『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

文字の大きさ
45 / 70

EP 45

しおりを挟む
『北辰一刀流、路地裏の戦い』
「――殺せ! 生かして帰すな!」
深川の土蔵。
辰五郎の号令と共に、浪人やゴロツキたちが一斉に襲いかかってきた。
狭い空間に、殺気と白刃が乱舞する。
(……人数は8名。空間は狭い。長物は不利)
坂上真一の脳内クロックが加速する。
彼は、腰の小太刀(脇差)を逆手に持ち替えた。
北辰一刀流は、本来は長剣の流派だが、坂上は現代の「近接格闘術(CQC)」の理合いを融合させている。
「うらァ!」
先頭の浪人が大上段から斬りかかる。
坂上は一歩も下がらず、逆に懐(ふところ)へ飛び込んだ。
「――遅い」
ガキン!
小太刀の柄頭(つかがしら)が、浪人の顎を打ち砕く。
「ぐ……!」
浪人が崩れ落ちるのを盾にして、二人目の突きをいなす。
「な、なんだコイツ!?」
「動きが……見えねえ!」
坂上は、舞うように動いた。
阿片の詰まった木箱を蹴り上げ、敵の視界を塞ぎ、その隙に膝、肘、そして小太刀の峰を的確に急所へ叩き込む。
最小限の動きで、最大限の効果(ダメージ)を。
それは、剣術というよりは、洗練された「制圧工作」だった。
「……ええい! 退け! 俺がやる!」
雑魚が蹴散らされるのを見て、奥から指示を出していた指揮官らしき浪人が、抜刀して前に出てきた。
その構えには、明らかな隙の無さがある。
(……こいつは、手練れか)
浪人が、鋭い突きを放つ。
速い。
坂上は紙一重で躱(かわ)すが、頬に鋭い痛み。頬の皮が薄く切れた。
「……ほう。これを避けるか」
浪人がニヤリと笑い、二の太刀を振りかぶる。
その時。
土蔵の行灯(あんどん)の明かりが、浪人の腰にある「もう一本の刀(脇差)」の柄(つか)を照らした。
その目貫(めぬき)に彫られた家紋。
水草の葉を図案化したもの――『丸に立ち沢瀉(おもだか)』。
(……沢瀉紋!)
(……水野家の家紋だ!)
坂上は確信した。
やはり、この阿片工場も、田沼への濡れ衣工作も、全て水野忠邦の息がかかった者たちの仕業。
この浪人は、雇われ用心棒などではない。水野家の懐刀(ふところがたな)だ。
「……貴様、見たな」
浪人が、坂上の視線の先にある家紋に気づき、殺気を膨れ上がらせた。
「……生かしてはおけん。冥土の土産に教えてやる。我が剣は……」
「――名乗る必要はない」
坂上は、阿片の粉が入った袋を掴むと、それを浪人の顔めがけて放り投げた。
「なっ!?」
袋が空中で弾け、白い粉が煙幕のように視界を奪う。
(……証拠(エビデンス)は見た。長居は無用!)
坂上は、その隙に土蔵の窓を蹴り破った。
「逃がすかァ!」
浪人の太刀が、白い煙を切り裂いて迫る。
ザシュッ!
「……っ!」
坂上の左二の腕に、熱い痛みが走った。浅くない。
だが、坂上は呻き声を噛み殺し、そのまま窓から闇夜の路地裏へと転がり出た。
「追え! 殺せ! 顔を見られた!」
背後から怒声が響く。
坂上は、出血する左腕を右手で押さえながら、迷路のような深川の路地を疾走した。
心臓が早鐘を打つ。
失血で視界が明滅する。
(……だが、尻尾は掴んだ)
(……水野忠邦。貴様の『正義』の正体、見極めたり)
追手の声を撒き、人気の少ない運河沿いの柳の下までたどり着いた時。
坂上の膝が、ガクンと折れた。
「……ハァ、ハァ……」
「――おやおや」
頭上から、気の抜けた声が降ってきた。
坂上が顔を上げると、柳の枝に腰掛けた影が一つ。
同心・平上雪之丞が、月明かりを背に、いつもの眠そうな顔で見下ろしていた。
「……夜遊びが過ぎやしませんか、御奉行」
「……雪之丞、か」
雪之丞は、ひらりと地面に降り立つと、坂上の血濡れの腕を見て、珍しく真顔になった。
「……おいおい。派手にやられましたねえ」
「……かすり傷だ」
「骨が見えちまいそうですがね。……で? 『いい夢』は見られましたかい?」
坂上は、苦痛に顔を歪めながらも、ニヤリと笑った。
「……ああ。悪夢の正体ならな」
「……?」
「……現場に、水野家の家臣がいた。……阿片の偽装工作、確定だ」
雪之丞が、ため息をつきながら、手ぬぐいで坂上の腕を縛血(ばっけつ)する。
「……やっぱり、あのカタブツ老中でしたか。……面倒なことになった」
「……ああ。だが、これで反撃の準備は整った」
坂上は、痛む腕を抱えながら、江戸城の方角――水野忠邦がいるであろう空を睨みつけた。
「……雪之丞。治療したら、すぐに登城する」
「はあ? その体で? 自殺志願ですか?」
「……明日は、将軍家治様との、将棋の約束があるんでな」
坂上は、不敵な光を瞳に宿した。
「……盤上(おしろ)で、チェックメイトの布石を打ってくる」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

幻影の艦隊

竹本田重朗
歴史・時代
「ワレ幻影艦隊ナリ。コレヨリ貴軍ヒイテハ大日本帝国ヲタスケン」 ミッドウェー海戦より史実の道を踏み外す。第一機動艦隊が空襲を受けるところで謎の艦隊が出現した。彼らは発光信号を送ってくると直ちに行動を開始する。それは日本が歩むだろう破滅と没落の道を栄光へ修正する神の見えざる手だ。必要な時に現れては助けてくれるが戦いが終わるとフッと消えていく。幻たちは陸軍から内地まで至る所に浸透して修正を開始した。 ※何度おなじ話を書くんだと思われますがご容赦ください ※案の定、色々とツッコミどころ多いですが御愛嬌

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...