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EP 39
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指揮官の「決断」(しきかんの「けつだん」)
北町奉行所。
真夜中の執務室は、死んだように静まり返っていた。
坂上真一は、灯りもつけず、ただ一人、窓から見える江戸城の天守を睨みつけていた。
手元には、あの竹水筒。
中身のコーヒーは、もう冷たくなっている。
(……これで、いいのか)
(……組織を守るため。……大義のため)
(……俺はまた、部下を見捨てるのか)
自問自答が、脳内で無限に繰り返される。
田沼の「命令」は絶対だ。
だが、あのアタシの『正義』でやる、と言い残して飛び出していった蘭の、絶望と怒りに満ちた目が、焼き付いて離れない。
ガタッ。
その時、静寂を破る、不審な物音が廊下でした。
「……誰だ」
坂上が、警戒して刀に手を伸ばす。
襖が、ズルリ、と血に濡れた手で開けられた。
「……しん、さん……」
そこには、ボロ雑巾のように傷ついた、青田赤太が這いつくばっていた。
「……赤太!?」
坂上が、弾かれたように駆け寄り、少年を抱き起こす。
「……どうした! 何があった!」
赤太は、腫れ上がった顔で、息も絶え絶えに、懐から「何か」を取り出した。
それは、血と泥にまみれた、赤い手柄(布)だった。
蘭がいつも、髪に結んでいたものだ。
「……蘭ねえちゃんが……」
「……!」
「……俺を、逃がすために……囮になって……」
「……捕まったのか」
「……『唐紅屋』の、屋敷……。あいつら、蘭ねえちゃんに、あの『毒』を……!」
赤太は、坂上の着物を、強く掴んだ。
「……頼むよ……真さん……」
「……蘭ねえちゃんを……助けて……」
「……真さんなら……できるだろ……?」
ガクン、と。
赤太の手から力が抜け、意識が途切れた。
「……赤太」
坂上は、少年を畳に寝かせ、その小さな手から、赤い布を受け取った。
血の匂い。
そして、微かに残る、蘭の髪の匂い。
坂上(中身50歳)の脳裏に、J-5時代の記憶――政治に殺された現場の兵士たちの顔が、フラッシュバックする。
(……またか)
(……また、繰り返すのか)
(……『命令』だから。『政治』だから)
(……現場が死ぬのを、指をくわえて見ているのか?)
「――否」
坂上の腹の底から、熱い塊がせり上がってきた。
それは、長年彼が「理性」で押さえ込んできた、「鬼」の本性だった。
坂上は、竹水筒を掴んだ。
そして、それを、床に叩きつけた。
バギィッ!!
竹が砕け、中の黒い液体が、赤い布の横にぶち撒けられる。
「……平上ェ!!」
坂上の、咆哮のような呼び声が、奉行所の闇を裂いた。
「……へい」
闇の奥から、ヌッ、と。
待っていたかのように、雪之丞が現れた。
その目は、全く笑っていない。
「……遅えですよ、御奉行」
「……喜助は」
「……裏庭に。いつでも行けるように、忍び装束で待機してまさぁ」
坂上は、立ち上がった。
その背中には、もはや「迷い」も「保身」も、微塵もなかった。
「……雪之丞。伝達だ」
「……はっ」
「――指揮官(わたし)は、これより、田沼意次老中の命令(オーダー)を、破棄する」
雪之丞が、ニヤリと笑う。
「……そいつは、重罪ですぜ?」
「構わん」
坂上は、刀を佩き、赤太の枕元に、自分の羽織(奉行の紋が入ったもの)を掛けた。
「……部下一人守れん組織になど、未練はない」
「……俺たちは、今から、『奉行所』の人間ではない」
「……ただの、一人の『剣客』として」
「――『唐紅屋』を、殲滅する」
「……御意!」
雪之丞の、嬉しそうな声が響く。
坂上は、砕けた水筒の残骸を踏み越えた。
カフェインなど、もう必要ない。
今、彼の血管を流れているのは、純粋な「怒り」と「闘争心(アドレナリン)」だけだった。
「――行くぞ」
「――野郎共、全員叩き斬る!」
坂上真一、平上雪之丞、そして闇から合流した喜助。
最強の「非正規」部隊が、
