16 / 34
十六、岩に柔肌 四
しおりを挟む
今度は、河童が背中を守っているのではない。煙侍がその気になれば、一太刀で終わる。だからこそ、本気で激怒している櫛田を説得する気迫が生まれる。
「落とし物ですよ、櫛田様」
龍左衛門は、簪を彼女に見せた。
「しまった。私としたことが……」
「こんな異常ななりゆきなら、仕方ないです。ましてや、小豆とぎとのいきさつといい、誰でも忍耐の限界に来ます」
「気遣い無用。これしきのことでへこたれていては話にならない」
「でも簪は置いておけないでしょ」
「だから刀を収めろとでもいうのか」
「磯女は、俺達がむかっ腹を立てるような仕掛けと、素で刃傷沙汰を起こす仕掛けとを使い分けているんですよ」
龍左衛門は、磯女の一連のやり口からまとめた結論を明かした。
「多分、俺の背後にいる煙侍を殺したら、櫛田様に大きな災いが振りかかるようになっているはずです」
「放っておくのか」
「根っこを断つことが肝心だって……」
説得を重ねながら、ふと気づいた。
「右冠者、ここには忍び宿への秘密の出入口があるんだよな」
「そうだが、それがどうした」
秘密の出入口は、当然、地下道に至る。磯女は、座っていた岩を川底から剥がされて打撃を受けた。
「櫛田様、まず、床に脇差を突きたてて下さい」
「何故そんなことをする」
「お手間はかかりません。俺の考えが間違っていたら、ここをどきます」
櫛田は、床を片膝をついた。脇差では短かすぎて、そうしないと切っ先が届かない。
思いきりやると、切っ先が欠けるかもしれないので、櫛田は軽く当ててからおもむろに力を入れた。
「痛いっ」
磯女の悲鳴が、誰の耳にも届いた。そうなれば、櫛田は決断が早い。ずぶずぶと切っ先を沈めていく。
「ぎゃあああーっ。や、やめろーっ。痛い痛いーっ」
脇差が半分ほど食いこんだところで、辺りの風景が一変した。
龍左衛門達は、桟橋にいる。荒く息を継ぎ、うつ伏せになって手足を痙攣させているのは磯女。
「なぁんだ、みんなここにいたんじゃないか」
甲羅に切れ目が入っているにもかかわらず、河童は拍子抜けした声を出した。
「とどめを……」
「待って下さい」
またしても、龍左衛門は櫛田を止めた。
「この期に及んでまだためらう理由があるのか」
櫛田は、とにかくこの不快極まりないあやかしを抹殺したくてたまらない。
「まだ聞いておくことが残ってます。それがすんだら、俺はもう差出口を叩きません」
それでなくとも、不可解なことばかりだ。どうせあと二つの船着場でも、似たようなことがあるなら、探ることは全て探っておきたい。
龍左衛門がそう考えるのは、忍びや目明かしのような観点からではない。心によぎったのは、綱男……おふみの弟の遺品となった雨笠だった。
綱男は一流の船頭だが、わがままな客に押しきられて死んだ。あの時、綱男は天気が荒れるのを予測していた。しかし、客から横車を押されることまでは予測できなかった。普通、そんなことまで探れるはずがない。綱男に何の落度もないのは、分かりきっている。
探りとは、ただ探るだけではない。入手した事実について、様々に角度を変えて考察を重ねるのも、広い意味での探りだ。
綱男は、法度にでも触れない限り、客の依頼を断らない主義だった。だから、厄介客にどう対処するのかといった知見には、ほとんど興味を示さなかった。一つには、船頭という仕事は火消しとならぶ江戸の華である。つまり、客だからと図に乗った態度を取る人間が、ほとんどいなかったことからも来ていた。
いうまでもなく、おふみにそんな理屈は絶対いえない。あくまで客観的な考察として、自分の頭の中だけで終始している話だ。
「いいだろう」
櫛田は、柔軟な賢明さを示した。
「ありがとうございます。磯女、そろそろ起きろ」
起きろという時に起きないと、櫛田からの制裁が待っている。だから、彼女は両手で身体を支えながら起きた。胸の傷は開いたままだし、左肩にも親指の先端くらいな穴が開いている。やはり、血は出ていない。
「俺の質問に答えてもらう。まず、近山様は何を目的として、お前に血判状を教えた」
「取引きだった。あたしは、教えてもらった代わりにこの船着場に面した船宿と忍び宿を守ることになっていた」
