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EP 68
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『折れた妖刀』
ガギィィィィィィンッ!!!
日本橋の空気を切り裂く、鼓膜をつんざくような金属音が響き渡った。
それは、刀と刀がぶつかり合う音ではない。
鋼鉄が悲鳴を上げ、砕け散る、破壊の音だった。
群衆が、思わず目を覆う。
誰もが、坂上真一の『同田貫』が砕かれ、その身が両断されたと思った。
だが。
ヒュルルル……カァーン!
空高く舞い上がった「紅い刃」が、回転しながら石畳に突き刺さった。
陽光を受けて鈍く輝くそれは、刀の切っ先。
「……あ……?」
松平定兼の手元には、半ばから無残にへし折れた、鋸(のこぎり)のような残骸だけが握られていた。
伝説の妖刀・村正。
数百年の時を超え、数多の血を吸い続けた魔剣が、今、真っ二つに断ち切られていた。
「……ば、馬鹿な……」
定兼は、折れた刀身を呆然と見つめた。
赤く脈打っていた妖しい光が、急速に失われていく。
それはまるで、刀の「死」を見るようだった。
「……私の……村正が……」
「……最強の……無敵の……」
定兼の膝がガクガクと震え、力が抜けたように崩れ落ちた。
武器を失ったことへの恐怖ではない。
「自分は選ばれた特別な存在である」という、彼を支えていた唯一の矜持(プライド)が、粉々に砕け散ったことへの絶望だった。
「……ふぅ」
坂上は、大きく息を吐き、ボロボロになった同田貫を鞘に納めた。
手首が痺れている。
文字通り、全身全霊の一撃だった。
坂上は、地面に突き刺さった村正の切っ先を引き抜き、無造作に定兼の足元へ放り投げた。
カラン、と乾いた音が響く。
「……刀が折れたな」
坂上は、冷ややかに見下ろした。
「……お前の『心』もだ」
「……あ……うう……」
「……道具に頼り、力に溺れ、自分自身を磨くことを忘れた剣は……脆(もろ)いもんだ」
坂上は、背中の仁王を隠すように、脱ぎ捨てていた着流しの袖を通した。
「……いい勉強になったな、大名様」
「……う、うあぁぁぁぁぁッ!!」
定兼は、折れた村正を抱きしめ、子供のように泣き叫んだ。
もはや、そこに狂気の大名の面影はない。
ただの、玩具(おもちゃ)を壊された哀れな男がいるだけだった。
「――そこまでだ!!」
その時、人垣を割って、平上雪之丞率いる同心たちが雪崩れ込んできた。
「御用だ! 御用だ!」
十手と捕縄(とりなわ)を持った男たちが、定兼を取り囲む。
「……松平定兼!」
雪之丞が、厳しく言い放った。
「白昼堂々、往来での抜刀! および無差別な殺傷行為! 現行犯で捕縛する!」
「……わ、私は松平……」
定兼が何かを言おうとしたが、すぐに数人の同心によって地面に組み伏せられた。
「離せ! 無礼者!」
と叫ぶ気力すら、今の彼には残っていなかった。
「……連れて行け!」
グルグル巻きに縛られ、引き立てられていく定兼。
その姿に、群衆からどっと歓声が上がった。
「やったぞ! 真さんが勝った!」
「ざまあみろ! 弱い者いじめの天罰だ!」
蘭が、坂上の元へ駆け寄ってくる。
「……真さん! すごいよ! 本当にあの化け物をへし折っちまうなんて!」
「……無茶苦茶だよ、あんた」
雪之丞も、呆れつつも安堵の表情を浮かべた。
坂上は、懐の竹水筒を取り出そうとして、ふと手を止めた。
激闘の高揚感が引くにつれ、左腕の古傷が痛み出していた。
(……だが、終わったわけではない)
坂上は、連行されていく定兼の背中を見つめた。
(……奴はまだ、自分が『何者』で、何をしたのか理解していない)
(……最後の一仕事(フィニッシュ・ワーク)が残っている)
坂上は、蘭と雪之丞に目配せをした。
「……奉行所に戻るぞ」
「……お白洲で、引導を渡してやる」
江戸を震撼させた辻斬り騒動は、こうして一つの決着を見た。
だが、権力という鎧を着た大名に対する、真の「裁き」は、これからが本番であった。
ガギィィィィィィンッ!!!
