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EP 18
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制圧、近江屋アジト
浅草、第七土蔵。
坂上真一(真さん)が、その重い戸を、軋ませながら押し開けた。
「――来たか、真さん!」
中に陣取る近江屋が、下卑た声で叫ぶ。
「てめえの墓場へ、ようこそ!」
坂上が、一歩踏み入れた、その瞬間。
「殺れぇぇぇぇぇ!!!」
近江屋の合図と同時に、土蔵の左右に潜んでいた用心棒十数名が、抜刀し、一斉に斬りかかってきた。
仁王を拝ませる暇など、与えるつもりは毛頭ない。
最短距離での、確実な「暗殺」。
「!」
柱に縛られた雪之丞が、絶望に目を見開いた。
(……御奉行!)
だが、坂上は(50歳の)冷静さで、その全ての殺気を受け止めていた。
(……迎撃開始)
最初の一太刀。
坂上は、徳三から渡された「特注の鉄扇」を、音もなく開いた。
キィン!
真剣と鉄扇が火花を散らす。
(……! 完璧な重心だ)
坂上は、斬り込んできた男の刀の力を、鉄扇を滑らせて受け流すと同時、そのまま相手の手首の腱を、鉄扇の要で打ち据えた。
「ぐあっ!」
だが、二人目、三人目の刃が、間髪入れず襲いかかる。
坂上が、それを捌こうと体勢を低くした、その時!
ガッシャアン!
土蔵の脇の窓が、外から砕け散った。
「――卑怯だぞ! 多勢に無勢じゃねえか!」
青田赤太(12)が、命令を破り、竹刀一本で突入してきたのだ。
「な、なんだ、このガキ!?」
用心棒たちの意識が、一瞬、その新たな侵入者に逸れた。
――その、天上(てんじょう)で。
「(……騒がしいねえ。こりゃ、好都合だ)」
忍び装束の喜助が、屋根裏から、音もなく、土蔵の最も奥――金が積んであるであろう、近江屋の背後――に、降り立った。
「なっ! 貴様は、宵闇の!」
近江屋が、腰を抜かす。
土蔵の中は、一瞬にして、三つ巴の混沌(カオス)に陥った。
一、正面の(指揮官)坂上。
二、側面の(弟子)赤太。
三、背後の(義賊)喜助。
対するは、十を超える用心棒たち。
近江屋が、パニックを起こして叫んだ。
「ぐ、ぐずぐずするな! 赤太も喜助も、まとめて殺せ! 殺してしまえ!」
その言葉が、三人の「利害」を(一時的に)一致させた。
「……!」
坂上は、この混沌を(50歳の)指揮官として、瞬時に掌握した。
彼は、鉄扇で用心棒の突きを捌きながら、腹の底から(指揮系統を確立するために)叫んだ。
「――喜助!」
「あ? 俺に指図かよ、仁王様!」
喜助は、千両箱の錠を(小刀で)こじ開けながら、応える。
「貴様の左翼! 敵三名が、赤太に向かった! 金のついでだ、止めろ!」
「……へいへい! 借り一つだぜ!」
喜助は、千両箱の蓋を開けるのと(ほぼ)同時に、逆の手で(見もせずに)クナイを三本投擲。
赤太に襲いかかろうとした男たちの足元に、深々と突き刺さる。
「ひっ!」
「――赤太!」
坂上の、次の命令が飛ぶ。
「は、はい! 真さん!」
赤太は、突然の乱戦に、パニックを起こして竹刀を振り回していた。
「呼吸を整えろ! 慌てるな!」
坂上の声には、パニックを(無理やり)鎮める「指揮官」の力がこもっていた。
「型に戻れ! 俺の訓練を思い出せ! 敵の刃ではなく、足だけを狙え!」
「!……おう!」
赤太は、坂上の声に導かれ、冷静さを取り戻す。
彼は、デタラメな振りをやめ、北辰一刀流の「擦り足」で、坂上が(鉄扇で)関節を極めて体勢を崩した用心棒の、足を、的確に(竹刀で)打ち据えていく。
「面!」(いや、足!)
「胴!」(じゃなくて、足!)
坂上が「制圧」し、赤太が「無力化」する。
50歳の「合理性」と、12歳の「型」が、奇妙な連携を生み出す。
「こ、こいつら……!」
用心棒たちは、瞬く間に、手足を打たれ、あるいは関節を極められ、土蔵の床に転がっていった。
その間、喜助は。
「(……よし、いただくぜ)」
千両箱の中身を風呂敷に包むと、縛られた雪之丞の(哀願するような)視線に気づいた。
「(……あ、こいつが、仁王様の部下か)」
喜助は、近江屋の机の上に置かれていた、一枚の「借金証文」を(目ざとく)見つける。
「……へっ。こいつは、燃えるゴミだ」
喜助は、証文を(ロウソクの火で)炙ると、燃え上がるそれを雪之丞の前でヒラヒラさせ、そのまま床に捨てた。
「あ! あ!(俺の借金が! 燃えていく!)」
雪之丞が、歓喜の涙を(口を塞がれたまま)流す。
「じゃあな、仁王様! 後は任せたぜ!」
喜助は、金の包みを背負うと、再び天井の闇へと消えていった。
土蔵の中には、坂上と赤太(と雪之丞)だけが残された。
用心棒たちは、全員、戦闘不能で呻いている。
残るは、近江屋、一人。
「ひ、ひぃ……! ば、化け物だ……」
近江屋は、腰を抜かし、壁際まで後ずさっていた。
坂上(真さん)が、徳三の鉄扇を(血も付けずに)閉じながら、ゆっくりと近づく。
彼の目は、近江屋ではない。
近江屋の脇に置かれた、「あるモノ」を見つめていた。
(……見つけた)
それは、喜助が(金ではないと)見逃した、小さな、しかし、厳重に錠のかかった木箱。
その側面には、紛れもない、「長崎屋」の焼き印が押されていた。
(……俺の、コーヒー……!)
