに作られたからだ」
「逆にいうなら、他は、鯉志ほどじゃないってことか」
「うむ」
少しは安心できそうな事実が聞けて、龍左衛門は多少なりとも満足した。
「こちらが先に、血判状を回収せねばならん」
櫛田が、話の方向を直した。
「はい」
「と、偉そうに講釈したが、右冠者は泳げないのじゃ」
「ええいっ、左冠者。余計なことをっ」
「わしは事実を申したまで」
「泳げないのは、私も同じだ」
苦笑しながら、櫛田は右冠者を気遣った。
「わしは泳げる。血判状の場所も知っておる」
左冠者は、人間の握り拳ほどの胸を張って見せた。
「人間の姿にはなれないくせに、威張るな」
「そっちこそ、金槌のくせに」
「俺はもちろん泳げるし、一緒にいくつもりだけど、手に水かきがあるから細かい作業はできないよ」
河童が、どうにか左右冠者の喧嘩を収めた。
「わしも、人間ほどの力はない」
左右冠者、河童、そして櫛田までもが、龍左衛門をじっと見つめた。
「え……俺。俺なの」
「舟を出してくれただけでも頭を下げねばならないが、泳げないものはどうにもならない。頼む、龍左衛門」
櫛田が、頭を下げた。龍左衛門にとっては、実にやりにくい展開となった。
「分かりましたよ、俺がやります」
「すまない。こういうときは、割増手当とやらを出すのだろう」
「いや、仕事云々じゃなくて、俺がやりたくなったからやるんです。それより、銭はこれからとても大事になるんですから、無闇に使わないで下さい」
「頼んでおいて恐縮だが、どうしてやりたくなった」
「櫛田様が、血筋に悩むお姿を目にして、知らん顔をするのは江戸の船頭がすたりますから」
「そうか……まことにすまない。ありがとう」
櫛田にまっすぐ見つめられると、おふみとは違ったむず痒さを心に感じてしまう。
「決まったからには、善は急げだろ」
河童が促した。
「暗くなってはいるが、そこはわしがどうにかする」
「息が詰まって土左衛門はなしだぜ」
「大して長く泳がないし、龍左衛門くらい泳げるなら大丈夫だよ」
河童が請け負った。
「こんなことなら、浴衣でも持ってくるんだったぜ。櫛田様、失礼します」
ぼやきつつも、龍左衛門は鉢巻きを外して服を脱いだ。櫛田が息を飲み、ふんどし一丁になった彼の身体を凝視した。
「やると決めたからには遠慮しません。しばらくお待ちを」
いうが早いか、龍左衛門は桟橋から川に飛びこんだ。左冠者と河童も後に続いた。
初秋とはいえ、水は冷たかった。左冠者は、自分から松明よろしく光を放ち、辺りを照らしてくれた。
逃げちる雑魚の群れを過ぎ、緑色の藻をかき分け、龍左衛門は川底にある人の胴体ほどの岩へと至った。水中とはいえ、かなりな重さのはずだ。
河童は、それを無造作にどけた。子どものような顔をしているが、水中では叶う者がいない力持ちだ。
しばらく泥が舞いあがった。それが落ちつくと、二つの小さな車輪のような仕掛けが見つかる。いずれも、手のひらほどの大きさをしていた。石を削ってこしらえたようだ。左冠者は、左側を指さして、自分の身体をぐるぐる回らせて見せた。
龍左衛門が、見様見真似で小さな車輪を回すと、重々しい手応えとともに水が出入りするごぼごぼという音が聞こえた。辺り一面に泡がたち昇る。
しばらくして、音が聞こえなくなると、左冠者は右側について同じように示した。龍左衛門が応じると、ごぼわっと一際大きな泡が浮かび、二つの車輪のすぐ下流に当たる川底に四角形の大きな穴が開いた。左冠者は率先して穴へ進み、龍左衛門と河童は順に後を追った。コの字を縦に置いたような抜け道、いや、抜け水路がしばらく続いた。
「ぶはぁっ」
四角く区切られた水面から顔を出した龍左衛門は、肺の空気をそっくり入れかえた。頭上には板がある。建物の床下に当たる地面を、下からくり抜いたのが想像できた。
「血判状は、手で探って届くところにあるはずだ。わしでは身体がつっかえる」