「なら、どうして俺と血判状を交換したがった」
「川の主にもちかけられた。近山との約束を反古にして、自分に力を貸せば、血判状よりもっと良い物をやると」
「もっと良い物」
龍左衛門は、にわかには想像できない。銭や豪邸の類でないと察しがつく程度だ。
「男の魂。あたしの足元にあった男ども。川の主から贈られた」
「岩みたいに見えたのは」
「幻にすぎない」
「川の主は、どうして男の魂なんかをたくさん持っていたんだ」
「大鮫は、川の主になってから何百年もの間に、川で死んだ人間の魂を集めていたから。男だけではない」
「そんなことをして、あいつに何の得がある」
「集めれば集めるほど、人間を操る力が強くなる。そして、自分の遺骨を掘り起こさせ、復活する」
「復活してどうする気だ」
「海の帝になる」
「海の帝……」
話が飛躍しすぎる。まるでピンと来ない。
「海を手前勝手に牛耳るということじゃな」
左冠者が、ここで初めて自分の所見を述べた。
「そう。逆に、誰かが血判状をそろえると、帝どころか下僕にさせられる」
「なら、話がまとまった時点で、血判状なんて破り捨てたら良かったじゃないか」
龍左衛門は、鋭く質問した。
「そういわれた。あたしは、あいつを完全には信用できなかった。それで、あと一人男の魂を手に入れられたら、血判状を廃棄すると川の主に持ちかけた。あいつは承諾した」
「俺達がお前のいいなりになったら、血判状を渡すつもりだったのか」
「いいや。お前達の目の前で引き裂くつもりだった」
龍左衛門は、櫛田をちらっと見やった。無言無表情のままだ。
「仮に、川の主からの持ちかけがなかったら、どうするつもりだった」
「他の持ち主達と血判状をそろえ、川の主に願いごとを叶えてもらうつもりだった」
「願いごと」
「あたしの場合は、裏切り者への制裁だ」
「裏切り者とは」
「あたしは、島原の乱に参加して原城にたてこもっていた」
龍左衛門が生まれる百年以上前の話だ。当時の肥前島原藩主だった、松倉勝家の課しためちゃくちゃな重税とキリシタン弾圧が、一揆を起こした。一揆勢はまたたく間に四万人近い数に膨れあがり、廃城であった原城を修復してたてこもった。一年ほどで乱は鎮圧され、一揆勢の大半は戦死か処刑された反面、幕府側も八千名以上の死傷者を出している。
「じゃあ、お前はキリシタンだったのか」
「違う。遊女だった。出島の近くにいた」
「乱に加わった理由は」
「馴染み客の浪人から、原城にいくのでお前も来てくれといわれた。あたしは、その浪人に惚れていた。だから応じた。でも、城が落ちる少し前、その浪人はあたしを見捨てて幕府に降参した」
全滅したとされる反乱勢も、実際には、最後の決戦までに降参したり逃亡したりする者が一定数いた。
「城が落ちた時、あたしは裏にある崖から身投げして死んだ。でも、気がつくとこんな姿になっていた。男という男を、あたしは憎み、誘惑しては殺して死体を積みあげた」
「どうしてわざわざ江戸まで来たんだ」
「九州の男に飽きた。どうせ殺すなら、江戸の方が良い。見栄っぱりで派手好きな連中ばかりだし」
「来たのはいつだ」
「つい最近だよ。どうせお化けになってしまったんだし、百年かけてのんびり来た」
津々浦々で男を餌食にしながら……とは、聞くだけ野暮だ。
「近山様とはまともに交渉したのは何故だ」
「これまでのどの男にもない、誠意と勇気にあふれた人間だったから。いっておくと、惚れたんじゃない。その逆さ。惚れる必要がない。あたしは初めて、男だ女だを離れた立場で自分を見てもらえたんだ」
櫛田が、はっと目を見開いた。なるほど、櫛田ほどの実力と人格の持ち主が愛するからには、磯女が語るだけの下地があって然るべきだ。図らずも、磯女は、近山の一面を正確に把握していたことになる。
「にもかかわらず、結局お前は近山様を裏切ったな」
「ああ、そうさ。何たって、島原であたしを裏切った男の魂をもらえるんだから。あいつ、はるばる江戸まで来てたんだ。品川の遊女に入れこんで、当の遊女のヒモに殺されてたのさ。ちょうど、この川で」
「川の主は、この川で死んだ人間の魂なら好きにできるのか」
