『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

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EP 59

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『お白洲、醜い悪鬼への引導』
秋晴れの北町奉行所、お白洲。
白い砂利の上に、二人の男が引き据えられていた。
一人は、御用商人の備前屋。
もう一人は、かつて雅な衣装を纏っていた公家・冷小路である。
だが、今の冷小路に、かつての面影はない。
坂上の鉄拳で顔面は腫れ上がり、蘭の渾身の蹴り上げによって股間を押さえ、脂汗を流しながら蹲(うずくま)っている。
上段の間。
奉行・坂上真一が、冷徹な眼差しで見下ろしていた。
その横には、雪之丞と、正装した蘭が控えている。
「……面を上げよ」
坂上の声が響く。
「……ふ、ふざけるな……ッ!」
冷小路が、激痛に顔を歪めながら喚いた。
「……無礼者め! 麻呂をこんな砂利の上に座らせて……タダで済むと思うてか!」
「……麻呂は勅使ぞ! 帝の親戚ぞ! 即刻縄を解き、詫びを入れよ!」
まだ、理解していない。
自分が置かれた立場を。政治という巨大な力が、自分を見放したことを。
坂上は、眉一つ動かさずに言った。
「……勅使、と申したか」
「左様! 恐れ入ったか!」
「……妙だな」
坂上は、手元の書状(田沼と示し合わせた偽の報告書)に目を落とした。
「……幕府より京へ問い合わせたところ、『冷小路なる公家は存在せぬ』との返答があった」
「……は?」
冷小路の動きが止まった。
「……な、何を……馬鹿な……。麻呂を知らぬはずが……」
「京の朝廷は、こう申している」
坂上は、淡々と、しかし決定的な嘘を突きつけた。
「『公家の名を騙(かた)り、江戸で悪事を働く不届き者がいるようだ。幕府の法に則り、厳正に処罰せよ』……とな」
「なっ……!?」
冷小路の顔から、血の気が引いた。
「……嘘じゃ……。帝が、麻呂を……見捨てるはずが……」
「……備前屋」
坂上が、商人の方を見た。
備前屋は、すでに状況を悟り、ガタガタと震えていた。
「……お前が組んでいたのは、公家などではない。ただの『偽物』だ」
「ひっ……! お、お助けくだせえ!」
備前屋が泣き叫びながら額を地面に打ち付けた。
「あっしは騙されたんでさぁ! 全部こいつが悪いんで……!」
「お、おのれ備前屋! 裏切るか!」
冷小路が叫ぶ。
「……違う! 麻呂は本物じゃ! 誰か! 田沼殿を呼べ! 田沼殿なら知っておる!」
「……田沼老中からも、言葉を預かっている」
坂上は、冷小路を射抜くように見据えた。
「――『そのような下種(げす)、見たこともない』……とな」
「……あ……あぁ……」
冷小路は、崩れ落ちた。
ようやく理解したのだ。
自分の特権、家柄、後ろ盾。その全てが、政治的な「手打ち」によって、綺麗さっぱり切り捨てられたことを。
「……そ、そんな……」
「……嫌じゃ……麻呂は……麻呂は……」
坂上は、ゆっくりと立ち上がった。
お白洲の空気が、一瞬にして張り詰める。
「……冷小路。いや、公家を騙る人攫(ひとさら)いよ」
「……貴様は、身分を笠に着て、罪なき娘たちを弄び、異国へ売り飛ばした」
「……その罪、万死に値する」
バサリ。
坂上は、奉行の衣を脱ぎ捨てた。
秋の日差しを浴びて、背中の**『仁王』**が、憤怒の炎を纏って浮かび上がる。
「ひっ……!」
冷小路が、その威圧感に失禁し、後ずさる。
「……見苦しいぞ」
坂上のドスの利いた声が、お白洲を揺るがした。
「貴様が縋(すが)っていた権威は、もうない」
「朝廷も、幕府も、貴様を見限った」
坂上は、仁王の眼光で、冷小路を睨みつけた。
「――貴様は尻尾を切られた、ただの醜い悪鬼に過ぎん!」
「……ひぃぃぃぃッ!!」
「……この"仁王の目"(まなこ)が、貴様の腐った性根、全て見届けていたぞ!」
坂上は、右手を突き出し、極刑の宣告を下した。
「……人身売買、および公家を騙った大罪!」
「――市中引き回しの上、磔(はりつけ)獄門(ごくもん)に処す!!」
「――引っ立てい!!」
「いやじゃァァァァ! お助けぇぇぇぇ!」
「痛い! 股が痛いぃぃぃ!」
冷小路と備前屋の絶叫が、秋空に虚しく響き渡る。
同心たちによって引きずり出されていくその姿に、かつての「雅」など欠片もなかった。
蘭は、その様子をじっと見つめていた。
そして、小さく呟いた。
「……あばよ。悪鬼」
「……地獄で、売り飛ばした娘たちに、詫び続けな」
坂上は、再び衣を羽織った。
特権階級という巨大な壁を、政治という毒をもって制し、最後は自らの手で引導を渡した。
苦い勝利かもしれない。
だが、これで江戸から、最も卑劣な「悪」が一つ、消え去ったことは確かだった。
(……終わったな)
坂上は、空を見上げた。
どこまでも高く、澄み渡った秋の空だった。
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