『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

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EP 34

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『赤太、暴走』
喜助の「夜鷹そば」ネットワークは、坂上の奉行所(おもて)の組織とは比較にならぬ速さで、江戸の「裏」の情報を吸い上げた。
翌日の昼過ぎ。
蘭が、奉行所を(半ばサボるように)抜け出し、『宵闇そば』の暖簾をくぐると、喜助は、いつもの皮肉な笑みを浮かべて、一枚の紙をカウンターに放った。
「……見つかったぜ、お嬢ちゃん。黒幕の『尻尾』だ」
「本当かい!?」
蘭が、その紙(喜助の走り書き)に飛びつく。
「『越後屋』は、ここひと月、古くからの薬草問屋(とんや)とは一切取引をしちゃいねえ」
「じゃあ、薬はどこから……」
「……長崎から来た、『黒船』だ」
「黒船!?」
喜助は、蕎麦を打ちながら、淡々と続けた。
「『唐紅屋(からくれないや)』と名乗る、正体不明の輸入商人がいる。そいつが、異国から『見たこともねえ薬草』とやらを、破格の安値で『越後屋』に卸(おろ)してる」
「……唐紅屋……!」
「その薬草が、どんなモンかは知らねえ。だが、越後屋が『儲け』のために、毒と知りながら(あるいは、知らずに)子供たちに飲ませてる……。線(セン)としては、そんなとこだろ」
蘭は、ゴクリと唾を飲んだ。
『幕府御用達』の越後屋。そして、その裏にいる『輸入商人』。
敵が、想像以上に巨大で、根深いことを知る。
「……喜助。あんた、すごいよ……!」
「へっ。仁王様(ボス)が動けねえ以上、俺たち『裏』が稼ぐしかねえからな」
蘭は、新たな証拠を掴み、興奮と緊張を胸に、店を飛び出した。
(……この『唐紅屋』のことを、御奉行様に……!)
一方、その頃。
北辰一刀流道場では、青田赤太が、師範である父から、昨日以上に厳しい叱責を受けていた。
「――この、未熟者めが!」
父の怒声が、道場に響き渡る。
昨日倒れた親友・タケ坊の容態は、今も変わらず、予断を許さない状況だった。
「タケ坊が苦しんでおるというに、貴様は、その敵(かたき)すら討てぬのか!」
「……っ!」
「聞けば、かの坂上奉行は、免許皆伝の腕前。お主が憧れる『本物』の剣士だ!」
「……わ、分かってるよ!」
「分かっておらぬ! 坂上様ならば、このような時、どう動かれたか! ただ道場で、竹刀を振っているだけか!」
父の言葉は、赤太の、坂上への「憧れ」を、最悪の形でねじ曲げた。
(……そうだ)
(……父上の言う通りだ)
(……真さん(坂上)なら)
(……あの『仁王様』なら、こんなところで、迷ってなんかいない!)
(……悪党の『蔵』に忍び込んででも、『証拠』を掴んで、悪を裁くはずだ!)
赤太の純粋な正義感は、「焦り」と「無謀」へと、一気に変質した。
「……俺、行ってくらあ!」
「どこへ!」
「決まってんだろ! 『越後屋』だ!」
「馬鹿者! 蘭殿から、待てと言われておるだろうが!」
赤太は、父の制止を振り切った。
「蘭姉ちゃんは、『証拠』がないから動けないって言ったんだ!」
「だったら、俺が、その『証拠』を掴んでくる!」
「――坂上真一の『弟子』として!」
赤太は、竹刀ではなく、真剣(の、つもりでいる木刀)を腰に差すと、道場を飛び出していった。
その夜。
『越後屋』の、堅牢(けんろう)な土蔵(どぞう)の裏。
小さな影が、もぞもぞと動いていた。
赤太だった。
(……ここだ。喜助って人が言ってた、『唐紅屋』の荷が入る蔵は……!)
彼は、昼間、蘭から(危険だから近づくな、と釘を刺されて)聞いた情報を頼りに、ここまで来てしまったのだ。
幸い、裏口の閂(かんぬき)は、古びていた。
北辰一刀流の(とは関係ない)子供の知恵で、なんとか錠を外し、蔵の中へと忍び込む。
(……あった!)
蔵の中は、薬草の、むせ返るような匂いがした。
だが、その一角に、明らかに異質な、麻袋(あさぶくろ)が積まれている。
異国の文字が書かれた、その袋。
中身を一つかみすると、それは、タールのように黒く、毒々しい紫色をした、乾燥した『何か』だった。
(……これだ! これが、タケ坊を苦しめた『毒』だ!)
赤太が、その「証拠」を懐(ふところ)に仕舞(しま)い、勝利を確信した、その時。
ギィ、と。
背後で、蔵の表戸(おもてど)が、開く音がした。
「……!」
(……ヤベッ)
「……おい。なんだか、裏口の方が、騒がしくなかったか?」
「気のせいだろ。それより、番頭様。例の『荷』は……」
提灯(ちょうちん)の明かりが、蔵の中を照らし出す。
そして、そこに立ち尽くす「子供(赤太)」の姿を、完璧に捉えた。
「…………」
「…………」
赤太と、見回りの番頭、そして屈強な用心棒たちの目が、バチリと合った。
「……あ」
「……泥棒(どろぼう)だ!!」
「ち、違う! 俺は、坂上真一の弟子で……!」
「うるさい! 捕まえろ!」
赤太は、慌てて木刀を抜いたが、多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)。
あっという間に組み伏せられ、その小さな身体は、荒縄(あらなわ)で、ぐるぐる巻きにされてしまった。
「……このガキ……。さっき、『証拠』とか言ってやがったな……」
番頭が、赤太の懐から、あの『毒の薬草』を見つけ出し、顔色を変えた。
「……マズイ。こいつ、嗅ぎつけやがった」
赤太の「暴走」は、最悪の結末――『捕縛』によって、幕を閉じた。
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