龍左衛門は、櫛田以上に自分の手足が震えるのを意識した。もしそうなら、両親と会う機会がどうにかして生まれるかもしれない。だいいち、磯女は、幻術とはいえ二人を登場させている。
「さあね。裏切り者はそうだった。でも、一から百までそうなるとは確かめてない。いっとくけど、あんたらに見せたのは、あくまであんたらの頭の中にあった思い出や後悔からこしらえた虚像だから。あたしの力で」
「そうだったのか」
何ともいえない、虚しい脱力感に襲われかかった。だが、一人で悲嘆に暮れているわけにはいかない。
「でも、近山が生きているのは、多分間違いないね」
「ほ、本当か」
櫛田は、手にした脇差を放りださんばかりに食いついてきた。
「あたしだってあやかしのはしくれだ。あんたが持っている簪から、わずかなりと感じるんだよ。生きている人間の気配を」
そうだ、返すのを忘れていた。とはいえ、後で良い。
「近山様は、最初からお前がここにいると知った上で接してきたのか」
「知らない。ただ、話しかけてきたのは向こうからだった」
自分や櫛田ではない人間が、どうやって……。そこは、さすがに本人に聞かねばならないだろう。
「近山様は、簪をわざとここに落としたのか」
「それも知らない。あたしも、お前が持ってきてようやく知ったくらいだし」
「落とし物ですよ、櫛田様」
龍左衛門は、簪を彼女に見せた。
「しまった。私としたことが……」
「こんな異常ななりゆきなら、仕方ないです。ましてや、小豆とぎとのいきさつといい、誰でも忍耐の限界に来ます」
「気遣い無用。これしきのことでへこたれていては話にならない」
「でも簪は置いておけないでしょ」
「だから刀を収めろとでもいうのか」
「磯女は、俺達がむかっ腹を立てるような仕掛けと、素で刃傷沙汰を起こす仕掛けとを使い分けているんですよ」
龍左衛門は、磯女の一連のやり口からまとめた結論を明かした。
「多分、俺の背後にいる煙侍を殺したら、櫛田様に大きな災いが振りかかるようになっているはずです」
「放っておくのか」
「根っこを断つことが肝心だって……」
説得を重ねながら、ふと気づいた。
「右冠者、ここには忍び宿への秘密の出入口があるんだよな」
「そうだが、それがどうした」
秘密の出入口は、当然、地下道に至る。磯女は、座っていた岩を川底から剥がされて打撃を受けた。
「櫛田様、まず、床に脇差を突きたてて下さい」
「何故そんなことをする」
「お手間はかかりません。俺の考えが間違っていたら、ここをどきます」
櫛田は、床を片膝をついた。脇差では短かすぎて、そうしないと切っ先が届かない。
思いきりやると、切っ先が欠けるかもしれないので、櫛田は軽く当ててからおもむろに力を入れた。
「痛いっ」
磯女の悲鳴が、誰の耳にも届いた。そうなれば、櫛田は決断が早い。ずぶずぶと切っ先を沈めていく。
「ぎゃあああーっ。や、やめろーっ。痛い痛いーっ」
脇差が半分ほど食いこんだところで、辺りの風景が一変した。
龍左衛門達は、桟橋にいる。荒く息を継ぎ、うつ伏せになって手足を痙攣させているのは磯女。
「なぁんだ、みんなここにいたんじゃないか」
甲羅に切れ目が入っているにもかかわらず、河童は拍子抜けした声を出した。
「とどめを……」
「待って下さい」
またしても、龍左衛門は櫛田を止めた。
「この期に及んでまだためらう理由があるのか」
櫛田は、とにかくこの不快極まりないあやかしを抹殺したくてたまらない。
「まだ聞いておくことが残ってます。それがすんだら、俺はもう差出口を叩きません」
それでなくとも、不可解なことばかりだ。どうせあと二つの船着場でも、似たようなことがあるなら、探ることは全て探っておきたい。
龍左衛門がそう考えるのは、忍びや目明かしのような観点からではない。心によぎったのは、綱男……おふみの弟の遺品となった雨笠だった。
綱男は一流の船頭だが、わがままな客に押しきられて死んだ。あの時、綱男は天気が荒れるのを予測していた。しかし、客から横車を押されることまでは予測できなかった。普通、そんなことまで探れるはずがない。綱男に何の落度もないのは、分かりきっている。
