『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

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EP 58

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『トカゲの尻尾切り』
翌朝。江戸城、御用部屋。
重厚な襖が閉ざされた密室に、北町奉行・坂上真一と、老中・田沼意次の二人が対峙していた。
坂上は、昨夜押収した「備前屋の裏帳簿」を、田沼の前に差し出した。
「……ご覧ください、田沼様」
坂上の声は、静かだが冷徹だった。
「これは、高輪の屋敷にて行われていた、闇取引の記録にございます」
田沼は、扇子で帳簿をめくった。
そこに記されているのは、江戸の娘たちを「商品」として南蛮へ売り渡す、おぞましい人身売買の事実。
そして、その主犯が、京からの勅使・冷小路であるという証拠。
「……ほう」
田沼の目が、スッと細められた。
「……南蛮への人買い、か。……これはまた、派手にやったものよ」
「明白な国法(こくほう)違反にございます」
坂上は畳み掛けた。
「いかに公家と言えど、帝の赤子(せきし)たる民を、異国へ奴隷として売り飛ばす……。これが公(おおやけ)になれば、幕府の監督責任はおろか、京の朝廷の権威も地に落ちましょう」
田沼は、パチリと扇子を閉じた。
老獪(ろうかい)な政治家の頭脳が、瞬時に損得を弾き出す。
この事実を認めれば、前代未聞の外交スキャンダルとなる。幕府と朝廷の関係は冷え込み、政権運営に支障をきたす。
だが、もみ消すには、被害が大きすぎる。何より、坂上(現場)が納得しない。
田沼は、坂上の顔を見た。
その目には、「法で裁けぬなら、俺が裁く」という、あの「仁王」の如き意志が宿っている。
(……なるほど)
(……ならば、答えは一つか)
田沼は、ゆっくりと口を開いた。
「……坂上よ」
「はっ」
「……貴様は、『冷小路』と言う公家を、聞いた事が有るか?」
その問いかけに、坂上は瞬時に意図を理解した。
政治的な「手打ち」。
J-5(統合幕僚監部)時代に嫌というほど見てきた、組織防衛のための「切り捨て」の論理。
だが、今回ばかりは、その論理が「悪を裁く」ために利用できる。
坂上は、表情一つ変えずに答えた。
「……生憎(あいにく)、私も知りませぬ」
「……『冷小路』等と言う公家等は、本当に京に居ましょうか?」
田沼は、満足げに頷いた。
「……ふむ。このような不始末をする者を京に尋ねても、そのような公家等知らぬ、と言うだろう」
それは、幕府と朝廷の間で、すでに「握り(ネゴシエーション)」がついたことを意味していた。
朝廷側も、汚名を被るくらいなら、そんな男は最初から存在しなかったことにしたい。
冷小路の「公家としての身分」は、この瞬間、政治的に抹消されたのだ。
坂上は、深く頭を下げた。
「……なれば、あの屋敷にいた男は」
「……公家を騙(かた)る、不届き者にございますな」
「左様(さよう)だ」
田沼は、冷酷な笑みを浮かべた。
特権階級の威光など、政治の都合の前では紙切れ一枚に過ぎない。
「……坂上奉行」
田沼の声が、氷のように低くなった。
「……後の始末は、分かるな?」
もう、遠慮はいらない。
外交問題も、身分の壁もない。
ただの「人攫いの偽物」として、極刑に処せよという命令(オーダー)だ。
坂上は、腹の底から湧き上がる熱いものを感じながら、短く、力強く答えた。
「――御意(ぎょい)」
坂上は、帳簿を懐に収め、一礼して部屋を出た。
廊下を歩く足取りは、かつてないほど軽かった。
(……待っていろ、蘭、サキ)
(……そして、冷小路)
(……貴様が縋(すが)っていた「特権」の盾は、もうない)
(……丸裸の悪鬼として、お白洲で地獄を見せてやる)
坂上真一は、奉行所へと戻った。
その背中の「仁王」に、最後の裁きの時が迫っていた。
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