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EP 3
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最初の常連客は『黄昏の貴公子』
ガリクとの騒動から数日後。
俺の店『工房タクミ』に、またあの紳士がやってきた。
「よう、店主。息災か?」
「いらっしゃい、旦那。また新聞を読みに来たのか?」
ルーベンスと名乗ったその男は、相変わらず仕立ての良いコートを羽織り、どこか芝居がかった優雅な動作でカウンター席に腰掛けた。
だが、今日の彼は新聞だけではなかった。
懐から、黒い布に包まれた「何か」を取り出し、コトリとカウンターに置く。
「今日は修理の依頼だ。……これを直せるか?」
布が解かれる。
現れたのは、マグナギアの腕パーツだ。
ただし、市販のプラスチック製ではない。
鈍い光沢を放つ黒い金属。表面には、肉眼では見えないほど微細な魔法文字が刻まれている。
そして、肘の関節部分が何らかの高熱で焼き切れ、無惨に溶解していた。
「……ほう」
俺は片眼鏡(ルーペ)を装着し、それを手に取る。
重い。見た目以上に密度がある。
材質は……魔鉄鉱(デモニウム)か? いや、もっと希少な合金だ。
構造も特殊だ。通常のマナ・ラインとは異なる、複雑怪奇な回路が走っている。
「どうだ? 街の修理屋には無理だと言われたが」
ルーベンスが試すような目で俺を見る。
なるほど、これは一般流通品じゃない。軍用……それも、かなり特殊な「裏」の任務に使われる機体のパーツだ。
普通の職人なら、「関わりたくない」と断るだろう。
だが。
「……面白い構造だ。排熱処理が甘いせいで、過負荷に耐えきれず回路がショートしてるな」
俺の職人魂に火がついた。
こんな美しい設計のパーツが、壊れたまま放置されているなんて許せない。
「直せるよ。ついでに排熱効率も上げとくか?」
「……なに?」
「おい、雷霆。仕事だ」
俺は作業台の上の『雷霆』を掴む。
相棒は「またか……」と不満げに明滅したが、俺の意図を察して瞬時に形状を変えた。
先端が極細の針状になり、青白い光を帯びる。
『マイクロ・プラズマ溶接モード』だ。
「ちょっと待て店主! それは魔界の特殊合金だぞ!? 通常の工具で加工できるはずが……」
「黙って見てな」
ジュッ!
雷霆の先端が触れた瞬間、硬度な合金が飴細工のように融解する。
俺は溶解した部分を除去し、手持ちのミスリル線を編み込んでバイパス手術を行う。
さらに、内部フレームを数ミクロン削り、空気の通り道を作って冷却性能を向上させる。
作業時間、わずか三分。
「はい、お待ち。動きは前よりスムーズになってるはずだ」
俺は修復された腕パーツを放り投げた。
ルーベンスは慌ててそれを受け止め、信じられないものを見る目で凝視する。
継ぎ目は完全に消え、魔力を通すと、以前よりも滑らかに指が動いた。
「……馬鹿な。あの損傷を、わずか数分で……? しかも、出力が上がっている……」
「いい素材だったからな。つい手癖でチューンしちまった。代金は銀貨三枚でいいよ」
「銀貨三枚だと……? 桁が二つ違うぞ……」
ルーベンスは呆れたように呟き、そして低く笑った。
「ククッ……ハハハ! 気に入った! やはり貴様、只者ではないな!」
彼は上機嫌で金貨を一枚、チャリンと弾いた。
「釣りはいらん。……忠告しておこう、店主。貴様のその技術、あまり派手に見せびらかすなよ。ハイエナどもが寄ってくるぞ」
「ハイエナ?」
「ああ。例えば――あのような連中だ」
ルーベンスが顎で入口を指した。
その瞬間、ガシャアン! とドアが乱暴に蹴破られた。
「ここか! 例の『コスト1』を作ったという不届き者の店は!」
ドカドカと押し入ってきたのは、揃いの軍服に身を包んだ男たち。
胸には、剣と三日月を模した紋章――大陸最大の軍事国家『ルナミス帝国』のエンブレム。
その先頭に立つ、金髪を撫で付けた神経質そうな将校が、俺を睨みつけた。
「貴様が店主か。私は帝国軍技術局のヴォルグ中尉だ」
「……へえ、帝国軍のエリート様が、こんな地下の掃き溜めに何の用で?」
俺はあからさまに嫌そうな顔を作る。