「さ、殺すな! 殺さないでくれ!」
近江屋が、命乞いをする。
「俺を殺せば、どうなるか分かっているのか! 俺の後ろには、あの、幕閣の……!」
近江屋が、次なる「黒幕」の名を口にしようとした、まさにその時。
ドガアァァン!!
土蔵の正面扉が、外から強引に開け放たれた。
「――御用だ! 御用だぁ! 北町奉行所である! 神妙にお縄につけ!」
坂上の「信号」(大きな物音)を待っていた、蘭率いる同心・役人たちが、一斉に雪崩れ込んできたのだ。
「……!」
近江屋は、絶望に目を見開いた。
坂上は、蘭と、彼女が連れてきた役人たち、そして、目の前の(コーヒーが入っているであろう)木箱を見比べ、誰にも聞こえないほどの音量で、深く、深く、ため息をついた。
(……タイミングが、悪い)
蘭は、土蔵の中の惨状――転がる用心棒たち、縛られた雪之丞(借金証文の灰を見つめ、なぜか満足げ)、呆然とする近江屋、そして、仁王立ちする「真さん」と「赤太」――を見て、叫んだ。
「……え? え? なに? ど、どうなってんの、これ!?」
坂上(真さん)は、徳三の鉄扇を懐に収めると、指揮官の顔で、蘭に命じた。
「……遅い」
「へ?」
「掃討と捕縛を、開始しろ。そいつ(近江屋)を縛れ」
そして、彼は、長崎屋の木箱を、厳かに指さした。
「……それと。それは、『最重要証拠物件』だ。決して手荒な真似はするな。丁重に押収しろ」
浅草、第七土蔵。
坂上真一(真さん)が、その重い戸を、軋ませながら押し開けた。
「――来たか、真さん!」
中に陣取る近江屋が、下卑た声で叫ぶ。
「てめえの墓場へ、ようこそ!」
坂上が、一歩踏み入れた、その瞬間。
「殺れぇぇぇぇぇ!!!」
近江屋の合図と同時に、土蔵の左右に潜んでいた用心棒十数名が、抜刀し、一斉に斬りかかってきた。
仁王を拝ませる暇など、与えるつもりは毛頭ない。
最短距離での、確実な「暗殺」。
「!」
柱に縛られた雪之丞が、絶望に目を見開いた。
(……御奉行!)
だが、坂上は(50歳の)冷静さで、その全ての殺気を受け止めていた。
(……迎撃開始)
最初の一太刀。
坂上は、徳三から渡された「特注の鉄扇」を、音もなく開いた。
キィン!
真剣と鉄扇が火花を散らす。
(……! 完璧な重心だ)
坂上は、斬り込んできた男の刀の力を、鉄扇を滑らせて受け流すと同時、そのまま相手の手首の腱を、鉄扇の要で打ち据えた。
「ぐあっ!」
だが、二人目、三人目の刃が、間髪入れず襲いかかる。
坂上が、それを捌こうと体勢を低くした、その時!
ガッシャアン!
