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EP 45
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『北辰一刀流、路地裏の戦い』
「――殺せ! 生かして帰すな!」
深川の土蔵。
辰五郎の号令と共に、浪人やゴロツキたちが一斉に襲いかかってきた。
狭い空間に、殺気と白刃が乱舞する。
(……人数は8名。空間は狭い。長物は不利)
坂上真一の脳内クロックが加速する。
彼は、腰の小太刀(脇差)を逆手に持ち替えた。
北辰一刀流は、本来は長剣の流派だが、坂上は現代の「近接格闘術(CQC)」の理合いを融合させている。
「うらァ!」
先頭の浪人が大上段から斬りかかる。
坂上は一歩も下がらず、逆に懐(ふところ)へ飛び込んだ。
「――遅い」
ガキン!
小太刀の柄頭(つかがしら)が、浪人の顎を打ち砕く。
「ぐ……!」
浪人が崩れ落ちるのを盾にして、二人目の突きをいなす。
「な、なんだコイツ!?」
「動きが……見えねえ!」
坂上は、舞うように動いた。
阿片の詰まった木箱を蹴り上げ、敵の視界を塞ぎ、その隙に膝、肘、そして小太刀の峰を的確に急所へ叩き込む。
最小限の動きで、最大限の効果(ダメージ)を。
それは、剣術というよりは、洗練された「制圧工作」だった。
「……ええい! 退け! 俺がやる!」
雑魚が蹴散らされるのを見て、奥から指示を出していた指揮官らしき浪人が、抜刀して前に出てきた。
その構えには、明らかな隙の無さがある。
(……こいつは、手練れか)
浪人が、鋭い突きを放つ。
速い。
坂上は紙一重で躱(かわ)すが、頬に鋭い痛み。頬の皮が薄く切れた。
「……ほう。これを避けるか」
浪人がニヤリと笑い、二の太刀を振りかぶる。
その時。
土蔵の行灯(あんどん)の明かりが、浪人の腰にある「もう一本の刀(脇差)」の柄(つか)を照らした。
その目貫(めぬき)に彫られた家紋。
水草の葉を図案化したもの――『丸に立ち沢瀉(おもだか)』。
(……沢瀉紋!)
(……水野家の家紋だ!)
坂上は確信した。
やはり、この阿片工場も、田沼への濡れ衣工作も、全て水野忠邦の息がかかった者たちの仕業。
この浪人は、雇われ用心棒などではない。水野家の懐刀(ふところがたな)だ。
「……貴様、見たな」
浪人が、坂上の視線の先にある家紋に気づき、殺気を膨れ上がらせた。
「……生かしてはおけん。冥土の土産に教えてやる。我が剣は……」
「――名乗る必要はない」
坂上は、阿片の粉が入った袋を掴むと、それを浪人の顔めがけて放り投げた。
「なっ!?」
袋が空中で弾け、白い粉が煙幕のように視界を奪う。
(……証拠(エビデンス)は見た。長居は無用!)
坂上は、その隙に土蔵の窓を蹴り破った。
「逃がすかァ!」
浪人の太刀が、白い煙を切り裂いて迫る。
ザシュッ!
「……っ!」
坂上の左二の腕に、熱い痛みが走った。浅くない。
だが、坂上は呻き声を噛み殺し、そのまま窓から闇夜の路地裏へと転がり出た。
「追え! 殺せ! 顔を見られた!」
背後から怒声が響く。
坂上は、出血する左腕を右手で押さえながら、迷路のような深川の路地を疾走した。
心臓が早鐘を打つ。
失血で視界が明滅する。
(……だが、尻尾は掴んだ)
(……水野忠邦。貴様の『正義』の正体、見極めたり)
追手の声を撒き、人気の少ない運河沿いの柳の下までたどり着いた時。
坂上の膝が、ガクンと折れた。
「……ハァ、ハァ……」
「――おやおや」
頭上から、気の抜けた声が降ってきた。
坂上が顔を上げると、柳の枝に腰掛けた影が一つ。
同心・平上雪之丞が、月明かりを背に、いつもの眠そうな顔で見下ろしていた。
「……夜遊びが過ぎやしませんか、御奉行」
「……雪之丞、か」
雪之丞は、ひらりと地面に降り立つと、坂上の血濡れの腕を見て、珍しく真顔になった。
「……おいおい。派手にやられましたねえ」
「……かすり傷だ」
「骨が見えちまいそうですがね。……で? 『いい夢』は見られましたかい?」
坂上は、苦痛に顔を歪めながらも、ニヤリと笑った。
「……ああ。悪夢の正体ならな」
「……?」
「……現場に、水野家の家臣がいた。……阿片の偽装工作、確定だ」
雪之丞が、ため息をつきながら、手ぬぐいで坂上の腕を縛血(ばっけつ)する。
「……やっぱり、あのカタブツ老中でしたか。……面倒なことになった」
「……ああ。だが、これで反撃の準備は整った」
坂上は、痛む腕を抱えながら、江戸城の方角――水野忠邦がいるであろう空を睨みつけた。
「……雪之丞。治療したら、すぐに登城する」
「はあ? その体で? 自殺志願ですか?」
「……明日は、将軍家治様との、将棋の約束があるんでな」
坂上は、不敵な光を瞳に宿した。
「……盤上(おしろ)で、チェックメイトの布石を打ってくる」
「――殺せ! 生かして帰すな!」
深川の土蔵。
辰五郎の号令と共に、浪人やゴロツキたちが一斉に襲いかかってきた。
狭い空間に、殺気と白刃が乱舞する。
(……人数は8名。空間は狭い。長物は不利)
坂上真一の脳内クロックが加速する。
彼は、腰の小太刀(脇差)を逆手に持ち替えた。
北辰一刀流は、本来は長剣の流派だが、坂上は現代の「近接格闘術(CQC)」の理合いを融合させている。
「うらァ!」
先頭の浪人が大上段から斬りかかる。
坂上は一歩も下がらず、逆に懐(ふところ)へ飛び込んだ。
「――遅い」
ガキン!