探りとは、ただ探るだけではない。入手した事実について、様々に角度を変えて考察を重ねるのも、広い意味での探りだ。
綱男は、法度にでも触れない限り、客の依頼を断らない主義だった。だから、厄介客にどう対処するのかといった知見には、ほとんど興味を示さなかった。一つには、船頭という仕事は火消しとならぶ江戸の華である。つまり、客だからと図に乗った態度を取る人間が、ほとんどいなかったことからも来ていた。
いうまでもなく、おふみにそんな理屈は絶対いえない。あくまで客観的な考察として、自分の頭の中だけで終始している話だ。
「いいだろう」
櫛田は、柔軟な賢明さを示した。
「ありがとうございます。磯女、そろそろ起きろ」
起きろという時に起きないと、櫛田からの制裁が待っている。だから、彼女は両手で身体を支えながら起きた。胸の傷は開いたままだし、左肩にも親指の先端くらいな穴が開いている。やはり、血は出ていない。
「俺の質問に答えてもらう。まず、近山様は何を目的として、お前に血判状を教えた」
「取引きだった。あたしは、教えてもらった代わりにこの船着場に面した船宿と忍び宿を守ることになっていた」
「なら、どうして俺と血判状を交換したがった」
「川の主にもちかけられた。近山との約束を反古にして、自分に力を貸せば、血判状よりもっと良い物をやると」
「もっと良い物」
龍左衛門は、にわかには想像できない。銭や豪邸の類でないと察しがつく程度だ。
「男の魂。あたしの足元にあった男ども。川の主から贈られた」
「岩みたいに見えたのは」
「幻にすぎない」
「川の主は、どうして男の魂なんかをたくさん持っていたんだ」
「大鮫は、川の主になってから何百年もの間に、川で死んだ人間の魂を集めていたから。男だけではない」
「そんなことをして、あいつに何の得がある」
「集めれば集めるほど、人間を操る力が強くなる。そして、自分の遺骨を掘り起こさせ、復活する」
「復活してどうする気だ」
「海の帝になる」
「海の帝……」
話が飛躍しすぎる。まるでピンと来ない。
「海を手前勝手に牛耳るということじゃな」
左冠者が、ここで初めて自分の所見を述べた。
「そう。逆に、誰かが血判状をそろえると、帝どころか下僕にさせられる」
「なら、話がまとまった時点で、血判状なんて破り捨てたら良かったじゃないか」
龍左衛門は、鋭く質問した。
「そういわれた。あたしは、あいつを完全には信用できなかった。それで、あと一人男の魂を手に入れられたら、血判状を廃棄すると川の主に持ちかけた。あいつは承諾した」
「俺達がお前のいいなりになったら、血判状を渡すつもりだったのか」
「いいや。お前達の目の前で引き裂くつもりだった」
龍左衛門は、櫛田をちらっと見やった。無言無表情のままだ。
「仮に、川の主からの持ちかけがなかったら、どうするつもりだった」
「他の持ち主達と血判状をそろえ、川の主に願いごとを叶えてもらうつもりだった」
「願いごと」
「あたしの場合は、裏切り者への制裁だ」
「裏切り者とは」
「あたしは、島原の乱に参加して原城にたてこもっていた」
龍左衛門が生まれる百年以上前の話だ。当時の肥前島原藩主だった、松倉勝家の課しためちゃくちゃな重税とキリシタン弾圧が、一揆を起こした。一揆勢はまたたく間に四万人近い数に膨れあがり、廃城であった原城を修復してたてこもった。一年ほどで乱は鎮圧され、一揆勢の大半は戦死か処刑された反面、幕府側も八千名以上の死傷者を出している。
「じゃあ、お前はキリシタンだったのか」
「違う。遊女だった。出島の近くにいた」
「乱に加わった理由は」
「馴染み客の浪人から、原城にいくのでお前も来てくれといわれた。あたしは、その浪人に惚れていた。だから応じた。でも、城が落ちる少し前、その浪人はあたしを見捨てて幕府に降参した」
全滅したとされる反乱勢も、実際には、最後の決戦までに降参したり逃亡したりする者が一定数いた。
「城が落ちた時、あたしは裏にある崖から身投げして死んだ。でも、気がつくとこんな姿になっていた。男という男を、あたしは憎み、誘惑しては殺して死体を積みあげた」
「どうしてわざわざ江戸まで来たんだ」
