『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

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EP 17

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ライバルの助太刀(あるいは邪魔)
「――取引場所は、今夜、亥の刻。浅草裏の、第七土蔵」
「……『長屋の地権書』と、雪之丞の『借金証文』を交換する」
奉行所の執務室で、坂上真一(奉行)は、蘭に淡々と作戦概要を伝えていた。
近江屋から、第二の文が届いたのだ。
「そんな! 御奉行様、たった一人で行く気ですか! 罠に決まってます!」
「当然だ。罠でなければ、行く意味がない」
「え?」
「貴様は、雪之丞を除く全ての同心・役人を率い、土蔵を『完全包囲』しろ。だが、俺の『信号』があるまで、一歩たりとも動くな」
「し、信号って……!」
「俺が突入し、内部を『制圧』し、『安全』を確保する。貴様らは、その後の『掃討』と『捕縛』だけを担え。いいな」
蘭は、息を呑んだ。
目の前の男は、たった一人で、敵の要塞に「カチコミ」をかけると、平然と言ってのけたのだ。
その目は、イージス艦でミサイルを迎撃する、艦長そのものだった。
亥の刻まで、あと一刻。
坂上は、「真さん」の着流しに姿を変え、職人長屋の徳三の元を訪れていた。
「……爺さん。世話になった。これで、借りを返しに行ってくる」
(……そして、俺のコーヒーを取り戻す)
「真さん……」
徳三は、ボヤ騒ぎで火傷を負った手で、作業場の奥から、一本の「鉄扇」を差し出した。
それは、坂上が使っていた物とは、似て非なるものだった。
「……真さん。あんたがこの間使ってた鉄扇……ありゃ、ダメだ」
「何?」
「重心が狂ってる。あんなもんじゃ、本当の力は伝わらねえ」
徳三は、職人の眼光で、差し出した新しい鉄扇を(誇らしげに)示した。
「……火事の礼だ。この二晩、徹夜して打ち直した」
「……」
「要の鋲を鍛え直し、親骨には玉鋼の芯を通しる。何より、あんたの『振り』に合わせて、重心を(コンマの狂いもねえように)手のひらの中心に合わせといた」
坂上は、無言でそれを受け取った。
手に、吸いつく。
彼は、それを、シュッ、と音を立てて開いた。
完璧なバランス。彼の(50歳の)肉体が知る、最も「合理的」な兵器の感触だった。
「……礼を言う」
坂上は、それだけ言うと、深く、深く、頭を下げた。
「……真さん! 俺も行く!」
物陰から、赤太が竹刀を持って飛び出してきた。
「俺も、じいちゃんたちのために、戦う!」
坂上は、その少年の頭に、無造作に手を置いた。
「却下だ」
「な、なんでだよ!」
「貴様の『任務(ミッション)』は、ここだ」
坂上は、赤太の肩を掴み、徳三とおミヨの前に立たせた。
「俺が戻るまで、この長屋を、この二人を、お前が守れ」
「!」
「これは、奉行としてではない。『真さん』として、貴様に下す、最初で最後の『命令』だ。……二等兵」
赤太は、「二等兵」の意味は分からなかったが、「命令」という言葉の重さに、悔しそうに、だが、強く、頷いた。
「……わ、わかったよ! 真さん!」
坂上は、徳三の鉄扇を懐に差し、一人、浅草の闇へと歩み出した。
その、同じ時刻。
浅草裏、第七土蔵。
屋根裏。
「……へえ。客が多いねえ。こりゃ」
忍び装束の喜助が、闇の中で、皮肉な笑みを浮かべていた。
彼もまた、近江屋が「ヤバい金」をこの土蔵に集めているという情報を嗅ぎつけ、一足先に潜入していたのだ。
(……今夜は、どうやら『お祭り』らしい。奉行所の犬も来るみてえだし、人が多い方が、金は盗みやすい)
赤太は、長屋の入口で、仁王立ちになっていた。
(……俺の、任務……)
彼は、坂上が去っていった闇を、じっと見つめていた。
(……でも)
(……でも、真さんは、たった一人だ)
(もし、昨日のチンピラより、強い奴がいたら……)
赤太は、数分、葛藤した。
だが、彼は、12歳の少年だった。
「……じいちゃん、ごめん! 俺、やっぱ行く!」
「お、おい! 赤太!」
徳三の静止を振り切り、赤太は、自分の「師匠(?)」の背中を追って、闇の中へと駆け出していった。
「(命令違反だ、二等兵!)」
浅草、第七土蔵。
内部は、賭場のように改造され、十を超える屈強な用心棒たちが、酒を飲みながら、その「時」を待っていた。
「へへ。今夜は、あの『仁王奉行』様が、直々にお出ましだ」
「相手は、たった一人だそうだ」
土蔵の隅には、口を塞がれ、柱に縛り付けられた雪之丞が、涙目で(来るな、御奉行!)と念じていた。
その中央で、近江屋の主人が、集まった用心棒たちに、金の入った袋を積み上げた。
「いいか、貴様ら! 相手は、あの大和田様を(お白洲で)ハメた、あの『真さん』だ!」
「だが、今夜は、ここが奴の墓場だ!」
近江屋が、下卑た声で笑う。
「『真さん』とやらが、この戸をくぐった瞬間……」
「奴が、何かを言う前に、一斉に斬りかかれ!」
「あの『仁王』を、拝ませる暇を与えるな! 殺れ!」
(……屋根裏の喜助)
「(……奉行が? 真さん? 仁王?……ははっ。なるほど、そういうことかい。こりゃ、最高の余興だ)」
(……戸の外の赤太)
「(……や、やべえ。中、すっげえ人が……。殺る気だ。真さん、死んじまう!)」
(……そして、土蔵の戸の前の、坂上(真さん))
彼は、徳三の鉄扇の、冷たい感触を確かめながら、中の殺気を(50歳の)皮膚で感じていた。
「(……全員、殺る気か。好都合だ)」
「(……正当防衛が、成り立つ)」
「(……そして、俺のコーヒーは、どこだ?)」
坂上は、ゆっくりと、土蔵の戸に、手をかけた。
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