蘭を救うため、そして腐った政治の鼻を明かすため、
最後の戦場へと出撃した。
北町奉行所。
真夜中の執務室は、死んだように静まり返っていた。
坂上真一は、灯りもつけず、ただ一人、窓から見える江戸城の天守を睨みつけていた。
手元には、あの竹水筒。
中身のコーヒーは、もう冷たくなっている。
(……これで、いいのか)
(……組織を守るため。……大義のため)
(……俺はまた、部下を見捨てるのか)
自問自答が、脳内で無限に繰り返される。
田沼の「命令」は絶対だ。
だが、あのアタシの『正義』でやる、と言い残して飛び出していった蘭の、絶望と怒りに満ちた目が、焼き付いて離れない。
ガタッ。
その時、静寂を破る、不審な物音が廊下でした。
「……誰だ」
坂上が、警戒して刀に手を伸ばす。
襖が、ズルリ、と血に濡れた手で開けられた。
「……しん、さん……」
そこには、ボロ雑巾のように傷ついた、青田赤太が這いつくばっていた。
「……赤太!?」
坂上が、弾かれたように駆け寄り、少年を抱き起こす。
「……どうした! 何があった!」
赤太は、腫れ上がった顔で、息も絶え絶えに、懐から「何か」を取り出した。
それは、血と泥にまみれた、赤い手柄(布)だった。
蘭がいつも、髪に結んでいたものだ。
「……蘭ねえちゃんが……」
「……!」
「……俺を、逃がすために……囮になって……」
「……捕まったのか」
「……『唐紅屋』の、屋敷……。あいつら、蘭ねえちゃんに、あの『毒』を……!」
赤太は、坂上の着物を、強く掴んだ。
「……頼むよ……真さん……」
「……蘭ねえちゃんを……助けて……」
「……真さんなら……できるだろ……?」
ガクン、と。
赤太の手から力が抜け、意識が途切れた。
「……赤太」
坂上は、少年を畳に寝かせ、その小さな手から、赤い布を受け取った。
血の匂い。
そして、微かに残る、蘭の髪の匂い。
坂上(中身50歳)の脳裏に、J-5時代の記憶――政治に殺された現場の兵士たちの顔が、フラッシュバックする。
(……またか)
(……また、繰り返すのか)
(……『命令』だから。『政治』だから)
(……現場が死ぬのを、指をくわえて見ているのか?)
「――否」
坂上の腹の底から、熱い塊がせり上がってきた。
それは、長年彼が「理性」で押さえ込んできた、「鬼」の本性だった。
坂上は、竹水筒を掴んだ。
そして、それを、床に叩きつけた。
バギィッ!!
竹が砕け、中の黒い液体が、赤い布の横にぶち撒けられる。
「……平上ェ!!」
坂上の、咆哮のような呼び声が、奉行所の闇を裂いた。
「……へい」
闇の奥から、ヌッ、と。
待っていたかのように、雪之丞が現れた。
その目は、全く笑っていない。
「……遅えですよ、御奉行」
「……喜助は」
「……裏庭に。いつでも行けるように、忍び装束で待機してまさぁ」
坂上は、立ち上がった。
その背中には、もはや「迷い」も「保身」も、微塵もなかった。
「……雪之丞。伝達だ」
「……はっ」
「――指揮官(わたし)は、これより、田沼意次老中の命令(オーダー)を、破棄する」
雪之丞が、ニヤリと笑う。
「……そいつは、重罪ですぜ?」
「構わん」
坂上は、刀を佩き、赤太の枕元に、自分の羽織(奉行の紋が入ったもの)を掛けた。
「……部下一人守れん組織になど、未練はない」
「……俺たちは、今から、『奉行所』の人間ではない」
「……ただの、一人の『剣客』として」
「――『唐紅屋』を、殲滅する」
「……御意!」
雪之丞の、嬉しそうな声が響く。
坂上は、砕けた水筒の残骸を踏み越えた。
カフェインなど、もう必要ない。
今、彼の血管を流れているのは、純粋な「怒り」と「闘争心(アドレナリン)」だけだった。
「――行くぞ」
「――野郎共、全員叩き斬る!」
坂上真一、平上雪之丞、そして闇から合流した喜助。
最強の「非正規」部隊が、
蘭を救うため、そして腐った政治の鼻を明かすため、
最後の戦場へと出撃した。
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