『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

文字の大きさ
50 / 70

EP 50

しおりを挟む
『蕎麦屋での反省会』
事件から数日後の夜。
『宵闇そば』の暖簾(のれん)をくぐると、湯気と共に、いつもの出汁(だし)の良い香りが漂ってきた。
「……へい、お待ち」
喜助が、鴨南蛮(かもなんばん)を三つ、カウンターに並べる。
「いただきまーす!」
蘭が、待ちきれない様子で箸を割る。
「んー! やっぱり、一仕事終えた後の蕎麦は最高だね!」
その隣で、雪之丞もズルズルと音を立てて啜(すす)っている。
「……たく。御奉行の人使いの荒さには、参りましたよ。……おかげで俺の左腕も、筋肉痛だ」
「サボってばっかだからだよ、雪の旦那」
そして、その端に、坂上真一が座っていた。
左腕の包帯はまだ取れないが、顔色は戻っている。
彼の前には、蕎麦と、そしていつもの『竹水筒』。
「……結局、水野って奴は、お咎(とが)めなしなんでしょ? ムカつくよねえ」
蘭が、鴨肉を齧(かじ)りながら不満を漏らす。
「……まあまあ」
雪之丞が、酒をちびりと飲む。
「……謹慎処分ってだけでも、あの老中には屈辱もんでしょうよ。……それに、あのお白洲での御奉行の睨み。……あいつ、当分は夜道も歩けませんぜ」
坂上は、何も言わず、蕎麦を一口食べた。
カツオ出汁の優しい味が、疲れた体に染み渡る。
(……水野忠邦)
(……行き過ぎた正義は、悪になる)
(……だが、彼のような『劇薬』もまた、この腐りかけた幕府には必要なのかもしれん)
家治との将棋。
勝負は、千日手(引き分け)に終わった。
だが、その盤面には、確かな「次」への布石が打たれている。
「……御奉行?」
蘭が、顔を覗き込む。
「……蕎麦、伸びちゃいますよ?」
坂上は、フッと笑った。
かつてJ-5にいた頃、こんな風に部下と食事をすることはあっただろうか。
政治と数字に追われ、味のしないコーヒーばかり飲んでいた日々。
「……ああ」
坂上は、竹水筒のコーヒーを一口飲み、その苦味と、蕎麦の旨味を同時に味わった。
「……悪くない」
「……喜助。お代わりだ」
「へいよ。……今度は、天ぷらでもサービスしてやるよ。仁王様」
喜助がニヤリと笑う。
蘭と雪之丞が、それを見て笑い合う。
坂上もまた、微かに口元を緩めた。
江戸の夜は、まだ長い。
だが、この仲間たちとなら、どんな闇夜でも歩いて行ける。
そう確信できる、温かい夜だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

幻影の艦隊

竹本田重朗
歴史・時代
「ワレ幻影艦隊ナリ。コレヨリ貴軍ヒイテハ大日本帝国ヲタスケン」 ミッドウェー海戦より史実の道を踏み外す。第一機動艦隊が空襲を受けるところで謎の艦隊が出現した。彼らは発光信号を送ってくると直ちに行動を開始する。それは日本が歩むだろう破滅と没落の道を栄光へ修正する神の見えざる手だ。必要な時に現れては助けてくれるが戦いが終わるとフッと消えていく。幻たちは陸軍から内地まで至る所に浸透して修正を開始した。 ※何度おなじ話を書くんだと思われますがご容赦ください ※案の定、色々とツッコミどころ多いですが御愛嬌

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...