「分かった」
一尺あるかないかの隙間に、手を突っこむと、かさかさと当たる物があった。
異口同音に龍左衛門と櫛田は叫んだ。
「何だい、化け物でも見るような面をして。二人とも知りあいだろ」
「知りあいっていったって……」
二の句が継げない櫛田に、河童はただ笑って見せた。
「おいらの人魚様、忘れたとはいわせないぜ」
啖呵を切って、河童は甲羅を一同に拝ませた。立派な人魚だ。
「いきなり出てくるな。大事な話の最中だ」
「なら、あらかじめおいらも呼んでおいてくれ」
「後で呼ぶつもりだった。そもそもお前は一言多くて……」
「幹久がどうしたんだ」
櫛田は、遠回しに先を促した。
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「連帯責任か。厳しいな」
批判めいたことを口にした龍左衛門だが、当然の措置とも思わざるを得なかった。
「幹久は、それを逆恨みした。仲間の風魔衆とともに、忍び宿にこっそり出入りするための穴を川から掘った」
川から宿へ穴を掘る……平凡な執念で完遂できる行為ではない。龍左衛門は、桐塚より先に彼らの粘着ぶりに恐れいった。
「肝心なのは、穴の中に、幹久めが隠した血判状でございます」
「血判状とは」
櫛田が、これまでよりずっと強く関心を寄せた。
「同じ物が全部で四枚あります。追放された風魔衆も四人。ここを含め、下流にある四つの忍び宿それぞれに、互いに協力しあって穴を開けます。血判状も、それぞれの穴に隠しております。そして、手はずとともに、忍び宿はもちろん、船宿をも襲って皆殺しとするのでございます」
「それで頼元の顔を潰してやれということか」
櫛田の声音は、お世辞にも好意的とはいえなかった。
「いかにも」
「無関係な人間を山ほど巻きこんで」
「はい」
「ここまできたら、怨霊だぜ」
龍左衛門は、濡れてもないのに身震いした。
「どうして、風魔衆は血判状など残しておいたのだ」
的確な櫛田の問いかけに、右冠者はキッと表情を改めた。
「誰一人として勝手に抜けられないようにするためでございます」
血判状が一枚だけなら、どうにでも改竄が……たとえば自分の名前だけを消すといったことが……できる。そうして仲間を密告する。四枚が船宿ごとに隠されているとなると、残る三枚をそろえない限り、あべこべに自分がやられかねない。
「二百年前の血判状が、どう役にたつ」
櫛田の懸念はなおも途切れない。
「頼元様の御心を無視し、恩を仇で返すようなことをしていた証拠としてお父上に渡しなされ。さすれば、お父上は忍び宿に風魔衆を加えるのはやはり良くないと御公儀に訴えられます」
「昔は昔、今は今だろう」
「今の御公儀が何より重んじるのは血筋にございます。そこが、田沼様との最大の違いでして」
「血筋……」
何とも皮肉な話であった。恋人の死を招いたのは、養子という血筋の話である。川奉行の血筋にばかりこだわる実家に見切りをつけ、家出したのは櫛田自身だ。
「どうして、桐塚は血判状を回収しようとしない」
「知らないからでございます」
「知らないとは」
「二百年前、決行前夜という折に、大阪夏の陣が起きました。四人の風魔衆も戦場に駆りだされ、いずれも討死にしました」
「命賭けで戦ったのだから、風魔衆の追放処分は解かれただろう」
「里の待遇は多少ましになりました。が、頼元様はそこまで甘くはなかったのでございます。泰平の世がやってくるからこそ、最初に厳しい制裁を徹底しておかねばならぬとのお考えでした」
「四人組なのはいいとして、鯉志はどうして復讐から外れたんだ」
龍左衛門としては、優先度第一の質問となる。
「加賀百万石を監視するための宿であるからして、余計な小細工ができぬよう、より念入りに作られたからだ」
「逆にいうなら、他は、鯉志ほどじゃないってことか」