日本橋の空気を切り裂く、鼓膜をつんざくような金属音が響き渡った。
それは、刀と刀がぶつかり合う音ではない。
鋼鉄が悲鳴を上げ、砕け散る、破壊の音だった。
群衆が、思わず目を覆う。
誰もが、坂上真一の『同田貫』が砕かれ、その身が両断されたと思った。
だが。
ヒュルルル……カァーン!
空高く舞い上がった「紅い刃」が、回転しながら石畳に突き刺さった。
陽光を受けて鈍く輝くそれは、刀の切っ先。
「……あ……?」
松平定兼の手元には、半ばから無残にへし折れた、鋸(のこぎり)のような残骸だけが握られていた。
伝説の妖刀・村正。
数百年の時を超え、数多の血を吸い続けた魔剣が、今、真っ二つに断ち切られていた。
「……ば、馬鹿な……」
定兼は、折れた刀身を呆然と見つめた。
赤く脈打っていた妖しい光が、急速に失われていく。
それはまるで、刀の「死」を見るようだった。
「……私の……村正が……」
「……最強の……無敵の……」
定兼の膝がガクガクと震え、力が抜けたように崩れ落ちた。
武器を失ったことへの恐怖ではない。
「自分は選ばれた特別な存在である」という、彼を支えていた唯一の矜持(プライド)が、粉々に砕け散ったことへの絶望だった。
「……ふぅ」
坂上は、大きく息を吐き、ボロボロになった同田貫を鞘に納めた。
手首が痺れている。
文字通り、全身全霊の一撃だった。
坂上は、地面に突き刺さった村正の切っ先を引き抜き、無造作に定兼の足元へ放り投げた。
カラン、と乾いた音が響く。
「……刀が折れたな」
坂上は、冷ややかに見下ろした。
「……お前の『心』もだ」
「……あ……うう……」
「……道具に頼り、力に溺れ、自分自身を磨くことを忘れた剣は……脆(もろ)いもんだ」
坂上は、背中の仁王を隠すように、脱ぎ捨てていた着流しの袖を通した。
「……いい勉強になったな、大名様」
「……う、うあぁぁぁぁぁッ!!」
定兼は、折れた村正を抱きしめ、子供のように泣き叫んだ。
もはや、そこに狂気の大名の面影はない。
ただの、玩具(おもちゃ)を壊された哀れな男がいるだけだった。
「――そこまでだ!!」
その時、人垣を割って、平上雪之丞率いる同心たちが雪崩れ込んできた。
「御用だ! 御用だ!」
十手と捕縄(とりなわ)を持った男たちが、定兼を取り囲む。
「……松平定兼!」
雪之丞が、厳しく言い放った。
「白昼堂々、往来での抜刀! および無差別な殺傷行為! 現行犯で捕縛する!」
「……わ、私は松平……」
定兼が何かを言おうとしたが、すぐに数人の同心によって地面に組み伏せられた。
「離せ! 無礼者!」
と叫ぶ気力すら、今の彼には残っていなかった。
「……連れて行け!」
グルグル巻きに縛られ、引き立てられていく定兼。
その姿に、群衆からどっと歓声が上がった。
「やったぞ! 真さんが勝った!」
「ざまあみろ! 弱い者いじめの天罰だ!」
蘭が、坂上の元へ駆け寄ってくる。
「……真さん! すごいよ! 本当にあの化け物をへし折っちまうなんて!」
「……無茶苦茶だよ、あんた」
雪之丞も、呆れつつも安堵の表情を浮かべた。
坂上は、懐の竹水筒を取り出そうとして、ふと手を止めた。
激闘の高揚感が引くにつれ、左腕の古傷が痛み出していた。
(……だが、終わったわけではない)
坂上は、連行されていく定兼の背中を見つめた。
(……奴はまだ、自分が『何者』で、何をしたのか理解していない)
(……最後の一仕事(フィニッシュ・ワーク)が残っている)
坂上は、蘭と雪之丞に目配せをした。
「……奉行所に戻るぞ」
「……お白洲で、引導を渡してやる」
江戸を震撼させた辻斬り騒動は、こうして一つの決着を見た。
だが、権力という鎧を着た大名に対する、真の「裁き」は、これからが本番であった。
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