小太刀の柄頭(つかがしら)が、浪人の顎を打ち砕く。
「ぐ……!」
浪人が崩れ落ちるのを盾にして、二人目の突きをいなす。
「な、なんだコイツ!?」
「動きが……見えねえ!」
坂上は、舞うように動いた。
阿片の詰まった木箱を蹴り上げ、敵の視界を塞ぎ、その隙に膝、肘、そして小太刀の峰を的確に急所へ叩き込む。
最小限の動きで、最大限の効果(ダメージ)を。
それは、剣術というよりは、洗練された「制圧工作」だった。
「……ええい! 退け! 俺がやる!」
雑魚が蹴散らされるのを見て、奥から指示を出していた指揮官らしき浪人が、抜刀して前に出てきた。
その構えには、明らかな隙の無さがある。
(……こいつは、手練れか)
浪人が、鋭い突きを放つ。
速い。
坂上は紙一重で躱(かわ)すが、頬に鋭い痛み。頬の皮が薄く切れた。
「……ほう。これを避けるか」
浪人がニヤリと笑い、二の太刀を振りかぶる。
その時。
土蔵の行灯(あんどん)の明かりが、浪人の腰にある「もう一本の刀(脇差)」の柄(つか)を照らした。
その目貫(めぬき)に彫られた家紋。
水草の葉を図案化したもの――『丸に立ち沢瀉(おもだか)』。
(……沢瀉紋!)
(……水野家の家紋だ!)
坂上は確信した。
やはり、この阿片工場も、田沼への濡れ衣工作も、全て水野忠邦の息がかかった者たちの仕業。
この浪人は、雇われ用心棒などではない。水野家の懐刀(ふところがたな)だ。
「……貴様、見たな」
浪人が、坂上の視線の先にある家紋に気づき、殺気を膨れ上がらせた。
「……生かしてはおけん。冥土の土産に教えてやる。我が剣は……」
「――名乗る必要はない」
坂上は、阿片の粉が入った袋を掴むと、それを浪人の顔めがけて放り投げた。
「なっ!?」
袋が空中で弾け、白い粉が煙幕のように視界を奪う。
(……証拠(エビデンス)は見た。長居は無用!)
坂上は、その隙に土蔵の窓を蹴り破った。
「逃がすかァ!」
浪人の太刀が、白い煙を切り裂いて迫る。
ザシュッ!
「……っ!」
坂上の左二の腕に、熱い痛みが走った。浅くない。
だが、坂上は呻き声を噛み殺し、そのまま窓から闇夜の路地裏へと転がり出た。
「追え! 殺せ! 顔を見られた!」
背後から怒声が響く。
坂上は、出血する左腕を右手で押さえながら、迷路のような深川の路地を疾走した。
心臓が早鐘を打つ。
失血で視界が明滅する。
(……だが、尻尾は掴んだ)
(……水野忠邦。貴様の『正義』の正体、見極めたり)
追手の声を撒き、人気の少ない運河沿いの柳の下までたどり着いた時。
坂上の膝が、ガクンと折れた。
「……ハァ、ハァ……」
「――おやおや」
頭上から、気の抜けた声が降ってきた。
坂上が顔を上げると、柳の枝に腰掛けた影が一つ。
同心・平上雪之丞が、月明かりを背に、いつもの眠そうな顔で見下ろしていた。
「……夜遊びが過ぎやしませんか、御奉行」
「……雪之丞、か」
雪之丞は、ひらりと地面に降り立つと、坂上の血濡れの腕を見て、珍しく真顔になった。
「……おいおい。派手にやられましたねえ」
「……かすり傷だ」
「骨が見えちまいそうですがね。……で? 『いい夢』は見られましたかい?」
坂上は、苦痛に顔を歪めながらも、ニヤリと笑った。
「……ああ。悪夢の正体ならな」
「……?」
「……現場に、水野家の家臣がいた。……阿片の偽装工作、確定だ」
雪之丞が、ため息をつきながら、手ぬぐいで坂上の腕を縛血(ばっけつ)する。
「……やっぱり、あのカタブツ老中でしたか。……面倒なことになった」
「……ああ。だが、これで反撃の準備は整った」
坂上は、痛む腕を抱えながら、江戸城の方角――水野忠邦がいるであろう空を睨みつけた。
「……雪之丞。治療したら、すぐに登城する」
「はあ? その体で? 自殺志願ですか?」
「……明日は、将軍家治様との、将棋の約束があるんでな」
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