土蔵の脇の窓が、外から砕け散った。
「――卑怯だぞ! 多勢に無勢じゃねえか!」
青田赤太(12)が、命令を破り、竹刀一本で突入してきたのだ。
「な、なんだ、このガキ!?」
用心棒たちの意識が、一瞬、その新たな侵入者に逸れた。
――その、天上(てんじょう)で。
「(……騒がしいねえ。こりゃ、好都合だ)」
忍び装束の喜助が、屋根裏から、音もなく、土蔵の最も奥――金が積んであるであろう、近江屋の背後――に、降り立った。
「なっ! 貴様は、宵闇の!」
近江屋が、腰を抜かす。
土蔵の中は、一瞬にして、三つ巴の混沌(カオス)に陥った。
一、正面の(指揮官)坂上。
二、側面の(弟子)赤太。
三、背後の(義賊)喜助。
対するは、十を超える用心棒たち。
近江屋が、パニックを起こして叫んだ。
「ぐ、ぐずぐずするな! 赤太も喜助も、まとめて殺せ! 殺してしまえ!」
その言葉が、三人の「利害」を(一時的に)一致させた。
「……!」
坂上は、この混沌を(50歳の)指揮官として、瞬時に掌握した。
彼は、鉄扇で用心棒の突きを捌きながら、腹の底から(指揮系統を確立するために)叫んだ。
「――喜助!」
「あ? 俺に指図かよ、仁王様!」
喜助は、千両箱の錠を(小刀で)こじ開けながら、応える。
「貴様の左翼! 敵三名が、赤太に向かった! 金のついでだ、止めろ!」
「……へいへい! 借り一つだぜ!」
喜助は、千両箱の蓋を開けるのと(ほぼ)同時に、逆の手で(見もせずに)クナイを三本投擲。
赤太に襲いかかろうとした男たちの足元に、深々と突き刺さる。
「ひっ!」
「――赤太!」
坂上の、次の命令が飛ぶ。
「は、はい! 真さん!」
赤太は、突然の乱戦に、パニックを起こして竹刀を振り回していた。
「呼吸を整えろ! 慌てるな!」
坂上の声には、パニックを(無理やり)鎮める「指揮官」の力がこもっていた。
「型に戻れ! 俺の訓練を思い出せ! 敵の刃ではなく、足だけを狙え!」
「!……おう!」
赤太は、坂上の声に導かれ、冷静さを取り戻す。
彼は、デタラメな振りをやめ、北辰一刀流の「擦り足」で、坂上が(鉄扇で)関節を極めて体勢を崩した用心棒の、足を、的確に(竹刀で)打ち据えていく。
「面!」(いや、足!)
「胴!」(じゃなくて、足!)
坂上が「制圧」し、赤太が「無力化」する。
50歳の「合理性」と、12歳の「型」が、奇妙な連携を生み出す。
「こ、こいつら……!」
用心棒たちは、瞬く間に、手足を打たれ、あるいは関節を極められ、土蔵の床に転がっていった。
その間、喜助は。
「(……よし、いただくぜ)」
千両箱の中身を風呂敷に包むと、縛られた雪之丞の(哀願するような)視線に気づいた。
「(……あ、こいつが、仁王様の部下か)」
喜助は、近江屋の机の上に置かれていた、一枚の「借金証文」を(目ざとく)見つける。
「……へっ。こいつは、燃えるゴミだ」
喜助は、証文を(ロウソクの火で)炙ると、燃え上がるそれを雪之丞の前でヒラヒラさせ、そのまま床に捨てた。
「あ! あ!(俺の借金が! 燃えていく!)」
雪之丞が、歓喜の涙を(口を塞がれたまま)流す。
「じゃあな、仁王様! 後は任せたぜ!」
喜助は、金の包みを背負うと、再び天井の闇へと消えていった。
土蔵の中には、坂上と赤太(と雪之丞)だけが残された。
用心棒たちは、全員、戦闘不能で呻いている。
残るは、近江屋、一人。
「ひ、ひぃ……! ば、化け物だ……」
近江屋は、腰を抜かし、壁際まで後ずさっていた。
坂上(真さん)が、徳三の鉄扇を(血も付けずに)閉じながら、ゆっくりと近づく。
彼の目は、近江屋ではない。
近江屋の脇に置かれた、「あるモノ」を見つめていた。
(……見つけた)
それは、喜助が(金ではないと)見逃した、小さな、しかし、厳重に錠のかかった木箱。
その側面には、紛れもない、「長崎屋」の焼き印が押されていた。
(……俺の、コーヒー……!)
「さ、殺すな! 殺さないでくれ!」
近江屋が、命乞いをする。
「俺を殺せば、どうなるか分かっているのか! 俺の後ろには、あの、幕閣の……!」
近江屋が、次なる「黒幕」の名を口にしようとした、まさにその時。
ドガアァァン!!
土蔵の正面扉が、外から強引に開け放たれた。
「――御用だ! 御用だぁ! 北町奉行所である! 神妙にお縄につけ!」
坂上の「信号」(大きな物音)を待っていた、蘭率いる同心・役人たちが、一斉に雪崩れ込んできたのだ。
「……!」
近江屋は、絶望に目を見開いた。
坂上は、蘭と、彼女が連れてきた役人たち、そして、目の前の(コーヒーが入っているであろう)木箱を見比べ、誰にも聞こえないほどの音量で、深く、深く、ため息をついた。
(……タイミングが、悪い)
蘭は、土蔵の中の惨状――転がる用心棒たち、縛られた雪之丞(借金証文の灰を見つめ、なぜか満足げ)、呆然とする近江屋、そして、仁王立ちする「真さん」と「赤太」――を見て、叫んだ。
「……え? え? なに? ど、どうなってんの、これ!?」
坂上(真さん)は、徳三の鉄扇を懐に収めると、指揮官の顔で、蘭に命じた。
「……遅い」
「へ?」
「掃討と捕縛を、開始しろ。そいつ(近江屋)を縛れ」
そして、彼は、長崎屋の木箱を、厳かに指さした。
「……それと。それは、『最重要証拠物件』だ。決して手荒な真似はするな。丁重に押収しろ」
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