『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

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EP 56

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『公家屋敷への殴り込み』
高輪にある公家屋敷。
その表門は、夜だというのに煌々と提灯が灯され、備前屋が雇った浪人たちが、厳重な警備を敷いていた。
「……おい、欠伸するな。公家様の御寝所だぞ」
「へっ。誰も来やしねえよ。相手は『勅使』様だぜ? 奉行所だってビビって手が出せねえんだ」
浪人たちが、タバコの煙を吐き出しながら弛緩しきっていた、その時。
ドォォォォォォォン!!
轟音と共に、堅牢な屋敷の正門が、内側へ向かって弾け飛んだ。
「な、なんだァ!?」
「大砲か!?」
舞い上がる砂煙の中、三つの影が、悠然と立っていた。
中央に立つのは、着流し姿の男。
その手には、奉行所で見せる竹水筒も、指揮棒もない。
あるのは、鞘に収まりきらないほどの、どす黒い殺気だけだった。
「――たのもォーッ!!」
男――坂上真一(真さん)が、腹の底から吠えた。
「……な、何者だ貴様ら!」
「ここは公家・冷小路様の屋敷と知っての狼藉か!」
浪人たちが、慌てて抜刀し、殺到する。
坂上は、ニヤリと笑った。その笑顔は、修羅のそれだった。
「……おうおう、知ってるさ」
「……遊び人の『真さん』が、忘れ物を取りに来たんだよ」
「……忘れ物だと?」
「――俺の『身内』だァ!!」
坂上が、地面を蹴った。
速い。
先頭の浪人が反応する間もなく、坂上の裏拳がその顔面を粉砕した。
「ぶげっ!」
「か、囲め! 斬り捨てろ!」
「へいへい、騒々しいねえ」
左翼から、平上雪之丞が、欠伸混じりに刀を抜いた。
「……俺は公務じゃねえからな。……手加減なんざ、しねえぞ?」
雪之丞の剣閃が走る。
峰打ちですらない。刃が浪人の刀をへし折り、そのまま肩口を斬り裂く。
「ぎゃあああ!」
「目はこっちだぜ、旦那方!」
右翼からは、喜助が煙玉を投げ込む。
視界を奪われた浪人たちの足元に、容赦なく撒菱(まきびし)がばら撒かれる。
「い、痛え!」
「足が!」
そこへ、坂上が突っ込む。
北辰一刀流の足運びで、敵の間合いをすり抜け、鳩尾、喉、顎へ、的確かつ破壊的な打撃を叩き込んでいく。
もはや剣術ではない。
現代の近接格闘術(CQC)と、侍の身体能力が融合した、理不尽な暴力の嵐。
「……ば、化け物か……!」
「退け! 退けェ!」
数十人いたはずの警備が、たった三人によって、紙屑のように蹴散らされていく。
「……雪之丞、喜助! 残りは任せる!」
「……へいよ!」
「……行け、ボス!」
坂上は、本殿へと続く廊下を、疾風のように駆け抜けた。
屋敷の奥、離れ座敷。
外の騒ぎなど知らぬ冷小路は、今まさに、縛り上げた早乙女蘭の着物の襟に、手をかけていた。
「……騒がしいのう。……まあよい、麻呂の楽しみはこれからじゃ」
「……離せ! 触るな!」
蘭が必死に抵抗するが、荒縄が食い込み、身動きが取れない。
「……良い肌じゃ。……江戸の女も、剥いてみれば京と変わらぬな」
冷小路の湿った手が、蘭の白い首筋を這う。
「……やめろ……!」
蘭の目から、涙が溢れる。
「……泣け、喚け。誰も助けになど来ぬ」
「……ここは麻呂の国(領土)じゃ。奉行ごときが、足を踏み入れられる場所ではないわ」
冷小路が、下卑た笑い声を上げ、蘭の上に覆い被さろうとした。
その、瞬間。
ズガァァァァァァン!!
離れ座敷の豪奢な襖(ふすま)が、蝶番(ちょうつがい)ごと吹き飛んだ。
木片が散り、砂埃が舞う。
「……な、なんじゃ!?」
冷小路が、腰を抜かして振り返る。
逆光の中、土足のまま座敷に踏み込んだ、一人の男が立っていた。
着流しの裾を翻し、その背後には、不動明王の如き炎が見えるようだった。
「……き、貴様……無礼者……!」
「……ここは、公家である麻呂の……!」
坂上は、冷小路の言葉など耳に入っていない。
その目は、着物を乱され、涙を流して震える蘭の姿だけを捉えていた。
ブチッ。
坂上の理性が、完全に焼き切れた音がした。
「……てめえ」
坂上は、一歩、また一歩と、冷小路に歩み寄る。
その一歩ごとに、床板がミシミシと悲鳴を上げる。
「……ひっ……」
冷小路が、本能的な恐怖に後ずさりする。
「……ち、近寄るな! 麻呂は帝の……!」
坂上は、間合いを詰めた。
そして、雷鳴のような怒号を、公家の顔面に叩きつけた。
「――テメェの汚ねえ手で!!」
「――その女(ひと)に、触るんじゃねえェェェ!!」
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