ヴォルグ中尉は鼻で笑い、店内に飾られた『弓丸』を指差した。
「先日、ドワーフの子供相手に妙な人形を使ったそうだな? その技術、帝国が接収する。その機体と設計図を、今すぐ差し出せ」
「は?」
「聞こえなかったか? 国家への貢献を許してやると言っているのだ。光栄に思え」
……出たよ。
ルーベンスの言った通りだ。権力を笠に着たハイエナ。
俺はため息をつき、首を振った。
「お断りだね。こいつは俺の趣味だ。売り物じゃないし、軍事利用されるなんてもってのほかだ」
「貴様……帝国に逆らう気か?」
「逆らうも何も、ここは中立国ドンガンだぞ? 帝国の法律は通用しない」
正論を言うと、ヴォルグ中尉の顔が真っ赤になった。
彼は腰のサーベルに手をかけかけ、ギリリと歯噛みする。
「……いい度胸だ、下民風情が。ならば、その高い鼻をへし折って、無理矢理にでも従わせてやる」
ヴォルグ中尉は懐から、白手袋を取り出し、俺の足元に投げつけた。
決闘の申し込みだ。
「『マグナギア決闘(デュエル)』だ。私が勝てば、貴様の店と技術は全て没収する。貴様が勝てば……まあ、今日の無礼を詫びてやってもいい」
「条件が釣り合ってないな。俺が勝ったら、二度と俺に関わるな。あと、迷惑料として金貨十枚置いていけ」
「……ふん、口だけは達者なようだ。いいだろう」
ヴォルグ中尉はニタリと笑い、部下に合図を送る。
部下たちが持ち込んだのは、巨大なジュラルミンケース。
中から現れたのは、全身が黄金色に輝く、重厚な人型マグナギアだった。
「見るがいい! これぞ帝国の叡智、コスト2特務機『ゴールデン・グローリー』! お前のゴミ屑のような人形とは、かけられている予算が違うのだよ!」
……うわぁ。
俺は思わず顔をしかめた。
金メッキに、無駄な装飾、重心バランスを無視した巨大な肩パーツ。
典型的な「金持ちの道楽」機体だ。
カウンターの隅で、ルーベンスが「やれやれ」といった様子で紅茶をすすっている。
俺は彼に目配せをしてから、作業台の上の『弓丸』を手に取った。
「いいぜ、受けて立つよ。……その金ピカがただの張りボテだってことを教えてやる」
工房の空気が、ピリリと張り詰めた。
ガリクとの騒動から数日後。
俺の店『工房タクミ』に、またあの紳士がやってきた。
「よう、店主。息災か?」
「いらっしゃい、旦那。また新聞を読みに来たのか?」
ルーベンスと名乗ったその男は、相変わらず仕立ての良いコートを羽織り、どこか芝居がかった優雅な動作でカウンター席に腰掛けた。
だが、今日の彼は新聞だけではなかった。
懐から、黒い布に包まれた「何か」を取り出し、コトリとカウンターに置く。
「今日は修理の依頼だ。……これを直せるか?」
布が解かれる。
現れたのは、マグナギアの腕パーツだ。
ただし、市販のプラスチック製ではない。
鈍い光沢を放つ黒い金属。表面には、肉眼では見えないほど微細な魔法文字が刻まれている。
そして、肘の関節部分が何らかの高熱で焼き切れ、無惨に溶解していた。
「……ほう」
俺は片眼鏡(ルーペ)を装着し、それを手に取る。
重い。見た目以上に密度がある。
材質は……魔鉄鉱(デモニウム)か? いや、もっと希少な合金だ。
構造も特殊だ。通常のマナ・ラインとは異なる、複雑怪奇な回路が走っている。
「どうだ? 街の修理屋には無理だと言われたが」
ルーベンスが試すような目で俺を見る。
なるほど、これは一般流通品じゃない。軍用……それも、かなり特殊な「裏」の任務に使われる機体のパーツだ。
普通の職人なら、「関わりたくない」と断るだろう。
だが。
「……面白い構造だ。排熱処理が甘いせいで、過負荷に耐えきれず回路がショートしてるな」
俺の職人魂に火がついた。
こんな美しい設計のパーツが、壊れたまま放置されているなんて許せない。
「直せるよ。ついでに排熱効率も上げとくか?」
「……なに?」
「おい、雷霆。仕事だ」
俺は作業台の上の『雷霆』を掴む。
相棒は「またか……」と不満げに明滅したが、俺の意図を察して瞬時に形状を変えた。
先端が極細の針状になり、青白い光を帯びる。
『マイクロ・プラズマ溶接モード』だ。
「ちょっと待て店主! それは魔界の特殊合金だぞ!? 通常の工具で加工できるはずが……」
「黙って見てな」
ジュッ!