「九州の男に飽きた。どうせ殺すなら、江戸の方が良い。見栄っぱりで派手好きな連中ばかりだし」
「来たのはいつだ」
「つい最近だよ。どうせお化けになってしまったんだし、百年かけてのんびり来た」
津々浦々で男を餌食にしながら……とは、聞くだけ野暮だ。
「近山様とはまともに交渉したのは何故だ」
「これまでのどの男にもない、誠意と勇気にあふれた人間だったから。いっておくと、惚れたんじゃない。その逆さ。惚れる必要がない。あたしは初めて、男だ女だを離れた立場で自分を見てもらえたんだ」
櫛田が、はっと目を見開いた。なるほど、櫛田ほどの実力と人格の持ち主が愛するからには、磯女が語るだけの下地があって然るべきだ。図らずも、磯女は、近山の一面を正確に把握していたことになる。
「にもかかわらず、結局お前は近山様を裏切ったな」
「ああ、そうさ。何たって、島原であたしを裏切った男の魂をもらえるんだから。あいつ、はるばる江戸まで来てたんだ。品川の遊女に入れこんで、当の遊女のヒモに殺されてたのさ。ちょうど、この川で」
「川の主は、この川で死んだ人間の魂なら好きにできるのか」
龍左衛門は、櫛田以上に自分の手足が震えるのを意識した。もしそうなら、両親と会う機会がどうにかして生まれるかもしれない。だいいち、磯女は、幻術とはいえ二人を登場させている。
「さあね。裏切り者はそうだった。でも、一から百までそうなるとは確かめてない。いっとくけど、あんたらに見せたのは、あくまであんたらの頭の中にあった思い出や後悔からこしらえた虚像だから。あたしの力で」
「そうだったのか」
何ともいえない、虚しい脱力感に襲われかかった。だが、一人で悲嘆に暮れているわけにはいかない。
「でも、近山が生きているのは、多分間違いないね」
「ほ、本当か」
櫛田は、手にした脇差を放りださんばかりに食いついてきた。
「あたしだってあやかしのはしくれだ。あんたが持っている簪から、わずかなりと感じるんだよ。生きている人間の気配を」
そうだ、返すのを忘れていた。とはいえ、後で良い。
「近山様は、最初からお前がここにいると知った上で接してきたのか」
「知らない。ただ、話しかけてきたのは向こうからだった」
自分や櫛田ではない人間が、どうやって……。そこは、さすがに本人に聞かねばならないだろう。
「近山様は、簪をわざとここに落としたのか」
「それも知らない。あたしも、お前が持ってきてようやく知ったくらいだし」
0
あなたにおすすめの小説
裏長屋のあやかし(お江戸あやかし賞受賞作)
堅他不願@お江戸あやかし賞受賞
歴史・時代
主人公・銅吉(どうきち)は、品川に住む若き戯作者である。彼は、幼いころのお百度参りがきっかけで銭霊(ぜにだま)に取りつかれていた。銭霊は、彼に危機が迫ると、前触れなく程度に応じた銭を与える。
折しも田沼時代の絶頂期。銅吉は売れっ子戯作者として名を馳せているが、ここ数ヶ月は思うように筆が進まない。そこへ、銭霊が十両もの大金を部屋の天井からもたらした。
近年にない大きな危機を悟った銅吉は、少しでも功徳があればと願い、十両をそっくり寄進するべく近所にある寺……松森寺(しょうしんじ)に向かう。そこは、まだ幼かった彼が、流行り病にかかった両親のためにお百度参りをした寺である。しかし、善行虚しく両親は死んだ。松森寺とは、孤児となった彼が、大人になるまで世話になった場所でもあった。
銅吉が、こっそりと十両を寺の裏庭に投げいれようとした時。突然現れた一匹の三毛猫が、小判を一枚くわえた。そして、彼に対して『銭霊に見こまれただけあって、うまそうだねぇ。せいぜい頑張りな』と語り、すぐに消えた。
その日の晩、隣の部屋に住む魚の行商人・太助(たすけ)が部屋まで飲みにきた。銅吉は、彼から幽霊が出ると噂になっている墓場について聞かされる。すなわち新たな作品の題材を予期させられた。
これこそ、銭霊が警告する危機の発端であった。
第11回歴史・時代小説大賞にて『お江戸あやかし賞』を受賞しました! ありがとうございます!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる