『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

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EP 35

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指揮官の「黙認」
「――蘭姉ちゃん! 大変だ! 赤太が……!」
奉行所から出た蘭のもとに、血相を変えた赤太の道場仲間が転がり込んできた。
「……どうしたの!?」
「赤太の奴、『越後屋』に行くって飛び出したきり、戻らねえんだ!」
蘭の血の気が、サッと引いた。
(……あの、馬鹿……!)
(……本当に、一人で……!)
蘭は、踵を返し、先ほど「動けん」と言われたばかりの上司のもとへ、文字通り「突入」した。
バン! と、執務室の襖が、無礼な音を立てて開かれる。
「――御奉行様!!」
坂上真一は、報告書の山を(いかにも面倒そうに)眺めていた。彼は、その闖入者から目を離さず、ゆっくりと水筒に口をつけた。
「……何だ、騒々しい」
「赤太が……! 青田赤太が、『越後屋』に乗り込んだまま、戻りません!」
蘭は、半泣きで叫んだ。
「あいつ、捕まったんだ! 『証拠』なんて見つけたから、捕まっちまったんだよ!」
「…………」
坂上の目が、スッと細められた。
(……最悪のタイミングで、最悪の行動を……!)
「御奉行様! お願いします! 奉行所の兵隊を貸してください! あいつを、助けに……!」
「――断る」
坂上の返答は、即座で、そして、氷のように冷たかった。
「……え?」
「二度は言わん。断る」
坂上(中身50歳)は、立ち上がった。
その姿は、もはや「真さん」ではなく、組織のトップ「一等海佐・坂上真一」だった。
「青田赤太の行動は、公務ではない。私的な『不法侵入』だ」
「……!」
「被害者(と称する)は、『幕府御用達』の『越後屋』。北町奉行所が、その『泥棒』の片棒を担い、公の組織を動かすことは、断じて出来ん」
蘭は、愕然とした。
「こ、子供だよ!? 目の前で子供が捕まってるのに、見捨てるってのかい!?」
「そうだ。それが『組織』だ。……指揮官として、組織(奉行所)全体を危険に晒す判断は、俺は下さん」
坂上は、蘭に背を向けた。
「……この話は、終わりだ。下がれ」
「…………」
蘭は、わなわなと震えた。
憧れと、信頼が、ガラガラと崩れ落ちていく。
(……この人も)
(……雪の旦那と、同じ)
(……『看板』が、怖いだけじゃないか!)
蘭の目から、涙が消えた。
代わりに、冷たい「怒り」の炎が宿った。
「……分かったよ。分かった」
「…………」
「仁王様が『幕府』にビビって動けねえってんなら、もういい」
「……!」
坂上が、その無礼な物言いに、ピクリと肩を動かす。
蘭は、奉行所(ここ)の入り口で預かっていた、自分の鉄の小尺を掴むと、
坂上の背中に、叩きつけるように言った。
「――アタシが、一人で行く」
「アタシが、アタシのやり方で、赤太を助け出す。……あんたの手なんか、借りねえよ!」
蘭が、執務室を飛び出そうとした、その時。
「――待ちなよ、蘭ちゃん」
廊下から、いつもの、かったるい声がした。
平上雪之丞が、壁に寄りかかって、大きな欠伸をしながら、そのやり取りの「全て」を聞いていた。
「……雪の旦那……」
「……『一人で行く』だあ? 格好いいねえ」
雪之丞は、やれやれと首を振ると、壁から身体を離した。
「……馬鹿か。お前が行って、お前も捕まったら、誰がその『二人』を助け出すんだよ」
「! じゃあ、雪の旦那は……!」
「……最悪だ」
雪之丞は、心底面倒くさそうに、自分の刀の柄を、ポンと叩いた。
「……『ガキを見捨てた』なんてことになったら、今夜の酒が、クソまずくなるからな」
「……!」
「……仕方ねえ。付き合ってやるよ。その『泥棒』稼業に」
「雪の旦那……!」
蘭の顔が、パッと明るくなる。
「――へえ」
そこへ、三番目の声が、重なった。
いつの間にか、蕎麦の岡持ちを下げた喜助が、雪之丞の隣に、音もなく立っていた。
「……奉行様抜きで、殴り込みかい。面白そうだねえ。俺も、一枚噛ませてもらおうか」
蘭、雪之丞、喜助。
「公」ではない、「裏」の救出部隊が、期せずして結成された。
三人の視線が、背を向けたままの、指揮官・坂上に突き刺さる。
「…………」
坂上は、動かない。
ただ、静かに、水筒のコーヒーを一口飲んだ。
そして、その「公」の執務室にいる、全員に聞こえるように、
「奉行」として、冷たく言い放った。
「――北町奉行所は、動かん」
「……そして、俺は、何も見なかった。何も、知らん」
三人が、その「許可」を理解し、一斉に駆け出そうとする。
その、背中に。
「…………」
「……座標は、蔵の裏手」
「「「!」」」
三人の足が、ピタリと止まった。
坂上の、今度は「真さん」の、ボソリとした声だった。
坂上は、窓の外を見つめたまま、続ける。
「……警備は、蔵の中に、二名。見張りは、表に一人」
「……赤太は、十中八九、その蔵の中だ」
蘭が、雪之丞が、喜助が、
自分たちの指揮官の「本当の姿」を見て、ニヤリと笑う。
「……行け」
坂上は、決して、振り返らない。
「――そして、全員、生きて帰れ」
「「「御意!」」」
三人の、声にならない声が、重なった。
江戸の闇を、三つの影が、『越後屋』目指して、疾走を開始した。
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