「うむ」
少しは安心できそうな事実が聞けて、龍左衛門は多少なりとも満足した。
「こちらが先に、血判状を回収せねばならん」
櫛田が、話の方向を直した。
「はい」
「と、偉そうに講釈したが、右冠者は泳げないのじゃ」
「ええいっ、左冠者。余計なことをっ」
「わしは事実を申したまで」
「泳げないのは、私も同じだ」
苦笑しながら、櫛田は右冠者を気遣った。
「わしは泳げる。血判状の場所も知っておる」
左冠者は、人間の握り拳ほどの胸を張って見せた。
「人間の姿にはなれないくせに、威張るな」
「そっちこそ、金槌のくせに」
「俺はもちろん泳げるし、一緒にいくつもりだけど、手に水かきがあるから細かい作業はできないよ」
河童が、どうにか左右冠者の喧嘩を収めた。
「わしも、人間ほどの力はない」
左右冠者、河童、そして櫛田までもが、龍左衛門をじっと見つめた。
「え……俺。俺なの」
「舟を出してくれただけでも頭を下げねばならないが、泳げないものはどうにもならない。頼む、龍左衛門」
櫛田が、頭を下げた。龍左衛門にとっては、実にやりにくい展開となった。
「分かりましたよ、俺がやります」
「すまない。こういうときは、割増手当とやらを出すのだろう」
「いや、仕事云々じゃなくて、俺がやりたくなったからやるんです。それより、銭はこれからとても大事になるんですから、無闇に使わないで下さい」
「頼んでおいて恐縮だが、どうしてやりたくなった」
「櫛田様が、血筋に悩むお姿を目にして、知らん顔をするのは江戸の船頭がすたりますから」
「そうか……まことにすまない。ありがとう」
櫛田にまっすぐ見つめられると、おふみとは違ったむず痒さを心に感じてしまう。
「決まったからには、善は急げだろ」
河童が促した。
「暗くなってはいるが、そこはわしがどうにかする」
「息が詰まって土左衛門はなしだぜ」
「大して長く泳がないし、龍左衛門くらい泳げるなら大丈夫だよ」
河童が請け負った。
「こんなことなら、浴衣でも持ってくるんだったぜ。櫛田様、失礼します」
ぼやきつつも、龍左衛門は鉢巻きを外して服を脱いだ。櫛田が息を飲み、ふんどし一丁になった彼の身体を凝視した。
「やると決めたからには遠慮しません。しばらくお待ちを」
いうが早いか、龍左衛門は桟橋から川に飛びこんだ。左冠者と河童も後に続いた。
初秋とはいえ、水は冷たかった。左冠者は、自分から松明よろしく光を放ち、辺りを照らしてくれた。
逃げちる雑魚の群れを過ぎ、緑色の藻をかき分け、龍左衛門は川底にある人の胴体ほどの岩へと至った。水中とはいえ、かなりな重さのはずだ。
河童は、それを無造作にどけた。子どものような顔をしているが、水中では叶う者がいない力持ちだ。
しばらく泥が舞いあがった。それが落ちつくと、二つの小さな車輪のような仕掛けが見つかる。いずれも、手のひらほどの大きさをしていた。石を削ってこしらえたようだ。左冠者は、左側を指さして、自分の身体をぐるぐる回らせて見せた。
龍左衛門が、見様見真似で小さな車輪を回すと、重々しい手応えとともに水が出入りするごぼごぼという音が聞こえた。辺り一面に泡がたち昇る。
しばらくして、音が聞こえなくなると、左冠者は右側について同じように示した。龍左衛門が応じると、ごぼわっと一際大きな泡が浮かび、二つの車輪のすぐ下流に当たる川底に四角形の大きな穴が開いた。左冠者は率先して穴へ進み、龍左衛門と河童は順に後を追った。コの字を縦に置いたような抜け道、いや、抜け水路がしばらく続いた。
「ぶはぁっ」
四角く区切られた水面から顔を出した龍左衛門は、肺の空気をそっくり入れかえた。頭上には板がある。建物の床下に当たる地面を、下からくり抜いたのが想像できた。
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