霧にさおさしあやかしつく夜(完結)

堅他不願@お江戸あやかし賞受賞

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三十一、最後の風魔 三

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「待て。まずは桐塚に、化けたり逆らったりしないよう命令させろ」

 いつの間にか、左右冠者が足元まで来ていて、右冠者が助言した。

「なるほど。それなら色々と聞きだせるし、勝手な真似もさせなくなる」

 龍左衛門は深く納得できた。

「では、河童の血を……桐塚に使わねば」
「良しきた」

 河童は、桐塚の護衛の死体から脇差を抜いた。

「で、どういうなりゆきだったの」

 脇差で自分の腕を浅く斬りながら、河童は聞いた。龍左衛門は、かいつまんで教えた。

「じゃあ、殺さなくて良かったね。もっとも、おいらだったら殺してたかな」

 澄ました顔でつけくわえると、河童は腕から滴る血を桐塚の口に含ませた。うめきながら、桐塚は目を開けた。

「こ、これはどうしたことだ」

 縛られて、踏み板に座らされている桐塚は、喋る以外に打てる手はない。

「詳しい話をする筋あいはない」

 桐塚を見すえながら、櫛田は抜いたまま握っていた脇差を彼の首筋に据えた。

「まず、これからこいつを起こす。起こしたら即座に、動かないよう、そして我々の命令には何でも従うよう命じろ。出来ないとはいわさん」

 櫛田の言葉に対し、桐塚は口をぱくぱくさせながら河童や左右冠者を眺めていた。のっぺらぼうの忍びを使っているくせに、他のあやかしを目にするのは初めてらしい。

「返事はっ」
「わ、分かった」

 櫛田の、この上なく冷酷な表情と、脇差の切っ先には逆らえない。

 桐塚を、最後の風魔の前に座らせてから、櫛田は気絶したままの彼に喝を入れた。

「動くな。この者らの命令は、全て実行しろ」
「ははっ」

 ここまでは、期待通りである。

「結構。まず、血判状は四枚ともそろったのか」

 櫛田は、最も肝心な品を優先した。

「そろった」
「どこにある」
「この船宿にかぶさっている忍び宿に隠した」
「具体的には」
「干飯を入れた袋の中だ」
「桐塚の命令で動いている風魔は、お前で最後だな」
「そうだ」
「残りの風魔は里にいるのか」
「死んだ」
「死んだ、だと」
「俺と、三人の仲間で殺した」
「何人いたんだ」
「女子どもも含めて、五十人ほど」
「子どもまで殺したのか」

 櫛田は、驚愕と嫌悪感で眉根を引きつらせた。

「殺した」
「何のために」
「俺が、茶家見川の主の力を独りじめするため」
「あとの三人はそれと知って協力したのか」
「いや、桐塚様が、里の人間に、俺達四人を殺させようとしていると嘘をついた」
「そんな嘘が信用されたのか」
「桐塚様は、秘密を知りすぎた忍びを、里の中で何度も殺させていた」
「つまるところ、抜け忍になろうと誘ったのか」
「そうだ」

 桐塚にしても、他の風魔衆にしても、抜けた四人にしても、自業自得だ。子ども達だけは例外だが。

「お前達は、足利の世からずっと生きているのか」
「そういう者もいる」
「お前はどうだ」
「二十年ほど前に生まれた」
「事故や争いに会わなければ、どのくらい生きる」
「人間よりははるかに長生きだが、計ったとはない」
「川の主は、どうやってお前に力を貸す」
「日ノ本中から集めた恨みつらみを、死霊として操る力をもたらす」
「死霊には、どんな力がある」
「矢弾も刀槍も効かない。俺が殺せといった奴を殺す」
「ただ殺すだけか」
「そうだ」
「そんな代物を使って何を為す」
「好きなように殺す。殺すこと自体が目的だ」
「どうしてだ。どうしてそうなった」
「他に楽しみを知らない」

 河童が、そっぽをむいて水面に唾を吐いた。龍左衛門もそうしてやりたいところだが、目が離せない。

「主は、現在、お前に語りかけてきているか」
「いいや」
「近山様がどこにいるか、知っているか」
「知らない」
「見通しは立つか」
「立つ。ここの忍び宿で合流する」
「いつ」
「もうその時分だ」

 こうなると、ぐずぐずしていられない。忍び宿がもぬけの殻となれば、近山がどこかに消えてしまう可能性すらある。

「忍び宿に、罠を張ったか」
「いいや」
「どうして近山様がお前に会う」
「血判状と引きかえに、公儀のお抱え忍びにしてもらう」
「公儀……近山様に、そんな力があるのか」
「ある」
「根拠は」
「近山は、そもそも、公儀の隠密を束ねる地位にある」
「な……何ぃっ」

 櫛田は、ことここに至って、青天の霹靂へきれきを一手に引きうけねばならなかった。

 龍左衛門としては、腑に落ちるところが多々ある。死んだと見せかけた偽装工作。風魔衆を操る人間の家に養子となりながら、簡単に脱出できた才覚。あやかしまで説得できる交渉術。ただ腕が立つだけの若い武士に出来ることではない。

