霧にさおさしあやかしつく夜(完結)

堅他不願@お江戸あやかし賞受賞

文字の大きさ
7 / 34

七、祖先の実績 二

しおりを挟む
 人もあろうに、自分の恋人を手討ちにした仇。

「さかのぼること、二十五年前。藩主の米倉よねくら 昌晴まさはるが、当時の公方であった九代家重公に陳情したのがことの始まりです。昌晴によれば、茶家見川は台風の度に洪水を起こしている。時に自領にまで浸水しているから、埋めたてて欲しいとのことでございました。資金も藩から出すと。洪水云々は事実ながら、建前にすぎません」
「その裏にいたのが、桐塚か」

 吐き捨てるように、櫛田は確かめた。

「いかにも。桐塚は、御公儀の関心が茶家見川から離れたのを幸い、まず茶家見川を埋めるよう運動しました。そうすれば、船宿は潰れ、結果として忍び宿も潰れます」
「関係ない話で申しわけないが、川が埋まっていた間、船宿の人々はどうしていたのだ」
「思い思いに別な仕事につきました。ただ、建物は、希望するならそのままにしておいて良いとのお達しで、いくばくかの宿は川にあわせて商売を再開できたのです」
「なるほど。とはいえ、忍び宿が潰れて桐塚に何の得がある。まさか、武州金沢藩が監視されていたのではなかろう」

 櫛田の疑念を待つまでもなく、武州金沢藩は石高一万石にすぎない。大名であるのに、城さえ持ってない。

「桐塚の、人を超えた狡猾さがそこにございます。明和の大火のあと、新たな火事を起こしました。もっとも、藩主の名誉のためにつけ加えますと、桐塚が独断で起こしたことです」
「か、家老が火つけをやらせたのかっ」

 櫛田が叫ぶのと反対に、龍左衛門は物もいえないほど衝撃を受けた。事実なら、自分の打ち首だけではすまない。

「おっしゃるとおり。御公儀に茶家見川の重要さを見直させるために、あえて一度埋めたて、それから火事を起こしたという次第」
「正気の沙汰じゃない」

 龍左衛門は思わず口にした。茶家見川の火事で、身内が亡くなったり焼けだされたりしたことはない。だが、それでも、忍耐の限度というものはある。

「茶家見川の復活にも、藩から多額の資金が投入されました。御公儀では忍び宿に改めて忍びを入れるかどうかの極秘評定が行われ、藩からも忍びを出そうとしたのでございます」
「そもそも、あの藩にそんな力があったのか」
「櫛田様。ことは、幕閣にまで及んでいます。田沼様が、同藩の支配地に当たる横浜村に注目してらっしゃいます」
「田沼様って……田沼たぬま 意次おきつぐ様か」

 川舟においても、重税の元凶だけに、龍左衛門は聞きずてならなかった。

「他に誰がいる」

 つまらないことで船頭は口を挟むな、といわんばかりの右冠者。

「横浜村とは」

 櫛田は話の手綱をしめた。

「相模藩の海辺にございます。長崎ばかりが、異国と交渉する土地ではないとのお考えで」
「仮にそうだとしても、埋めたてられてから火事まで待つ必要があったのか」
「桐塚は、執念深くも慎重な人間です。十年だろうと二十年だろうと、機会が来るまで待ち続けます」
「どうやって火事を起こした」
「桐塚は、風魔衆の末裔まつえいでございます。血縁者の大半は風魔の技を継承しております。実のところ、かつては茶家見川の忍び宿にも一部は風魔衆が入る予定でした」

 かつて、戦国時代の北条家を支えた恐るべき精鋭の忍び衆。伊賀や甲賀と並び、忍びの代名詞ともなっている。なるほど、風魔なら火つけなどお手のものだろう。

「それで、御公儀に取り入って、忍び宿には風魔衆だけを定宿にさせたのか」
「と、そういきたいのですが、寸前で凍結となっております。桐塚の計画を押しとどめたのが、あなたのお父上でいらっしゃるのです」
「なっ……」

 無理もない。恋人の仇が張りめぐらせている陰謀が、家ごと捨てたはずの父によって食いとめられた格好だ。

「お父上は、櫛田家の使命を忘れてはいません。桐塚は、自分の手勢を忍び宿に入れることで、間接的に諸大名を操るつもりでいます」

 忍び衆は、大藩を潰す情報をさえでっちあげることもできる。桐塚の目論見が進めば、実質的にどこの藩もいいなりとなるしかない。

「櫛田家は、一応、小普請組世話取扱こぶしんぐみせわとりあつかいにはなれた。小普請、すなわち無役の旗本や御家人の取締役だ。そんな閑職で、こんな陰謀を防げたのか」

 かつて、小普請組は城の壁だの瓦だのの修繕を……不定期にではあるが……おこなうべく、命令に応じて人手を自家からだしていた。それも百年ほど前に廃止され、年に二回小普請金を払うのみである。

 小普請組は、禄は貰えても役職はない。だからこそ、小普請組支配の元へいき、役職を得るための面談をおこなう。小普請組世話取扱とは、小普請組支配の部下として、ふだんから担当する一人一人の小普請組の面倒を見るのが仕事となる。

 分家とはいえ江戸の物流にかかわっていた仕事からすれば、閑職そのものだ。

「そこでようやく、お話が戻って参ります。あなた様のご先祖が、家康公から拝領した品が」
「何を授かった」
「葵御紋つきの巻物です。忍び宿を出入りするための符丁を始め、日々の運営から給金の決済方法まで事細かに記してあります。江戸のお城にも寸分違わない写しがございます」
「具体的に、父はそれをどう使った」
「巻物には、茶家見川の忍び宿にいれる者は幕閣でのみ選定すべしとあります。それで、桐塚の野心は一度挫けました」
「父は、もうすでに桐塚の企みを見破っていたのか」
「いえ、茶家見川が復活した時に、念のためにと上申していらっしゃいました」
「にもかかわらず、二度目があるのか」
「その密議のために、桐塚めは品川の岡場所を頻繁に利用しているのです」

 抜きさしならないとはこのことだ。

「で、では一刻も早く……」
「あなた様と、そこの船頭が力を合わせて桐塚と戦っても、返り討ちになるだけでございます。桐塚は老齢にさしかかっておりますが、風魔衆を好きに使えますれば」

 右冠者は、櫛田の焦りを一蹴した。

「しかし……」

 仇討ちは完遂せねばならない。櫛田がその主張を曲げるつもりはないのもまた、明白だった。

「落ちついて、わしの話を最後まで聞いて下され。桐塚を討つには、桐塚の念願であるところの忍び宿について知り尽くしておかねばなりません。まずは知恵で相手をしのぐのが先決でございます」
「忍び宿の中身を語ったら、桐塚がおどおどするのか」

 龍左衛門は、すっかり話に引きこまれて尋ねてしまった。

「そんなはずがなかろう。だから若者は失敗する。年寄りの忠告は黙ってきけ」
「申し訳ない。鐙口のいうとおりだ。ぜひ語ってくれ」

 櫛田が詫びて、龍左衛門は面白くない。しかし、自分だけでどこかへ行くわけにもいかない。結果として黙る他なかった。

「はい。まずは、宿そのものを作る時のいきさつでございます。基本的に、宿の壁を二重にして、その中空に生活のための品々を手配致しました」
「屋根裏はどうした」

 忍びが潜むといえば、屋根裏は定番である。

「そこは、逆に手をつけないように致しました。この先、船宿が栄えると、必ず屋根裏をちょんの間にしようとするだろう、とのことで」
「ちょんの間」
「男女がしけこむ場所ってことですよ」

 櫛田には、あまり下世話な話をしたくない龍左衛門だが、この際仕方ない。

「あ、ああ。なるほど」
「指図(設計図面)を作ったのは、もちろん頼元様です。いざ普請に取りかかるまでに、二つの課題をこなさねばなりません。すなわち、いつも以上に口の固い職人を集めることと、職人の安全を守ることでございます」

 戦国時代に遡るなら、城を造り終えたあと、口封じに大工達が殺されることも当たり前にあった。家康が活躍したのは、そうしたやり方がまだ色濃く残っていた時代である。

「そこは、御公儀が保証しただろうに」

 櫛田がそうした機微に疎いのは致し方ない。

「忍びの中には、疑り深い者もいたのです」
「実際にあったのか、そんなことが」
幹久みきひさという忍びが、この川での溺死を装おうとして、大工の一人を引っぱりこみました。それを……」
「おいらが助けた」

 霧が多少薄くなったかと思うと、ざばぁっと音がした。河童が桟橋に上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏長屋のあやかし(お江戸あやかし賞受賞作)

堅他不願@お江戸あやかし賞受賞
歴史・時代
 主人公・銅吉(どうきち)は、品川に住む若き戯作者である。彼は、幼いころのお百度参りがきっかけで銭霊(ぜにだま)に取りつかれていた。銭霊は、彼に危機が迫ると、前触れなく程度に応じた銭を与える。  折しも田沼時代の絶頂期。銅吉は売れっ子戯作者として名を馳せているが、ここ数ヶ月は思うように筆が進まない。そこへ、銭霊が十両もの大金を部屋の天井からもたらした。  近年にない大きな危機を悟った銅吉は、少しでも功徳があればと願い、十両をそっくり寄進するべく近所にある寺……松森寺(しょうしんじ)に向かう。そこは、まだ幼かった彼が、流行り病にかかった両親のためにお百度参りをした寺である。しかし、善行虚しく両親は死んだ。松森寺とは、孤児となった彼が、大人になるまで世話になった場所でもあった。  銅吉が、こっそりと十両を寺の裏庭に投げいれようとした時。突然現れた一匹の三毛猫が、小判を一枚くわえた。そして、彼に対して『銭霊に見こまれただけあって、うまそうだねぇ。せいぜい頑張りな』と語り、すぐに消えた。  その日の晩、隣の部屋に住む魚の行商人・太助(たすけ)が部屋まで飲みにきた。銅吉は、彼から幽霊が出ると噂になっている墓場について聞かされる。すなわち新たな作品の題材を予期させられた。  これこそ、銭霊が警告する危機の発端であった。  第11回歴史・時代小説大賞にて『お江戸あやかし賞』を受賞しました! ありがとうございます!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...