『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

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EP 10

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「新たなる任務」

お白洲は、時が止まったかのように静まり返っていた。

悪党二人は、腰を抜かし、焦点の合わない目で、目の前に立つ「仁王」を見上げ、意味のない呻き声を上げている。

「に、仁王……さま……」

「『真さん』が……ご、御奉行……」

蘭も、雪之丞も、同心たちも、皆、声を失っていた。

若き奉行が、背中一面に彫り物を背負う、江戸一番の「遊び人」だったという、あまりにも衝撃的な「事実」に。

その静寂を破ったのは、当の本人だった。

坂上真一(中身50歳)は、まるで任務が終わった機械のように、何の感慨も無く、はだけた着物の襟をゆっくりと戻した。

仁王の姿が、再び絹の衣の下に隠されていく。

彼は、冷え切った目で、もはや何の脅威でもない二人の悪党を見下ろした。

「雪之丞」

「は、はひぃっ!?」

雪之丞が、蛙のようにつぶれた声を出だす。

「今の『自白』。貴様の耳でも、しかと聞き届けたな」

「じ、自白……で?」

坂上は、冷たく言い放つ。

「『この背中を見た』。即ち、『昨夜、三国屋の賭場に、この大和田と三国屋が、確かに居合わせた』という動かぬ証拠だ」

あっ!と蘭が顔を上げた。

坂上の「論理(ロジック)」による「断罪」が始まった。

「第一。阿片密輸の証拠たる『台帳』」

「第二。現場に居合わせた証人、早乙女 蘭」

「そして、第三。貴様らが、今、この場で、お白洲にいる全員の前で認めた、『現場への臨場』という『自白』」

坂上は、着物の襟を直し終え、再び、完璧な「北町御奉行」の姿に戻っていた。

「……証拠(エビデンス)は、全て揃った」

彼は、段の上に座り直し、刑を宣告する。

「三国屋 惣兵衛! 民を害する阿片を密売し、暴利を貪った罪、重し! 全財産没収の上、遠島に処す!」

「大和田 備中守!」

大和田が、死人のような顔で「ひぃ」と肩を震わせる。

「貴様は、幕臣の身でありながら、己の利のために国の法を破り、同心・早乙女(蘭の父)を死に追いやった! その罪、万死に値する!」

「武士の風上にも置けぬ男よ。家禄没収、御家断絶の上、本日中の切腹を言い渡す!」

「……あ……あ……」

大和田は、声もなく崩れ落ちた。

蘭は、その裁きを、震えながら聞いていた。

父の無念が、晴らされた。

彼女は、お白洲の白砂に、手をつき、溢れ出す涙を止めることができなかった。

「御奉行さま……。父ちゃん……」

同日、夕刻。奉行所、執務室。

坂上真一は、一人、執務机に向かっていた。

彼の前には、湯呑から湯気が立っている。

雪之丞が、「これなら近いのでは」と、必死で豆を焦がしに焦がして淹れた、「焦がし豆湯」(コーヒーの代用品)だ。

(……マズい。だが、カフェインは微量に感じる)

坂上が、その苦い液体で、疲れた脳を無理やり覚醒させていると、恐る恐る、襖が開いた。

蘭と、雪之丞だった。

二人は、正座し、深々と頭を下げた。

「あ、あの……御奉行様……。本日は、その……」

蘭は、何から言っていいか分からない。

目の前の男は、冷徹な上司なのか、あの「真さん」なのか。

顔が、混乱で真赤になっていた。

雪之丞が、意を決して聞いた。

「お、恐れながら……あの、背中は……その、本物、なので?」

坂上は、その問いには一切答えず、二人を無視して、机の上に、ある物を広げた。

蘭の父の遺品である、あの「米俵と数字のメモ」だ。

「……大和田は、裁いた」

坂上の、50歳の指揮官の声が、室に響く。

「ですが!」

蘭が、顔を上げる。

「大和田は、父を殺したことを、最後まで認めませんでした!」

「当然だ」

坂上は、メモの数字を指でなぞる。

「大和田は、『トカゲの尻尾』だ。蘭、貴様の父を殺すよう命じた、真の『黒幕』が、まだ江戸の中枢にいる」

蘭と雪之丞が、息を呑んだ。

坂上は、マズい「焦がし豆湯」を最後の一滴まで飲み干すと、静かに立ち上がった。

「蘭。雪之丞」

「は、はい!」

二人は、思わず背筋を伸ばす。

「これより、我が隊の『任務(ミッション)』を、再定義する」

「……ミッション?」

「……隊?」

「我々は、これより、江戸中枢に潜み、民の生活を脅かす『真の敵性組織』の、排除行動を開始する」

二人は、坂上の言葉の意味の、半分も理解できなかった。

だが、その目、声が、今、江戸で最も信頼できる「指揮官」のものであることだけは、痛いほど分かった。

「はっ!」

蘭は、もはや混乱していない。

父の仇討ちの、その先にある「本当の戦い」を見据え、力強く平伏した。

その頃、料理屋「喜助亭」

義賊・喜助は、店の片付けをしながら、耳を澄ませていた。

客たちが、今日のお白洲の噂で持ちきりだ。

「聞いたかい! 北町の若様が、お白洲で、御開帳!」

「背中に、とんでもねえ仁王様がいたってよ!」

「大和田様、それ見てションベン漏らしちまったって!」

ピタ。

喜助が、魚を捌く手を止めた。

彼の脳裏に、昨夜、蔵で出会った、あの奇妙な男の姿が蘇る。

(……あの、お堅い『真さん』が、あの奉行様……?)

(あの『規律』だの『投降』だの言ってた男が……?)

喜助は、口元に、いつもの皮肉な笑みではない、心の底から楽しそうな、不敵な笑いを浮かべた。

「へえ……。奉行が、『真さん』で、仁王様ねえ」

彼は、包丁の切っ先を、月にかざした。

「……面白くなってきやがったじゃねえか。法の中の、『仁王様』よ」

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