「さぞ無念であろう。せいぜい歯でも食いしばれ」

 桐塚が、自分の立場も忘れて櫛田を煽った。思わず脇差を振りあげた彼女の脇で、最後の風魔が歯を食いしばったのが見えた。

「いけない、櫛田様。忍びが……」

 櫛田の注意が、最後の風魔に戻ったものの、手遅れだった。彼の口の端から血が滴り、両目から生気が抜ける。

「口を開けろ」

 最後の風魔は、櫛田が命令したにもかかわらず、唇を引きむすんだままだ。

「口を開けろといっている」
「櫛田、危ないって」

 河童が、手を伸ばしかけた櫛田の前に割ってはいった。彼が最後の風魔の口を開けると、大量の血が下顎へ流れおちた。もはや小指一本動かない。

「奥歯が一本、砕けてる」
「毒が仕こんであったのを、噛み砕いたか。忍びの中には、そうする者もいる……最初から注意するべきだった」

 右冠者が、残念そうに踏み板を蹴った。

「わはははははは。お前達、こうなるとわしを殺したくとも殺せないぞ」
「どういう意味だ」

 櫛田の難詰にも、桐塚は表情一つ変えない。

「近山のような手練れが、わしを放置していたということは、わしから得られる情報がまだ有益だと判断していたからだ。何しろわしは、老中の田沼様とじっこんだからな。そのわしを殺そうものなら、近山はどれほどお前達に失望することか」

 虚勢であれ出鱈目であれ、とにかく生きのびようとする執着心だけは人なみ外れた男だ。軽蔑に値すること自体は変わらないにしても。

「殺すのはいつでも出来ます。忍び宿まで連れて行きましょう。ここのももちろん、わしらがご案内できます」

 右冠者が、賢明かつ妥当な提案をした。櫛田は黙ってうなずき、龍左衛門以下にも文句はなかった。

「桐塚、お前が最先頭だ。私がすぐ後ろ、それから龍左衛門に河童。左右冠者は、私を守ってくれないか」
「かしこまりました」

 左右冠者は、速やかに配置についた。

「ふんっ、良く手なずけて……痛いっ」

 櫛田は、桐塚の右ふくらはぎを蹴って、悪態を止めた。

「寿命がわずかに延びたくらいで威張るな、愚か者。さっさと歩け」

 桐塚が前進し、一同は忍び宿を目指した。

 どのみち、切腹は免れないであろう……下手をすると打ち首だが……桐塚に対し、近山がどう出るのか。龍左衛門は、知りたくもあり、知りたくなくもあった。最後の風魔には、『茶家見川大鮫縁起』について是非とも質問したかったが、こうなっては仕方ない。

 明るい……という表現もおかしなところながら……材料もある。近山が自分達に害をなすとは、どうしても考えられない。櫛田がこれほど惚れぬいているのが、強く働いている。隠密といえども、余計な殺生をしない人間のように察せられてならない。

 むろん、確証はない。しかし、桐塚のような狡猾さや、風魔衆のような執拗さとは一線を画しているのは確かだ。

 一同は、小高い丘のふもとに来た。茶家見川も河口に近い。人里よりは、街道がまず目立つ。田畑に向かない土地と見えて、道以外は一面の荒れ地だった。

「目の前の雑草を踏んで越えろ」

 荒れ地を横ぎり、丘のふもとに来ると、左冠者が桐塚に指図した。龍左衛門達は、桐塚が踏みかためたところを進めば良い。本来、そうした作業は中間や小物のやることだ。末席とはいえ、家老の彼に屈辱なのは想像に難くなかった。

 ともかく、桐塚は大人しく雑草を踏んだ。そうして斜面にさしかかると、洞窟の出入口がぽっかりと開いていた。

「そのまま入れ」

 左冠者の言葉のままに、まず桐塚が入った。明かりは、これまで同様、左冠者が受けもつ。

 天井から滴る水が、ところどころに小さな水たまりを作っていた。時おり、蝙蝠こうもりが甲高い声で鳴いている。おふみが案内されたら、泡を吹いて卒倒するようなところだ。

「目の前に右手を伸ばして、壁をなでろ」

 桐塚が、左冠者のいうがままにすると、かすかにかちっと音がした。

「出てきた突起を右に三度捻れ」

 桐塚の手が三度動き、地面がごろごろ唸った。左右に開いた狭間に、螺旋階段が現れる。

 ここまで来たらもう、道のりを消化するだけだ。

 地下道を経て、もう一方の螺旋階段を上がりきると、通路の向こう端に一人の男がいた。櫛田や龍左衛門と同世代に見える。三度笠こそかぶってないが、旅装の武士なのは一目で分かった。

 背丈こそ龍左衛門ほど高くはないが、すらっとした体格に、涼やかな目鼻立ちをしていた。だが、両の拳は節くれだち、遠めながらも豆やタコがあると分かる。

「近山様……」

 桐塚の肩ごしに、櫛田は涙ぐんで呼びかけた。

「お千栄。こんなところまで、良く無事で来てくれた。苦労をかけて申し訳ない」

 近山は、良く通る低い声で、彼女をねぎらった。

「近山。わしを助けろ。お前が出奔したことは忘れてやる」

 櫛田に背後を取られているのを無視して、桐塚は要求した。

「桐塚殿。往生際が悪いですよ」

 苦笑しながら、近山は突きはなした。櫛田に暖かい声をかけたのとは、まるで異なる。あたかも鷹狩りに行って仕留めた獲物が、持ってかえるほどのものではなかった時のようだ。
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