雷霆の先端が触れた瞬間、硬度な合金が飴細工のように融解する。
俺は溶解した部分を除去し、手持ちのミスリル線を編み込んでバイパス手術を行う。
さらに、内部フレームを数ミクロン削り、空気の通り道を作って冷却性能を向上させる。
作業時間、わずか三分。
「はい、お待ち。動きは前よりスムーズになってるはずだ」
俺は修復された腕パーツを放り投げた。
ルーベンスは慌ててそれを受け止め、信じられないものを見る目で凝視する。
継ぎ目は完全に消え、魔力を通すと、以前よりも滑らかに指が動いた。
「……馬鹿な。あの損傷を、わずか数分で……? しかも、出力が上がっている……」
「いい素材だったからな。つい手癖でチューンしちまった。代金は銀貨三枚でいいよ」
「銀貨三枚だと……? 桁が二つ違うぞ……」
ルーベンスは呆れたように呟き、そして低く笑った。
「ククッ……ハハハ! 気に入った! やはり貴様、只者ではないな!」
彼は上機嫌で金貨を一枚、チャリンと弾いた。
「釣りはいらん。……忠告しておこう、店主。貴様のその技術、あまり派手に見せびらかすなよ。ハイエナどもが寄ってくるぞ」
「ハイエナ?」
「ああ。例えば――あのような連中だ」
ルーベンスが顎で入口を指した。
その瞬間、ガシャアン! とドアが乱暴に蹴破られた。
「ここか! 例の『コスト1』を作ったという不届き者の店は!」
ドカドカと押し入ってきたのは、揃いの軍服に身を包んだ男たち。
胸には、剣と三日月を模した紋章――大陸最大の軍事国家『ルナミス帝国』のエンブレム。
その先頭に立つ、金髪を撫で付けた神経質そうな将校が、俺を睨みつけた。
「貴様が店主か。私は帝国軍技術局のヴォルグ中尉だ」
「……へえ、帝国軍のエリート様が、こんな地下の掃き溜めに何の用で?」
俺はあからさまに嫌そうな顔を作る。
ヴォルグ中尉は鼻で笑い、店内に飾られた『弓丸』を指差した。
「先日、ドワーフの子供相手に妙な人形を使ったそうだな? その技術、帝国が接収する。その機体と設計図を、今すぐ差し出せ」
「は?」
「聞こえなかったか? 国家への貢献を許してやると言っているのだ。光栄に思え」
……出たよ。
ルーベンスの言った通りだ。権力を笠に着たハイエナ。
俺はため息をつき、首を振った。
「お断りだね。こいつは俺の趣味だ。売り物じゃないし、軍事利用されるなんてもってのほかだ」
「貴様……帝国に逆らう気か?」
「逆らうも何も、ここは中立国ドンガンだぞ? 帝国の法律は通用しない」
正論を言うと、ヴォルグ中尉の顔が真っ赤になった。
彼は腰のサーベルに手をかけかけ、ギリリと歯噛みする。
「……いい度胸だ、下民風情が。ならば、その高い鼻をへし折って、無理矢理にでも従わせてやる」
ヴォルグ中尉は懐から、白手袋を取り出し、俺の足元に投げつけた。
決闘の申し込みだ。
「『マグナギア決闘(デュエル)』だ。私が勝てば、貴様の店と技術は全て没収する。貴様が勝てば……まあ、今日の無礼を詫びてやってもいい」
「条件が釣り合ってないな。俺が勝ったら、二度と俺に関わるな。あと、迷惑料として金貨十枚置いていけ」
「……ふん、口だけは達者なようだ。いいだろう」
ヴォルグ中尉はニタリと笑い、部下に合図を送る。
部下たちが持ち込んだのは、巨大なジュラルミンケース。
中から現れたのは、全身が黄金色に輝く、重厚な人型マグナギアだった。
「見るがいい! これぞ帝国の叡智、コスト2特務機『ゴールデン・グローリー』! お前のゴミ屑のような人形とは、かけられている予算が違うのだよ!」
……うわぁ。
俺は思わず顔をしかめた。
金メッキに、無駄な装飾、重心バランスを無視した巨大な肩パーツ。
典型的な「金持ちの道楽」機体だ。
カウンターの隅で、ルーベンスが「やれやれ」といった様子で紅茶をすすっている。
俺は彼に目配せをしてから、作業台の上の『弓丸』を手に取った。
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